第19話 難民街の苦難4
アウグスは突き出された聖騎士の剣を首を捻って躱し、カウンターで自分の長剣を突き出す。アウグスが放った突きは聖騎士の喉元を貫き、死に至らしめた。
足をかけて聖騎士の体から長剣を引き抜くと、アウグスは網にかかった残りの一人を確認する。
網の中の聖騎士はすでに同志たちによって死体に変えられていた。
「よし、離脱する」
聖騎士たちが土壁を向こう側から破壊しようと試みているが、相手にせずこの場を離れることにした。戦力差のあるこちらは奇襲以外の選択肢がない。その奇襲もすでに敵に知られているらしく、今回は網から一人漏れてしまった。
路地を走るアウグスに伝令班の一人が並走してきた。
「他の班はどうなっている」
「二班がすでに行動不能です。三名が死亡、二名が捕縛されました。それとガルム様が所在不明です」
「やられたのか?」
「わかりません。ガルム様の班はガルム様抜きで任務を行っています」
ガルムに対して怒りが湧く。奴は何をやっているのだ。この状況を作ったのは誰だと思っているのか。
「人数が少ない分かなり危うい状態です。何か手を打ちませんと」
「戦果は今どれくらいだ」
アウグスが次の配置につきながら伝令に尋ねる。
「アウグス様の班が四隊、ガルム様の班が二隊、残りの班で三隊、合計で九隊潰しています」
「わかった。もう十分だ。ここで作戦を終了する。これ以上被害を出す前に撤退だ」
「はっ」
「手筈通りに離脱する。生き残りの班に伝えてくれ。私はガルムを探しに行く」
伝令が去ったのを見届けて、アウグスは自分の班の同志にも声を掛ける。同志たちはそれぞれ現場を去っていった。
「ガルム、お前は一体どこにいるのだ!」
アウグスは足下にあった箱を蹴りつけた。
◇
燃え盛る炎に囲まれた広場でメアウェンは、屋根の上から放たれる殺気に反応し愛刀を抜き放った。不可視の圧力がメアウェンの肌にビリビリと伝わる。
「傭兵騎士団のメアウェン、だったか」
屋根上の大男が広場に飛び降りてくる。
「ガルム……」
テロリストに関係があると目される男。監視が撒かれてしまったため、捜索をやり直さなければならないところだったが、再び会えたのは僥倖だ。こんな状況でなければだが。
目の前の大男は間違いなく強者だ。隙のない身のこなし、恵まれた体躯、薄く漏れ出す魔力、どれをとっても一線級の実力を持つことは明らかだ。炎に囲まれた窮地にいる今、会いたい人物ではない。
「貴様のお陰で我は恥をかいたぞ。その落とし前はつけてくれるのだろうな」
「こんなところにいるということは、この有り様はお前たちテロリストの仕業か!」
「さてな、知りたければ我を倒してみるといい!」
ガルムの手甲をつけた右腕が唸りを上げて叩きつけられる。危険を察知したメアウェンは飛び退って避けた。空を切ったガルムの右腕は地面を叩き、凄まじい轟音を立てると風圧で周りの炎を激しく揺らした。
ガルムは半ば地面にめり込んだ拳を引き抜こうとする。その隙を狙ってメアウェンは飛び出した。上段に振り上げた剣をガルムの左腕めがけて振り下ろす。ガルムは引き抜いた右腕が間に合い手甲で剣を受け止めた。
鈍い金属音とともに、火花を散らしメアウェンの剣はピタリと受け止められた。
「くっ」
メアウェンの武器は高い膂力である。そのパワーは男の戦士をも凌駕し、王国一とも言われるほどだ。メアウェンが団長を務め、アルドが副団長なのはその性格によるものもあるが、単純にメアウェンの方が強いという理由もあった。
その力を活かすためメアウェンは少し変わった剣を使っている。刀身が幅広で分厚いのだ。そして両手でも扱えるよう、その柄は長いものになっている。
メアウェンの高い膂力を漏らすことなく標的に伝える重量のある剣、これによって相手を一刀両断するのが、メアウェンの持ち味だった。しかし今、その斬撃をガルムは右腕一本で止めている。軽くという訳ではなさそうだが、メアウェンを上回る凄まじいパワーの持ち主だった。
「なかなかの力だ。しかしその程度では我には勝てんな」
ガルムは右腕を払い、後ろに下がって距離を取る。ガルムの手甲には一筋の鋭い傷が入っていた。
メアウェンは腰を落とすと矢の如く飛び出した。空けられた距離を詰めガルムが手甲をつけていない左腕側から横薙ぎに斬りつける。ガルムは後ろに飛び身を躱すが、動きを読んでいたメアウェンは横薙ぎを途中で止め、脚のバネを使い前方に突きを打つ。着地の隙に突きを重ねられたガルムは身をひねるが完全には避けきれず、左の肩口に傷を受けた。ガルムはメアウェンの間合いから逃げ出すように右に回り込むと、その回転力を活かして右足で顔面を狙った回し蹴りを放った。丸太のような極太の脚を屈んで躱したメアウェンはガルムの軸足を足で払う。重心を崩したガルムは腰から地面に倒れ込んだ。
「力だけだとは思わないことだ」
剣の切っ先を突きつけ、メアウェンはガルムを睨みつける。
ガルムは上体を起こすが動く隙を見つけられずにいる。その左肩はぱっくりと裂け、傷口から赤い血が流れ出していた。
「くそっ」
にじり寄るメアウェンに合わせるように、尻もちをついたままでジリジリと下がるガルム。メアウェンを睨みつけるその顔には明らかな焦りが見える。
右手で剣を突きつけたまま左手に魔力を集中し、動きを封じる魔力の氷礫の準備を始めたメアウェンに一筋の光条が襲いかかった。
「ガルム!」
後ろに飛んで躱したメアウェンは屋根上に新たな人物が現れたことを知る。左手に集中していた魔力を剣に移し、続けて飛んでくる魔力の散礫を剣で弾き返していく。
「ガルム、作戦は中止だ! ここから撤退する!」
「アウグス! 邪魔をするな! 俺は奴を――」
「お前がこんなところで油を売っているからだぞ! つべこべ言わずに早く来い! 炎に巻かれて死にたいのか!」
「チッ」
ガルムが立ち、屋根に飛び上がる。
「勝負は預けてやる! 次の機会は必ず貴様を倒す!」
「待て!」
追いかけようとするメアウェンに、アウグスが火球を投げつける。
とっさに剣の魔力を盾魔法に変換し、メアウェンは火球を受け止める。魔力の膜に触れた火球は小さな爆発を起こし、メアウェンの視界を奪った。
爆発の煙が晴れた頃には、すでに男たちの姿は跡形もなく消えていた。
「逃がしたか」
男たちがいた辺りを睨みつけて、メアウェンはつぶやく。
炎の激しさが増している。
「私もここから抜け出さなければ」
メアウェンは魔力を剣に集中させる。目に見えるほどに練られた魔力が剣にまとわりつき、刀身に染み込んでいく。魔力が集まるにつれ剣は強い光を放ちだした。
「これだけ燃えていれば流石に住民は避難していると思うが」
メアウェンは剣を両手で持ち頭上に振り上げる。刀身はすでに直視が難しいほどに光り輝いていた。
「当たらないでくれよ!」
燃え盛る建物に向かってメアウェンは裂帛の気合とともに剣を振り下ろした。
メアウェンの剣から強大な魔力が噴出する。建物に向かって放たれた光の奔流は雷鳴の如く轟音を撒き散らし、炎もろとも建物を消し飛ばす。光と音が収まった後に残ったのはだだっ広い大通りだった。
「ウィルたちを探さねば」
愛刀を鞘に収め、メアウェンは難民街の外に向かって走っていった。
◇
時は少し遡る。
メアウェンと分断されたウィル、リン、セオル、フローラは、炎が燃え盛る難民街を出口に向かって急いでいた。
「煙を吸わないように口元を押さえて!」
セオルが皆に注意を呼びかける。子供たちは屈んで慎重に進む。
「フローラ、道はわかる?」
リンが地理に一番明るいであろうフローラに尋ねる。
フローラはリンの手を握り締め、路地の方向を指さす。
「た、たぶんあっちだと思う。火がついてていつもと雰囲気違うから……」
フローラは自信がなさそうに小さくつぶやく。
「行ってみよう。今はフローラに頼るしかないよ」
ウィルが先頭に立ち路地の方を見ながら言った。熱気に炙られウィルの額に汗が流れる。
四人は頷き、路地を進んだ。しばらく行くと四つ辻に出る。
「次はこっちだと思う」
四人はフローラの指さした方向に進むが、路地は途中で崩れた建物に塞がれてしまっていた。
「こっちはだめだ!」
「じゃあ、戻って。反対側の道でも遠回りだけど行けるから」
四人は四つ辻まで戻り反対側の路地へ進んだ。まだ通っていないもう一方の道はすでに崩れている。
「火の勢いが増してきてるね」
セオルが観察しながら言う。
「急ごう!」
火の粉が舞い、服を焦がしていく。バチバチと音を立て、炎が建物を焼いている。
今度は目の前に丁字路が現れた。
「フローラわかる?」
「こっち!」
フローラが左の路地を指さした。
「よし、行こう!」
しばらく歩くと少し開けた場所に出た。路地が繋がっているようだが、すでに周りの建物が崩れており通ることができない。
「だめだ。行き止まりだよ」
「じゃあ、反対側へ」と、フローラ。
「戻ろう!」
四人が元来た道へ戻ろうとした時、路地の入口にある建物がバキッ、バキッと音を立て始めた。
「待って! 音がおかしい!」
セオルが叫ぶ。
四人の目の前で建物がガラガラと崩れていく。
「危ない!」
慌てて広場の中央へ戻る子供たち。広場から出る唯一の路地が塞がれてしまい、四人は閉じ込められてしまった。
「閉じ込められた!?」
「うそ!」
ぐるりと周りを見渡してみるが通れそうな道はない。火の勢いはますます強くなってきている。
子供たちはかろうじて炎が届かない中央に集まり、身を寄せ合う。
「どうしよう、ウィル、これはまずいよ」
セオルがウィルに言う。
「どうしようったって……」
聞かれたウィルもどうしていいかわからない。
「ごめんなさい、私がこっちの道って言ったから……」
フローラはへたり込み、今にも泣きそうな顔をしている。
「道が崩れてるのなんてわからないし、仕方ないよ。でも……」
セオルがフォローするが、それでなにか解決するものでもなかった。
「みんな」
「リン?」
「私がやってみる」
リンが決意した表情で立ち上がる。
「やってみるって、何を……」
リンは以前遭遇したテロの現場でのフェイの姿を思い出していた。
(あの時のフェイの歌っていた歌。あれを私は知ってる)
リンの体に魔力があふれ、淡く輝き出す。
(あの歌は姉さまが教えてくれた歌と同じものだった。あれなら私にも歌えるはず。それに本営を出るときに聞こえたあの声。あれはきっと……)
リンの口から不思議な旋律が流れ出す。歌声には魔力が宿り、その歌詞は聞いたことのない言葉だ。
エルフに伝わる精霊と交信するための歌。祝歌をリンは行使した。
リンの周囲に水滴が現れ渦を巻く。水滴は周囲の炎の輝きを反射し虹を映し出した。
「リン!」
ウィルが叫ぶ。
リンの輝きが極大まで強まり周囲を白く染め上げた。
リンの求めに応じて精霊が顕現する!
「うわああ!」
光が収まった時、姿を表したのは麗しき水の乙女、ウンディーネだった。
ウンディーネはリンの周囲を浮遊し、ぐるぐると周りだす。やっと呼んでくれたとばかりに喜びの波動を放ち、リンに絡みついた。リンの服はぐっしょりと水に濡れている。ウンディーネはぐるぐると周り、そしてリンに絡みつくことを繰り返している。時折、そのウンディーネの体はリンの顔面を覆い、祝歌を歌うリンの口からゴボゴボと音が漏れた。
「ちょ、ちょっと大丈夫なのか、これ」
「わからない。なんだか召喚はできても制御ができていないみたいだ」
ウィルの言葉にセオルが応える。
ウィルたちの周りに可視化されるほど濃密な魔力が広がり、オーロラ色に輝いている。
ウンディーネの動きはもはや目で追えないほどに早くなり、広場の中を無茶苦茶に飛び回っていた。
「リン! 魔力をもっと集中させて! 歌に祈りを込めるように魔力を集中させるの!」
フローラが叫び、リンを補助するように両肩に手を置く。
「魔力の流れが見える。きっと本当は歌に乗せなければいけない魔力が漏れてしまっているみたい。私も手伝うよ! リン!」
フローラが意識を集中させている。
「私はヴェトス。魔力とともに生み出された種族。きっとエルフのあなたの手伝いもできる。がんばって、リン!」
周囲に漂うオーロラ色の魔力が少しずつ動き出す。
「ウィル! あなたも手伝って! ヴェトスならできるはず!」
急にふられたウィルは驚いたが、リンに近づき肩に手を置く。
「や、やったことないけど、俺も手伝う!」
また少し、周囲の魔力の動きが早くなる。魔力は螺旋を描き、少しずつリンに集まりだした。
リンの意識は魔力の奔流の中に飲み込まれそうになっていた。自分の体を通って流れ出す魔力を抑え込む事ができない。どこかからあふれ出す魔力が口を通って出ていく。すでにその流れはリンの意思を無視したものになっていた。
(助けて! 流れが止められない! 誰か、助けて!)
魔力の奔流はリンの意識をも押し流そうとするかのように勢いを強めていく。
(もう……だ……ウィル……たす……)
リンの意識が魔力の奔流にすり潰され消え去る寸前、何者かに支えられる感覚をリンは感じた。
(リン! 意識をしっかり保って! 私とウィルが補助するから!)
フローラの声が聞こえる。
(わか……た!)
二人の力に支えられ、リンは徐々に魔力を抑え込みだす。
魔力は整えられ、歌としての形が見えてきた。
(ありがとう、二人とも! これならいける!)
ウィルたちの周囲に漂う魔力が目に見えて回転を始める。そしてある瞬間一気にリンの体内に収束した。
(掴んだ!)
リンの口から虹色の輝きに溢れた歌が紡がれる。それは魔力の弱いセオルにもはっきり見えるものだった。
(ウンディーネ! 力を貸して! 火を消して私たちを助けるのよ!)
ウンディーネが突然回転を止め、上空高く舞い上がる。その場で静止すると、大量の水を噴出した。
ウンディーネが発生させた水流はウィルたちを避けるように周囲に広がると、炎に包まれた建物に覆いかぶさり消火していく。
あたりの火事がすっかり収まると、リンたちのもとに降りてきたウンディーネはリンの頬を優しく撫で、微笑みを残して消えていった。
「は、はは、助かった……」
呆然としたセオルの口から安堵が漏れる。
リンは力を使い果たしたかのように座り込み、ウィルに支えられていた。
「二人……とも、ありが……とう。おかげで、なんとか……なったわ」
「リンががんばったからだよ」と、フローラ。
「心配したよ」
リンの肩を抱き、ウィルが声をかける。
ふふ、と微笑むリン。
「そこに誰かいるのか!」
焼け焦げた建物の向こうから声がする。
次の瞬間、真っ黒に焦げた建物が粉砕され、土煙の中からメアウェンが現れた。
「君たち! 無事だったか!」
メアウェンが子供たちに駆け寄る。
「すまない、君たちを危険に晒してしまった。本当に、無事でいてくれて良かった……。しかしこれは……」
辺りを見渡すメアウェン。広場の周りには火が完全に消えた建物が並んでいる。
「そうか、自分たちの力で切り抜けたのだな」
誇らしげな顔で見つめてくる子供たちをメアウェンは四人まとめて抱きしめた。
「私は君たちが誇らしいよ。さあ、もう帰ろう。体力も限界だろう」
メアウェンがまだ立ち上がれないリンを抱き上げる。
五人は難民街を出るべく歩き出した。
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