Chapter 6 Part 2
歓迎会が終わり、真奈美と鈴木は二人ならんで帰っていた。夜風が二人の頬を冷たく撫でていた。居酒屋を出てしばらく歩くと、駅へと続く道は人通りも少なく、街灯の明かりがぽつりぽつりと二人の影を落としていた。昼間の賑やかさが嘘のように消え、夜の静寂が心を包み込む。その静けさが、かえって二人の距離を自然に縮めていた。肩を並べて歩く真奈美と鈴木の間には、言葉を交わさなくてもどこか心地よい空気が流れていた。
しばらく無言のまま歩いていたが、先に口を開いたのは鈴木だった。
「今日は……本当に楽しかった。みんなとも打ち解けられた気がするけど、特に山口さんとは少し距離が縮まった気がする。」
その言葉に真奈美は驚いたように横を向き、少し照れ笑いを浮かべた。
「私もそう思います。正直、鈴木さんのことを片山さんの弟子っていうか……そういう風に意識しすぎてしまってて。だから焦ってたんです。『負けたくない』って。」
声は小さかったが、その吐露には真剣さがにじんでいた。
鈴木は目を丸くし、そして小さくうなずいた。
「……実は、俺も同じ気持ちだったんだ。片山さんの下で学んだ者同士、どうしても比べられてるんじゃないかって思っちゃって。だから山口さんの成長を見て、俺も必死になってた。」
真奈美は立ち止まり、夜空を見上げた。冬の星が瞬き、冷たい風が頬を撫でていく。
「私、そんな風に見られてたんですね……。でも、少し安心しました。鈴木さんも同じ気持ちだったなんて。」
吐く息が白く揺れて、静かな夜気に溶けていった。
「ああ。」
鈴木も足を止めて彼女の横に立ち、しばし二人で星空を見上げた。夜の静けさに包まれた時間が、互いの心を自然と近づけていくようだった。やがて鈴木は少し照れたように言葉を続ける。
「あの……もしよかったら、俺も『真奈美さん』って呼んでもいいかな?」
唐突な提案に真奈美は頬を赤らめ、視線を逸らした。
「えっ……? そ、それは……。」
声は震え、心臓の鼓動が速まっていくのを自覚していた。
鈴木は慌てて手を振り、言葉を補った。
「もちろん嫌ならいいよ。ただ、もっと自然に呼び合えたらいいなって思って。堅苦しい関係じゃなくて、同じ仲間として……。」
少しの沈黙ののち、真奈美は恥ずかしそうに小さくうなずいた。
「……はい。いいですよ。」
その返事に鈴木はほっと息をつき、柔らかな笑顔を見せた。
「ありがとう。じゃあ……これからよろしくお願いします、真奈美さん。」
真奈美は照れ笑いを浮かべながらも、心の奥に温かなものが広がっていくのを感じていた。彼に下の名前で呼ばれたことが、ただの同僚以上の絆を意識させる。歩調は自然と合い、並んで歩く影は街灯に照らされ、夜道に長く伸びていった。その影は、これから二人が積み重ねていく日々を象徴するかのように、静かに寄り添っていた。
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それから真奈美と鈴木は、互いに尊重し合いながら連携を深めていった。最初はぎこちなく噛み合わなかった場面も、次第に自然と補い合えるようになり、業務の中でお互いの動きを察して先回りできるようになった。
「JAL432、こちら東京タワー。滑走路34Rからの離陸を許可します。」
真奈美が冷静な声で指示を出す。
「ANA217、こちら東京タワー。滑走路34R手前で待機してください。」
鈴木がすぐに続け、タイミングを外さずに補足する。
二人の声は途切れることなく重なり、モニター上の機影が滑らかに流れていく。
「よし、その調子だ。」
片山は横で短く言葉を落とし、二人の連携を静かに見守っていた。必要な場面では的確に助言を入れ、二人の成長を後押ししていた。
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一方その頃、レーダー室でも三津谷、内田、篠田が同じ話題で盛り上がっていた。モニターに映る航空機の動きを確認しながら、三津谷がふと口を開いた。
「最近の真奈美と鈴木君、息が合ってきたよな。お互いがどう動くかをちゃんと読んでいる。」
内田がすぐに同意した。
「ええ、なんだかいいコンビって感じですね。」
篠田は微笑みながら頷いた。
「真奈美、鈴木さんと組むようになってからさらに自信がついたように見えます。声の出し方も落ち着いていますし。」
「鈴木も真奈美にいい刺激を受けてるんだろうな。」
三津谷は柔らかく笑った。
内田が笑いながら言った。
「いやー、あの二人に置いてかれないように俺たちも気合入れないとですね。」
すると篠田がすかさず冗談っぽく返した。
「内田さんが一番危ないんじゃないですか?」
三津谷も笑いながら頷いた。
「そうそう、まずは内田が置いてかれないようにしないとな。」
「おいおい、なんで俺ばっかりなんですか!」
内田は即座に突っ込みを入れ、三人の会話に笑いが混じった。レーダー室の空気は和やかに包まれていき、緊張の中にも温かさがあった。
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ある日の午後、業務の合間に佐藤が片山のもとに歩み寄ってきた。窓の外には次々と離着陸する航空機が見え、タワー内には緊張感と活気が混じり合っていた。
「片山。」
佐藤が声をかけると、片山は視線をモニターから外し、落ち着いた表情で応じた。
「はい、部長。」
「山口と鈴木、だいぶ良くなってきたな。前は呼吸が合わないこともあったが、今はお互いを意識しながら動いている。君もそう感じているだろう?」
片山はしばし考え、ゆっくりとうなずいた。
「ええ。最初は空回りもしていましたが、今は落ち着いています。特に真奈美が以前より周囲を見て判断できるようになっています。」
佐藤は満足げに微笑んだ。
「やはり互いに刺激になっているんだろうな。鈴木は経験が豊富だし、山口は負けず嫌いだ。良い組み合わせだと思う。」
「そうですね。」
片山の声は静かだったが、その眼差しは二人の背中をしっかりと捉えていた。「ただ、まだ伸びしろはあります。これからが本当の勝負です。」
佐藤は感心したようにうなずき、
「君がそう言うなら間違いないな。二人を任せてよかったと思っている。」
と続けた。
その言葉に片山はわずかに目を細め、短く「ありがとうございます。」と返した。
「これからも頼むぞ。」
「はい。」
管制塔内に再び緊張感が戻り、二人はそれぞれの持ち場へ視線を戻した。窓の外では、新たな航空機が滑走路に進入してきていた。真奈美と鈴木の声がヘッドセットを通して響き、的確な指示が空へと放たれていく。片山はその様子を黙って見守りながら、胸の内で小さくうなずいた。




