第22話 因縁の再会
早朝のウィンステッド商会に文字通り激震が走った。
朝の身支度をしていたウィスタンは突然の揺れと轟音に驚き、室内でバランスを崩して転んだ。
「なんだ!?」
叫びつつ、椅子の足にぶつけた額を手で押さえる。手のひらには少し血が付いていた。
「くそ」
椅子に手をつき立ち上がったところで、誰かが扉を叩いた。
「ウィスタン様!」
声の主はネクサだ。何か大きなことが起こっているはずだが、声は落ち着いている。
「入ってくれ」
ウィスタンが入室を許可すると、ネクサともう一人、男が入ってくる。
「何があった」
「怪我をしたの!?」
ウィスタンの額から流れる血を見て、慌てたようにネクサが言う。
「おい、ネクサ!」
ウィスタンはネクサの後ろに控えている男を見て、慌てて咎める。商会内でのネクサの立場はウィスタンの秘書役だ。今のような口の利き方をしていることを知られるのはまずい。
「私の手の者だから大丈夫よ。ウィスタン様の手当をしてあげて」
ネクサの手の者と言われた男は、わかりました、と返事をするとポーションを取り出しウィスタンの手当を始める。この程度の傷ならあっという間に塞がるだろう。
「私がしてあげたほうが良かったかしら?」
男に手当されているウィスタンを見て、ネクサがいたずらっぽく笑みを浮かべる。言われたウィスタンは憮然とした顔をしている。
「冗談を言っている場合か。一体何があったんだ」
「ガルムたちの襲撃ね。大火球魔法でも打ち込んできたようよ」
ウィスタンにそれほど驚きはなかった。前回の指示はかなりの無茶だったはずだ。テロリストたちに少なくない被害も出ただろうし、こちらを恨んで行動を起こしても不思議はない。
こんなにすぐ来るとは思ってはいなかったが。
「被害は出ていないのか」
「今は魔法で建物を覆っているから大丈夫よ。でも、魔法は敵の侵入までは防げないから、このままだと奴らが建物内に侵入してくるわ。ちょうど部族の手の者を集めていて良かったわね。私は今から迎撃の指揮を取るから、あなたはどこかに隠れていてちょうだい」
「そうか、頼む」
じゃあ、行ってくるわね。と言い残しネクサは部屋から出ていこうとした。
「ネクサ、待ってくれ」
扉をくぐろうとしたネクサをウィスタンは引き止める。ネクサは男を手振りで先に行かせ、ウィスタンのもとに戻ってきた。
ウィスタンは声を潜めてネクサに尋ねる。
「敵が乗り込んできたどさくさでセオルを殺ることはできるか?」
ネクサは不敵な笑みを浮かべた。建物の外から爆発音が散発的に聞こえてくる。
「わかったわ。転んでもただでは起きない人ね」
「いや、待て。今はセオルではないな――オスリックだ。老いぼれを殺ってくれ」
「まあ!」
ネクサは目を見開き、嬉しそうに笑う。
「セオルはいつでも外に出せるものね。確かに今はオスリックを排除する好機。賢くて悪い人、ウィスタンあなた素敵よ」
そう言うとネクサはウィスタンに抱きつき、口づけをする。
「打って出ようと思っていたけど、そういうことなら引き込むことにするわ。ここも危険になる可能性がある。死なないでね」
ネクサは配下に指示を伝えるため、部屋を出ていった。
「そうだ、セオルなどどうとでもなる。こちらの思うように動かせない老いぼれこそ、今殺るべきだ。せっかく災厄がうちに来てくれたんだ。危険があろうがこの状況、利用させてもらうぞ」
部屋に残されたウィスタンは独りごちる。こうしてここまで立ち回ってきたのだ。なんであろうと全て俺の踏み台にしてやる。そう決意し一人笑みを浮かべた。
◇
強化三重防御魔法は盾魔法の中でも高位の部類に入る。広い範囲をカバーできる盾魔法で、三つ重ねた魔力膜の耐久もかなり高い。正面から魔法で打ち破るのは非効率で、通常は接近し物理攻撃で術者の排除を狙うのがセオリーだ。
実際、アウグスは何度か火球魔法を撃ち込ませてみたが、魔力膜はびくともしなかった。
「突入するか、撤退するか、だが……」
アウグスはどちらを選択するか迷っていた。当初の予定の速攻が封じられた今、安全策を取るには撤退しかない。しかし――。
「盾魔法とは小癪な! ならば直接首を取りに行くまでよ!」
ガルムが吠えている。
ガルムは撤退など受け入れないだろう。ここで引かなければ危険なのは奴なのだが、本人に自覚がないためどうにもならない。結局のところ選択肢は一つしかないのだ。
アウグスが全員に突入指示を出そうとした時、アウグスの正面の道の先に何人かの人影が現れたのが見えた。十人に満たないその集団はこちらに向かって走り寄ってくる。皆一様に槍のような長い得物を手にしていた。
「衛士どもか」
見渡すと四つ辻につながる全ての道に同様の集団が現れていた。アウグスたちは完全に包囲されてしまったようだ。
衛士の中から衛士長と見られる男が進み出て、アウグスたちに呼びかけた。
「おとなしくしろ! さもなくば、我ら王国衛士団の名において、お前たちを王都騒乱の罪、ならびに破壊行為の罪で捕縛する!」
衛士たちが一斉に槍を腰だめに構える。
王国衛士団とは、王都アウレクスの治安維持を担う組織である。王国によって運営されており、国家の公務員といった扱いだ。普段は門衛や巡回による監視を行い、犯罪が起これば制圧や捜査も担当する。
治安維持といえば傭兵騎士団と同じ役割だが、両者の違いはその戦闘力にある。衛士たちも戦闘訓練は受けているものの、実戦経験が少なく魔法の行使も不得手な者が多い。これはいわゆる強者たちは傭兵騎士団に配属されてしまうためで、必然的に衛士団は一般市民出身者で占められていた。
このため、衛士団は基本的に軽犯罪の取締や、不良若年者への指導、巡回による突発的な犯罪発生の抑止などが主な任務になっている。
今回のような強力な魔法を操るテロリストの相手というのは彼らの手に余るものだった。
「衛士ならば問題にはならん! 殲滅するのだ!」
ガルムがかけた号令に応えて、テロリストたちが魔法を放つ。魔力の散礫や魔力散矢、火球魔法が衛士たちに襲いかかった。空気を切り裂き飛翔する魔法が、摩擦でキュンキュンと音を立てる。
衛士たちは盾魔法を展開し防御姿勢を見せ、盾魔法が使えない者は物陰に身を隠しやり過ごそうとした。しかし、大量に飛来する魔法の圧力に薄い一枚の膜しか持たない盾魔法は砕かれ、衛士たちは次々と打ち倒されていく。物陰に隠れた者たちにも火球魔法の爆発に巻き込まれ、負傷する被害が出ていた。
「よし、商会内部へ突入するぞ!」
魔法攻撃によって衛士団の大部分を無力化できた、そう判断したアウグスは、同志たちに突入指示を出した。しかし、続いて朝靄の中から聞こえてきた凛とした声は、アウグスの命令を咎めるように四つ辻に響き渡った。
「残念だな。その前に私と決着をつけていかないか」
霧煙る朝靄の中から徐々に姿を現したその人影は、艶のある赤く塗られた革鎧を身に着け、右手には大ぶりの片手剣を抜き身で下げている。自己大強化魔法による淡い光は、とてつもない力を秘めた彼女の全身を包み込み、その燃え上がる炎のような赤い髪を魔力によって浮き上がらせていた。
「貴様か、よく来た。我はこの時を待っていたぞ!」
声に引き止められたガルムが、メアウェンに向かって言い放つ。それを聞いたアウグスは頭を抱えた。
(よく来たではない! これで組織は終わりだ)
速攻で目的を達し、速やかに離脱する作戦にしたのはこの状況を避けたかったためだ。傭兵騎士団が到着した今、自分たちの勝ち筋は最早ない。
集団としての力は正規軍の聖騎士団に軍配が上がるが、傭兵騎士団の強みは個の能力が突出していることだ。
先頭に立つメアウェンと呼ばれる女丈夫、その後ろに控える大柄の男、エルフの女、そしてカエレン奪還の際の戦闘で自分と互角に戦った槍使いの若い戦士、このあたりはかなりの力を秘めているように見える。年齢的にも槍使いはこの四人の中では実力は下の方だろう。通常状態のアウグスより強い戦士がこんなにいるのだ。その後ろに控える兵たちも先日相対した聖騎士の大部分よりも実力は上だろう。彼らを前にして撤退も許されないことは火を見るより明らかだ。
アウグスは撤退をするか逡巡していた。撤退を命じても組織だった動きは期待できない。自分一人でこの場を離脱することになるだろう。今の時点で組織の壊滅は確定、王都での活動は数年はできなくなる。
反対に自分一人ならアウグスは逃げおおせる自信があった。傭兵騎士団の幹部連中が相手でも逃げるだけなら覚醒すればなんとかなる。ならばせめて――。
「私は商会内に突入する。続ける者は私に続け! ガルム、奴らの相手は任せたぞ」
「任せておけ! このガルム、借りは必ず返す者である!」
(さらばだ、ガルム)
アウグスは操作魔法・強で手近にあった樽を投げつけ、商会の三階の窓を割る。さらに自己強化魔法を使い跳躍力を上げると、商会の向かいの建物に一度取り付き、そこから商会の三階へ跳んだ。アウグスのあとに続き、数人が商会へ侵入する。
「我ら傭兵騎士団、王都を騒乱せしめる不埒な輩を制圧する! 者ども、かかれ!」
メアウェンが朗々とした声で号令をかけた。それに呼応した傭兵騎士団総勢三十名は突撃を開始する。
「あのでけえのはお前が相手をしてやんのか?」
並走するメアウェンにアルドが尋ねた。
「そうだな。奴とは因縁がある」
「ちぇ。じゃあ俺は雑魚を片付けるとするか」
不満そうに愚痴ったアルドはメアウェンから離れ、魔法で抵抗を始めたテロリストたちに向かっていった。
メアウェンは自分の進路上に佇む大男に目を向けた。
ガルムはその視線をメアウェンにぴたと据え、彼女が自分の元へたどり着くのを待ち構えている。堂々たる体躯から魔力が陽炎のように立ち上っていた。
「かかってこい! 傭兵騎士団のメアウェン! 本来の力の差を思い知らせてやる!」
「それはこちらのセリフだ!」
メアウェンは姿勢を低くとると右下段に剣を構え、走ってきた勢いに乗せてガルムに向かって切り上げた。
◇
ウィンステッド商会前では激しい戦闘が起こっていた。テロリストたちと傭兵騎士団が入り乱れ、乱戦の様相を呈している。魔法が飛び交い、流れ弾が建物に着弾する。建物を倒すほどの威力はないが、砕かれた建材がバラバラと降ってきていた。
そんな戦場の様子を伺う小さな人影があった。
「すごい……」
ウィルは戦闘の激しさに息を呑む。目の前を流れ弾が通り過ぎていった。
「ウィル、どこか建物に入れるところを探しましょう?」
リンに促されウィルは建物を見渡す。一階の窓は面格子で覆われており入れそうになかった。しかし、その上の二階の窓が割れている。そこからなら入れそうだが、どう考えても手が届きそうにない。
「あの窓から入れそうね。私に任せて」
リンはそう言うと祝歌を歌い始めた。先日のウンディーネ召喚を思い出したウィルは慌てて引き止める。暴走しかけたウンディーネを鎮めるためにウィルとフローラが手を貸してなんとか召喚できたのだ。
「リン! 大丈夫なの!?」
任せてとばかりにウィンクし、ウィルの心配に応えるリン。今回は何事もなく祝歌は完成し、風の舞姫シルフが召喚された。リンは祝歌のコツを掴んだらしい。
(お願いシルフ。私たちをあの窓まで送り届けて)
歌に乗せたリンの願いにシルフが応える。シルフがしなやかに両腕を振り上げるとウィルとリンの体は風に包まれ舞い上がった。
「わわっ」
ウィルが驚きの声をあげる。風は二人を優しく運ぶと、割れた窓を抜け商会二階の廊下に着地させた。
「リン! すごいよ! 精霊を扱えるようになったんだ!」
リンが得意げに笑みを見せる。しかし、リンの祝歌はまだ終わりではなかった。
どこからともなく、聞き覚えのある声がウィルの耳に聞こえてくる。
『とにかく、今はここに隠れていよう、フローラ。さっきの爆発音だけじゃなくて、戦いの音も聞こえる。外に出るのは危険かもしれない』
「セオルの声だ……」
声の出どころもなんとなくわかった。シルフが風に乗せて伝えてくれたらしい。
ウィルがリンのほうに振り返ると、リンは歌うのを終え、静かに微笑みながらウィルの方を見つめていた。なにかウィルの言葉を待っているように見えた。
「リン!」
ウィルは思わずリンに抱きついた。
「すごいよ! この間と全然違う! 完全に制御できてるよ! こんなこともできるなんて!」
抱きついたまま興奮に任せてまくしたてる。一息に言い終わった時、ウィルは左の頬に熱を感じた。ゆっくりとリンの体から離れるとリンのかわいらしい顔が視界に入ってくる。いつもは白く透き通るようなリンの肌が、普段では考えられないほど紅く染まっていた。
「あ、あ、あの、ごめん……」
ウィルは狼狽えて思わず謝る。リンの目線は明後日の方向を向き、ウィルを見るのを避けているようだ。
「そ、その、この間のね、ウンディーネのときに、ウィルとフローラが手伝ってくれたでしょ。あれで感覚が掴めたのよ」
「そ、そうか」
二人とも喋り方がなんだかぎこちない。
「そ、そんなことより、セオルを探しに行きましょ! 場所はだいたいわかったでしょ?」
「う、うん、そうだね。行こう!」
ウィルとリンはセオルがいると思われる方向に向かって廊下を駆け出した。




