Chapter 7 Part 3
会議の翌朝、管制塔内には早くから重い緊張感が漂っていた。片山たちは、これまでと変わらぬ通常業務をこなしながらも、頭の片隅ではサイバー攻撃への不安が消えなかった。誰もが普段よりも早く席につき、モニターや通信機材の確認に余念がなかった。
その中、佐藤が再び倉木を伴い、管制室に姿を見せた。二人の姿に、室内の空気はさらに張り詰める。
「皆、おはよう。昨夜の会議で伝えた通り、今日から厳戒態勢だ。さらに万全を期すため、公安部から専門のサポートを受けることになった。」
倉木がうなずき、部下の一人を呼び入れる。
「紹介します。サイバー犯罪対策課所属の伊藤圭輔巡査部長です。」
倉木の隣に立つ若い男性が一歩前に出て一礼する。伊藤圭輔は30代半ばと思われる細身の体型で、黒縁の眼鏡をかけた知的な雰囲気の男だ。無表情の倉木とは対照的に、伊藤の表情は柔らかく、どこか気さくさも感じられた。
「伊藤です。サイバーセキュリティ対策のサポートとして、倉木警部と共に皆さんのお手伝いをさせていただきます。」
「サイバー犯罪対策課って……そんなに危険な状況なんですか?」
三津谷が恐る恐る尋ねると、伊藤は真剣な表情で答えた。
「現時点では不明ですが、万が一、管制システムが障害されれば航空運行が停止し、国内外に大きな混乱が生じます。幸い、私たちは事前に情報を掴んでいますので、攻撃を防げる可能性はまだあります。」
「未遂で終わればいいけど……。」
篠田がぼそりと呟いた。その直後、内田が場を和ませようと能天気に笑って言った。
「まあ、きっと何とかなりますよ。パソコン再起動すれば直るんじゃないの?」
周囲が一瞬凍りつく。すかさず三津谷が眉をひそめて指摘する。
「内田、今は冗談を言うときじゃないぞ。」
内田は頭をかきながら
「すいません......。」
とごまかしたが、管制室には張り詰めた空気がそのまま残っていた。
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伊藤はその後、管制システムの一部にアクセスし、不正な挙動やバックドアの有無を確認する作業に取り掛かった。片山、真奈美、鈴木らは通常業務を続けながら、時折伊藤の様子を気にした。
「伊藤さん、何かわかりそうですか?」
真奈美が声をかけると、伊藤はモニターを見つめたまま答えた。
「今のところ、明確な異常は見当たりません。ただし、不自然なデータ転送の記録が一部にあります。おそらく、攻撃者が下見を行った痕跡かもしれませんね。」
「下見……。」
鈴木が声を潜める。伊藤は冷静に続けた。
「攻撃は段階的に行われます。最初はシステムの弱点を探り、その後一気に侵入を試みる。羽田空港のシステムは堅牢ですが、油断は禁物です。」
「システムがダウンしたら、どうなるんですか?」
真奈美が恐る恐る尋ねると、伊藤は真剣な表情で言い切った。
「最悪の場合、通信が完全に遮断され、管制官は航空機との交信手段をすべて失います。その瞬間、空や地上にいる数百機の航空機が行き場を失うことになります。空港運用は全面停止し、大混乱に陥る。」
その言葉に管制室の空気が一気に張り詰めた。
「――でも、そのために私たちがいるんです。」
伊藤は静かに笑みを浮かべ、真奈美たちを見つめた。
「我々技術班が攻撃を防ぎ、管制官である皆さんが空を守る。お互いが役割を果たせば、問題は起きません。」
その言葉に鈴木が大きく頷いた。
「警察の皆さんがいてくれて心強いです。俺たちもできる限りのことをやりますよ。」
「そうだな。」
片山が冷静な口調で言葉を継ぎ、管制室全体に向けて声を張った。
「いつも通り、自分たちの役目を果たすだけだ。余計な動揺は不要だ。」
「了解しました。」
真奈美たちが口々に返事をし、再び通常業務に戻った。
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その日の業務は、厳戒態勢ながらも粛々と進行した。管制塔内では片山を中心に各管制官が神経を研ぎ澄まし、航空機の運航を守り続ける。
その頃、倉木は複数の捜査員と共に空港内を巡回していた。ターミナルの人の流れ、セキュリティゲート、通信設備の周辺まで、細かく確認を怠らない。その鋭い視線は一瞬たりとも緩まず、同行する捜査員たちも緊張感を漂わせていた。
そして伊藤はサイバー攻撃の兆候がないか、ひたすらシステムを監視していた。
片山は一人、静かにモニターを見つめ続けていた。その鋭い眼差しには、目に見えない脅威に立ち向かう覚悟が宿っていた。彼の心には、いつもと変わらぬ確かな信念があった。
羽田全体が見えない敵に対抗するため、警察と管制官がそれぞれの立場で動いていた。




