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境界のウィル ~魔族の血を引く少年は、人の国で生きる~  作者: 文木あお


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第13話 カエレンの妹

 カエレンの死から二日後、ウィル、リン、メアウェンの三人は傭兵騎士団本営でフェイと合流し、連れ立って通用門へ向かっていた。

 カエレンの過去はフェイには事前に話してある。


「フローラの居場所ってわかってるの?」


 歩きながらウィルが尋ねる。


「ああ、確実じゃないけど当てはあるから、うまくすればすぐ会えるよ」


 フェイが振り向き、後ろ歩きで答える。


「覚えているかい? カエレンの話で市民登録するくだりがあったろう?」


 メアウェンが会話に入ってくる。


「市民権を得るには住所を登録しなければいけないんだ。ウィルも王都に来るときに私の家を登録してある」

「たしかにこれもらったね。でも俺、三か月も待ってないけど……」


 ウィルが首元から鎖でつないだ市民証を出してみせる。カエレンの話に出てきたものと同じ金属板だ。


「まあそこは騎士団長からの申請だからな。優先してやってくれたんだろう。正直私も三か月もかかるものだとは知らなかった」

「そっか……。やっぱり俺恵まれてるんだな」


 こんなところでも自分とカエレンの差を見つけてしまう。もちろん恵まれている方が良いのだが、カエレンの過去を知った今、ウィルは幸せな自分に気おくれを感じていた。

 リンが心配そうにのぞき込んでくる。


「ごめん、大丈夫だよ」


 ウィルはリンに微笑みかけた。ならいいけど、とリンも笑顔を見せる。


「さ、門についたぞ。門衛の詰め所に聞きに行こう」


 通用門は木製の分厚い観音開きの扉になっている。正門ほどの大きさはないが、メアウェンの身長の二倍程度の高さはあった。扉のさらに外側に鉄格子の落とし戸があり、夜間や有事の際はそれが閉じられる。

 木製の扉の脇には小部屋があり、ここが門衛の詰め所になっている。小部屋の出入り口は扉の内側にしかなく、外側は小窓が設置されていた。門衛は内側に一人、今は見えないが外側にも一人立っているはずだ。

 メアウェンが内側の門衛に声をかける。


「少しいいだろうか」

「なにか?」


 槍を立てて持つ門衛が無表情に聞き返す。恰幅のよい体格で口髭を生やした男だ。長く勤めているのか、年のころは四十になるかならないかくらいだろうか。


「私は傭兵騎士団の団長を務めるメアウェンという者だ。この先の難民街で人を探したいんだが台帳を見せてもらえないだろうか」

「き、騎士団長殿でいらっしゃいましたか! 失礼いたしました!」


 突然現れた大物に狼狽した門衛は、背筋を伸ばし敬礼した。


「人探しでありますな。こちらへどうぞ。おーい、ちょっと()わってくれ」


 門衛は詰め所の中にいる衛士に声をかけ、メアウェンたちを詰め所に招き入れる。


「探し人の名前はわかりますかな」

「フローラという女の子なんだが。歳はこの子たちと同じくらいだと思う」

「フローラ……、ああ、カエレンの妹の」

「そうだ、その子だ! 彼女の住所はわかるか」

「しばしお待ちを……」


 門衛は指に唾をつけて台帳をめくっていく。リンが少し顔をしかめている。


「ああ、ありました。北地区の324ですな。地図を持ってきましょう」


 門衛が奥の棚から大きな紙を出してくる。


「少し前の地図ですが、最近は町の拡大も止まっていますから、変わってはいないでしょう。このあたりです」


 地図の一点を指し、門衛が言う。


「門を出て左に向かえばよいでしょう。しかし、聞いて良いのかわかりませんが、なぜフローラを? あの兄妹はいい子たちですよ。何かの間違いでは?」

「ああ、いや、捕まえに行くわけではないよ。少し話を聞くだけだ。カエレンの事も知っているなら、今回の彼の顛末については?」

「ええ、布告を聞いた同僚から聞きました」


 門衛は暗い顔で答えた。メアウェンはうなずき、話を続ける。


「カエレンは加害者ではあるが、その気持ちをテロ組織に利用された犠牲者でもあると私は考えている。組織をなんとしてでも検挙するために、フローラに知っていることがないか確認したくてな。それに、兄亡き今フローラがどういう境遇にあるか心配なんだ」

「そうでしたか。いや、差し出がましい真似を失礼しました。ここの勤務も長いのでね……、あの子らには情が移ってしまいましてな。さ、行ってください。おい、門を開けろ」


 門衛の声に応えて門が内側に開いていく。詰め所を出る前にフェイが振り向いて門衛に声をかける。


「もしこの後誰か尋ねてきても、あたし達がここに来たことは内緒にしておいてもらえるかい?」

「はあ、それは構いませんが……」

「なにかあるの?」


 リンが不思議そうな顔で尋ねる。


「ま、いいからいいから」

「すまなかったな、ありがとう」


 メアウェンが礼を言うと、四人は門をくぐり難民街へ向かった。門がゆっくりと閉じていく。

 歩哨を変わってくれた衛士に声をかけ、口髭の門衛は再び歩哨任務を再開した。


「おい、今傭兵騎士団の団長が来ただろう」


 二人の男が突然声をかけてきた。帯剣し聖騎士のサーコートを身に着けている。聖騎士団員のようだ。


「いえ、来ておりませんが」

「嘘をつけ! 私たちは見ていたんだ」

「そう言われましても、来ていないものは来ていませんのでね」


 男たちの顔がみるみる紅潮していく。


「そんな口を利いていいのか? 我々は聖騎士団だぞ」

「私は衛士団員ですからな。何かおっしゃりたいことがあるならば衛士団団長を通していただけますかな」


 歯噛みしつつ埒が明かないと思ったのか、二人は相談を始める。


「どうしますか? 難民街にいって追いかけますか?」

「ううむ、難民街は迷路のようだと聞く。今から行って追い付けるとは思えん」

「では」

「ああ、戻ってリヒトムンド様に報告しよう。お叱りを受けるかもしれんが仕方ない」


 聖騎士団員は翻して帰っていく。一人が振り向いて、


「我ら聖騎士団をコケにしたこと、忘れんからな!」


 と、捨て台詞を残すのを忘れない。


「なぜ我々がこんなことをしなければならんのだ……」


 聖騎士団員は愚痴とともに遠ざかっていった。


「ふぅぅぅ、びびった」


 口髭の門衛は額の汗をぬぐった。その顔には少し安堵の表情が浮かんでいた。



    ◇



「あんなガシャガシャした鎧を着て後をつけてきたら誰でも気づくっての」


 フェイがにやにやしながら言う。


「情報が欲しいんだろうな。カエレンを失ってしまっては聖騎士団の手元には何の手掛かりもない」


 傭兵騎士団本営を出たあたりからあの二人の聖騎士がついてきていることに、メアウェンとフェイは気づいていた。何かしてくるかと様子を伺っていたが何もしてこないので、放っておいたのだ。

 別に傭兵騎士団が聖騎士団の下位に位置するわけでもない。二つの騎士団は特別仲が悪いということはないが、わざわざ情報を献上してやる義理もないのだ。

 それに今回横紙破りをしてきたのは聖騎士団の方である。ちょっとした意趣返(いしゅがえ)しの意図もあった。


「それにしたってあんな下手な尾行はあまり見ないね。聖騎士団には諜報部隊はいないのかねえ」


 そんなわけはないはずだが、カエレン事件の捜査班には配属されていないようだった。不慣れな事件の捜査に駆り出され聖騎士団にも混乱が見て取れる。


「二人とも大丈夫か?」


 メアウェンは二人の子供たちを気遣った。ウィルとリンはメアウェンの服を握りしめおずおずとついて行っていた。

 難民街には昨日の雨の水たまりがあちこちに残っていた。道はぬかるみ歩きづらい。

 初めて見る難民街は想像していた通り、陰鬱な町だった。今は午前中のため、王都の南東に位置する難民街は日差しこそ降り注いでいるが、湿り気のある空気が漂い見た目以上に雰囲気は暗い。

 通りの左右にはあばら家と言ってよいようなボロ家が並び、暇を持て余した魔族たちが何をすることもなくたたずんでいる。

 好奇か監視か、無数の視線にさらされながら四人は進んでいった。無秩序に建てられた建物は町に迷路を作り出し、ウィルとリンはすでにここまでどう来たのか、どれくらい歩いたのかわからなくなっている。はぐれたら帰れそうにない。

 人一人が通れるかどうかという通路を通り、メアウェンは一つの家の前で立ち止まった。


「着いたぞ。ここだ」


 他となんら変わらないあばら家の扉をメアウェンが叩く。


「御免、こちらにフローラという少女はいらっしゃるか」


 しばしの沈黙のあと、家の中からごそごそと誰かが動く音が聞こえる。


「どちらさまですか?」


 扉があき、中から姿を現したのは黒髪の痩せた少女だった。


「こんにちは。私はメアウェンだ。傭兵騎士団の者だよ」

「どうも……」


 いぶかしげな顔でフローラが返す。


「彼女は同じ騎士団のフェイ。それと彼らはリンとウィル。私の子供たちだ」

「よろしくね」


 三人が笑顔で挨拶する。ウィルの顔は少しぎこちないようだ。


「君がフローラでいいのかな?」

「あの、傭兵騎士団の人が何の用ですか?」

「少し話を聞かせてもらいたくてね。もしよかったら中にいれてもらえないだろうか」

「はい……、どうぞ」


 フローラは扉を開け四人を中に招き入れてくれた。

 とても狭い部屋だった。小さな寝台が一つ、長椅子が一つ。これでフローラとカエレンは寝ていたのだろうか。部屋のスペースのほとんどがその二つで占められている。床は貼られておらず足下(あしもと)は土がむき出しになっている。板張りの壁は下部に隙間があり雨による水が浸入してきていた。


「狭くてすみません」


 フローラが謝る。子供たちは長椅子に座らせてもらい大人二人は立って話をすることにした。フローラは寝台に腰かけている。


「それで、話って」

「フローラ、君はカエレンの妹で間違いないかい?」

「はい、兄ちゃんの名前はカエレンです。兄ちゃんが今どこにいるか知ってますか? もう五日も帰ってないんです!」


 フローラが必死に訴える。兄が五日も帰っていないことをとても心配している。


「今までもカエレンが帰ってこないことはあったのかい?」

「はい、去年くらいから時々ありました。兄ちゃんは心配しなくていいって言ってたけどこんなに長い間家を空けることはなかったんです」


 先日の布告はフローラにはまだ伝わっていないようだ。メアウェンはカエレンの訃報を自らが伝えなければならないことを悟った。


「フローラ、落ち着いて聞いてほしい」


 メアウェンはこの数日にカエレンに起こった出来事のことを話した。

 テロ事件を起こしたこと、移送の最中に命を落としたこと。


「そんな……、兄ちゃんが……」


 明かりのない暗い部屋でもわかるほど、フローラの顔は蒼白になっていた。短く呼吸を繰り返し、少し指先が震えている。フェイがフローラの横に座り、背中をゆっくりさすってやる。手を握るとフローラの指先はとても冷たくなっていた。


「フローラ、落ち着いて。ゆっくり呼吸するんだよ。そう、ゆっくり。吸って、吐いてーー、吸って、吐いてーー。いい子だ」


 フェイの介助もあり、フローラは落ち着いてきたようだ。心が落ち着きを取り戻すと、今度は兄を失った悲しみがフローラに入り込んでくる。


「兄ちゃん、死んじゃったんだ……。なんでそんなことしたの。フローラを一人にしないって言ってたのに!」


 フェイに縋り付き、フローラは声を上げて泣いた。リンは目にたまった涙を押し出すようにギュッと目をつぶり、ウィルの腕をつかんでいる。ウィルは膝に乗せた拳を握りしめ、怒りとも悲しみともつかない顔でうつむいていた。

 しばらくフローラの泣き声が響き渡ったあと、少し落ち着いてきたころを見計らってメアウェンが語りかけた。


「フローラ、私たちはカエレンから君たち兄妹の話を聞いたんだ。とてもつらく悲しい話だった。これまで二人っきりでよく頑張ってきたね」


 フローラはフェイの体から顔を離し、メアウェンを見た。


「君たちのつらかったこと、悲しかったこと、カエレンの中にあった怒りの感情を利用した奴がいるんだ。カエレンをこんな結末に導いた奴がいる。私たちはそいつを捕まえたいんだ。これ以上カエレンみたいな子を生み出さないために。フローラ、君は何か知っていることはないかな? もしあったら教えてほしい」

「どんなこと、ですか?」


 まだ涙で濡れたままの頬をぬぐいながらフローラが聞いた。


「例えば、カエレンが何か話していなかったかとか、カエレンが誰と会っていたかとか、なんでもいいんだ」


 うつむいてフローラが考えている。何かなかったか思い出そうとしてくれているようだ。


「兄ちゃんはあまり外であったことを話してくれませんでした。誰と会っていたかとかも、わかりません。あ、でも一度だけ兄ちゃんの知り合いに会ったことがあります」

「どんなやつだった? どこで会った?」


 思わぬ情報にメアウェンが身を乗り出す。


「すごく大きな人。兄ちゃんと一緒に買い物に行ったときに道で会ったんです。ここからちょっと行ったところの。兄ちゃんは頭を下げてぺこぺこしてました。ものすごく大きな男の人」

「髪の色は赤っぽくなかったか?その男の名前は知らないか?」

「髪は赤っぽかったような、黒っぽかったような。名前は……兄ちゃんが言ってた気がするけど覚えてません。ごめんなさい」


 フローラは申し訳無さそうに頭を下げた。


「いや、いいんだ。そいつは何か言ってたかい?」

「ううん、普通のこと。今から買い物に行くのか、とか。兄ちゃんが私を紹介したから挨拶したら頭をなでてくれました」


 おそらく、カエレンの話に出てきた暗赤色の髪の大男だろう。カエレンをテロ組織に勧誘した人物。難民街で二人と会ったということは、難民街にその男の家か、組織の拠点がある可能性がある。


「そうか。他になにか覚えていることはないかな?」

「他には何も。兄ちゃんは外の話をほんとにしないんです」


 妹に聞かせられないような出来事ばかりだったんだろう。メアウェンはカエレンの境遇に改めて同情する。


「ありがとう。よく聞かせてくれた。助かったよ」

「ごめんなさい。あまりお話できなくて」

「構わないよ。それで、君はこれからどうする? 誰か頼りにできる人はいるのかい?」


 それを聞いて、フローラの顔が暗くなる。すでに家族はなく、天涯孤独になってしまったことを改めて思い出したようだ。しかし、何かを思い出したように顔をあげる。


「兄ちゃんが」

「うん」

「兄ちゃんが前に言ってたんです。もし困ったことがあったらオスリックさんという人を頼りなさいって」

「オスリックっていうと……」


 聞き覚えがあるのか、ウィルが思い出そうとしている。


「オスリック・ウィンステッド。セオルの祖父だ」


 メアウェンがつぶやく。そういえばカエレンの話にもオスリックが登場していた。あれをきっかけに知己を得ていたのか。


「すぐにでも尋ねるのかい?」

「……」


 フローラは迷いの表情を見せていた。


「もう少し……、もう少しここにいようと思います。ここは、母ちゃんと兄ちゃんと暮らした家だから」

「そうか、そうだな。少しだが食べ物をもってきたんだ。置いていくからよかったら食べるといい」

「ありがとうございます。助かります」


 フローラは頭を下げて礼を言った。

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