第10話 それぞれの思惑
リンのすすり泣く声が聞こえる。カエレンの壮絶な過去を聞きかなりのショックを受けたようだった。
「フローラは……、どうなったの?」
ウィルが震える声で聞いた。隣でセオルが暗い顔をしている。
「無事だ。今は安全な場所にいる。どこかは言えないがな」
「容疑者の家族を人質にとるような真似はしないさ」
メアウェンが口をはさむ。
信用できるものか、とカエレンはつぶやき、ウィルの方を見る。
「なぜ事件を起こしたか、と聞いたな。汚いお前たち王国民に復讐してやるためだ! 父と母を俺たち兄妹から奪い、妹は殺されかけた! 浄化などとうそぶき、自分たちの非道を正当化しようとする! そんな卑劣な奴らを正してやるためだ! お前も昼間見ただろう! なんの落ち度もない者をヴェトスだからというだけで蹴り飛ばすような奴らを」
カエレンの怒りを正面から受け止めたウィルは、何も言えなくなってしまった。何度か言葉を発しようとするが、思い直して口をつぐんでしまう。幾たびかの逡巡のあと、救いを求めるようにメアの方を向いた。
「メア……」
メアウェンは膝をつきウィルに目線を合わせた。
「ウィル、彼の話はおそらく本当に彼が体験してきたことだと思う。彼の人生は戦争によって壊されてしまった。彼の怒りは理解できるものだ」
ウィルがうなずく。
「家族を失うことはつらいものだ。いや、その気持ちは君もわかるんだったな……、すまない。君のその気持ちは彼に共感して、彼の行いを肯定したがっているんだろう。こんな思いをすればあれほどのことをしでかしても仕方ないことなんじゃないか、と。しかし、忘れてはならないのは彼に殺された人々にもまた、家族がいるということだ。ウィル、これを聞いて君はどう思う?」
メアウェンの言葉を聞き、ウィルは考えこむ。
「そうだ……。俺もリンもセオルも家族を失ってる。父さんが死んだとき本当につらかった。カエレンさんがやったのは俺たちみたいな人を増やしたってことだ……。それは……間違ってる。こんな思いをする人を増やすなんて間違ってるよ! カエレンさんは自分をつらい目に合わせたひどい奴らと同じことをしたんだ!」
ウィルの言葉を聞いたカエレンは意外にも少しほっとしたような顔をしていた。
「そうさ! 俺はやつらに俺と同じ気持ちを味わわせてやったんだ! ……さあ、理由がわかって満足だろう。わかったらもう行け。こんなところは子供の来るところじゃない」
そう言うとカエレンは明かりの届かない牢の奥へ戻ってしまった。
「さあ、みんなもう行こう」
メアウェンに促され三人の子供たちは地下牢から出ていった。
「暗赤色の髪の大男……テロ組織に関係する者か」
階段を上りながらメアウェンがつぶやく。
「何か言った?」とウィルが聞く。
「いや、何でもない。それより君たち、ここは入ってはいけない場所だとはわかっているな。上に戻ったら説教を受けてもらうからな」
ばつの悪そうな三人を尻目にメアウェンは階段を登っていった。
◇
月明かりに照らされた王都アウレクスの西の端、月光を反射しキラキラと輝く美しい建物があった。アウレクスの光の梯と異名を持つルセアル大聖堂は、神の御許への橋渡しをするべくその天を突くような尖塔を高く伸ばしそびえ立っていた。
すでに夜も更け、礼拝に訪れた信徒も家路についている。人気のなくなった大聖堂の中庭を挟んで裏手側に大きな館があった。石造りの壁で囲われ、大聖堂と回廊を通して繋がるその館は一般の信徒は立ち入ることができない隠されたエリアにあり、歴代の教皇の居館として使われてきたものだった。現在は教皇レオフの居館及びルクサウレア教の運営の拠点として使われている。
館の二階の奥にある教皇の執務室に二人の人影があった。一人はこの館の主である教皇レオフその人だ。齢七十を超えすでに老境にあるレオフは、ビロード張りの肘掛け椅子に少し曲がった腰を落ち着け訪問者に相対していた。慈愛の教皇と呼ばれるままにやさしい表情をしている。
「話があるとか?」
レオフが訪問者に語りかける。
「夜分に押しかけ申し訳ありません、聖下。しかし、火急の用向きがありお許しいただきたく」
「今日の事件のことですか、キネムド」
はい、とキネムドと呼ばれた男は神妙な顔で答えた。
キネムドはルクサウレア教の枢機卿を務める男だ。レオフよりも十以上若いが教団内でも人望厚く次代の教皇候補として目されている。
キネムドは自身の鋭い目線が教皇と合わないように、彫の深い顔を少し伏せ語り始める。神の代行者たる教皇と目を合わせることは不敬にあたる。
「結論から申します。事件の捜査に聖騎士団を投入しようと思うのです」
「聖騎士団を?」
エンリック王国は王都に三つの騎士団を抱えている。一つはメアウェンたちが所属する王国傭兵騎士団。もう一つは王国近衛騎士団、王をはじめ王族の警備を主任務とする騎士団だ。最後の一つが王国聖騎士団だ。平民や外国から帰化した者が主体の傭兵騎士団と異なり、聖騎士団は主に貴族の子弟で構成される。名前の通りルクサウレア教の影響力が強く、慣例として教団の枢機卿が代々の騎士団長を務めていた。現在の騎士団長はキネムドが務めている。
その職務についても、治安維持や事件の鎮圧が主な傭兵騎士団と異なり、国防を主に担う。平時には国境警備などを行い、戦時になると王国軍の主力を担当するのが聖騎士団だ。
強力な組織ではあるが、王都で起こったテロ事件の捜査は担当外のはずだ。本来であれば事件の捜査は傭兵騎士団やあるいは王国衛士団の仕事である。
「なぜです? 聖騎士団は国防が主な任務のはず。事件の捜査は傭兵騎士団の役割のはずでしょう」
「今回の事件は今までのものとは異なります。魔族たちによる無差別なテロで信徒に多数の犠牲が出ました。突然起こった恐ろしい事件に信徒たちの不安も増しています。事件の解決のみでなく、信徒たちの不安を取り除く必要があるのです」
「聖騎士団ならそれができると?」
「はい、神の兵たる我ら聖騎士団が事件を解決することで、信徒たちも力づけられましょう」
「ふむ……」
レオフは目を閉じ、しばし考えにふける。
「我ら教団の役目は信徒に安寧をもたらすことにありましょう。ならば我らのできることをするべきと愚考します」
「いいでしょう。信徒の安寧は何をおいても守らなければならないものです。それが成せるならそなたの思うようになさい」
「ありがとうございます、聖下。では明朝より特別部隊を編成し対処に当たらせます」
「では、私は王に話をしておきましょう」
キネムドは椅子から立ち上がると一礼し、執務室を後にした。
「いかがでしたか?」
控えの間から男が現れた。背が高く痩身のキネムドと対をなすように短躯ででっぷりと太っている。キネムドの腰巾着と影で呼ばれる司教バッダだ。媚を売るような下品な笑みを浮かべ、すり寄るように近づいてくる。
「教皇の許可を得た」
「おお、では聖騎士団は」
「明朝から動かす」
「さすがの手腕にございます」
翼廊を進むキネムドの少し後ろを付き従うようにバッダはついてくる。
「これで例の王族は何とかなりますな」
「ああ、魔族の王族は排除せねばならん。この情報よくぞもたらしてくれた」
「いえいえ、教団のことを思えばこそです」
人気のない中庭は静まり返っている。
「しかし、王族ともあろうものがテロリストに身をやつしているとは、落ちぶれたものだな」
「誰のせいでございますか。キネムド様もお人が悪い」
バッダの下卑た笑いが静寂を汚すように響いていた。
◇
――翌日。
メアウェンの出営に同伴して子供達も傭兵騎士団本営にやってきていた。セオルは昨晩メアウェン宅に宿泊したため一緒についてきている。街は昨日の事件のせいで建物の崩落など危険な場所も多く、あとで誰かにウィンステッド商会まで送ってもらう予定になっている。
本庁舎の事務所を四人が訪れるとアルドが渋い顔で一枚の書類を眺めていた。
「おはよう、アルド」
メアウェンが机に尻を預けているアルドに声をかける。
「ああ、お前らか。おはよう」
「何かあったのか?」
「聖騎士団の連中が嘴突っ込んできやがった」
「どういうことだ?」
アルドが書類を差し出した。
「さっき使者が来てな。今回の事件を聖騎士団が担当するから容疑者を引き渡せってよ。教皇レオフ聖下のお墨付きらしいぜ」
「なぜ聖騎士団が? 彼らの任務は国防だろう」
受け取った書類を読みつつ、メアウェンが疑問を口にする。
「わからん。使者本人も理由がわからなくて困惑してやがった。とにかく明日人を寄越すから容疑者の移送に協力しろだとよ」
「教皇様に出張ってこられてはな……。仕方ない。こちらからも移送に人を出そう。君」
メアウェンが通りがかった団員に声をかけた。
「すまないが、ガーを呼んできてくれないか」
「わかりました」
しばらくしてガーが事務所にやってきた。
「お呼びですか?」
「ああ、昨日の事件の容疑者を聖騎士団に引き渡すことになった。君に容疑者の移送に同行してもらいたい」
「えっと……。聖騎士団に容疑者を引き渡すんですか?」
状況が飲み込めないガーにメアウェンが説明する。
「そうだ。向こうから連絡があってな。昨日の事件を聖騎士団が担当するんだそうだ。理由はわからん。ただ、教皇様のお墨付きがあってな。断ることができないんだ」
「そ……うですか。わかりました。今からですか?」
突っ込んでも何も出てきそうにないと判断したのか、ガーはそのまま了承した。もちろん命令なので断ることはできないが、理由を聞いて納得して任務にあたるのはいいことだ。今回は詳細を聞くことはできなかったが、ガーは良しとしたようだ。
「いや、明日移送の騎士団員が来るそうだ。君はそれに同行してほしい。明日までに容疑者に着けさせる魔封の魔法具の準備をしておいてくれ」
「わかりました。準備しておきます」
「ああ、それと今から予定はあるか?」
「訓練場に行こうかと思ってましたが」
「では、すまないが訓練の前にセオルを送ってやってくれないか。ウィンステッド商会はわかるな?」
「わかりました。セオルを送ったのち訓練に向かいます」
ガーはピシッと敬礼すると事務所を出ていった。
◇
セオルをウィンステッド商会に送り届けると、従業員に彼をまかせガーは帰っていった。
「叔父様に挨拶をしたいんですが、どこにいらっしゃいますか?」
セオルが従業員に確認する。
「ウィスタン様は今は応接室にいらっしゃいます。来客中ですが挨拶くらいは構わないと思いますよ」
「ありがとう」
セオルは礼を言い応接室に向かった。
応接室の前に着くと中に人の気配を感じる。ウィスタンが客と商談を行っているようだ。セオルは扉の前にいた女性従業員に用向きを伝えた。従業員は扉をノックし中に入っていった。しばらくして再び扉が開き、中に招き入れられる。
「どうぞ」
従業員が恭しく頭を下げる。
「叔父様、ご心配をおかけしました」
セオルは部屋の中に入り、挨拶をする。
「おお、セオル! よく帰ってきたね。昨日報告を聞いたときは肝を冷やしたよ。大きな怪我はないと聞いたが大丈夫かい?」
「はい、おかげさまで無事でいます」
ウィスタンがよかった、と言いつつ同席している男に向き直る。
「紹介します。彼はセオル、私のまあ――、養子のようなものです。昨日の事件に巻き込まれましてね。一晩傭兵騎士団に保護されていたのです」
「ほう、それは気の毒に。危ない目に遭われたようだがご無事かな」
男は椅子から立ち上がり手を差し出す。
「お気遣いありがとうございます。セオルです」
セオルは差し出された手を取り握手をした。
「この方は王城で土木関係を取り仕切っていらっしゃるエドウィン様だ。昨日の事件で壊された街の修復の相談に来られたんだ」
「そうでしたか。改めましてセオル・ウィンステッドです。以後お見知りおきを」
「エドウィンです。まだお小さいのにしっかりしておられる。ウィスタンさん、商会の将来は安泰ですな」
エドウィンは手を離し椅子に座り直した。
「いえいえ、まだまだひよっこですよ」
「しかしこうして被害に遭われた方を目の当たりにすると、王都の治安は大丈夫なのか不安になりますな。この間もテロの被害を修復してもらったばかりだというのに、また事件が起こるとは」
「なかなか戦後の混乱というのも治まらないものですね。陛下もさぞお心をお痛めでしょう。皆が安心して暮らせるまで私どもはできる限り王都のお役に立てるようにさせていただきますよ」
「これは心強い」
「あの……」
大人たちの話が盛り上がりそうになっていた隙間を狙ってセオルが切り出す。
「ああ、すまない。セオル、もう下がって大丈夫だよ」
「お仕事のお邪魔をしてすみませんでした。エドウィン様、叔父様、失礼いたします」
「ネクサ、セオルを部屋まで連れて行ってやってくれ」
ウィスタンが声をかけると、先ほど外にいた女性従業員が扉を開けて中に入ってくる。
「かしこまりました。さ、セオル様」
セオルはネクサと共に応接室を後にした。
ネクサはウィスタン付きの従業員で秘書業務を担当している。もうすぐ三十に届こうかという歳で、シルバーの髪を結いあげアップにセットしている。セオルともよく話をする仲だった。二人はセオルの部屋に向かう。
「セオル様、お体は大丈夫なのですか? ウィスタン様もとても心配していらっしゃいましたよ」
「うん、少しやけどを負ったけど騎士団で治療してもらったから大丈夫だよ」
「騎士団の方がたまたまそばにいらして本当によかったです。聞けば実行犯も取り押さえられたとか?」
「そう、アルド副団長がね。僕は慌てちゃってあんまり覚えてないんだけど……」
二人で階段を上りつつおしゃべりをする。
「そうですか。でもこれでテロ組織にも迫れますね。犯人は今取り調べを受けているのですか?」
「うーん、それが事件の担当が聖騎士団になるみたいなんだよね。教皇様の指示かなんかで」
「まあ! 聖騎士団が出てこられるのですか。珍しいですね」
「それで明日犯人の人を聖騎士団のほうに連れていくみたいだよ。朝メアさんたちがそう言ってた」
「そうですか、明日……。さあ、着きましたよ、セオル様。今日はお疲れでしょうから、ゆっくりお休みください」
「うん、ありがとう、ネクサ」
セオルを送り届けるとネクサは来た道を戻った。
「明日、ね……」
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