第20話 支援者の真実
――聖騎士団本営
アルフリクの姿は副団長の執務室にあった。
「以上が、今回の作戦の結果です」
聖騎士団の当初の目的は全住民の検分を経て、テロリストの情報を得る事にあった。もし、幸運ならテロリストそのものの捕縛、そしてそれが族長家のものなら最上の結果、というものであった。
実際はどうだったかと言うと、テロリストを四名撃破、五名を捕縛という結果で、戦果としてかなりのものである。しかし――
「難民街の三分の一が焼失、死者十八名、負傷者多数か……。戦果としてはまずまずだったが、被害が大きすぎるな」
「はっ」
聖騎士団副団長リヒトムンドの指摘に、アルフリクは返す言葉がない。
死者十八名は先日のテロ事件に匹敵する大惨事である。さらに、難民街の一部が焼失したことで焼け出された者が大勢いるのだ。今頃、王城では対応に頭を悩ませているだろう。王都の外に住む魔族とはいえ、エンリック王国国民であることは間違いない。苦境にある民は最低限でも保護をする必要がある。そうでなければ民はわざわざ税を払ってまで国に寄る必要性を感じないだろう。
「いずれ王城からの諮問があるだろう。それまで待機を命ずる」
「はっ」
リヒトムンドは椅子から立ち上がり、ガラス窓から外を見た。今回の作戦での負傷者なのか、仲間に支えられて歩く騎士が見える。
リヒトムンドもまさかテロリストたちが反抗作戦を行うとは予想していなかった。こちらは四百人という大隊規模の部隊だったのだ。まだテロリストたちの総数は判明していないが、難民街の住民すべて合わせても数百人程度、テロリストが大隊に匹敵する人数を擁しているとは考えづらい。普通に考えれば歯向かおうなどと思わないはずだ。
しかし、彼らはゲリラ戦を駆使し仕掛けてきた。しかも街に火を放ってまで。リヒトムンドには自分たちの支持者にも犠牲を強いてまで、無謀な行動を行うテロリストたちの思考が理解できなかった。
そんな者たちの相手をしなければならなかったアルフリクに、同情の思いを抱いていた。
「アルフリク」
「はっ」
「すまんな」
「……いえ」
アルフリクの望む爵位の昇格は聖騎士団が決めるものではない。功績の証明などは聖騎士団が行うが、それを審査し昇格を決めるのは王城だ。今回のように王城の手を煩わせるようなことをしてしまうと、その印象で固定されてしまい、その他の功績が考慮されなくなってしまう可能性が高い。
アルフリクの子爵昇格は現時点ではかなり難しくなったと言っていい。
「話は終わりだ。下がって良い」
「は、失礼いたします」
失意の中にあるのか、アルフリクの顔は晴れないまま執務室から退出していった。
◇
「失礼します」
セオルとフローラはウィスタンの執務室を訪ねていた。
昨日、メアウェンにウィンステッド商会まで送り届けてもらった二人は、やけどなどの怪我の治療を行い一晩休息をとった。幸いにも二人とも大きな怪我はなく、ポーションによる治療で済んでいる。
「ああ! セオル、よく帰ってきた! 怪我は大丈夫かい?」
ウィスタンが大きく手を広げて二人を出迎える。
「はい、治療してもらったので大丈夫です。それで、叔父様、こちらがフローラです」
「フローラです」
「君がフローラか。よく来たね。君も怪我は大丈夫かい?」
「はい、私も大丈夫です。手を差し伸べてくれてありがとうございます。兄ちゃんがいなくなって私一人では生きていけませんでした」
「礼なら私の父に言っておくれ。君の保護はあの人が決めたのだからね」
「はい! 次にお会いしたら必ず」
フローラがにっこり笑って言う。
「セオル様」
ウィスタンの隣に控えていたネクサが固い顔でセオルに声をかけた。
「大変申し訳ございませんでした」
ネクサがいつもにもまして頭を下げてセオルに謝罪する。
「い、いや、止めてよ。ネクサ」
「いえ、私がセオル様を置いて行ってしまったばかりに、セオル様とフローラを危険な目に遭わせてしまいました。すべて私の責任です」
ネクサはウィスタンの方を向き言葉を続ける。
「ウィスタン様、どうか私に処分をお下しください。ウィンステッド家の方の命の危険にさらしてしまいました」
「まあ、突然あんな事が起こったのだし、様子を見に行ったのもあそこまで状況がひどくなるとは思わなかったからだろう? セオルとフローラも無事だったのだし、それでいいじゃないか」
「しかし……」
ネクサは納得がいかない顔をしている。
「セオルもフローラも許してやってくれないか。彼女は悪気があって君たちを置いていったんじゃないんだ」
「許すも何も、僕は怒っていませんよ。ネクサは僕たちのためを思って行ってくれたんですから」
「私も怒ってないから、ネクサさんに罰を与えないでください」
子供たちはネクサをかばった。
「お二人とも……ありがとうございます」
少し涙ぐみながらネクサが礼を言う。
「よかったね、ネクサ。ただ、次は気をつけてくれよ。子供たちが怪我をするようなことはあってはならないからね」
「はい、肝に銘じます」
再びネクサが頭を下げる。
「まあ、ともかく、二人とも無事で良かった。フローラはしばらく慣れない生活になる。セオル、何かあったら助けてあげなさい」
「はい!」と、セオル。
「いい返事だね。フローラもセオルを頼って早く生活に慣れなさい」
「はい!」と、フローラ。
二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「よし、じゃあ下がっていいよ」
「叔父様、では失礼します」
「これからよろしくお願いします!」
フローラが元気に挨拶した。二人は扉を開け、部屋から出ていった。
「芝居が下手になったんじゃないか?」
子供たちが退出したのを確認すると、ウィスタンがネクサに声をかける。
「そうかしら。子供相手ならあれくらいでいいんじゃない?」
「まあ、そういうことにしておこうか」
ウィスタンは立ち上がり、戸棚からグラスと葡萄酒を取り出す。
二つのグラスに注ぎ、片方をネクサに渡す。
「それにしてもしぶといガキだ。二回も死地に送ってやったのに」
ウィスタンはソファに腰を下ろし、葡萄酒を口に含む。
「傭兵騎士団が障害ね。なんとか引き離さないと」
ネクサはウィスタンの執務机に腰掛けている。
「そうだな。一回目はたまたま居合わせたようだが、傭兵騎士団の動きも検討に入れないといけないな」
「でも、そんな急ぐことあるの? あんなガキ一匹いつでも殺れるでしょう?」
「今すぐということはないが早い方が良い。老いぼれがいつまで現役でいられるかわからないからな。後継者にでも指名されてみろ、俺たちの今までの苦労が水の泡だ。魔族の連中に金まで渡しているっていうのに」
ネクサの目がすっと細くなる。
「私の前でその呼び方はやめてくれるかしら」
「あ、ああ、すまん」
「それに彼らを支援しているのはセオルを殺すためではないでしょう?」
「奴らに街を破壊させて、うちが国から修繕を請け負う。稼がせてもらったが、そろそろ潮時かもな。傭兵騎士団に加えて聖騎士団まで出て来たのではあの程度の組織は壊滅も時間の問題だ」
「今回も無理をさせたものね」
ネクサが自分のグラスに葡萄酒を注ぎ足す。
「奴らが捕まって俺たちの情報が当局に渡るのは困る」
ウィスタンはネクサの目を見て言う。
「わかったわ」
「頼めるか?」
「とりあえず、うちの部族から人を集めておくわ。あなたは作戦でも考えてちょうだい」
ネクサはグラスに残った葡萄酒を飲み干し、部屋から出ていった。
「同胞だろうと容赦なしか。頼もしいよ」
ウィスタンは自分のグラスに葡萄酒を注ぎ足した。
◇
王都郊外の森の中、王都から一日ほど行ったところに打ち捨てられた館があった。百年ほど前のエンリック王国貴族が建てたものだが、今は使われておらず、廃墟になっている。
その館の一階の食堂だった部屋にガルムとアウグスはいた。
「何人来ている?」
アウグスが傍らにいるヴェトスの青年に尋ねる。
「ここにいるのが全部です。連絡はしてあるので生きていれば残りも集まってくるとは思いますが」
部屋には十五人ほどの同志が集まっていた。ガルムを含めた数人が椅子に座り、他はそれを囲んで立っている。
「くそぉっ!」
ガルムがテーブルを叩く。テーブルが大きく跳ねた。加減したのか割れてはいない。
「あの女! 必ず殺してやる!」
ガルムの左足は大きく腫れていた。メアウェンの足払いはよほど強烈だったようだ。
「それは自分でなんとかしろ。そんなことより、何故あんなところにいた。班で行動すると決めていたはずだ」
「奴を見つけたからだ! 傭兵騎士団のメアウェン! アウグス! 貴様の邪魔が入らなければ――」
ガルムが食って掛かる。
「いいかげんにしろ! この状況が理解っているのか。この作戦はお前が決めたことだぞ。支援者からとはいえ無茶な指示を受け入れた挙句、作戦を無視するとはどういうつもりだ!」
「む……、そ、それは」
「お前たちもだ! 火を使ったのは誰だ! 火は使うなと言ったはずだ。あれだけの火災が起これば住民たちにもかなりの被害が出ているはずだ。どうするのだ、これで我々はヴェトスたちにとっても敵になってしまったぞ!」
アウグスの怒りは他の同志たちにも向かう。しかし、彼らの反応は微妙なものだった。
「俺たちはやっていません、アウグス様。あの街には俺たちの家もあるんです。火なんてつけるわけないでしょう!」
「しかし、現に火事は起こっている。誰かが火をつけないとああはならんだろう!」
「知りませんよ、そんなの!」
アウグスと同志たちの口論は折り合いがつかず険悪なムードが漂う。それを見かねてか一人の同志が疑問を投げかけた。
「それよりその支援者、本当に俺たちを支援するのが目的なんですか? 今回の指示はとてもそうは思えない。支援にかこつけて俺たちを何かに利用してるんじゃ」
「ああ、それは私も危惧している。なんの利益もなく金だけ出すなど考えられん。今後の付き合いは慎重になったほうがいいと思っている」
アウグスが考えを披露すると、同志たちの中から同意の声が上がる。金は必要だが、目的の達成が最優先である。邪魔されるようなら距離を置かなければならないだろう。
「その通りだ!」
ガルムが突然立ち上がり大声を上げた。
「悪いのは彼奴だ! 彼奴は我らの崇高な使命を私利私欲のために利用しているのだ! 彼奴を討たねば今後の我らの障害になろう!」
雄叫びの如く一息に叫んだガルムに触発された何人かが「そうだ!」と同意の声を上げる。
「その支援者は人間なんだろう? 奴らから国を取り戻すのが俺たちの使命だ! なのに手を借りるなんておかしいじゃないか!」
「人間は俺たちの敵だ! 誰であれ殲滅するべきだ!」
過激な考えを持つ者たちが次々と喚き出す。
「次の標的は支援者を騙るウィスタン・ウィンステッドだ! 同志たちよ、準備を始めよ!」
「おう!」
まだ、戸惑いを感じている者を残して一部の者たちとともにガルムは食堂を出ていってしまった。
「おい、待て!」
アウグスが引き止めるも彼らの耳には届かない。
「はああ、なんだというのだ一体! 好き勝手に動く」
アウグスが頭を抱えた。振り上げた両の拳で机を叩く。
「奴らを見張っておいてくれ」
「わかりました」
側にいた同志に監視を依頼し、アウグスは食堂を後にした。
――翌日の早朝。
「アウグス様!」
アウグスが寝床に選んだ部屋の扉を何者かが叩く。
「なんだ。こんな朝から」
叩き起こされたアウグスは扉を開け尋ねる。
「ガルム様が十人ほど連れて館を出ていきました!」
「なに? どこへ行ったかわかるか」
「それはわかりません。ただ武装していったので、王都に向かった可能性もあります」
「まさか昨日のあれか。支援者を討つという」
「かもしれません」
アウグスは呆れて額を押さえる。
「あいつは傭兵騎士団の女に顔を見られているんだぞ。たしか名前も知られていたはずだ。手配書が回っていると考えんのか」
「まずいですね」
「出ていったのはいつだ」
「一時間ほど前のようです。何人か見当たらない者がいたので残っていた者に聞いたところ」
「そうか。仕方ない。追うぞ。今いる者たちに準備をさせろ。最悪の場合、戦闘になる可能性もある」
「はい!」
アウグスは部屋に戻り身支度を始める。
「くそ、ガルムのやつ、本当に何を考えているのか!」
アウグスの嘆きは部屋に虚しく響いた。




