Chapter 6 Part 1
緊急事態から数日が経ち、管制塔内にはようやく平穏が戻ってきた。年末の繁忙期は続いていたものの、先日の経験を活かし、メンバーそれぞれが以前よりも効率的に業務を進めていた。通信の声には以前よりも落ち着きがあり、連携も少しずつ洗練されてきていた。忙しさは相変わらずだったが、チームの空気はどこか引き締まり、同時に以前よりも一体感を持っていた。
そんな中、鈴木の羽田空港への着任を祝う歓迎会が、少し遅れて開催されることとなった。場所は空港近くの居酒屋「空の縁」。揚げたての唐揚げや新鮮な刺身、熱々の鍋が次々と運ばれ、テーブルは色とりどりの料理で賑やかに彩られていた。
勤務を終えたメンバーたち――真奈美、鈴木、内田、三津谷、篠田、そして佐藤の6人が集まり、笑顔で談笑が始まった。グラスを交わす音や箸の触れ合う音が響き、昼間の緊張感とは違う和やかな空気が流れていた。
「鈴木、羽田での勤務はもう慣れたか?」
佐藤が穏やかに問いかける。彼の声には、新しい仲間を気遣う優しさが込められていた。
「はい、まだ緊張しますが……皆さんのおかげでなんとかやれてます。」
鈴木は少し照れくさそうに笑い、グラスを持ち上げた。グラスの中の泡が弾ける音が、彼の気持ちを代弁するように響いた。
「それにしても、この店、雰囲気いいですね。」
鈴木が目を輝かせながら周囲を見回す。
「空港近くにこんな落ち着ける場所があるなんて知りませんでした。」
「ここは昔から管制官のたまり場なんだよ。」
三津谷が微笑む。
「仕事帰りに寄って愚痴をこぼしたり、励まし合ったりしてきた。」
「なるほど……。確かに居心地いいです。」
鈴木が箸を動かしながら同意し、頬を緩めた。
そんな会話の最中、ふと篠田が気づいたように口を開いた。
「片山さん、やっぱり来なかったですね。そういえば、片山さんの歓迎会ってまだやってませんでしたよね。」
「だろうと思った。」
鈴木が苦笑交じりに答える。その表情には、かつて共に過ごした日々を思い出すような懐かしさがにじんでいた。
「片山さん、昔からああなんですよ。大分で一緒に働いていた時もそうでした。人付き合いが悪いってわけじゃないんです。ただ、飲み会とかにはあまり顔を出さないタイプなんです。」
「そうなんですか?」
真奈美が興味深そうに身を乗り出して尋ねる。彼女の瞳は純粋な好奇心に揺れていた。
「でもさ、仕事になると本当に頼れるんだよな。」
内田が箸を止め、真剣な表情で言葉を挟んだ。
鈴木は笑みを浮かべながらうなずいた。
「そうですね。あの人なりにみんなのことを気にかけてるんです。大分にいた頃も、厳しかったですけど、本当に困ったときは必ず助けてくれる人でした。」
「なるほど……。」
真奈美はグラスを手にしながら小さくつぶやいた。その言葉に、先日の緊急事態の光景が鮮明によみがえる。厳しい指摘を受けた時の片山の目は冷たさではなく、背中を押してくれるような力強さがあった。彼の存在が、自分を成長させてくれている――そう感じて、グラスをそっと見つめながら胸の奥に温かなものが広がっていった。
彼女の横顔を見た篠田は、少し笑いながら
「真奈美も、すっかり片山さんに鍛えられてるね。」
とからかうように言った。真奈美は照れたように視線を落とし、
「そうかもしれませんね……」
と答えた。その場にはまた笑いが広がり、店内はさらに温かな雰囲気に包まれていった。
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歓迎会の中心となった鈴木は、持ち前の気さくな性格で、すぐに皆との距離を縮めていった。彼の話しかけ方は自然で、冗談を交えながらも相手を気遣うような柔らかさがあり、場の空気をどんどん明るくしていった。料理の香りとグラスの触れ合う音の中で、笑い声が絶えず響き、居酒屋「空の縁」は温かい雰囲気に包まれていた。
「内田さん、いつも片山さんに突っ込んでますけど、本当は尊敬してるんじゃないですか?」
鈴木がニヤリと笑いながら問いかける。
「いやいや、あの人は突っ込みどころ多いんだよ。」
内田が即座に返すと、篠田の方へ目を向けた。
「篠田だってそう思うだろ?」
突然振られた篠田は、箸を持つ手を止め、慌てて首を振った。
「えっ? あ、あの……私はまだ片山さんに怒られたことがないので……。」
「それは運がいいな。」
三津谷が笑いながら言い、周囲も笑いに包まれた。篠田もつられて表情を緩め、自然と会話の輪に溶け込んでいった。
話は絶えず三津谷の家族の話題になった。三津谷が箸を置き、笑みを浮かべて言った。
「そういえば、うちの娘がこの前幼稚園で管制官ごっこをしたんだよ。『パパみたいに飛行機に指示を出すの!』って言ってね。」
その話に周囲は一斉に笑い声を上げ、内田がすぐに反応した。
「もう次の管制官候補だ。将来有望じゃないですか!」
鈴木も思わず吹き出し、
「さすが三津谷さんの娘さんですね。奥さんも応援してるんでしょう?」
と尋ねた。
三津谷は頬を少し赤らめながらうなずいた。
「ああ、妻も娘には甘いんだ。家では仕事の話はあまりしないだけど、娘が嬉しそうに『パパ、今日も飛行機いっぱい飛ばした?』って聞いてくると、やっぱり答えちゃうな。」
「いいですねぇ。」
篠田も目を輝かせながら、
「きっとパパの姿をちゃんと見てるんですね。」
と言った。
「いやいや、まだ字もろくに書けないんだけどな。」
三津谷は頭をかきながら照れくさそうに答えたが、その口調には妻と娘を大切に思う気持ちがにじんでいた。場はさらに和やかな空気に包まれ、笑い声が一層広がっていった。
和やかな雰囲気が続く中、真奈美は隣に座る鈴木に視線を向け、少し勇気を出して口を開いた。
「鈴木さん、先日はありがとうございました。正直、まだまだ私には力不足なところが多くて……。」
「いや、山口さんの対応は見事でしたよ。」
鈴木は穏やかに笑い、彼女を真っすぐに見つめた。
「俺も焦っちゃった部分があったけど、あの状況で冷静に動けたのは立派だと思う。」
真奈美は意外そうに目を瞬かせ、頬がじんわり赤らんだ。
「そんな……でも、もっと連携を取れるようになりたいです。次はうまくやりましょう。」
「ええ、もちろん。」
鈴木の声には誠実さが滲んでいた。その落ち着いた響きに、真奈美の心は少し軽くなり、自然と笑顔がこぼれた。
二人のやり取りを見ていた内田が、わざとらしく大きな声で
「なんだか、いいコンビになりそうだな。」
と茶化した。その一言に真奈美はさらに赤面し、
「ち、違いますよ!」
と慌てて否定した。鈴木はそんな彼女を見て小さく笑い、
「でも、コンビとしては悪くないかもしれないですね。」と軽く返した。
真奈美はその一言に胸の奥が熱くなるのを感じた。照れくささの中にも、仲間として認められていることが嬉しく、鈴木の存在が少し特別に思えてしまう自分に気づき、視線をそらした。
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やがて、佐藤がグラスを持ち上げ、全員に声をかけた。
「鈴木君、改めて羽田へようこそ。これからもチームの一員としてよろしく頼むよ。」
「ありがとうございます。チームの一員として、皆さんに貢献できるよう頑張ります。これからもよろしくお願いします!」
鈴木が力強く答えると、他のメンバーも次々にグラスを掲げた。
「乾杯!」
その声が店内に響き、笑顔と笑い声が交差していった。料理を囲みながらの語らいは夜遅くまで続き、それぞれの想いが新たな絆を結びつつあった。真奈美はふと横に座る鈴木の横顔を見つめ、この夜のやり取りが忘れられないものになると確信した。胸に刻まれた鈴木への印象は、さらに強く、そして深くなっていった。




