第18話 難民街の苦難3
メアウェンたちはフローラの家にの前にいた。
以前も来たことがあるが、複雑な道のりだった。狭い路地を通り何度も角を曲がりようやくたどり着いた。
難民街は自然発生的にできた街だ。ヴェトス国の首都ロマを脱出してきたヴェトスたちが住み着き、自分たちで家を建てて街ができた。都市計画など当然なく、張り巡らされた路地も道ではなく家の隙間といったほうが正しい。迷宮と言っても差し支えなかった。
「着いたぞ」
メアウェンが皆に伝える。
「迷路みたいだ」
セオルは難民街は初めてだったのか物珍しそうにきょろきょろしている。隣に控えるネクサは興味がないのか特に反応は示さなかった。
メアウェンがフローラ宅の扉を叩く。
「フローラ、メアウェンだ。迎えに来たぞ」
しばらくして扉が開き、フローラが現れた。フローラは水色のワンピースを着て、背負い袋を背負っている。
「こんにちは、みなさん」
フローラが頭を下げる。その拍子に背負い袋がひっくり返った。頭を上げたフローラの顔に背負い袋が覆いかぶさっている。
「わ! 真っ暗!」
突然視界が真っ暗になってフローラは慌てている。
「フローラ、荷物荷物!」
ウィルとリンが駆け寄り背負い袋を直してやる。
「ああ、びっくりした! ありがとう、二人とも」
フローラが二人に対してにっこり笑いかける。肩まで伸ばした黒髪がさらさら揺れた。
「フローラ、紹介しよう。こちらはウィンステッド商会のセオル、オスリック殿のお孫さんだ」
メアウェンがセオルを差して言う。
「はじめまして、フローラさん。僕はセオルです。こちらは使用人のネクサ」
「ネクサと申します」
ネクサが深々と頭を下げる。
「え、フローラです。ひょっとして迎えに来てくれたんですか?」
「はい、お祖父様の指示で」
「うれしい! セオルさん、ありがとう!」
フローラがセオルの手を両手で握って礼を言った。
「セオル様、少しお顔が赤いようですが」
「もう、ネクサ!」
フローラがくすくす笑う。
「もう大丈夫なようだな。準備はいいのかい?」
メアウェンが確認する。
「はい、母ちゃんと兄ちゃんにもお別れしてきました」
「そうか。では、出発しようか」
「はい!」
フローラを加え、七人になった一行は通用門に向けて出発することにした。
(母ちゃん、兄ちゃん、……いってきます)
フローラが家族に別れを告げていると、メアウェンがぼそりと漏らす。
「なんだ、笛の音……?」
メアウェンのつぶやきに護衛の聖騎士のエードウィグが反応する。
「あれは、聖騎士の危険を知らせる笛の音です! 何かあったようです!」
一行の後ろから伝令と思しき聖騎士が走ってくる。伝令は一行を追い抜き去っていった。
「君は行かなくてもいいのか?」
「私は皆さんの護衛を命じられています! こんなときこそ皆さんをお守りするのが私の役目です! 難民街の外まで必ず送り届けますのでお任せください!」
力強く語るエードウィグの頭越しに空を見たメアウェンは一筋の煙を見つける。
「煙!? 火事が起こっているのか!」
一筋だった煙は見る間に数が増えていく。
「様子を見てまいります。セオル様をお願いします」
飛び出したネクサが走り去っていく。
「ちょっと!? ネクサ!」
思わずかけたセオルの声も届かず、ネクサの姿は見えなくなった。
(あの身のこなし……)
「セオル、彼女は普段どんな仕事をしているんだ?」
メアウェンはセオルに尋ねた。
「え、いつもは叔父さんの秘書をやっています。今日は僕の付き添いだけど」
「そうか。とにかく、移動しよう。火が拡がる前に難民街から出ないとまずいことになる」
「メアさん、ネクサは――」
「彼女はおそらく大丈夫だろう。今は自分たちが助かることを考えるんだ」
メアウェンに促され、六人は出口に向かって歩き出した。
◇
「君! 君はどこの家の人だ? 向こうで火事が起こっている。家に戻るならやめ――」
声を掛けてきた聖騎士の喉にナイフを投げたネクサは、聖騎士が倒れきる前に腰の長剣を抜き取る。間髪いれず、あっけに取られていた彼の同僚の鎧の隙間に長剣を差し込んだ。
長剣を聖騎士の体内に残したまま手放した彼女は妖しげな笑みを浮かべ、倒れている二人の聖騎士の亡骸に言葉を投げつける。
「ごめんなさいね。お仕事があるのよ」
ネクサがいるのはセオルたちがいる路地の一本隣の路地だった。一行から別れた彼女は角を曲がりここまで走ってきた。
「煙玉を使ってくれたのね。用意した甲斐があったわ」
テロリストたちが使った煙玉はネクサが用意したものだ。撹乱のために使えと言って渡してある。
支援者の連絡役としてテロリストと接触していた銀髪の女性の正体は髪を下ろしたネクサだった。
「放火の罪を被ってくれるなんて本当、助かる」
そうつぶやくネクサの視線の先には大きな樽があった。路地に沿って等間隔に、そして路地に馴染むようにいくつも置かれたそれは、中に油が満たされた油樽だった。昨日の深夜にネクサが人を使って運び込んだものだ。
ネクサは油樽に手のひらを向け、魔力を集中し始める。
「さようなら、セオル様」
ネクサの手から放たれた魔力火矢は油樽に命中した。油樽は爆発的に炎を吹き上げる。火の付いた油が周囲に飛び散り、周りのあばら家、そして一つ隣の油樽に火を付ける。連鎖的に爆燃を引き起こした油樽は周囲を瞬く間に火の海に変えていく。
今頃、ネクサの配下の者が別の路地でも火をつけて回っているはずだ。
「さ、巻き込まれないうちに逃げましょう」
ネクサは魔力強化した脚力でまだ燃えていない家の屋根に飛び移ると、人目を避け屋根伝いに去っていった。
◇
メアウェンたちは急いでいた。空に昇る煙は刻々と増えていっている。先頭にエードウィグ、続いて四人の子供たち、殿をメアウェンが務めていた。
しばらく行くと少し開けた場所に出た。三本の路地が交わる小さな広場といったところだ。
「道はこちらです。さあ、急いで!」
エードウィグが言い終わった直後、彼の背後の建物から爆音が鳴り響く。エードウィグが振り返ると建物から火柱が上がっている。驚いて固まったエードウィグに空から降ってきた燃え盛る油が降り注いだ。
「うわあああ!」
鎧に付いた油が燃え上がりエードウィグは炎に包まれる。地面に転がり火を消そうとするエードウィグのそばの建物がバキバキと音を立て始めた。
「エードウィグ!」
メアウェンが駆け寄ろうとする。彼のそばのあばら家は、燃えやすい板材で作られろくに柱も建てられておらず、炎の力にあっさり屈した。盛んに炎を上げる屋根材がエードウィグの上に覆いかぶさる。
エードウィグを抱きかかえ轟々と火を吹く崩れたあばら家に、氷魔法を打ち込むべく魔力の集中を始めたメアウェンは、周りで次々と上がる火柱を見て魔力の集中を断念した。
「残念だが彼のことは諦める! ここから離れないとまずい! あちらの道から逃げるんだ! さあ!」
子供たちを促し、もう一本の路地の方へ走らせる。
「こっちだ!」
ウィルが先頭を切って路地に飛び込む。リンがフローラの手を引き、後にセオルが続いた。
すでに両脇の建物には火がつき、ウィルたちの髪を焦がす。
メアウェンが最後に路地に飛び込む寸前、建物は力尽き崩れた柱が路地を塞いでしまった。
「くっ」
急制動をかけたメアウェンは炎に飛び込む寸前で難を逃れる。
「メア!」
路地の向こうからウィルの声がする。
「ウィル! 私は自分でなんとかする! 炎のない方へ進め! みんなを守るんだ!」
メアウェンがウィルに向かって叫ぶ。激しく揺らぐ炎の隙間から頷くウィルが見えた。
「死なないでくれよ」
メアウェンはそう祈り、自分の状況を確認する。辺りはすっかり炎に包まれている。先ほど自分たちが通ってきた最後の一本の路地もすでに瓦礫で塞がれていた。
「まいったな」
そう言ったメアウェンは自分を見つめる気配に気づき、腰の剣に手をかける。
見上げたメアウェンの目に映ったのは、屋根の上に立つ大きな男の影だった。
◇
アルフリクは次々と上がる煙の筋をみて、偵察を兼ねた伝令を放っていた。
戸別訪問部隊が襲撃を受けたという報告も来ており、控えていた即応部隊の出動も命じた。
作戦遂行の雲行きが怪しくなってきている。とはいえ、襲撃は想定の範囲内だ。むしろ襲撃があったということは、難民街にテロリストがいるという証拠とも言える。
戸別訪問部隊は死亡が三名、負傷が六名。人員が半減した隊は組み換えで新しい地域に再配置した。
しかし、火事はまずい。
(やつらにとって、魔族は守るべき存在ではないのか。こんな狭い街で火を使うとは)
戻ってきた伝令から次々と報告が上がってくる。
「報告します! 北地区で火が上がっております! 住民たちによると突然激しい炎があがり、燃え広がっているとのこと!」
「怪我人はいるのか?」
「聖騎士と住民にやけどの被害がでています」
「火災の規模はどれくらいだ」
「現状で二十軒程度の家が燃えています」
火はすでにかなり広がっているようだ。
「医療兵を向かわせろ。それと残っている即応部隊に水壺を運ばせて消火に当たらせろ。付近にいる戸別訪問隊は住民の避難を優先させつつ、手が空いたら消火を手伝わせるのだ。工兵隊には火に先回りして、付近の建物を壊すように伝えろ。延焼を防ぐ」
「はっ」
返事をした伝令が駆け出していく。
「風向きを考えることを忘れるな」
走り去る伝令の背中に向かってアルフリクは言葉を投げかける。
「まずいな」
魔族の中には王都の市民証を持つ者も多くいる。それに魔族の国を併合した今、彼らはこの国の国民である。一人二人ならまだしも大量に死なせるのはまずい。アルフリクの将来にも響くだろう。
「やはり貧乏くじだったか」
テロリストの中から魔族の王族を見つけて捕らえよ。アルフリクがそう命令を受けたとき、自分の幸運に喜んだ。騎士団長発案の任務を成功させれば、評価は大きく上がるだろう。その功績は子爵に昇格するのに十分なものになるに違いない。
しかし、実際任務が始まると不運に不運が重なった。烏合の衆だと侮っていたテロリストたちは意外なほどしっかりとした作戦行動を行い、参考人を失ってしまった。あのときの魔族の男はかなりの強さだった。魔族たちの特性である紋様については、人魔戦争に従軍したアルフリクは知っていたが、奴のように強さを大幅に上げる者は初めて見た。あるいは、奴こそが探している王族だったのではないか。
いや、そもそも魔族に王族などいないのだ。魔族の国に王家というものはない。あるのは魔族の六つの部族を代表する族長家、フェロナル、フリオニン、フォヴォレナ、ラティオナル、スペドラ、ウンブラリア。国王はこの六つの部族のそれぞれの族長家の中から選ばれる。
あの戦争に参加した将兵なら知っていることだ。現騎士団長のキネムド卿は知らないのだろうか。報告は上がっているはずだが。
聖騎士団長は騎士ではなく、聖職者である。現場を知らない、知ろうともしない人物なのだ。教会の中では人徳者として慕われているようだが、時折聖騎士団に降りてくる意図不明の命令は彼の本当の人間性を表しているのではないか、そうアルフリクは考えていた。
今回の命令も訳がわからない。本来軍隊であるはずの聖騎士団に犯罪捜査を行わせ、いもしない王族を探させている。土台が無茶な命令で始まっているものがうまくいくはずがない。
とはいえ、自分が功績を必要としていることも事実だ。アルフリクが子爵に昇格しなければ、一人息子は平民に落ちてしまう。ともかく、今はこの状況をなんとか収めなければならない。住民の被害を抑えつつ、テロリストを捕らえるのだ。火さえ抑えられればまだ目はある。アルフリクは新たな命令を伝えるため、伝令を呼んだ。




