Chapter 7 Part 1
新年が明け、羽田空港には穏やかな日常が戻ったかに見えた。しかし、その裏では誰も気づかぬ脅威が静かに忍び寄っていた。年末年始の繁忙期を乗り越え、スタッフたちはようやく日常のリズムを取り戻しつつあったが、その緊張は決して解けることはなかった。
ある朝、管制塔の一室で行われたミーティングには、いつものメンバーに加えて不意の訪問者が現れた。佐藤の後ろに立っていたのは、黒のスーツに身を包み、鋭い目つきをした男だった。普段とは違う雰囲気を放つその存在に、室内の空気は一瞬で張り詰めた。
「皆、おはよう。」
佐藤が口火を切ると同時に、重苦しい沈黙が支配する。誰もがただならぬ事態を予感していた。
「今朝、警視庁から緊急の報告があった。倉木さん、お願いします。」
倉木が一歩前に出る。無駄のない動きと、抑揚を抑えた冷静な声が逆に緊張感を増幅させた。
「警視庁公安部の倉木和男です。現在、特定の組織が羽田空港のシステムに対してサイバー攻撃を企てているという情報が入りました。もし攻撃が行われれば、管制システムや通信が混乱し、空港全体の運用に深刻な影響を及ぼす可能性があります。」
「サイバー攻撃……?」
内田が眉をひそめ、思わず声を漏らした。その瞬間、部屋の空気はさらに重くなる。他のメンバーも息を呑み、言葉を失った。
倉木は全員を見渡しながら続ける。
「攻撃の規模や正確な日時は不明ですが、これから1週間以内に何らかの行動が起きる可能性が高い。我々としてはあらゆる事態に備える必要があります。そのために皆さんの協力が不可欠です。」
片山は腕を組み、表情を崩さぬまま真剣に耳を傾けていた。その横顔からは、重い責任を受け止めようとする強い覚悟が伝わってくる。倉木の鋭い視線が一人ひとりに注がれるたび、全員の胸に圧迫感が広がった。
「これから警視庁でも公安部が本格的に捜査を開始します。それに伴い、皆さんにも捜査協力をお願いすることになります。日々の業務の中でシステムや通信にわずかでも異常を感じたら、即座に我々へ報告してください。」
その言葉に、真奈美や鈴木、篠田の表情が引き締まる。普段の業務に加え、見えない敵を意識しながら働く重圧がのしかかっていた。
佐藤が重々しい声で補足した。
「ということだ。皆、いつも以上に緊張感を持って業務にあたってくれ。そして何か気づいたことがあれば、すぐに報告するように。なお、今日の夜に倉木さんを含めて対策会議を行う。空港長の磯村さんも参加される予定だ。よろしく頼む。」
その言葉に、片山たちは一斉に姿勢を正した。表情には緊張と責任感が浮かび、互いに視線を交わす。誰もが、これからの数日が決して平穏ではないことを改めて実感していた。
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ミーティングが終わり、管制席へ戻る途中。廊下を歩く真奈美と鈴木は自然と声を潜めた。
「サイバー攻撃か……航空業界にまでそんなことを仕掛けるなんて、恐ろしい時代になったな。」
鈴木が苦々しい声を漏らす。真奈美は小さくうなずき、強い眼差しで前を見据えた。
「ええ。でも、空港と乗客の安全を守るためには、できる限りのことをしないと。」
その言葉には、まだ若いながらも覚悟を固めた者だけが持つ芯の強さがあった。鈴木はその横顔を見て、ほんの少し肩の力が抜けるような安心を覚え、口元に笑みを浮かべた。
「頼もしいな。……でも、片山さんも相当気にしてる様子だったな。」
「片山さんが?」
真奈美が目を丸くする。
「うん。あの人が腕を組んで何かを考え込むときは、よほど重要なことがある証拠だ。」
真奈美はその言葉に頷き、片山の背中を思い浮かべる。寡黙だが、誰よりも鋭く空の異変を察知する男。その存在がどれほど心強いか、改めて実感した。
その日の業務中、管制塔内にはいつも以上に張り詰めた空気が漂っていた。誰もがシステムの異常を見逃すまいと、モニターに釘付けになる。小さな光点の一つひとつに命が乗っている。片山を含む全員が、その責任を胸に刻みながら、息をひそめるように業務へ集中していた。




