第21話 テロリストの急襲
早朝、太陽が少し顔を見せ夜空は星とともに朝の光に飲み込まれつつあった。
王都の通用門では今日の当番へ引き継ぎが行われていた。所定の儀式を行い、昨日にあった出来事の報告の後、門衛が交代する。
門衛の勤務は二十四時間勤務の一日交代だ。休憩をはさみ六人で門衛を務める。
最初の仕事は通用門の開放だ。通用門は内側に木製の大扉があり、その外側に金属の落とし格子がある。夜間はそれを落としており、朝には引き上げなければならない。
門衛たちは城壁の内側にある巻き上げ機を回し、落とし格子を引き上げた。
外側の歩哨に立つ門衛のために大扉がゆっくりと開いていく。
「今だ! 撃てえい!」
難民街より三発の火球が飛来する。火球は大扉に命中し爆発を起こす。外に出ようとしていた門衛は大きく吹き飛ばされた。
「走れ!」
ガルムが号令をかけるとテロリストたちは一斉に通用門に向かって走り出した。
詰め所から門衛たちが槍を持って飛び出してくる。
「止まれ!」
門衛たちは三人並んで槍を構え、一歩も通さない気概を見せる。
「ぬううううううぅああああああ!!」
それを見たガルムは右の拳に魔力を溜め、力任せに叩きつけた。集中させた魔力によって巨大な拳のように見える塊が門衛たちに襲いかかる。
とっさに盾魔法を展開することもできず、衝撃で門衛たちは弾き飛ばされた。
その隙にテロリストたちが通用門を走り抜ける。頭を振り起き上がろうとする門衛たちを尻目に、彼らは市街地に駆けていった。
「おい! どうした! 何があった?」
爆発音を聞いた巡回の衛士たちが集まってきた。倒れている門衛たちを抱き起こし手当を始める。
「と、突然魔法を撃ち込まれて……」
「誰にやられた?」
「わからん……。やつらは門を抜けて市街地に走っていった」
「市街地か。おい、衛士本部に連絡だ! 正体不明の集団が通用門を襲撃して突破した! 市街地に向かったそうだ。手配を頼んでくれ! 例のテロリストかもしれん」
「はっ」
若い衛士が敬礼をする。衛士本部へ走り出した若い衛士に向かって巡回の衛士が付け加える。
「念のため、傭兵騎士団にも出動要請するように伝えてくれ! 奴らがテロリストなら彼らの力が必要だ!」
「了解しました!」
若い衛士は衛士本部へ向けて走っていった。
巡回の衛士は革袋を取り出し、門衛にポーションを飲ませる。
「こんな無茶苦茶なやり方をしてくるのか。被害を抑えなければ」
衛士は侵入者が走り去った市街地を睨みつけた。
◇
テロリストたちは朝靄がかかる王都の路地をひた走る。まだ早朝のため、住民の姿はない。
「ガルム、いいな! 打ち合わせた通り速攻だぞ!」
アウグスはガルムを信用しきれず、念押しに声をかけた。
「わかっておる! 一撃で終わらせてやるわ」
本当にわかっているのか。ガルムの快活な返答を聞いたところで、アウグスの疑念は晴れなかった。
隠れ家の館を飛び出したガルムたちを追うため、アウグスは準備を整えた後出発した。
王都の直前でなんとか追いついたアウグスはガルムに目的を問いただし、ウィンステッド商会の襲撃だと判ると無謀なことはやめるように諌めた。しかし、ガルムは頑として聞き入れなかった。
ガルムの説得が難しいと感じたアウグスは、勝手に暴発し大切な同志たちを失うくらいなら、と作戦に口を出すことにした。
早朝の油断を狙うこと、魔法による建物ごと破砕を狙い、目的を達した後は速やかに離脱すること。離脱後は王都内に用意してある潜伏場所でほとぼりが冷めるまで待つこと。
ガルムに関しては手配書が回っている可能性も高く、王都からの離脱がかなり難しいことが予想できる。潜伏中に何か脱出の手段を考えなければならない。
(こんな立て続けに危ない橋を渡らなければならんとは)
アウグスが内心愚痴っていると、四階建ての大きな建物が見えてきた。太陽光と麦畑の紋章を掲げるウィンステッド商会だ。
「火球魔法を用意しろ! 射線を確保しろよ!」
同志たちは思い思いに位置を取る。ウィンステッド商会の建物がある四つ辻の対角線側に、扇形に並ぶ形になった。
全員が魔力の集中を始める。二十数人分の火球が生成され、照り返しを受けた周りの建物にオレンジの光が投影される。
「撃て!」
生み出された火球が次々と建物に向かっていく。火球魔法は同系統で最下級の魔法だがこれだけの数が集まるとかなりの威力になる。十分建物を破壊できるだろう。
ゆるゆると火球が建物に接近し、ついに着弾する。連続で起こった爆発の衝撃波が早朝の王都を駆け抜けた。視界を埋め尽くす光の乱舞がその威力を物語る。
強烈な爆発音が響き渡り、近隣の住民は寝台から跳ね起きたに違いない。
「よし、離脱す――、なにっ!?」
作戦通り大量の火球を叩きつけ、建物もろとも標的を亡き者にできたと確信したアウグスは、自信の予想を裏切られる。
轟音と爆発による煙が晴れ、姿を現したのは淡く光る魔力の膜に包まれた無傷の建物だった。
「強化三重防御魔法!?」
◇
「団長! メアウェン団長!」
何者かが大声で扉を叩いている。突然の大きな音に驚いたウィルが口に入れようとしていたチーズを取り落とす。テーブルから転がり落ちようとしていたチーズは、ぎりぎりのタイミングでウィルの手で取り押さえられた。
「誰か来たようだな」
メアウェンが温めた麦酒が入ったジョッキを置き、玄関に向かう。傭兵騎士団からの緊急の用事のようだ。
ウィルとリンはパンをちぎって口に放り込む。示し合わせたわけではないが、なんとなく二人とも黙っていた。
玄関の方からメアウェンが誰かと話しているのが聞こえてくる。
「ですから……」
「なんだと! では……」
「そうです……です!」
「ウィンステッド商会が!?」
メアウェンが食堂に戻ってくる。その表情から緊迫した状況が伝わってくる。
「すまない、すぐに出なければいけないようだ。朝食の片付けを頼めるか」
「メア、ウィンステッド商会がどうかしたの?」
ウィルが尋ねた。
「聞こえていたか。今テロリストの襲撃を受けているらしい」
「えっ!?」
「ここまで被害は届かないと思うが君たちは家の中から出ないように。何かあって怪我をしてはつまらないからな」
「ウィンステッド商会ってセオルのところじゃ……」と、リン。
「そうだ。必ずセオルは助けてみせる。もちろんフローラもな。だから君たちは家にいてくれ。わかったな?」
「……わかった」
「うん」
ウィルとリンの返事に満足すると、メアウェンは支度を整え急いで家を出ていった。
メアウェンを見送った二人は食卓に着き、朝食の残りに取りかかる。二人とも言葉を発しない。パンを咀嚼しながらリンはウィルをちらりと見た。黙々とウィルはチーズを口に運んでいる。自分と同じように先ほどメアウェンが言った事実、テロリストの襲撃のことを考えているのだろう。遠くでかすかに爆発音のようなものが鳴っている。さっきまで気づいていなかったが窓が細かく震えていた。
「リン! セオルとフローラを助けに行こう!」
食べ終わるやいなや、ウィルがリンに叫ぶ。
「ウィル、危ないからメアはここにいろって言ったのよ? 襲撃っていうことは戦闘が起こっているんだから」
「だってセオルたちが危ないんだよ!」
「傭兵騎士団の人たちはとっても強いのよ。メアたちに任せましょう」
「リンはセオルたちが心配じゃないの?」
ウィルの言いようにリンは怒りを感じる。
「心配に決まってるじゃない! この間も危ない目に遭った。今日もここまで聞こえるような爆発が起こってる。できることならセオルの元に駆けつけたい。でも私たちが行って何ができるの! 邪魔になるだけよ」
感じた憤りをウィルにぶつけるようにリンが叫んだ時、はっきりと聞こえる爆発音が家中の窓をガタガタと震わせた。リンの言う危険を裏付けるような出来事に、ウィルの顔に迷いが見える。友達を助けたい気持ちと自分たちの身の危険を感じて、心が揺れているようだ。
その時、二階からゴトンと大きな音がした。音が鳴ったのはウィルの部屋のようだ。
「なんの音だろう」
「行ってみましょう」
二人は階段を登り、二階に上がる。扉を開けるとそこにあるはずのないものが床に落ちているのを見つけた。
「これは……」
ウィルの部屋の床には一本の剣が横たわっていた。壁に掛けてあったはずの父タレンの剣だ。
「父さんの剣……。さっきの振動で落ちたのか」
「どうして……。この剣が落ちるような振動じゃなかったはずよ」
ウィルはかがんで父の剣を手に取った。ずっしりと重みが伝わる。剣を持ち上げるとウィルは壁につけられた台座を見上げた。先程の振動は大きかったが、それでも剣が跳ねて下に落ちるような大きさではなかったとウィルは思う。
「リン、俺やっぱり行くよ。父さんが行けって言ってる。友達を助けろって」
「そんな」
ウィルは鞘に革のベルトを取り付け剣を背負った。重みで肩にベルトが食い込む。ウィルにはその圧力は父が肩に手を掛けてくれているように感じられた。
「リンはここにいて」
「待って! ウィル!」
部屋を出ようとしたウィルにリンが後ろからしがみつく。リンの体温が服を通して伝わってくる。握り締められた力の強さがリンの思いを物語っていた。
「お願い……、お願いだからウィル、危ないことはしないで」
「リン、絶対に――」
ウィルは振り返り、リンと向き合う。リンの今にも泣き出しそうな顔に、ウィルは次の句が継げなかった。
「姉さまがいなくなって、私一人ぼっちになったと思ったの。でも、メアが家に呼んでくれて、ウィルが一緒にいてくれて、一人じゃないって思ったの。もう、家族を失いたくないの! お願いだから――」
リンの訴えの途中でウィルは彼女を優しく抱きしめた。突然のウィルの行動にリンは驚き、言葉が止まる。
「リン、父さんが死んだ時、父さんが俺に言ったんだ。生きろって」
「だったら、危ないことは――」
「そうじゃないんだ。いや、父さんが言ったのはそういうことかもしれない。でも、生きるって危険を避けて自分だけ閉じこもって、自分だけを大事にすることじゃないと思うんだ。カエレンさんの話を聞いて、生きるって自分一人だけが生き延びることじゃないって思った。あの人は最後は間違った道に進んでしまったけど、誰かのために行動するのは間違いじゃない。生きるってみんなで生きていくことだと思うんだ。だから俺は友達で、家族のセオルを助けに行く。セオルとも一緒に生きていきたいから」
「ウィル……」
ウィルがリンを抱いていた手を解く。
「行ってくるよ。絶対帰ってくるから」
呆然とするリンを部屋に残し、ウィルは階段に向かった。
絨毯の敷かれた階段を降りきった時、吹き抜けの二階の廊下から大きな声が響く。
「待って!」
驚いたウィルが立ち止まるとリンが階段を駆け下りてきた。
「だったら!」
駆け下りてきた勢いのままウィルの元まで走ってきたリンは、ウィルにぶつかる直前でピタリと止まる。リンは唇が触れそうな至近距離まで顔を近づける。その目はキッとウィルを睨みつけていた。
「だったら、私も行くわ! あなたが生きることをそういうことだというなら、私だってウィルとセオルと一緒に生きていくんだもの! 私も一緒に行く!」
「リ、リン、危ないんだよ?」
「それが何よ! あなたが行くなら私も行く! それが全てよ! 私達三人はずっと一緒よ!」
覚悟の決まったリンの勢いがウィルの心を打ちつける。ウィルの生きる、が皆で生きるということなら、リンの生きるもまたそうだと言うのだ。ウィルに反論の余地はなかった。
「わかった。行こう」
「うん!」
ウィルとリンは玄関を抜け、危険が待ち受けるウィンステッド商会に向けて飛び出していった。




