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境界のウィル ~魔族の血を引く少年は、人の国で生きる~  作者: 文木あお


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12/22

第12話 死の結末

 夜の(とばり)もすでに降り街が静寂に包まれたころ、ウィルとリンは二人で夕食をとっていた。メアウェンは仕事で遅くなることもあるので、おなかがすいたら先に食べていて良いと言われている。

 メアウェン宅に身を寄せて以来、料理はリンが担当している。特段料理の経験が豊富なわけではないが、メアウェンは騎士団長職で忙しく、ウィルはこれまで料理はほぼやったことがないため、リンにお鉢が回ってきた。本人は嫌がることもなく、育ち盛りのウィルにちゃんと食べさせないと、と張り切っている。リンも歳は一つしか違わないのではあるが、そこは年上としての矜持、使命感に燃えているようだ。

 今日はいつもよりもメアウェンの帰りが遅い。少しは待っていたのだが空腹に耐えかねて二人は先に夕食をとることにした。


「メア遅いね」


 塩漬け肉のスープを口に運びながらリンが言う。

 今日のメニューは市場で買ってきた塩漬け肉とブロッコリーなどの野菜を煮たスープと、ゆで卵、粗挽き麦のパンだ。スープは塩漬け肉の塩味が程よく効いている。今日はハーブを加えて味の調整にも挑戦してみた。我ながらいい味にできたと思う。リンはスープを味わいながらウィルの様子をうかがう。


「うん……」


 料理を食べる手は止まってはいないが、どこか上の空のように見える。その理由にリンは心当たりがあった。今日のカエレンの移送の件だろう。

 昨日聞いたカエレンの人生は衝撃的なものだった。リンとて旅をしてきた身である。危ない目にも遭ったことはあるが、姉が一緒にいたこともあり全てを自らが解決しなければならないような状況はなかった。姉を失った今もメアウェンという庇護者のもとに身を寄せることができている。

 ウィルも似たようなものだと思うが、同じヴェトスの身、自分と重ね合わせてカエレンを気にしているのだ。ひょっとしたら自分もたどっていたかもしれない運命、運の良かった自分とそうではなかったカエレンを比べていろいろと考えているのかもしれない。


「ね、ウィル、今度のメアのお休みの日なんだけど」

「うん……」

「ウィル聞いてる?」

「え? あ、ごめん。考え事してた。なに?」

「今度のメアのお休みの日の話」


 リンがそこまで言ったところで玄関の開く音が聞こえた。


「メア帰ってきた」


 ウィルが食卓を離れ玄関ホールに向かう。リンは用意しておいた麻布をとって後に続いた。今日は雨だったのだ。


「やあ、二人とも。ただいま帰ったよ」


 玄関ホールには、外套を脱ぎ水を払っているメアウェンがいた。


「おかえり、メア」

「おかえり、今日は遅かったね」


 リンがメアウェンから外套を受け取り、代わりに麻布を差し出す。


「ありがとう、気が利くね」


 メアウェンは礼を言い濡れた髪をぬぐった。リンは少し嬉しそうだ。


「メア! 今日――」

「ウィル、その話は後でしよう。着替えて食事をとらないとな」

「あ、うん……、ごめんなさい」

「いいさ」


 メアウェンは自室へ入っていった。

 鎧を脱いだメアウェンは戻って食堂に入り、食事をとった。リンはおいしいと褒めてもらった。


「二人とも、こっちで少し話そう」


 三人で後片付けをした後、メアウェンは子供たちのためにミルクを温め、自身には葡萄酒(ワイン)を注いでそう言った。

 メアウェンは子供たちの正面のソファに腰を落ち着ける。


「そうだな……、君たちには伝えなければいけないと思ってな」


 ウィルとリンはミルクを目の前に置いたまま手をつけずに聞いている。


「落ち着いて聞いてほしいんだが……、カエレンが亡くなった」

「え……」


 二人の声が重なる。


「移送中にテロリスト達の襲撃があってな。彼らはカエレンの奪還に来たようなんだが、当然ながら聖騎士団との間で戦闘になった」


 ウィルは顔をこわばらせたまま何も言わない。リンは手で口を覆いすでに目に涙をためていた。


「運悪く流れ弾がカエレンに当たってしまったんだ」

「そんな……」


 ウィルの口から声が漏れ出た。

 現実的な話をしてしまえば、カエレンは犯行で多くの人の命を奪ってしまっている。捜査が終わり裁きを得れば、彼は処刑されていただろう。

 結果は同じだったかもしれないが、このような形で命を落とすとはカエレンは思ってもいなかったはずだ。

 戦争に人生を壊され、罪を犯しながらも裁きも受けられずに命を落とす。死の間際、彼は何を思い逝ったのだろうか。メアウェンはカエレンの人生に思いをはせる。


「おかしいよ! そんなの絶対おかしい!」


 ウィルは立ち上がり握りしめた拳を震わせていた。両親を奪われたかわいそうなカエレン、人の命を奪った愚かなカエレン。罪を償うことなく命を落としたカエレン。色々な感情が渦巻き、ウィルの心はパンク寸前だった。


「ウィル、こっちにおいで」


 言われてウィルはメアウェンの右隣に座った。


「リンも」


 リンは左隣に座る。

 メアウェンは二人の肩を両手で抱き寄せた。子供たちはメアウェンの肩に頭をのせる。しばしの沈黙ののち、メアウェンは語り始めた。


「カエレンはかわいそうな子だった。彼の境遇、人生は常に他人に翻弄されてきたものだ」


 リンが鼻をすする音が聞こえる。


「住処を追われたこと、父母を失ったこと、妹を襲われたこと、全てそうだ。子供はね、自分の人生を自分の意志で生きることはできないんだ。常に周りの大人の干渉を受けてしまう。私は彼に対しては何もしてやれなかったが、せめて、君たちのことは全力で守りたい。大人たちの干渉を受けて悲しいことにならないように」


 二人は静かに聞いている。


「これは君たちの義母(はは)として。そして私は傭兵騎士団団長でもある。カエレンを間違った方向へ導いた大人がいる。私はこれを必ず捕まえるよ。もうこれ以上彼のような悲しい結末を迎える子が出ないように」


 二人の子供たちが顔を上げ、メアウェンをまっすぐに見つめてくる。


「だからお願いだ。世の中を、世界を恨まないで欲しい。私を信じてくれ」


 子供たちがメアウェンの首筋に抱きついてくる。メアウェンも二人を強く抱きしめた。二人のぬくもりが服を通してメアウェンに伝わってくる。このぬくもり、優しさ、安心感が世界を包んでくれることをメアウェンは強く願った。


「さ、ミルクを飲もう。せっかく温めたのが冷めてしまうよ」


 ウィルとリンはメアウェンから離れ向かいのソファに座りなおした。


「でも、メア。その悪い奴ってどうやって捕まえるの?」


 ウィルがミルクをすすりながら聞いてくる。


「ああ、カエレンがヒントを残していってくれたからな。話を聞きに行こうと思ってるんだ」

「誰に?」

「フローラだ」


 フローラ。カエレンに残されたたった一人の家族。彼女ならばカエレンがテロ組織に加担した経緯を知っているかもしれない。それにカエレン亡き今、彼女は一人になっているはずだ。誰かそばにいる者がいればいいが、場合によると保護する必要もでてくる。

 カエレンから聞いた話は聖騎士団には報告していない。向こうから来たのはカエレンの引き渡し指示のみであったし、捜査の引継ぎもカエレンの事件を、と明記されていた。テロ事件はカエレンの事件以前にも起こっている。一連のテロ事件の捜査は引き継がれていないので、遠慮しなくても良いはずだ。


(うまくすれば暗赤色の髪の大男につながるかもしれない)


 事件の、そしてテロ組織の全容解明の鍵を握るであろう人物をメアウェンは強く意識していた。


「俺も行きたい」


 ウィルがミルクを置いて主張した。リンが驚いてウィルを見る。


「ウィル、メアはお仕事で行くのよ?」

「わかってる。でも、見ておきたいんだ。カエレンさんがどんな場所で暮らしていたのか。他のヴェ――魔族の人たちがどんな場所で暮らしているのか」

「うちの中ではヴェトスと呼んでも構わないよ。外ではそう呼ばないよう注意してくれればいい。誰が聞いているかわからないからね」


 メアウェンがそう言うと、ウィルはうなずいた。


「お願いメア! 一緒に連れて行って! お仕事の邪魔は絶対にしないから」


 ウィルが訴えるのを受けて、メアウェンは少し困った顔をしている。任務に関係のない子供たちを連れて行くのが良いことのわけがない。


「難民街は治安があまりよくないんだ。傭兵騎士団や衛士団の手が回っていない。君を連れていくことはできないよ」

「でも……、お願い! 俺は知らないといけないんだ。他のヴェトスの人たちがどんな境遇にいるのか。俺はヴェトスだから……、ヴェトスがどんなものか知りたいんだ。お願いメア! 連れて行って」


 メアウェンは腕組みをし沈黙し考えを巡らせた。


「仕方ない。連れて行こう。本当は良くないんだが、フローラも大人だけで押しかけるより年の近い君がいた方が話しやすいだろう。ただし、勝手にうろうろしないこと、私の指示をちゃんと聞くこと、これは約束してもらうぞ」

「わかった。約束する」

「よし、なら決まりだ。リン、君はどうする?」

「ウィルが行くなら私も一緒に行く!」

「約束は守れるかい?」

「うん、ぜったい守る!」

「では、一緒に行こう。騎士団からは私とフェイが行く。あまり大勢で押しかけても怖がられてしまうからな」


 二人は「やったー!」と手を取り合って喜んでいる。


「では今日はそろそろ休もうか。さ、寝る準備をしよう」


 今日はここでお開きになった。



    ◇



 翌日、王都の中央広場には多くの人だかりがあった。広場の真ん中にある噴水の前に移動式の釣り鐘が持ち込まれ、数分置きに鐘が鳴らされている。人々は釣り鐘とその脇に置かれた踏み台を中心に集まり、これから起こる出来事を待っている。

 今から王国による布告が行われるのだ。この国では文字を読める者は多くない。帳簿をつけるなどの仕事をしている者は多少の読み書きはできるが、それ以外の人々はほとんど字が読めず、識字率は貴族階級でも二から三割、庶民になると一割にも満たない。そのため、重大な事項は王国の伝令官により読み上げによる布告が行われる。鐘の音は今から布告が行われるという合図であった。

 筒状に丸められた文書を持った伝令官が踏み台に上り、大きな声で読み上げを始めた。


「王国の臣民よ、これは王国からの布告である。先日の凶行の首謀者、その名はカエレン、魔族の者である。彼の者は王国の安寧を乱し、多くの罪を重ねたが、裁きの途上にて不慮の死を遂げた。すでに公の法廷にて審議が行われ、死罪の判決が下されている。よって、この死をもって刑は執行されたものとみなし、ここに王国として処置を終える。臣民は安んじて日々の務めに励むがよい。王と聖座の御加護あらんことを」


 人々の間にどよめきが起こる。まだ記憶に新しい三日前の痛ましい事件の首謀者がすでに死亡しているというのだ。しかもそれは刑の執行によるものではないらしい。


「ざまあみやがれ!」

「魔族のくそ野郎が! いい気味だ!」


 世を乱す魔族に対して憤りを感じていた者たちは口々に悪態をついた。その傍らで、事件によって家族を失った者たちが仇の死への喜びと、それが王国の裁きではないことに対する失意がないまぜになった複雑な涙を流している。

 そして、「何があったんだ?」、「なんで死んじまったんだ?」などと疑問を口にする人々もいた。しかし、伝令官はそれらに答えることなく、そそくさと王城へ帰っていった。

 人々の疑問はそれぞれの想像力によって埋められ、尾ひれがつきながらもテロ事件の結末は瞬く間に王都中へ伝わっていった。



    ◇



 難民街の地下にあるテロリストたちのアジトは、重い空気に包まれていた。

 いつもは活気のある会話がなされているものだが、集まった若者たちは皆一様に押し黙ったままうつむき、言葉を発しようとしない。

 ガルムは腕組みをし、目をつぶったまま動かずにいた。


「なぜこんなことになったのだ」


 ガルムの口から声が漏れる。


「なぜこんなことになったのだ! アウグス!」


 ガルムが立ち上がりアウグスに向けて怒声を発した。声をぶつけられたアウグスは身じろぎもせず、ガルムを見つめ返す。


「指揮を執ったのは貴様であろう! 説明をしろ!」


 アウグスはもたれかかっていた壁から身を起こす。


「想定より敵が強かった。今回の敗因はそれにつきる」


 アウグスは落ち着いた声で答える。


「特に敵の隊長格の強さがずば抜けていた。奴を落とせなかったことが敗因だ」


 もう一人の若い槍使いもなかなかの腕だったが、まだ若さゆえの直線的な動きで対処は難しくなかった。経験を積めば将来恐るべき敵になる可能性はあるが、今のところは問題なかった。


「敵を侮っていたのではないか?」とガルム。

「そんなことはない。私はあの戦で聖騎士団と戦っている。お前も身に染みて知っているだろう、奴らの強さを。今回も隊長格には二人を当てるようにしていた。奴はそれを超えてきたんだ」


 実際アウグスの隊は作戦成功まであと一歩のところまで迫っていた。アルフリク隊長の執念に最後の最後で阻まれてしまったのだ。


「チッ」とガルムが舌打ちする。


 ガルムは現場を見てはいないが、アウグスの言葉にも一理あることを認めざるを得ない。アウグスと共に馬車から襲撃した三人は組織の中でも精鋭と呼ばれる実力を持つ者たちだった。それが敵の隊長に二対一で正面から討ち取られている。族長家の出身でひときわ魔力量の多いアウグスやガルムと同等かそれ以上の力を持っているといっても過言ではない。


「それよりも、お前の言う支援者とやらは信用していいのか? 今回の情報もその者からもたらされたものだろう。カエレンが捕まった作戦もその者の提言だったはずだ」

「何が言いたい」

「そいつは敵の工作員なのではないか?」


 言っておいてアウグス自身は本当にそうだとは考えていない。工作員だとしたらやり方が迂遠(うえん)すぎるし、自ら提案した作戦で自国民の犠牲が出すぎている。しかし、アウグスはなにか引っかかるものを感じていた。

 周りの若者たちから「確かにそうかも」などの声が聞こえてくる。


「そんなことはない! 彼は我らの想いに共鳴して手助けをしてくれているのだ! 我らを陥れるようなことはしないはずだ!」

「そうか、まあ、いずれにしろあまり信用しすぎないことだな。その者は同胞ではないのだろう?」


 そう言うと話は終わりだとばかりに、アウグスは出口に向かった。


「新しい作戦が決まったらまた呼んでくれ。次はうまくやってみせるさ」


 そうガルムに投げかけるとアウグスは扉を開け部屋を出ていった。

 カエレンを救えなかったこと、さらに責任の所在を明確にできなかった怒りを机に叩きつけガルムはうなりを上げた。

 若者たちは遠巻きにそれを見つめるだけだった。その視線に混ざる疑念にガルムは気づいていなかった。

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