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境界のウィル ~魔族の血を引く少年は、人の国で生きる~  作者: 文木あお


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第15話 ガルムの失態

「では、そろそろお暇しようか」


 ここに来た目的は達成できたと、メアウェンが一同に促す。


「フローラ、君はどれくらいここに残るつもりだい? 実を言うと私はオスリック殿とは面識があるんだ。もし君が許すなら彼を訪ねる時に付き添わせてほしい。どうだろうか」


 メアウェンの申し出にフローラは驚いたように目を少し見開いた。


「だめだろうか?」

「いえ、うれしい、です。一人で行くのはやっぱりちょっと怖いから……」

「そうか、ならそうしよう。君がウィンステッド商会に行く日にまたここを訪れよう」

「俺も行く!」


 ウィルが立ち上がり声を上げる。


「フローラ、俺は、俺もヴェトスなんだ。でも、俺この間まで自分がヴェトスだって知らなくて、カエレンさんからヴェトスがどんな目に遭ってきたか聞いたんだ。その、なんていうか、俺ヴェトスの事何も知らなくて、ヴェトスとしては不完全だけど、フローラと同じヴェトスだから!」

「フローラ、ウィルはフローラは一人じゃないよ、って言いたいのよ」


 要領を得ないウィルをリンが苦笑しながらフォローする。

 それを聞いたフローラは少し笑顔を見せた。不器用なウィルがおかしかったようだ。


「ウィル、ありがとう。メアウェンさん、三日後に来てくれますか? その間に兄ちゃんと母ちゃんにお別れをしようと思います」


 フローラはウィルに礼をいい、振り向いてメアウェンにそう伝える。


「わかった。そうしよう。では行こうか」


 メアウェンは扉を開けて外にでる。フェイとウィルたちも後に続いた。


「では三日後に」

「来てくれてありがとうございました」


 フローラが入口で頭を下げた。四人は手を振りフローラの家を後にする。

 メアウェンを先頭にまた細い道を通り、来た道を戻っていった。


「フローラ、大丈夫かな」


 ウィルが心配そうにつぶやく。


「最後の方は落ち着いていたしな。悲しみが癒えたわけではないだろうが、きっと大丈夫さ」


 メアウェンは答えつつ細道を抜けた。ここからは少し道幅がある。四人はまた固まって歩き出した。


「しかしまたウィンステッド商会が出てきたのは驚いたな。私はあの商会に子供を連れていく運命になっているのだろうか」


 メアウェンが軽口をたたく。


「セオルもメアが連れて行ったんだもんね」と、リン。

「そうだな。まだ二週間もたっていないが、ずいぶん前の事のように思え――」


 言葉の途中でメアウェンが口をつぐむ。その視線は前方から歩いてくる男に注がれていた。周りの魔族たちより頭一つ大きい大男。赤黒い髪を肩まで伸ばしている。

 カエレンの話にでてきた暗赤色の髪の大男に特徴が一致する。


「少しここで待っていてくれ」


 メアウェンはフェイに子供達を頼むと、一人大男に近づいて行った。


「そこの御仁、少し話を聞かせて欲しい」


 メアウェンが声をかけると、大男はメアウェンを見て立ち止まる。


「何か用か」


 大男の目線はメアウェンの顔から離れると、鎧、脚、腰から下げた剣を見て顔に戻った。メアウェンの出で立ちを見て警戒し、力量を測っているようだ。


「私は王国傭兵騎士団のメアウェンというものだ。今、とある事件の捜査をしていてな。それについて貴殿にいくつか聞きたい」

「傭兵騎士団……」


 大男の眉根がわずかに寄る。警戒を深めたようだ。


(よく顔と態度に出る男だ。本当に当たりかもしれん)


 メアウェンは万が一も考えて、慎重に事を進めることにする。


「まず、貴殿の名前を聞きたい。市民証があるなら出してくれ」


 大男は素直に市民証を取り出し、メアウェンに渡した。


「すまないな。名前はガルム、家名は無し。家族も無しか。住所は西地区の126。間違いないか?」


 市民証を受け取ったメアウェンは刻まれた情報を読み上げ確認する。


「ああ」

「では、これは返そう」


 メアウェンは大男に市民証を返した。

 受け取る大男が目をそらした隙に素早く体に目線を走らせる。腕も脚も身長に合わせたようにかなり太い。体幹もしっかりしており、暴れられると取り押さえるのに苦労しそうだ。差し出した左手の拳には拳だこができていた。格闘の心得があるのかもしれない。


「今は何をしていた」

「事件の話を聞くのではないのか?」

「なに、儀礼的なことさ。こういう時は一通り聞くことが決まっていてな」

「知り合いの家へ向かっておったところだ」

「知り合いの名は?」

「ガイウスという男だ」

「その家で何をする予定だ」

「別にただ話をしに行くだけだ」

「話の内容は?」

「そんなことまで聞くのか」


 大男はうんざりした表情を見せる。


「決まりでな。すまんが答えてくれ」

「大した話じゃない。ただ酒でも飲みながら近況を話すくらいだ」

「そうか。では、事件のことについて聞きたい」

「やっと本題か」


 やれやれといった風情でガルムが吐き捨てる。


「先日王都で起きたテロ事件を知っているか」

「ああ、大きな被害があったようであるな」

「事件があったのは五日前の夕方だがその時何をしていた」

「仕事だ」

「何の仕事をしていたんだ」

「魔法具の製造だ。魔法街のスターン・オンド・グロードという店だ」

「わかった」

「他にまだ質問はあるか?」

「最後に一つ」

「なんだ」

「カエレンという名に聞き覚えはあるか?」


 メアウェンは相手の反応を観察する。何か動きを見せてくれることを期待する。

 しかし、ガルムは際立った反応は見せなかった。


「犯人の名であろう。布告の話は聞いたぞ」

「それだけか」

「カエレンなどありふれた名だ。この難民街にも探せばカエレンという名の少年など無数におろう。特に話せるような印象はないな」

「そうか。話は以上だ。引き留めて悪かったな。行っていいぞ」

「ならば行かせてもらおう」


 大男は歩き去っていった。

 メアウェンは三人と合流し、フェイに声をかける。


「フェイ、奴をつけてくれ」

「当たりかい?」

「ああ、おそらくそうだ。あとで交代を送る」

「わかった」


 フェイは人ごみに紛れ、大男を追っていった。

 戦場では斥候や偵察任務を務めるフェイは、事件の捜査でも潜入調査や追跡などを得意としていた。追跡任務の際は道沿いに騎士団にしかわからない目印を残していく決まりになっているので、交代要員が追い付くのは容易だろう。

 フェイの技術は一流だが、やはりエルフはこの街では目立ってしまう。張り込みは魔族と見た目の近い人間の団員と変わった方が良い。


「ねえ、なんで当たりだってわかったの? あの人何か言ってたの?」


 メアウェンが確信を持っているらしいことを不思議に思ったリンが尋ねる。


「カエレンという名の少年と言っていた。彼が若年だったことは公表されていない情報だからな。知り合いでないなら少年とは知らないだろう。見た目通り力に能力が集中しているみたいだ。頭がいいならあんな失言はしない」


 ウィルとリンは口を開けて感心している。


「我々は壁内に戻ろう。すまないが通用門からは二人で帰ってくれるか。私は本部に向かう」


 三人は通用門に向かって歩き出した。



    ◇



 メアウェンとの遭遇の翌日、ガルムの姿は難民街の地下にあるテロリストたちの集会所にあった。若者たちはおらず、ガルムとアウグス、そして一人の女がいた。シルバーのつややかな髪を腰まで伸ばした美しい女だった。


「聖騎士団が来るだと!」


 ガルムの大声が部屋に響く。人が少ないため、普段より反響がひどい。


「そうよ。これは確かな情報。カエレンが死んで手がかりが無くなった聖騎士団は難民街をしらみつぶしにするそうよ」


 女は聖騎士団の作戦の情報を持ってきていた。彼女は支援者との連絡役である。時折こうして集会所を訪れ、情報や資金を持ってきてくれていた。


「アウグス! 貴様のせいだぞ! 貴様がカエレンを死なせてしまったせいでこんなことになってしまったではないか!」

「またその話をするのか。不可抗力だったと言っただろう」


 怒鳴るガルムをアウグスがうるさそうにいなす。救出作戦が成功したとしても、聖騎士団が手がかりを失うことに変わりはなく、同じ展開になっていたかもしれないのだが、ガルムは気づいていない。


「しかし、しらみつぶしとなるとそれなりの人数で来るだろうな。この集会所も引き払うしかあるまい」


 そう言うアウグスの言葉を無視して、女が話し始めた。


「あの方のお言葉を伝えるわ。応戦しろ、だそうよ」

「な……」


 ガルムとアウグスは目を見開き固まってしまう。


「バカな! 聖騎士団だぞ! 奴らは正規の軍隊だ。我やアウグスならともかく、他の同志は戦場にも出たことのない奴も多いのだ! 被害を出すだけだ!」


 口角泡を飛ばし反論するガルムに女は微笑みで返す。


「やらないなら手を引くと仰せよ。あなたたち資金源が他にあればいいけれど」

「くっ……」


 ガルムは言葉に詰まる。資金源などこの支援者以外には用意できていなかった。ここまでやってこれたのは彼が支援してくれたおかげなのだ。


「しかし――」

「大丈夫よ。地の利はあなたたちにある。分断してこの迷宮のような難民街に引きずり込んでしまえば何とかなるんじゃない?」


 言いくるめられているガルムをアウグスは冷ややかな目で見ていた。

 やはり、こうなるのだ。境遇に共鳴したなどと言いつつ、金によっていいように使われてしまっている。

 言うことを聞くか、支援者と(たもと)()かち最初からやり直すか、選ばなければならない。


「……わかった。応戦をしよう」


 ガルムがうつむき、ぼそりと了承の言葉を吐く。


「正気か!? 同志たちを死なせる気なのか!」

「作戦を立てればなんとかなる! 難民街の路地に誘い込み各個撃破するのだ!」

「そんなにうまくいくとは思えん! それに町で戦えば一般のヴェトスにも被害がでるぞ!」

「だからと言ってここで後退するわけにはいかん! 我らが戦っているのを見れば彼らも協力してくれよう!」

「しかし――」

「リーダーは我だ! 応戦は決定だ!」


 アウグスは黙り、ガルムを睨みつける。

 二人の激しいやり取りを涼しい顔で見ていた女が口を出す。


「決まりのようね。作戦まで残り二日、それまでにせいぜい準備なさい」


 女がカバンから袋を取り出す。


「資金を置いていくわ。では、私はこれで。そういえばここ、裏口とかないかしら?」

「一応あるが、何故だ」と、アウグス。

「気づいてないのね。表に監視がいるわよ。見た目ではわかりづらいけれど、感じる魔力量が少なすぎるわ。あれはヴェトスじゃなくて人間ね」


 ガルムがハッとした顔をする。


「昨日の傭兵騎士団か。奴ら我をつけておったのか!」

「じゃあね」


 女は隠し扉の先の梯を登り部屋を出ていった。


「お前、聖騎士団が来るというときに、傭兵騎士団にも目をつけられたのか」


 アウグスが非難の口ぶりで突きつける。


「くそぉっ!!」


 ガルムは答えず、怒りをテーブルに叩きつけた。哀れなテーブルは中央から二つに折れてしまった。


「仕方ない。アジトを移そう。準備で忙しくなるのに面倒なことだ」


 アウグスは捨てゼリフを残し、裏口から出ていった。

 残されたガルムは肩を震わせ立ち尽くすのみだった。

年末年始の毎日更新二日目

1/3まで続きます

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