Chapter 5 Part 1
12月に入り、羽田空港は年末年始の繁忙期を迎えていた。国内外のフライトが急増し、管制塔内は普段以上に緊張感が漂っていた。窓の外では次々と航空機がターミナルへ向かい、滑走路では絶え間なく離着陸が続いている。
「今年もこの時期が来ましたね。」
篠田が軽く息を吐きながら言うと、内田が笑いながら答えた。
「この時期こそ、うちらの腕の見せどころだよ、篠田。」
「そうですね……頑張ります!」
篠田は拳を軽く握りしめたが、その笑顔には少し不安の影が見えた。三津谷が隣で励ますように肩を叩く。
「心配するな。俺たち全員でフォローし合おう。」
その言葉に篠田は安心したようにうなずいた。しかし、真奈美の表情はどこか険しかった。増加する業務に加え、鈴木の優秀さに負けないよう努力してきたものの、自分がまだ及ばないと感じていたからだ。鈴木は余裕を持って正確な指示を飛ばし、三津谷や内田と軽く言葉を交わす姿さえ見せていた。その落ち着いた態度に、真奈美は焦燥感を募らせていた。
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そんな中、12月のある日、関東地方に寒波が到来し、羽田空港は突然の降雪に見舞われた。大粒の雪が窓を叩き、滑走路には白い筋が刻まれていく。降雪の影響で複数の便が遅延し、離着陸のスケジュールは乱れ、管制塔内は一層の混乱に包まれた。
「みんな、BとD滑走路の積雪量が離着陸の規定を超えたと連絡が入った。これから除雪作業に入るから一時使用不能だ。」
佐藤の声が響き、管制官たちが一斉に緊張感を高めた。モニターにはホールドに入った機体の列が次々と表示され、通信が絶え間なく飛び交う。
「まだまだ雪が強くなている。慌てるな、落ち着いて一つずつ処理していくんだ!」
佐藤がさらに声を張り上げ、全員を鼓舞するように続けた。
「滑走路の状態は?」
片山が冷静に問う。
「滑走路AとCは今のところ使用可能です。ただし、降雪量が増えれば除雪が必要になります。」
鈴木が即座に答えた。
「よし、Cを優先しよう。雪の影響が出る前にできるだけ多くの便を処理する。」
片山は即断し、各持ち場の管制官へ指示が飛んだ。
その頃、レーダー室でも緊張が走っていた。三津谷がモニターをにらみながら「西からの進入便が予定より早い、調整が必要だ」
と声を上げ、内田がすぐに対応する。
「了解、進入間隔を広げて調整します!」
篠田も必死に確認を重ね、
「北側の空域はホールド機が増えています!」
と報告した。三津谷は
「とにかく順に処理していこう。」
と落ち着いた声で仲間を励まし、レーダー室の空気を引き締めた。
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「真奈美、滑走路34Rに着陸する機体を優先しろ。」
片山の声に、真奈美はすぐに応答した。
「了解しました!」
真奈美は懸命に業務をこなしていたが、その隣では鈴木も冷静に対応していた。彼は迅速に状況を判断し、次々と指示を出していたが、二人の連携が微妙に噛み合わない場面が現れ始めた。
真奈美が滑走路34Rに着陸予定の便の優先を考えて間隔を調整しようとすると、鈴木は同時に離陸機を優先しようとする。両者の判断が一瞬重なり、通信のタイミングが被ってしまった。
『JAL452、滑走路34R進入を許可――』『ANA621、滑走路からの離陸準備を――』
二人の声が重なり、パイロットから
「指示が重なっています。確認をお願いします。」
と戸惑いの返答が返ってきた。塔内に一瞬、緊張した沈黙が走る。すぐに鈴木が通信を切り直し、
「JAL452、34Rへの進入を優先。ANA621、しばらく滑走路手前で待機してください。」
と改めて指示を出した。機長から
「東京タワー、こちらJAL452。了解、34Rへ進入。」
「東京タワー、こちらANA621。了解、待機します」
と応答が入り、ようやく状況は落ち着きを取り戻した。真奈美が小声で「すみません。」と言うと、鈴木も「いや、こちらこそ。」と静かに応じ、二人の間にわずかな気まずさが漂った。
降り積もる雪は治まることもなく、着陸機が次々と滑走路に向かい、進入の順番を待つ機体が空に列をなしていた。塔内のモニターには集中する便の情報が次々と表示され、誰もが緊張を隠せなかった。
「鈴木さん、次の便の間隔をもっと広げたほうがいいです!」
真奈美が提案すると、鈴木は一瞬戸惑った表情を見せ、視線をモニターに走らせた。
「……いや、でもこのままだと後続が詰まってしまう。」
と口にしかけたが、すぐに真奈美の指摘の正しさに気づき、声を切り替えた。「了解、間隔を広げます!
」と冷静に指示を修正する。しかしそのわずかな逡巡の時間が通信の遅れを生み、他の便に遅延が広がってしまった。塔内の空気は一層張り詰め、誰もが一瞬息をのんだ。
「真奈美、鈴木、今の状況を整理しろ!」
片山の冷静ながらも鋭い声が響いた。
「連携が取れていない。お互いの動きをもっと意識しろ。ここは個人プレーじゃなくチームだ。」
その厳しい言葉に、真奈美と鈴木はハッとし、互いを見た。
「すみません、気をつけます。」鈴木が謝罪すると、真奈美も静かにうなずいた。
「私も、もっと周りを見ます。」
片山は二人の言葉を聞き、短くうなずいた。
「いいか、ほんの少しの気の迷いがミスにつながる。特に繁忙期だとそうだ。それを忘れるな。」
塔内の空気は一瞬の静けさを取り戻し、再び忙しない通信と指示の声が交錯していった。
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業務が終わった後、片山は全員を集め、状況改善のための短いミーティングを行った。冷え切った空気の中にも、皆の真剣な眼差しが集まっていた。
「今回のような状況では、連携が鍵だ。全員、自分の役割を再確認しろ。」
片山のその声は冷静だが力強かった。
片山は真奈美と鈴木に視線を向け、口を開いた。
「真奈美。さっきは判断自体は正しかったが、相手に伝えるタイミングが遅れた。堂々と、はっきり言え。迷いがあると連携は乱れる。」
「……はい。」
真奈美は俯きながらも、力強く答えた。
続けて片山は鈴木に言葉を向けた。
「鈴木。お前は冷静で正確だが、独りよがりになりやすい。仲間の声をもっと信じろ。真奈美の提案を即座に受け入れていれば、混乱は起きなかった。」
鈴木は唇を噛み、静かにうなずいた。
「確かに……気をつけます。」
佐藤も加わり、経験豊富な視点からアドバイスを送った。
「大事なのは、各自の判断力と全体を見渡す力だ。こういった状況だからこそ、一丸となって乗り切ることが大事だ。」
内田が軽く手を挙げて言った。
「今回の件で俺も少しミスったところがあるから、次からは気をつけます。」
その言葉に、三津谷が冗談めかして笑った。
「内田はいつもミスしてるだろ?」
「え、それは言っちゃダメですよ!」
その軽口に場の緊張が少し和らいだが、真奈美は改めて自分の未熟さを痛感していた。机の上に置いた手を握りしめ、小さく息を吐く。
「私も、もっとちゃんとしなきゃ……。」
心中には焦りと決意が入り混じっていた。
一方、鈴木も内心で反省していた。
「まだまだだな、俺も。」
佐藤が場をまとめるように言った。
「いいか、誰にでもミスはある。大事なのは次に活かすことだ。」
再び皆の表情が引き締まり、席へ戻る足取りには決意が宿っていた。真奈美と鈴木の胸にはそれぞれ反省と新たな覚悟が芽生え、繁忙期の羽田空港は次の試練に備えて静かに息を潜めていた。




