Epilogue
片山の脳裏に、かつての記憶が鮮やかに甦る――それは夢の中で何度も繰り返される悪夢のような光景だった。
会議室の空気は凍りつくように重く、壁時計の針の音さえも残酷に響いていた。上司の低く鋭い声が、容赦なく彼を断罪する。
「片山……お前のミスで、どれだけの混乱を引き起こしたかわかっているのか。」
その言葉は鋭い刃のように心臓を突き刺し、片山は反論できず、ただ唇を固く結んでうつむいた。拳を膝の上で固く握りしめ、爪が食い込む痛みさえ悔しさをかき消すことはできない。胸の奥には怒りと無念が渦巻き、息苦しい沈黙が彼を押し潰していた。
やがて差し出された一枚の紙。白い紙面に刻まれた黒々とした文字――それは片山にとって宣告だった。
「……大分空港への異動を命ずる。」
その一文が視界に突き刺さった瞬間、喉が焼けるように熱くなり、胸の奥から込み上げる悔しさが堰を切ったようにあふれ出す。今まで積み上げてきた年月、夢や努力が、一瞬で無惨に断ち切られる。心は現実を拒絶し、だが突きつけられた紙は残酷な真実を示し続けていた。
辞令を握りしめる手は激しく震え、爪が食い込み紙がくしゃくしゃになる。噛み締めた唇から血の味が広がってもなお、彼は声にならない悔しさを押し殺すしかなかった。全身を駆け巡る屈辱は、彼の魂を焼き尽くすように痛烈だった。
窓の外を見れば、青空に航空機が悠然と舞っている。その輝きは皮肉にも、失われたものの大きさを突き付けるように片山の瞳に映り、胸を抉り続けていた。
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片山はふと目を覚ました。机の上には昨夜の資料が広がったまま、ペンが無造作に転がっている。知らぬ間に突っ伏して眠ってしまっていたのだ。窓の外には朝日が昇り始め、淡い光が管制室を柔らかく照らしていた。
ぼんやりと顔を上げた片山の視線の先に、窓際に立つ人影があった。逆光の中に浮かぶその姿は、自衛隊の制服を身にまとった男性だった。姿勢はまっすぐに伸び、静かに外の空を見つめている。
片山は思わず声を漏らした。
「……あなたは……?」
その男は振り返り、柔らかさと厳しさを併せ持つ眼差しで片山を見つめた。耳に届いた声は懐かしく、時が巻き戻されたようだった。
「久しぶりだな……直樹。」
片山の胸に微かな震えが走り、息を呑む。
「羽田に来て、もうすぐ一年が経つな。どうだ、ここでの日々は。」
片山は言葉を失い、ただ問いかけを受け止めた。男は静かに言葉を重ねる。
「あんなことがあったのに、まさかお前が管制官になったとは。なぜだ?」
片山は拳を握りしめ、低い声で答えた。
「……あの日のことは、今も胸に残っています。でも……あなたが守ろうとした空を、自分も守りたいと思ったから。」
男はゆっくりと頷き、その眼差しは片山の奥底を覗くようだった。
「それで前に進めているのか? 関西空港でのあの一件から。」
片山は少し視線を落とし、苦笑を浮かべる。
「まだ答えは出せていません。でも……今は少しずつですが前に進めるような気がします。ここでみんなと過ごす日々を通して、そう思えました。」
男は静かに微笑んだ。
「そうか……ならば、それでいい。迷った時は空が必ず答えをくれる。だから今は前を見て進め。」
その言葉が空気に溶けると同時に、男の姿は霞のように揺らめき、次の瞬間には消えていた。残されたのは、昇りゆく朝日の光だけだった。
「……夢、か。」
片山は深く息を吐き、窓の外を見つめる。
夜明けの羽田空港。滑走路に並ぶ誘導灯の列は赤く燃えるように染まり、地平線から昇る朝日が一面を黄金色に照らし出す。駐機場には航空機が整然と並び、朝日を浴びた機体の胴体や翼が黄金色に輝いていた。地上ではスタッフが慌ただしく駆け回り、無線と掛け声が交錯しながら緊張感と活気に満ちた空気を生み出していた。
その光景は、新たな一日の始まりを告げていた。




