Chapter 4 Part 2
それから鈴木は羽田の業務にもすぐに慣れ、チームにも自然に溶け込んでいった。持ち前の冷静さと誠実さで、誰とでも打ち解け、指示も正確で早い。とりわけ片山とのやり取りは周囲の注目を集めていた。大分時代の師弟関係がそのまま残っているようで、業務中も短いやり取りで意思疎通が成立し、息の合った連携を見せることが多かった。鈴木は謙虚な言葉を口にしながらも、立ち居振る舞いの端々に自信がにじみ出ており、その姿は自然と信頼を呼び込んでいた。三津谷や内田もすぐに冗談を言い合えるようになり、篠田も鈴木に質問を投げかけることが多くなった。職場の空気は以前より柔らかく、明るい雰囲気に包まれていった。
「鈴木君、今日のあの離陸機の処理は見事だったな。」
三津谷が笑いながら声をかけると、鈴木は肩をすくめて
「まだまだです。片山さんならもっと的確にできたと思います」
と答える。その謙虚な言葉と穏やかな笑顔に、場の空気が和やかになる。
「いやいや、あれはベテランでも焦る場面だよ。」
内田が笑いながら言い、篠田も
「私なら固まってしまってたかも」
と頷く。鈴木は照れくさそうに笑いながらも、姿勢は堂々としており、
「本当に皆さんに助けられてます」
と返した。その落ち着いた態度に、ただの謙遜ではない確かな経験と自信が感じられた。
そんなやり取りの横で、真奈美は黙って会話を聞いていた。鈴木に対しては憧れや尊敬の気持ちを抱いていたが、その一方で胸の奥に複雑な感情が渦巻いていた。自分よりも少し年上なだけなのに、堂々と周囲に認められている姿。焦りや劣等感が心を締め付ける。
休憩時間、篠田が真奈美に声をかけた。
「真奈美、鈴木さんってほんと頼りになるね。あんなふうになれたらいいなぁ。」
「……そうですね。」
真奈美は微笑みながら答えたが、心の中では揺れる思いを抑えきれなかった。鈴木のようになりたいと同時に、自分の未熟さを突きつけられているように感じてしまうのだ。
その日の業務が終わった後、鈴木は真奈美に歩み寄った。
「山口さん、今日のあの進入機の指示、とても良かったですよ。俺も勉強になりました。」
「えっ……そんな、全然です。私、まだミスばかりで……」
真奈美は慌てて手を振ったが、顔が少し赤らんでいた。
鈴木は穏やかに笑って言った。
「俺も最初は同じでしたよ。でも、片山さんの言葉を信じて続けたら、少しずつ自信が持てるようになったんです。」
その言葉に真奈美は胸を突かれる思いがした。――片山の指導を受け、認められてきた鈴木。謙虚ながらも確かな自信をまとった彼の姿は、真奈美に強い刺激を与えた。自分もまた、片山に認められたい。強い思いが心の中に芽生えていた。
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真奈美は次第に鈴木を意識するようになり、業務が終わってからもオフィスに残って復習をするようになった。フライトプランを見返し、通信の手順をノートにまとめ、滑走路の運用スケジュールを自分なりに分析していた。デスクライトの下でペンを走らせるその姿は真剣そのもので、周囲の雑音が消えた夜の静けさと相まって、一層熱心さが際立っていた。
「ここで一瞬迷ったのがいけなかった……次はもっと早く判断しないと。」 小声で自分に言い聞かせながら、真奈美は赤ペンで何度もメモを書き直した。
その時、廊下から足音が近づいてきた。自動販売機でコーヒーを買って戻ってきた片山が、遅くまで残っている真奈美の姿に気づいたのだ。
「……真奈美、まだ残ってたのか。」
不意に声をかけられ、真奈美は少し驚いて顔を上げた。
「あ、片山さん……。はい、ちょっと復習をしていて。」
片山は手にした缶コーヒーをデスクに置き、真奈美のノートをちらりと見やった。
「熱心だな。」
「鈴木さんみたいに正確に対応できるようになりたいんです。私、まだ判断が遅くて……。」
真奈美の言葉には焦りがにじんでいた。
片山は静かに椅子を引いて真奈美の向かいに腰を下ろした。
「焦る必要はない。大事なのは、一つひとつ確実に積み重ねることだ。鈴木も最初からああだったわけじゃない。」
「……でも、鈴木さんは堂々としてて、みんなからも信頼されてます。私も早くそうなりたいです。」
片山はしばらく黙ったまま真奈美の瞳を見つめ、やがて言葉を選ぶように答えた。
「真奈美には真奈美の良さがある。無理に誰かと比べる必要はない。大分で鈴木を見ていた時も思ったが、成長の速さは人それぞれだ。大事なのは、自分を見失わないことだ。」
真奈美は片山の言葉を聞き、胸の奥が少し軽くなるのを感じた。
「……ありがとうございます。片山さんにそう言ってもらえると、少し安心します。」
「俺もまだ学んでる途中だよ。」
片山は苦笑いを浮かべ、缶コーヒーを一口飲んだ。その落ち着いた仕草を見て、真奈美は心の中で改めて誓った。――自分も必ず片山に認められる管制官になろう、と。
片山は立ち上がり、デスクの明かりをそっと指さした。
「真奈美、明日もあるんだから、もう帰りな。体を休めることも仕事のうちだ。」
真奈美は一瞬迷ったが、やがて小さく頷いた。
「……わかりました。ありがとうございます。」
オフィスを後にして夜道を歩く帰り道、真奈美はふと空を見上げた。滑走路の方角からはまだ航空機のライトが瞬き、遠くの空に光の線を描いていた。夜風は少し冷たく、頬を撫でるその感覚が、片山の言葉と共に胸の奥深くまで沁み込んでいくようだった。片山の「明日もあるんだから帰りな」という声が耳に残り、その優しさと厳しさが入り混じった響きに、真奈美の心は揺さぶられていた。足取りは軽くもあり、同時に引き締まるようでもあった。夜空に描かれる飛行機の光跡を見つめながら、静かな夜道を一歩ずつ踏みしめて歩いていった。




