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境界のウィル ~魔族の血を引く少年は、人の国で生きる~  作者: 文木あお


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第11話 同胞の奪還

 傭兵騎士団本営本館の二階に執務室がある。直接戦闘や捜査に出ない後方支援の団員たちの仕事場だ。複数の机が並び経理担当や物資調達担当の団員たちが帳簿や書類を処理している。

 アルドの机もこの執務室にあった。戦士として前線にも出るアルドであったが、副団長の肩書を持つ者の義務として、書類仕事もしっかり課されている。訓練や前線任務のないときはもっぱらここで書類の相手をしていた。

 朝から取り組んでいた書類を片づけたアルドは窓際にもたれかかり外を見ていた。窓からは訓練場で素振りを行っている何人かの団員が見える。

 昨日の尋問ではカエレンから有用な情報は得られていない。捜査を聖騎士団に引き継ぐとはいえ、身柄を引き渡すまではこちらも尋問する権利くらいはあるはずだ。テロリストたちとの戦いはこの事件の後も続く。この先何か使える情報が手に入れば、と思ったがそううまくはいかなかった。

 空を見上げると暗く濁った雲が立ち込め、じめじめとした湿度を感じる。今にも雨が降り出しそうだ。「嫌な空だ」とひとりごちると正門に目を向ける。ちょうど誰かが訪ねてきたようだ。一人、二人、合計七人の人影が門を抜け本営に入ってくる。そのうち三人は長い棒のようなものを持っているようだ。あれは、ハルバードだろうか。


「おいでなすった」


 アルドはメアウェンを呼びに団長室へ向かった。



    ◇



 本館エントランス前に傭兵騎士団と聖騎士団の面々が整列していた。

 傭兵騎士団からは団長メアウェンを中心に副団長アルド、さらにガーの隣にカエレンを連れた一般団員が並ぶ。各員(かかと)を揃え直立して整列している。

 来客の聖騎士団は傭兵騎士団と向かい合う形で並んでいた。七人の騎士団員は聖騎士の鎧を身につけその上からサーコートを着込んでいる。鎧と言ってもフルプレートではなく、上半身と手甲、脛当てを装着し、隙間をチェインメイルでカバーした軽装だ。さすがに王都内ではフルプレートは威圧感がありすぎるため避けたらしい。七人全員が帯剣し、うち三人は長物のハルバードを持っている。残りの四人は左手に王国聖騎士団の紋章が描かれた盾を装備していた。全員が顔の見えるサレットタイプの兜をかぶっている。七人は一切の乱れなくつま先の開く角度まで揃えて整列していた。高い練度がうかがえる。

 中央に立っていた年かさの一人が口を開く。


「先触れの通り、我ら聖騎士団護送隊は聖騎士団長キネムド枢機卿猊下(げいか)の命を受け、被疑者カエレンの身柄を引き取るべく参上した。これは、教皇聖下(せいか)の御意志でもある。貴団に課された義務、速やかに果たされよ」


 これを受けてメアウェンが返す。


「承知した。被疑者カエレンの身柄、貴団へ引き渡す。以後の措置については、聖騎士団の責任において適切に遂行されるよう願う」


 ガーがカエレンを連れ進み出る。手枷をつけられ、魔力封じの魔法具を首に着けられたカエレンが聖騎士団員に引き渡される。


「確かに受け取った。協力感謝する」


 年かさの男がそう言うと、正門に向かって歩き出した。


「待たれよ」


 メアウェンがその背中に声をかける。


「なにか」

「こちらからも人を出そう。彼を同行させる」

「不要だ。我々のみで任務は果たせる」


 にべなく返す年かさの男にメアウェンは言葉を重ねる。


「そう言ってくれるな。被疑者奪還の襲撃がないとも限らんのだ。そちらの本営まで護衛をさせてくれ。それに我々にも意地がある。ほいほいとただそちらの言いなりというのもな」

「……いいだろう」


 ガーが進み出て年かさの男に声をかける。


「ガーです」

「隊長のアルフリク・エアドウルフだ。お前ひとりか」

「はい」

「では同行せよ。聖騎士団本営に着くまでは私の指揮下に入ってもらうぞ」

「はっ」


 ガーが敬礼をし、聖騎士団に合流した。


「隊列を組め!」


 アルフリクが命令を出すと、聖騎士団員たちが素早く隊列を組む。

 ハルバードを持つ二人が最前衛に並んで立ち、盾持ちの三人がカエレンを中心に三角形の頂点の位置に移動する。その後ろにもう一人のハルバード持ちと盾を持ったアルフリク隊長が並んだ。

 ガーは愛用のショートスピアを握りしめカエレンの隣に陣取った。

 遠くで雷の鳴る音がした。


「全体進め!」


 号令と共に隊列が進み始めた。歩調の合った団員たちの足音が規則正しく響く中、ガーとカエレンの歩く音がそこからずれて混ざる。ガーは少し気まずさを感じた。

 正門を左に曲がり少し歩くとルセアル大聖堂前広場に出る。天候のせいか普段より少ないようだが、朝の礼拝終わりの時間と重なったのか、広場にはそれなりに人出(ひとで)があった。


「おい、あれ聖騎士団じゃないか?」


 一般の市民にとって王都で聖騎士団を見かける機会はあまりない。普段は訓練のため本営から出てこず、そこにいない者は国境の砦に詰めているためだ。王都を象徴するような花形の聖騎士団だが、市民が実際にお目にかかるのはなかなかに珍しい出来事なのだ。

 胸に聖騎士団の紋章が刺繍された揃いのサーコートをたなびかせ、一糸乱れぬ歩調でハルバードを掲げて歩くその姿は、強さとそれに守られる安心感を市民に感じさせるとともに、近づきがたい畏れも(いだ)かせていた。

 遠巻きに市民が見守る中、一団は聖堂前広場を進む。


 広場を抜けると緩やかな坂道に入った。王都の北側の城壁に沿って走るその道は頂上にある王城へ至る唯一の道だ。その中腹から少し登ったところに聖騎士団の本営はあった。

 ガーの頬に水滴が当たる。いよいよ雨が降り出したようだ。団員たちの足音に水音が混じる。雷鳴の聞こえる頻度が上がっていた。こちらに近づいてきているらしい。分厚い雲のせいで午前中とは思えないほどあたりは暗くなっていた。

 しとしと(・・・・)と降りしきる雨の中、左手の城壁の内壁と右手の建物の間を通る坂道を一行は登っていく。ここの建物は王都中心のものとは異なり背が高く四階建て程度はあるようだ。無駄口を叩くものは誰もおらず、ただ足音と雨音だけが聞こえている。


 その音に新たに加わるものがあった。ガラガラと音を立て前方から馬車が下ってくる。一行の前を歩いていた市民がぶつからないように少し脇に避けるのが見えた。


(王城の方から帰ってきた馬車か)


 王城へと続く道だが納入業者の馬車が通ることもある。おかしなことはない。しかし、ガーはかすかな違和感を覚えた。

 一頭立ての幌付きの馬車は雨に打たれしっとりと濡れている。

 わずかに漂う緊張感の中、馬車は一行の脇を通り過ぎていった。


(考えすぎか――)


 警戒を解き前を向いたガーの目に、先を歩く市民がおもむろに振り向くのが映った。市民はかがみ込み地面に両手をついている。


「上がれーーッ!」


 市民が叫ぶと同時に石畳を突き破り前衛二人の背後に高さ三メートルほどの土壁が立ち上がった。坂道を塞ぐように建てられた土壁によって前衛二人は本体から分断されてしまう。


「襲撃!」


 前衛の一人が声を上げる。土壁の(モウェーレ・)魔法(グラウィア)を行使した市民、もとい襲撃者は立ち上がり魔力の散礫(グランデース)を前衛に叩きつけてきた。数発食らってしまうが聖騎士団の装備品には耐魔の魔法がかけられている。ダメージはかなり軽減できていた。坂上から降りてきたさらに二人の襲撃者が攻撃に加わる。前衛の一人が広範囲(クリペウス・)盾魔法(アンプルス)を展開し、もう一人は迎撃のため魔力矢(サジッタ)の準備を始めた。


「城壁を背にし広範囲(クリペウス・)盾魔法(アンプルス)を展開しろ!」


 土壁の後方では隊列の変更を行っていた。中衛の盾持ちの三人が城壁を背にカエレンを中心に扇状に展開している。聖騎士の盾に広範囲盾魔法を付与し、魔力の膜によってカバーできる範囲を広げていた。土壁の出現と同時に右手の建物上に襲撃者が二人現れ、魔力矢による絶え間ない狙撃にさらされているためだ。

 ガーはカエレンを壁際に引き寄せ、その場にかがませる。カエレンの前に立ちショートスピアを構えた。雨が激しくなってきた。


「オスマー、屋根上の二人を魔力散矢(サジッタエ)で排除だ」

「はっ」


 アルフリク隊長が後衛騎士のオスマーに落ち着いた声で命令する。オスマーは進み出て魔力散矢を放つべく魔力の集中に入った。

 時を同じくして先ほど通り過ぎた馬車の荷台からフードをかぶりマントを羽織った襲撃者が四人飛び出してきた。各々が剣を引き抜き姿勢を低くして走りこんでくる。


「隊長! 後ろだ!」


 ガーの叫びを受けて振り向いたアルフリク隊長は二人がかりで切りかかってきた襲撃者の凶刃を盾と剣で受け止めた。派手に火花が散る。アルフリクが二人の襲撃者と切り結ぶ横をすり抜け、一人の襲撃者がオスマーにするりと駆け寄った。襲撃者はオスマーの脇腹にショートソードの切っ先をあてがうと、彼の心臓めがけて一息に突き入れた。


「ゴぶッ」


 オスマーの口から鮮血があふれ出る。集中していた魔力が弾け、魔法盾に当たってバチバチと音を立てた。

 馬車から現れた襲撃者の最後の一人がカエレンに走り寄る。


「ここは通さない!」


 ガーが二人の間に躍り出た。左前半身の中段に構え、穂先を相手に突きつける。

 激しい雨が二人を打ち付ける。数瞬のにらみ合いを経て先に動いたのはガーだった。


 初撃必殺とばかりに渾身の突きを繰り出す。ひねりを加えられた穂先はらせんを描き襲撃者の胸元に吸い込まれていく。しかし、襲撃者の心臓を貫くかに見えた穂先はすんでのところで躱されてしまった。


 右側から回り込んだ襲撃者の刃が体の伸びきったガーの脇腹を狙う。ガーは槍を引き戻さず、突進力を強引に回転力に変え、槍の柄で襲撃者の体を薙ぎ払う。襲撃者は体を回転させ剣の腹で槍を受けるとジャンプで体を浮かし槍の勢いそのまま後方に飛ばされた。距離は大きく開いたがダメージはないようだ。


 襲撃者はかすかに笑みを見せると剣を腰だめに構え矢の如く飛び出した。右に左にステップを重ね、ガーに狙いを定めさせない。

 正面からの迎撃が難しいと悟ったガーは魔力を槍に込め、大きく振りかぶると地面に叩きつけた。砕かれた石畳が宙を舞う。石片の雲に突っ込むことを嫌った襲撃者は急制動をかけた。その隙を見逃さず今度はガーが飛び出した。


 石片が体に当たることも(いと)わず烈風の勢いで突き出した槍が動きのとまった襲撃者を確実に捕らえる。その切っ先が襲撃者の体に潜り込む寸前、ガーの真横に突如もう一人の襲撃者が現れた。襲撃者は手のひらに集中した魔力を圧力に変え、ガーに叩きつけた。


「ぐぅっ!?」


 ガーは真横から巨大な拳で殴られたかのように体をくの字に曲げ大きく飛ばされる。その体は城壁に激突し、動かなくなった。


「よくやった」


 ガーと戦っていた襲撃者が声をかける。もう一人の襲撃者はうなずくと体を(ひるがえ)し、盾魔法を展開している聖騎士に背後から近づく。絶え間なく降り注ぐ魔力矢によって釘づけにされている聖騎士のうなじからショートソードを差し込み殺害する。

 ガーと戦っていた襲撃者はその間にカエレンに駆け寄った。


「立てるか?」


 かがみ込んで手枷(てかせ)で頭を守っているカエレンに手を差し出す。


「アウグス様!?」


 アウグスはカエレンの手を掴み立たせてやった。


「離脱するぞ」


 もう一人の襲撃者と合流し三人は馬車へ向かって動き出す。


「行かせん!」


 立ちはだかったのはアルフリク隊長だった。無数に傷の入った聖騎士の盾を前に押し出し、腰を落として剣を下段に構えている。アルフリクの全身は淡い光に包まれている。魔法によって身体能力を強化しているようだ。肩越しに倒れ伏した二人の襲撃者が見えた。


(二人がかりでも落とせなかったか)


 カエレンを背に守りアウグスは剣を構えた。じりじりとにらみ合いが続く。どっしりと構えたアルフリクは付け入る隙が見当たらない。

 ――と、もう一人の襲撃者がアルフリクに切りかかった。アルフリクは無造作に剣を振るい襲撃者の斬撃を打ち払う。たった一合の打ち合いで襲撃者は押し戻された。膂力(りょりょく)の違いは明らかだ。


 しかし、アウグスはその時盾がわずかに下がったのを見逃さなかった。上段から振りかぶり肩口めがけて剣を振り下ろす。反応が遅れたアルフリクは盾で受けられず鎧の肩当てで受けてしまう。刃は通らなかったが衝撃は肩関節へダメージを与えているはずだ。


 近寄られるのを嫌ったアルフリク隊長は盾を振り回す。アウグスはバックステップでそれを躱した。その隙に足下(あしもと)を狙ったもう一人の攻撃をアルフリクは片足を上げてやり過ごすと、そのまま相手に回し蹴りを入れる。襲撃者は勢いで転がり、突きを放とうとしていたアウグスにぶつかりそうになる。アウグスはジャンプで衝突を回避し、アウグスと襲撃者の位置が入れ替わった。


(やはり強いな、――ならば)


 アウグスは前後に挟み込もうとアルフリクの右側に回り込もうと試みる。しかし、アルフリクはその意図を察して剣を振り、それを許さない。

 起き上がった襲撃者がアルフリクに切りかかる。斬撃は盾で受け止められたが、襲撃者はアルフリクを釘づけにするべく剣を引かず渾身の力を込めて押し込んだ。力任せに押し返そうとしたアルフリクの左肩に痛みが走る。意図せず盾を引く形になり襲撃者は前のめりに態勢を崩す。


 たたらを踏んだ襲撃者の胴を走りこんできたガーのショートスピアが貫いた。


「ぐぅう」


 襲撃者の喉から声が漏れる。勢いあまって浮き上がった襲撃者の亡骸から、槍を引き抜いたガーはアウグスに向き直る。アルフリクも剣と盾を構え、アウグスに狙いをつけた。


「もう終わりだ! 降伏しろ!」


 ガーが声を上げる。馬車から現れた四人のうちアウグス以外の三人はすでに倒されている。


「貴様ら――よくも同胞を!」


 アウグスから魔力が噴出し、腕から肩、首を通って頬に至るまで紋様が現れる。アウグスから噴き出した濃厚な魔力は次第に集まり八つの光珠となってアウグスの周囲をランダムに回転しはじめた。光珠から漏れ出す魔力が尾を引き、その姿はさながら八つの彗星がアウグスを守護しているかのようだ。

 アウグスの後ろにいたカエレンが息をのむ。


 アウグスがおもむろに剣を逆袈裟(ぎゃくけさ)に振り上げると、高濃度の魔力がまとわりついた剣風は圧力となってアルフリクに殺到する。とっさのことに反応できず、アルフリクは大きく吹き飛ばされ城壁に激突した。


「くっ……」


 アウグスの変化によって形勢を逆転されたガーは声を漏らす。


「次は貴様だ」


 低い声でそう宣告するとアウグスはガーに切りかかった。槍で捌こうとするガーだが、膂力、速度ともに大きく強化されたアウグスの斬撃をしのぎ切れず、三合ともたず大きく槍をはじかれてしまった。正面ががら空きになったガーをアウグスは蹴り倒す。


「がはっ」


 胸を蹴られ一瞬呼吸ができなくなったガーは、濡れた地面から体を起こそうと試みながら大きく喘ぐ。見上げる視界に剣を逆手に持ち替えたアウグスが映った。


「これで終わりだ」


 剣を振り上げたアウグスのもとにどこからか赤い光条が飛来する。城壁の瓦礫から上体を起こしたアルフリク隊長が放った魔力(サジッタエ・)火矢(イグネアエ)だった。しかし体の中心めがけて迫る魔力火矢は少し体をひねったアウグスによって狙いを外され、虚しくも脇を通り抜ける。

 そして、火矢は後ろにいたカエレンの胸に吸い込まれていった。


「あ――ああああああああああ!」


 着弾した魔力火矢は爆発的に燃焼しカエレンの体を炎で包む。魔法具による妨害によって、耐火や消火の魔法が使えないカエレンは自身を焼く炎に身を任せるしかできず、やがて膝をつき崩れ落ちていった。


「チィッ!」


 アウグスは状況を理解すると、馬車に向かって走り出す。奪還対象が死んでしまってはもはや戦う意味はない。


「撤退だ!」


 屋根上の二人に声をかけると覚醒状態を解き、馬車に飛び乗る。

 馬車は豪雨による水煙の中を走り去っていった。気づけば屋根上の二人もすでに姿を消している。

 あとには呆然とするガーと、焼き尽くされ静かに横たわるカエレンの亡骸が残され、ただ雨音のみがひびきわたっていた。

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