第16話 難民街の苦難1
テロリストたちの集会所が移された日の翌日、セオルはウィスタンの執務室を訪れていた。
「ああ、セオル。よく来てくれた」
ウィスタンが書類に目を通しながら言う。内容をチェックし、何かを書き込んだ後傍らにある箱に入れた。すぐさま反対にある箱から新しい書類を取り出す。束になった書類は麻紐で角を止められている。
「仕事をしながらですまないね。今とても立て込んでいるんだ」
そう言うとサインを書き込み次のページに移る。かなり忙しそうだ。
「そういうわけで、私は手が離せなくてね。君にまたおつかいを頼みたい」
次のページは問題があったようだ。何かを書き込んでいる。
「はい、かまいません。僕にできることならなんでもします」
ソファに腰かけたセオルが答える。
「助かるよ。君にはある女の子を迎えに行ってもらいたいんだ」
「女の子、ですか」
「ああ、魔族の女の子でね。難民街に住んでいるフローラという子だ」
「それって――」
「おや、知り合いかい?」
ウィスタンが書類から顔を上げて尋ねた。
「いえ、会ったことはありませんが、その子のことは聞いていました」
「そうか、なら話は早い」
ウィスタンは書類に書かれた一覧を順にチェックしていく。
「その子は身寄りをなくしたそうでね。うちの商会で、というよりウィンステッド家でだな。彼女を保護することにしたそうだ。父上から迎えに行くように指示が来たんだ。私が行ければいいんだが、ご覧のあり様でね」
「わかりました。ここに連れてくればいいんですね」
チェックし終わった書類束をウィスタンは箱に入れた。
「ああ、そうだ。この間は一人で行かせてひどい目に合わせてしまったからな。今回はネクサと一緒に行ってくれ。難民街は少し治安が悪いからね」
ウィスタンは椅子から立ち上がり伸びをした。腰が痛いのかとんとんと叩いている。
ネクサは優しくて、セオルとよくおしゃべりもしてくれる。使用人の中では一番仲がいい相手だ。楽しいおつかいになりそうだ。
「今日はネクサも仕事があるから、明日二人で行ってくれるかな。どうだい?」
「はい、大丈夫です!」
「では、よろしく頼むよ。はあ、私は書類に戻るとするか。ごくろうだったね、もう下がっていいよ」
「それでは、失礼します」
再び書類と格闘を始めたウィスタンを残し、セオルは執務室から出た。
オスリックはフローラの事もカエレンから聞いていたようだ。一昨日、セオルからカエレンの訃報を聞いたことで、保護を決めたのだろう。
やはり、祖父は優しい人だった。セオルはなんだか嬉しくなり、足取り軽く自室へ戻っていった。
◇
王都の空は白み始め夜の終わりが告げられようとしていた頃、街を貫くベオルスリック大通りを歩く一団があった。
フルアーマーをまとった聖騎士団約四百名は隊列を組み、難民街目指して進軍していた。
八百の足が奏でる足音は規則正しく一切の乱れなく、人気のない王都に響き渡る。しかし、いまだ夢の世界の住人である市民たちの耳には届かない。王都の人々は聖なる騎士たちの行進を知るよしもなかった。眠りへのいざないを拒絶し、活動を続けている王都の番人たちを除いて。
夜が明け、人々が新しい一日を始める時間、夜勤明けのメアウェンは団員から報告を受けていた。早朝の聖騎士団の行軍を知り、動向を調べるために放った偵察が帰ってきたのだ。
聖騎士団が作戦行動を行う場合、事前通達や協力要請があることもあるが必ずというわけではない。今回は特に連絡はなかった。そのようなときはどこで作戦行動が行われるかは調べるようにしていた。
王都内や近隣で聖騎士団の作戦が行われる場合、傭兵騎士団の行動に支障が出ることもある。王都より離れていくようであれば深追いはせず、放置していた。
「まいったな。難民街か」
今日はフローラを迎えに行く日だ。難民街で作戦ということはカエレンのテロ関係の捜査だろうか。そのわりに動員数が多いのは気になる。聖騎士団は何をするつもりなのだろうか。
「少し急いだほうがいいかもしれないな」
難民街で作戦が行われるということはフローラも何かしら巻き込まれる可能性がある。保護の意味でも急いで行ったほうがよさそうだ。
「団長。ウィルとリンが来ましたよ」
団員が知らせてくれた。昨晩からメアウェンは当番で夜勤を行っていたので、ここ本営で二人と合流する約束にしている。
「メア! 来たよ!」
二人が執務室に入ってきた。メアウェンの顔を見て「どうかしたの?」と尋ねてくる。
「ん、いやよく来てくれた。少し困ったことになってな」
メアウェンは聖騎士団が難民街で何かしているらしいことをウィルとリンに説明した。
「行ってみなければわからんが、難民街に入れない可能性があるんだ」
「えー」
「交渉はしてみるが、最悪私一人で行くことになるかもしれない」
「危ないの?」
リンが不安そうに聞く。
「あれだけ聖騎士がいて危ないことはないだろうが、作戦区域に民間人は入れないかもしれないからな」
こればかりはどうしようもない。メアウェンですら部外者なので、中に入れるかはわからないのだ。ただ、フローラのことはなんとかしたいので、騎士団長の権威でねじ込んでやろうとメアウェンは考えている。
「とにかく難民街に向かおう。フローラが心配だ」
メアウェンの引継ぎを済ませると、難民街に向かうべく執務室を後にする。
ウィルが振り返るとリンが執務室の入口で立ち止まっていた。
「リン、行くよ?」
「何か――聞こえた気がして……」
リンは声ならぬ声を聞いた気がした。それは心地よさを感じると共に、不吉を告げるような、不安を掻き立てるような、心をざわつかせるものであった。
◇
通用門を出てすぐのところにやや開けた区画があった。
広場と言えるほど広くもなく、三十人も入ればいっぱいになってしまうほどの狭い区画は今、聖騎士団の指揮所となっていた。
フルアーマーを身に着けた騎士たちがロープを張り、札を立てている。鎧騎士がせわしなく準備しているその異様な光景にウィルとリンは固まってしまっている。
「行こう。指揮官に話をしなければ」
メアウェンは子供たちを促し、聖騎士たちの中に入っていく。
「あ、待って」
置いて行かれまいと二人は慌ててメアウェンを追いかけた。
メアウェンが指揮官の場所を聞こうと声をかける聖騎士を見繕っていると、少し先で揉めている声が聞こえた。
「ですから、私はウィンステッド商会のオスリック・ウィンステッドの名代で来ているんです!」
「名代って。君はまだ子供だろう。それにいかに著名な商会のものでも作戦行動中に中に入れるわけにはいかんよ」
聖騎士と話しているのは小さな子供と銀髪の大人の女性だった。
「セオル!」
ウィルとリンが子供に走り寄る。揉めていたのはセオルとネクサだった。
「え、なんでここに?」
「セオルこそどうして」
突然声をかけられたセオルは驚き目を白黒させている。子供たちが話し始めたせいか、話は終わったと判断したのか、聖騎士は仕事に戻ってしまった。
「やあ、セオル」
「メアさんまで!」
後からきたメアウェンが声をかける。
「こちらは?」
セオルの隣に立つネクサを見てメアウェンはセオルに尋ねた。
「うちの従業員のネクサです。今日は付き添いで来てくれていて」
「ネクサと申します」
ネクサは深々と頭を下げる。結い上げた銀の髪に日の光が反射しきらりと輝いた。メアウェンはじっとネクサを見ている。
「私は傭兵騎士団団長のメアウェンだ。こちらはウィルとリン」
「ウィルです」
「リンです。セオルとは友達なんです」
セオル様のお友達ですか、とネクサ。
「それで、君たちはここで何を?」
メアウェンが尋ねると、セオルはここに来た理由を説明し始めた。
「そうか、君たちもフローラを迎えに来たのか」
フローラはオスリックを訪ねる予定なのだから、逆に商会から迎えが来ても不思議はない。
目的が同じだとわかると、メアウェンはセオルとネクサにこれまでの事をかいつまんで説明した。
「まあ、聖騎士団の作戦日に当たってしまったのは残念だが、ここで会えたのは不幸中の幸いか。私が中に入れないか指揮官と話してみよう。みんなついてきてくれ」
メアウェンは手近な聖騎士を捕まえて指揮官の場所を聞くと、一同を連れて指揮所に向かって歩いて行った。
「すまないが、指揮官と話がしたい。通してくれないか」
指揮所に詰めている聖騎士にメアウェンは声をかけた。
「今は作戦行動中だ。部外者を通すことはできない」
つれなく断る聖騎士にメアウェンは権威を使うことに決めた。
「私は傭兵騎士団団長のメアウェンだ。これは傭兵騎士団からの要請と考えてもらいたい」
市民証とは別に傭兵騎士団のみが持つ金属札を見せメアウェンは言った。騎士団長であるメアウェンの金属札には特別な意匠が刻まれている。身元の保証にはなるはずだ。
「き、騎士団長殿でいらっしゃいましたか。確認してまいりますので、しばらくここでお待ちください」
聖騎士は踵を返すと指揮官のもとへ走っていった。
「メアすげえ」
ウィルが感心したように声を上げる。
「本当はあまりこういうやり方はしたくないのだけどね。今回は正面から行ってもダメだろうから仕方ない。言っておくがみんな入れると決まったわけじゃないぞ」
メアウェンが言い終わったころ、先ほどの聖騎士ともう一人、少し年配の聖騎士が連れ立ってやってきた。メアウェンは年配の聖騎士の顔に見覚えがあった。髭を生やし、威厳を感じさせるたたずまいの男はカエレンの護送隊の隊長アルフリクだった。
「貴公はあの時の隊長か」
メアウェンは思わぬ知り合いの登場に、うまくいきそうな可能性を見出し少し嬉しそうだ。
「ああ、確かにこの方は傭兵騎士団の騎士団長だ。ここは私が引き取る。お前は持ち場にもどっておれ」
アルフリクは聖騎士を下がらせる。
「騎士団長の要請と言われれば話を聞かないわけにはいかん。一体何の用だ」
聖騎士団は貴族の子弟で構成される。貴族の中には人を測る際に常に爵位を基準にする者がおり、アルフリクもその考えをもつ人物であった。
役職としては騎士団長であるメアウェンの方が上位にあたるが、爵位としては一代上級騎士爵であるメアウェンよりも一代男爵であるアルフリクの方が上位にあたるため、彼はメアウェンに敬語を使うことはない。
「忙しそうだから用件から言うが、我々を難民街に入らせてほしい。中に我々の知り合いがいる。まだ小さな少女だ。最近家族を失って一人でいるんだ。早急に保護したいと考えている」
口を挟まれないようにメアウェンは一息に言った。アルフリクは渋い顔をしている。
「子供を連れてか。作戦区域に民間人を入れるのはな」
「この子たちは私の子供だ。その子とも友達なんだ。歳が近い子供がいた方が安心する」
「そっちは?」
「彼らはウィンステッド商会の人間だ。保護したあとの少女の面倒を見てもらうことになっている」
「ふぅむ……」
アルフリクは考え込んでいる。
「騎士団長に魔族の知り合いがいるのか、と言いたいところだが平民出身ならそういうこともあるだろう。そちらの若い騎士も先日はがんばってくれたしな。傭兵騎士団からの要請ということで許可しよう」
アルフリクは振り返り先ほどの聖騎士に声をかける。
「おい、こっちへ来てくれ」
「はっ」
聖騎士が走ってやってきた。
「この者をつける。彼の目の届かないところには行かないでくれ。お前はこの人たちの護衛をしろ。作戦の邪魔はさせるな」
アルフリクはメアウェンと聖騎士にそれぞれ伝えた。
「かたじけない」
メアウェンは礼を言う。
「あとは何かあったらこの者に言ってくれ。作戦があるからあまり役には立てんができることはあるかもしれん。ではな」
そう言うとアルフリクは戻っていった。
「エードウィグです。皆さんの護衛を担当いたします」
聖騎士が敬礼をして名乗る。
「ありがとう。よろしく頼む」
メアウェンも答礼をした。
「では、行こうか」
セオルとネクサ、そしてエードウィグを加え六人になった一行はフローラの住む北地区に向かって移動を始めた。
今朝はどうなることかと思ったが何とか難民街に入る許可をもらえた。このまま何も起きずに終わってくれよ。と、メアウェンは祈るばかりだった。
明日(1/3)も更新予定です
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