Chapter 5 Part 2
その夜、羽田空港の管制塔の休憩室には静けさが漂っていた。昼間の喧騒が嘘のように消え、蛍光灯の白い光だけがソファやテーブルを照らしている。鈴木は一人そのソファに腰掛け、深くうつむいていた。視線は床に落ち、握りしめた拳は固く震えている。心ここにあらずといった様子で、真奈美との連携が乱れたあの瞬間が、何度も頭の中で繰り返されていた。通信が重なりパイロットに確認を求められた時の冷や汗、仲間の動揺、片山の鋭い声。それらすべてが胸に突き刺さって離れなかった。
「……俺が、もっとしっかりしていれば。」
鈴木は小さく呟いた。声は休憩室の壁に吸い込まれ、自分の耳にさえ頼りなく響いた。
その時、ドアが開く音がして、片山が休憩室に入ってきた。彼の足取りは落ち着いており、昼間と変わらない冷静さを纏っていた。
「鈴木か、まだいたのか。」
鈴木は顔を上げ、苦笑いを浮かべた。
「ええ、なかなか帰る気になれなくて。片山さん……、さっきの件、俺がもっと冷静に判断できていれば……すみません。」
片山は自動販売機の前に立ち、ボタンを押して缶コーヒーを二つ買った。その温もりを両手に抱えながら鈴木の正面に腰を下ろし、テーブルにそっと置くと、じっと彼を見つめてから静かに言葉をかけた。
「謝るのは簡単だ。だが大事なのは、その先どうするかだ。」
鈴木は小さくうなずき、視線を落としたまま続けた。
「はい……。実は、正直に言うと焦ってました。山口さんが片山さんの指導の下でどんどん成長していて、しかも自分が片山さんの下で働いていたころよりも容量よく吸収しているように見えて……。それで負けたくないって思ってしまって、それが空回りして、結局ミスを招いたんだと思います。」
声はわずかに震えていた。
片山は少し目を細め、低い声で答えた。
「負けたくないと思うのは悪いことじゃない。だが管制は競争じゃない。隣にいる仲間とどう呼吸を合わせるか、それがすべてだ。相手を意識するのはいい。だが比較するんじゃなくて、共に成長することを意識しろ。」
鈴木はその言葉を胸に刻むように、拳をぎゅっと握った。
「片山さん……俺、もっと周りを信じられるようになりたいです。自分のやり方にこだわりすぎて、視野が狭くなってました。」
「それに気づけたなら十分だ。」
片山は短く言い切った。その表情には厳しさと同時に、後輩を見守る温かさがにじんでいた。鈴木はその目を見つめ、心の奥に小さな光を感じ取った。孤独ではない、自分には仲間がいるのだと。
片山はやがて立ち上がり、自動販売機で買ってきた缶コーヒーを鈴木に差し出した。
「ほら。冷めないうちに飲め。」
鈴木は驚いたように受け取り、ほんの少し笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。」
その声には、確かな感謝と新たな決意が込められていた。
二人の間に静寂が訪れたが、それは気まずさではなく、互いの心を整理するための穏やかな沈黙だった。窓の外では雪が降り続き、滑走路の明かりが白く霞んでいた。その光景は、まるで二人の心を試すように厳しくも静かに広がっていた。




