第17話 難民街の苦難2
アルフリクは部下からの報告を受けつつ部隊の展開の進捗を監視していた。
今回の作戦の目的はテロリストたちのあぶり出しだ。難民街の住民たちをすべて調べるという方法を取る。難民街で行うのは魔族たちが多く住むここにテロリストの拠点があると当たりをつけたからだ。特に情報が何かあったということもなく、言ってしまえば当てずっぽうだ。
国軍の作戦とは思えない稚拙さだが、そういう命令が来たならばやらなければならない。
彼は今回の作戦の総司令に任命されている。前回の作戦では護送対象を死亡させてしまうという失態を演じてしまったが、挽回の機会を与えられたのは幸運だった。
アルフリクは伯爵家の出身だが、庶子のため実家を継ぐことはできなかった。王国では貴族の庶子は家を出、一代限りの男爵家を興すのが慣例となっている。彼もそれに倣い、男爵家を興した。一代男爵は文字通り、爵位を嫡子に継がせることはできないのだが、当主の功績次第で子爵に格上げされ一代限りの制限も外れる。つまり手柄を挙げれば爵位は格上げされ、家を息子に残すことができるのだ。
彼のこれまでの功績はなかなかのものだった。順調に行けば子爵位への格上げも望めるはずだ。それをこの作戦で台無しにするわけにはいかなかった。
「西地区からの報告が遅いな。展開が遅れているのか」
すべての住民の検分を行うため、複雑な構造の難民街の中を誘導できるよう、誘導線に沿って兵の配置を急いでいた。また、テロリストの離脱を防ぐために難民街の外縁をぐるりと包囲するように封鎖線も引いている。
西地区からの封鎖完了の報告がまだ来ていなかった。住民との間に問題が起こったか、あるいはテロリストと遭遇でもしたのか、アルフリクが懸念していると伝令の兵が指揮所に走り込んできた。
「報告します。西地区の封鎖線の展開が完了しました」
「遅いな。他の地区はとうに終わっているぞ。なにか問題でもあったのか」
アルフリクが伝令を叱責する。
「申し訳ありません。少し住民との諍いがあったようです。現在は解消しています」
「難民街の魔族だけでも数百人はいる。すべてを検分するには住民側の協力は必須だ。住民感情を逆撫でするような振る舞いはするなと指揮官に伝えておけ」
「はっ」
返事をすると伝令は戻っていった。
アルフリクは補佐役が入れてくれた温かい茶をすする。
多少の問題はあったようだが進捗状況はまずまずだ。遅れは深刻なものではない。時間は余裕を持たせて組んであるためこれくらいは吸収できるはずだ。
封鎖線の配置が完了し、誘導役の兵の配置も終わると次は戸別訪問の部隊を出発させる。今頃は先触れの部隊が難民街を練り歩き、住民に対する布告を行っているはずだ。
アルフリクは指揮所に設置された椅子に腰を下ろし、作戦の成功を祈りながら誘導兵配置完了の報告を待つことにした。
◇
「どうだった?」
アウグスが偵察から戻ってきた男に尋ねる。
「聖騎士たちは街の外縁を包囲していました」
「他に情報は何かあるか?」
「特に目新しいものは。やはり先触れ隊が言っている通り住民たちを呼び出して一人ずつ調べるようです」
先ほどから聖騎士団の先触れ隊による布告が何度も聞こえている。聖騎士団による検分が行われること、魔法の使用を禁止すること、戸別訪問の隊が家に来たら誘導兵の指示に従い検分所に向かうことを触れて回っている。
偵察のために少し騒ぎも起こさせてみたが特に新しい情報は得られなかったようだ。
ここはテロリストたちが新たに用意した拠点だ。地下の集会所は傭兵騎士団に知られてしまったため、ここに移してきた。以前の集会所と異なり入り組んだ路地の奥にある地上のあばら家で、二軒分を壁を抜いて使っている。
今はガルムとアウグスに加えて、迎撃作戦に参加する四十名のうち、班の指揮官や伝令となる者八名が集まり、作戦会議を開いている。
「作戦の情報はこれ以上なさそうであるな」
ガルムが言う。
「ああ、特におかしな動きもなさそうだ。しかし連中、こちらの情報は何一つ持っていないらしいな」
難民街を封鎖し、全住民を調べるということは聖騎士団は何も知らないと言っているに等しい。何か掴んでいるものがあれば、そこを重点的に調査しようとするはずだが、そんな気配もない。
「正直、なぜ聖騎士団が出張ってくるのかもわからんが。まあ、とにかく検討していた作戦で問題なさそうだ」
アウグスが作戦の説明を始める。
「まず、今回の我々の勝利条件だが、聖騎士団の途中撤退だ。聖騎士団の展開規模からみて奴らは百人や二百人の規模ではないだろう。おそらくその倍以上はいるはずだ。我々の人数では正面撃破は不可能だ。そのため、ゲリラ戦によって損害を与え、奴らを撤退させることを目標にする」
机の上に広げた難民街の地図を囲み、参加者たちは頷く。
「標的は戸別訪問の部隊だ。情報を聞く限りこれは難民街の各家を訪ねて回る部隊だろう。つまり自ら路地に入ってくるということだ。これを囮役によって釣り、路地の奥へ誘導する。袋小路まで誘導できたら土壁の魔法で背後を封鎖する。増援と合流させないためだ。孤立した戸別訪問部隊に対して屋根上に配置した同志が投網を投げて動きを封じる。そこを襲撃役が撃破しろ。必ずしも命を奪わなくても構わん。足や目を狙って戦闘不能にできれば離脱していい。敵の数は多い、なるべく時間をかけるな。もたもたしていると増援が来るぞ」
「役割の分担はどうするのだ」
ガルムが口を挟む。
「各班で決めろ。囮役二名、分断役一名、屋根上一名、襲撃役三名だ。伝令の班は各班の状況を見て随時私とガルムに報告だ。移動経路は路地と屋根上を随時切り替えろ。それと伝令の他にやってもらうことがある」
アウグスが傍らにあった袋から手のひら大の玉を取り出す。
「煙玉だ。噴煙の魔法が封じてある。これを伝令の合間に街の各地に仕掛けて火事を偽装しろ。言っておくが本物の火は使うなよ。襲撃役も火魔法は禁止だ。こんな密集した街で本物の火事が起こればどれだけの被害が出るかわからんからな」
言い終わるとアウグスは一同と順に視線を合わせていく。皆一様に緊張と決意がない交ぜになった固い表情をしている。
「こちらの被害が大きそうだと判断したら撤退命令を出す。それがなくても危険を感じたら指揮官の判断で撤退して構わない。この作戦は命をかけるようなものではない。我々の訴えを奴らに伝える機会はいつでもある。我々は支援者の駒ではないということを忘れるな」
皆には今回の迎撃作戦は支援者の指示であることは話してある。いくらなんでも無茶が過ぎ、ガルムやアウグスの案だということにすると反抗されかねないからだ。
「アウグス、貴様――」
「支援者への言い訳はお前がなんとかしろ、ガルム。こんな無茶を受け入れたのはお前なのだからな」
ガルムが何か言いかけたところを制してアウグスは言い捨てた。
今回七名の襲撃班を五班作った。ガルムとアウグスも襲撃班にはいっている。残りの五名は伝令を担当する。こちらの戦力はたったこれだけだ。聖騎士たちはおそらく三百五十か、それ以上はいるだろう。戸別訪問部隊だけでも十隊や二十隊はいるはずだ。それをたった五班で潰してまわろうというのだ。反撃や捕縛などで一班が欠けるだけでもかなり状況は不利に傾く。作戦の成功率は多めに見積もって五割いけばいいほうだろう。
「皆、作戦は理解したな」
アウグスが全員に確認する。
「はっ」
「では作戦開始だ。各自持ち場につけ!」
アウグスの号令を受けて、各員が散っていった。
「何人生き残れるか」
同志たちが去った方向を見つめて、アウグスはひとりごちた。
すでに日は昇っている。アウグスの金髪が日の光を反射して輝いていた。
◇
「おばあちゃん、ここのご家族はこれで全員ですか?」
聖騎士エセルウィン・レオフウィンは魔族の老婆に尋ねた。
「はいはい、そうですよ」
「ではご家族皆さんでまとまって検分所へ向かっていただけますか? 道中、案内の聖騎士がいますから、道順は彼らに従って進んでくださいね」
魔族の一家を笑顔で送り出す。
「さあ、次の家ですね」
戸別訪問部隊は六人一組で稼働している。人当たりのよいエセルウィンは魔族との対話役に抜擢されていた。
レオフウィン子爵家に嫡子として生まれ、両親の愛をふんだんに受けて育った彼は誰に対しても分け隔てなく接し、優しさと愛を分け与えることができる、貴族としての善の部分を象徴するような性格に育った。
昨年十八歳になり聖騎士団に入団したエセルウィンは訓練を経て本作戦で初陣を飾った。
初めての作戦参加で役割が持てるのは幸運なことだ。エセルウィンは育ててくれた両親に感謝し、本作戦に全力で取り組むことを誓った。
「こんにちは、聖騎士団の者です」
隣の家に移り扉を叩く。しばらくすると扉が開き、中から若者が現れた。
「なんだい?」
「私は聖騎士のエセルウィンといいます。今、こちらの皆さんの調査をおこなっていまして」
「ああ、さっき騎士さんが触れて回っていた」
「はい、ご家族で連れ立って検分所へ行っていただきたいのですが、今いらっしゃる皆さんで全員ですか?」
エセルウィンが家の中を少しのぞき込んで言う。中には中年の男性と女性が一人ずついた。この若者の両親だろうか。
「ああ、いや、爺ちゃんが向こうの家に離れて住んでるんだ。呼びに行くから悪いけど一緒に来てくれるかい?」
「そうですか。わかりました。少し待ってもらえますか?」
エセルウィンは若者にそう伝えると、振り返って隊長に許可を求める。
「こちらの家のおじいさんが奥の家にいらっしゃるようなので、彼について迎えに行こうと思いますが構いませんか?」
「ああ、構わんが単独行動はやめておけ。おい、お前たち」
隊長は同行していた聖騎士二人に声を掛ける。
「エセルウィンについて行ってやってくれ。その間にこちらは次の家を尋ねておく」
「ありがとうございます。では参りましょう」
エセルウィンは魔族の若者と、聖騎士二人とともに路地を歩き出す。
「おじいさんはどちらの方にいらっしゃるのですか?」
「あっちの路地の奥の方だ」
若者が三本ほど先の曲がり角を指差す。
「騒がしくしてすみませんね」
「なに、気にすることはないよ。騎士さんに協力するのは市民の義務なんだろ? 市民証をもらうときに習ったよ」
若者と談笑しながら路地を進む。
若者が指していた角で曲がり路地に入った。路地の奥の方は屋根が設置されており、少し暗がりになっていた。
「ここの奥ですか?」
「ああ」
突然背後で大きな音が鳴る。振り返ると路地を塞ぐように土壁がそびえ立っていた。
「な!?」
驚いている聖騎士三人の頭から何かが降りかかる。慌てて振り払おうとするが、指が引っかかった。網状のものが三人に覆いかぶさっている。
前をみると先程の若者が路地奥の暗がりに走り去るのが見えた。
これは、罠だ! エセルウィンは長剣を抜こうとするが網に引っかかり抜くことができない。
もう一人の聖騎士が連絡用の笛を取り出そうともがいている。
「くそ!」
エセルウィンは長剣をあきらめ、補助として持っていた短剣を反対の腰から引き抜こうとする。
路地奥から鋭い音とともに、魔力の塊が飛来する。二発並んで飛んできたそれはエセルウィンを通り過ぎ、後ろにいた聖騎士たちに命中した。
聖騎士たちは力を失い崩れ落ちた。網によって繋がれたエセルウィンもそれにつられ、引き倒される。
「ぐぅっ」
エセルウィンが顔を上げると、聖騎士たちの顔面を氷柱が貫いていた。冷気によって頭部が凍りつき血は落ちてこない。
「まずい」
エセルウィンは網から抜け出そうともがく。なんとか短剣を引き抜き、網を切断しようと刃をかけるが魔力で保護されているのか中々切ることができない。
エセルウィンが網と格闘していると、路地奥の暗がりから三人の人物が歩いてきた。先頭の金髪の男は右手に抜き身の長剣を下げている。
男たちはエセルウィンの前まで来ると立ち止まった。
「君が最初の犠牲者だ」
金髪の男はそう言うと右手の長剣を振り上げた。
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