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境界のウィル ~魔族の血を引く少年は、人の国で生きる~  作者: 文木あお


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第14話 オスリックの本心

 セオルは商会の四階の廊下を歩いていた。板張りの廊下は蜜蝋と油をかけて磨かれ、つやつやと輝いている。

 目的地は祖父オスリックの執務室だ。カエレンの話を聞いてから、気になっていることがあった。オスリックがカエレンの就職の手助けをしていたのだ。カエレンが魔族だと知った上でだ。カエレンの父でありオスリックの長男でもあるケンワルドは魔族との裏取引が明るみにでたことで、王都を追われた。セオルが小さな頃のことのため詳細は覚えていないが、跡継ぎを奪われたオスリックが魔族を一方的に恨んでいてもおかしくはない。しかし、カエレンの話を聞く限りそうも思えなかった。


(お祖父様(じいさま)は魔族のことをどう考えているのだろう)


 セオルの友人であるウィルは魔族である。そして成り行きとはいえテロ実行犯であるカエレンの話を聞いたことで、セオルは魔族に対して興味が出てきていた。

 それに、ウィンステッドに来て以来、オスリックとほとんど話せていない。数回廊下ですれ違った際に挨拶をしたのみだ。それも祖父からは生返事ばかりだった。

 祖父は人を寄せ付けない男だ。言葉が少なく、その眼力は相手に威圧感を与える。商会内でも従業員から恐れられていた。

 これをきっかけに何か話せればと思った。最初に話すには少々重いテーマかもしれないが、きっかけになるならこの際何でもよいだろう。


(なんかウィルの勢いがうつっちゃったかな)


 セオルは自分でも意外な行動力に驚いていた。この二週間に色々な体験をした。危ないことも多かったが、それが確実にセオルを変えていた。


(自分からやらなきゃ)


 祖父と相対するのは少し怖いが、ウィンステッド商会で頑張ると決めたのだ。

 廊下の角を曲がると正面に黒檀の大きな扉が見えた。

 扉の前でセオルは立ち止まり、大きく息を吸う。ふううと吐き出すと、意を決して扉をノックした。


「お祖父様(じいさま)、セオルです。少しお話できますか?」


 部屋の中は沈黙している。


(部屋にいるって聞いてきたんだけど。おかしいな)


 しばらくして、部屋の中から「入れ」という声が聞こえてきた。


「失礼します」


 扉を押し開けてセオルは部屋に入った。

 じゅうたん張りの広い部屋の中央に大きな執務机が置いてある。

 椅子に座ったオスリックは眼鏡を外し、入ってきたセオルを見た。


「どうした」


 オスリックのまなざしに思いのほか威圧感を感じない。セオルが感じていたオスリックの印象と異なる雰囲気があった。


「お話を聞きたくて来ました」

「話とはなんだ」

「魔族の話です。テロ事件に巻き込まれた後、カエレンという魔族の人の話を聞きました」

「カエレンか。カエレンがどうしたのだ」


 オスリックは不思議そうな顔をしている。布告の話は届いていないのだろうか。


「先日のテロ事件の犯人がカエレンさんだったんです」

「な……」


 オスリックは絶句している。やはり布告の内容は知らなかったようだ。


「僕は事件のあと傭兵騎士団に保護されました。そこで逮捕されたカエレンさんの話を聞く機会があったんです」

「カエレンが事件を……、何故だ。理由は聞いてきたのか!」

「事件を起こした理由は復讐だと思います。お話の中でカエレンさんの昔の話を聞きました。王都の人たちにカエレンさんや妹のフローラさんと同じ目にあわせてやると言っていました」

「なんということを……」


 オスリックは両肘を机につき、目をつぶって合掌した指を眉間に当てている。

 セオルは二つの意味で驚いていた。やはり、最初に抱いていた祖父の印象と違う。祖父はもっと冷徹な人物だと思っていた。二つ目は祖父がここまでカエレンを気にかけていたことだ。父ケンワルドの訃報を聞いた時のオスリックは淡々としていた。実の子よりもカエレンの方が愛着があったのだろうか。そう思うとセオルの中に小さな怒りの火がともった。


「お祖父様(じいさま)


 セオルの声が硬く響いた。


「お祖父様(じいさま)はどうしてそんなにカエレンさんに入れ込むのですか。私がこの家に来た時、お父様が亡くなったことを聞いてもお祖父様(じいさま)は顔色一つ変えられなかった! なのになぜ、カエレンさんに対してはそんな表情をされるのです!」


 自然とセオルの声が大きなものになる。


「カエレンさんにお祖父様(じいさま)がカエレンさんの就職の手助けをした話を聞きました。僕は不思議だったんです。お父様の件で魔族を恨んでいるのではと思っていたから。でもそれどころかカエレンさんがやったことをとても悲しんでいる。お父様が亡くなったことには言葉一つくれなかったのに! 確かにお父様は罪を犯したのかもしれないけど、実の子のお父様よりも他人の魔族が大事なんですか!」


 まくし立てたセオルの言葉にオスリックは驚きの表情を浮かべていた。その表情は徐々に理解したような、後悔しているような顔に変わっていった。


「そうではない、そうではないのだ……。いや、お前にはそういわれても仕方がないかもしれんな」


 声を絞り出すようにオスリックが語り始める。


「ケンワルドの事と、カエレンの事は別だ。ケンワルドよりカエレンの方が大事などということはない」

「なら、どうして」

「私は言葉が足りないと、死んだ家内にもよく言われていた。お前とは何も話せていなかったな。ケンワルドの事は後悔している。もう少ししてやれることはなかったのかとな。あの時あ奴は本当は死罪になるはずだったのだ。伝手を使い何とか手を尽くしたが、国外追放までもっていくのが精いっぱいだった。あ奴にもお前にも苦労させたと思っている。すまなかった」


 オスリックが頭を下げる。

 少し勢いがそがれたセオルは改めて尋ねる。


「どうして、あの時何も言ってくれなかったのですか」

「あの場には騎士団長がいた。ケンワルドは罪を犯し、私は、ウィンステッド商会はあ奴を勘当したのだ。我々は人前であ奴を悼むことは許されないのだ。冷たいと思うだろうが商会のためにこれは徹底しなければならん」

「……」


 セオルは賢い子供だったので、オスリックの言うことが理解できてしまった。商会はケンワルドを処罰したのだ。自らそれを翻すことはできない。


「追放された後もケンワルドは腐らずいい父親であり続けたのだな。お前を見ているとそれがよくわかる。セオル、お前はとても父を慕っていたのだな」

「はい、お父様はとてもよくしてくれました。いつも僕やお母様には優しく、仕事でも不正など見たことがありません。僕は今でもお父様が罪を犯したとは信じられないんです」

「それは私もそうだ。ケンワルドは真面目で仲間思いな男だった。今でも何かの間違いではないかと思っている」


 二人はそう願うが、事実は変わらない。飲み込むしかないことはあるのだった。少しの沈黙のあと、セオルは会話を再開する。


「それでカエレンさんとは」

「カエレンと出会った時のことは聞いているのだったな。それまでのカエレンの過去については聞いたか?」

「はい、聞いています」

「単純に言うと同情したのだ。元敵国の人間とはいえ、子供がしていい経験ではない。それにうちは商家だ。どんな相手でも客になることがある。すべての人々に平等に接するのが商人だ。差別や区別は我々はしてはならん」


 そこまで言うと、オスリックは黙り何か思い悩むような表情を見せる。


「お祖父様(じいさま)?」

「いや……、そういったところがケンワルドに影響を与えたのかもしれんな」


 ケンワルドは戦時中に敵国人である魔族と商取引を行った。商人はどんな相手でも区別しない、といっても越えてはいけないラインというものがある。


「カエレンは今どうしているのだ」

「彼は……、亡くなりました」


 その答えを予想していたのか、オスリックは短く「そうか……」とだけ答えた。

 ここまで話してセオルは自分が間違っていたことを確信した。

 父を勘当した話から、祖父は冷徹で他人に厳しい人物だと先入観を持っていたのだが、それは誤りだった。

 実際の祖父は他人に優しく、家族を想うごく普通の人物だった。ただ、行動はできても言葉や態度に表すことが苦手な不器用な男だったのだ。

 そしてセオルは自分が大好きな父が、祖父を恨むどころか尊敬の念を抱き続けていたことを思い出し、先入観を持った自分を恥じた。

 セオルは今日ここに来たことに満足していた。


「お祖父様(じいさま)、今日はこれで失礼します」

「もういいのか。話したくなったらまた来い。これまですまなかったな」

「はい、また来ます」


 一礼をし、セオルは部屋から出ていった。残されたオスリックはしばし瞑目した後、


「約束をまもらねばな」とつぶやいた。


 オスリックは机に手をつき立ち上がると、部屋の外に出て控えていた使用人にウィスタンを呼ぶように伝えた。そしてウィスタンを待つべくまた執務室に戻っていった。



    ◇



 メアウェン達がフローラの元を訪れていた頃、聖騎士団副団長リヒトムンド・ワーガルは豪華な赤い絨毯にひざまずき(こうべ)を垂れていた。


「申し訳ありません」


 聖騎士団本営の団長室でのことである。リヒトムンドは傭兵騎士団団長を尾行させていた団員が、あっさり撒かれなんの情報も持たず帰ってきたことをキネムドに報告しにきていた。


「この……無能めが!」


 キネムドが手に持っていたゴブレットを投げつける。銀製の杯はリヒトムンドの肩にぶつかり彼のサーコートと絨毯に葡萄酒(ワイン)をぶちまけて床に転がった。赤い()みが広がっていく。

 先日の被疑者死亡の報告の際にはさんざん罵声を浴びせられ、最後には蹴り倒された。

 聖騎士団の団長は慣例で高位の聖職者が務めることになっている。そして、ワーガル家は代々副団長を排出してきた武門の名家だ。これは、現場を知らない騎士団長の癇癪(かんしゃく)を受け止めることもワーガル家の家業のうちの一つということを意味している。


「申し訳ありません。不慣れな任務で不覚をとったようで……」

「言い訳などよい! どうするのだ! 容疑者は死なせ、尾行は失敗! 我らの手には何の手掛かりも残っていない! 教皇聖下の手まで(わずら)わせたのだぞ!」

「は、申し訳ありません」


 リヒトムンドはさらに深く頭を下げる。


「なにか案はないのか!」


 案と言われてもリヒトムンドは軍人である。戦争のやり方はわかるが、事件の捜査となるとさっぱりわからない。そもそもが、責任の範囲外なのだ。


「申し訳ありません。捜査に関しては門外漢ゆえ、妙案の用意もなく」

「少しは考える努力をせよ!」


 キネムドが声を荒げる。また何かを投げたかったようだが、手近にちょうどいいものがなかったらしく、拳を震わせている。


「もうよい! こうなった以上強引にいくしかない。どうせ奴らは難民街にいるはずだ。聖騎士団を使って難民街をしらみつぶしにせよ! 必ず奴らを検挙するのだ! 最悪の場合殺しても構わん!」

「恐れながら、難民街にはかなりの戸数があります。今の捜査隊の規模では――」

「部隊を増員しても構わん」

「それでは王都の守りが」

「今王都に攻め込むような勢力があるものか! 考えてもみよ、奴らは魔族の生き残りなのだ。つまり外敵、聖騎士団が対処すべき敵だ! 戸数が問題ならすべて壊してしまえ! どうせ勝手に建てたものだ。何があっても文句を言われる筋合いはない!」


 キネムドは怒り狂っていた。ここまで怒るともう何を言っても考えを改めない。こうなると言われたようにするしかなかった。魔族の者たちには気の毒だが、テロなど起こすのが悪いのだ。


「……御心のままに」


 立ち上がったリヒトムンドは一礼をし、部屋から退出した。


「ふうむ……」


 思わず出たため息をかみ殺す。当たられるのは慣れたものだが、今回はいつもにもまして激しかった。確かに魔族の王族は放置して良い存在ではない。彼らはあの(・・)情報を知っているかもしれない。それが明るみになった時にはこの国はどうなるかわからない。しかし、現時点では何も起こっていないのだ。強引に藪をつついても蛇が出るだけではないのか。

 捜索隊の増員を行うとなると、部隊編成を改めねばならないだろう。王都の守護もないがしろにするわけにはいかない。作戦準備に数日はかかりそうだ。

 団長室を出、一階に至る階段を下るリヒトムンドの視線の先に見知った人物を見つけた。

 向こうもこちらに気づいたのか、リヒトムンドに対して頭を下げる。


「リヒトムンド様、お久しぶりでございます」

「ウィスタン殿か、久しいな」


 その人物はウィスタンだった。


「ウィスタン殿が直々に来られるとは珍しい」

「少し多めの納入がありましたので、今日は私が参ることにしたのです。ところで」


 ウィスタンはリヒトムンドのサーコートに着いた()みを見て眉を(ひそ)める。


「その()みはどうなされたのです」

「ああ、団長室でちょっとな」

「なにかお困りごとですか?」

「我々(ほまれ)ある聖騎士団は難民街に攻め込まねばならぬようだよ」

「なんと、それは穏やかではありませんね」


 リヒトムンドはこれまでの経緯をウィスタンに説明する。ウィスタンは同情の表情を浮かべながら話を聞いていた。


「そうでしたか。なんともはや。なにかご入用のものはありますか? 作戦日がわかればそれまでにご用意いたしますよ」

「ではまたポーションを用意してもらおうか。戦闘にはしたくないものだが」

「かしこまりました。いつまでにご用意しますか?」

「作戦は三日後だ。それまでに用立ててくれ。ああ、それと」

「それと?」

「新しいサーコートを頼む。こちらは急いで届けてくれると助かる」


 ウィスタンは恭しく礼をした。

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