表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/123

94 検討会

1つの話が長くなったので、2つの話に分けました。

 授業の後、「公開授業」の「検討会」が会議室で行われた。

最初に、教育主事から講評があり、その後、意見交換が行われた。


 海原(うなばら)高校から来た山田という数学教師は、田邊先生達の高校時代のクラスメートであった。そのせいかどこか口調(くちょう)にも気安さが含まれていた。

「流石、田邊先生が行う授業には無駄がないですね。寝ている生徒がどこにもいない」

田邊先生は、悪気(わるぎ)なく答えた。

「山田先生の授業では寝ている生徒がいるんですか?」

「数学ですよ。ついて来られない生徒も普通はいますよ。まして、百葉高校はエスカレーターみたいなものですから、受験勉強なしで入学してきている生徒ばかりじゃないですか」


 近嵐(ちからし)教頭先生が、それに答えた。

「確かにそこに百葉高校の問題がありましたので、今年から単位が取れない科目は、もう1年勉強して貰うことになりました」

「本当ですか?僕たちがいた時、そのシステムがなくて良かったぁ」

田邊先生は、口をゆがめた。

「そうですか?理解しない科目があるのに、進級する方が可愛そうだと思います」


 千葉大学の教育学部教授も、それには同意した。

「可愛そうですよね。でも、科目の単位を落とした生徒用の補習クラスを作るほど、普通ぼ高校には教員がいないんですよね」

田邊先生が首を(かし)げた。「補習クラス」を作る発想は彼にはなかった。

「え?私が持っている数学や情報では、単位を落とした生徒には、同じクラスで1学年下の教科書を使って勉強をさせるだけですが」

田邊先生は、ごく当たり前のように言ってのけた。


「田邊先生は、飛び級入学の生徒も同時に教えていられますし、複式学級でも大丈夫そうですね」

山田先生が再び、話し出した。

「それは、飛び級入学の生徒を、教師役に出来るからですよね」


田邊先生はちらっと鮫島先生を見て答えた。

「いや、あのクラス全体を上手く動かしているのは、飛び級入学を受ける生徒ではありませんね」

教育主事が思い当たって、答えた。

「まさかあの妊娠している女生徒ですか?」

「はい、ただ、あの生徒が産休に入ったら、他の生徒がその役が出来ると思います」


 鮫島先生がその答えを口にしたが、すぐ田邊先生に却下された。

「菱巻さんですね」

「鮫島先生、菱巻さんはその時は育休に入りますよ。替わりが出来るのは、1番は中村さん、次は上村さん、山賀さんも出来ますよ。誰かがいないと動かないシステムは、すぐ崩壊しますから」


 その点を教育学部の教授が、深掘りしたがった。

近嵐(ちからし)教頭先生、こういうシステムは、田邊先生のクラスだけが取っているのですか?」

「今はそうですね。ただ、うちの学校は、学級委員が全員、生徒会の執行部なので、その技術は下級生に伝わっています。ただ、それを信じて、生徒の自主性を引き出せるかどうかは、教師の力量ですよね」


 情報データサイエンス学科教授は不安そうに、発言を始めた。

「あの、飛び級入学をする生徒が2人いると聞いているのですが、彼らにリーダーシップはないのでしょうか。菱巻さんは、先頭に立って授業に関わっていたようですが」


 田邊先生が、再び鮫島先生に視線を送った。

「武藤(火狩)さんについては転校してきたばかりなので、良くは分かりませんが、菱巻さんに関しては、大人数をまとめる力も、仲の良い友人を気遣(きづか)う力もあります。ただ本質は、『陰キャ』なんで、自分から積極的にその役割を果たそうとはしません」

「今日の姿からはそうは見えないんですけれど」

「鮫島さんに背中を押されると、仕事を始めるんですよ」

鮫島先生は再び、遠い視線を窓の外に送った。


「もしかして、鮫島さんのお腹の子の・・・」


 徳校長先生が、その発言を(さえぎ)った。

「それはプライバシーの問題です。ただ、大学では産休も育休もないところが多いので、蒔絵さんは百葉高校で妊娠出産することに決めたのです」


 指導主事が、この点に興味を示した。

「それでは、百葉高校には、産休や育休制度があるのですか?」

「皆さん、本校のHPにある学則をご覧下さい。蒔絵さんの妊娠を機に学則を改正しました」

指導主事や教授達は、各自のiPadで、百葉高校のHPを開いて、学則とその施行日を確認した。

「つまり鮫島さん達は、学則が出来ることを期待して、見切り|発車をしたってことですか?」

「本校は、生徒の学習環境を最善にするための努力は惜しみません。マタニティウエアを自由に着られるように、制服も自由化しました」


 徳校長の言葉には、「生徒達に、若い頃の自分たちのような苦労をさせたくない」という強い意欲が溢れていた。

 教育学部教授は、私服で走り回る生徒を窓越しに眺めた。

「本当にそうですね。まるで大学生のような自由さですね」

「是非、千葉大学も制度を変更なさって、保育施設なども充実なさっていただければ・・・と思っています」


キーンコーンカンコーン


昼食休憩の始まる鐘が鳴ったので、会議は終了した。参加者は学食で昼食を取るために移動を始めた。


 会議室を出ると、学食に向かう生徒の波に飲み込まれた。

前を銀河と翔太郎が足早に歩いている。後ろから火狩が、息を切らして走ってきた


「銀河君、学食なの?」

火狩が、銀河に追いついて声を掛けた。

「蒔絵が『ご飯の匂いがきつい』って言うんで、悪阻(つわり)が治まるまで学食で食べるんだ」

「えー、じゃあ、僕も一緒に学食で、数学の続きをやるよ。さっきの問題一緒に解こうよ」

「もう解き終わったよ。答えは数学の『クラスルーム』にアップしたから、勝手に見て」

そう言うと銀河は、先に行った翔太郎に追いつくために歩くスピードを上げた。


 鮫島先生と田邊先生は、山田先生と一緒に学食に向かっていて、このやり取りを目の当たりにした。

 山田先生が、鮫島先生を肘で小突(こづ)いた。

「鮫島先生の妹って2人いたよね」

「ああ、蒔絵は下の方の妹だ。俺の11歳下だ」

「じゃあ、僕たちが高校生だった時、小学生だったじゃないか。月日が流れるのは早いな」


 そんな話をしていると、田邊先生が火狩(ひかり)に見つかってしまった。


「田邊先生。銀河君が一緒に受験勉強をしてくれません」

「なんで、一緒に勉強をしないといけないんですか?」

「だって、銀河君と僕は同じ試験を受けるんだから、一緒に勉強したら効率がいいじゃないですか」

「銀河さんにとって、効率がいいとは限りませんよ」

田邊先生はかなり辛辣(しんらつ)なことを言ったが、火狩は気がつかなかったようだ。

「銀河君は、蒔絵さんの世話ばかりで、可愛そうですよ」


 田邊先生は鮫島先生の方を振り返った。

「菱巻さんは、鮫島さんのために飛び級するんですよね」

鮫島先生は、菱巻家の経済状況に触れずに、答えた。

「まあ、飛び級入学することが奨学金を受けて大学に行ける条件なんで、そうも言えますね。

2人が、一緒に大学生になるにはその方法しかなかったんで」


 一緒に歩いていた情報データサイエンス学科の教授が、鮫島先生に話しかけた。

「飛び級すると、千葉大学から奨学金が出ますからね」

確かに飛び級入学者には千葉大学から手厚い補助が出ることになっている。教授はそれを指して言ったのだ。


「いいえ、それに加えて、それ以外すべて大学でかかる費用を、未来TECの百葉支社が出してくれるんです。今も2人で社宅に住んでいますし」

「それは初耳ですね」

「未来TEC社は、地元の優秀な生徒の青田刈りしているんです。中学生にも、もう1人候補者がいます」


 教授は、説明会に中学生が混じっていたことを思い出した。


「では、こちらの生徒さんは?」

教授の質問に、田邊先生は火狩に視線を向けて、少し声を落として答えた。

「2学期になって、神奈川から転校してきた武藤さんです。武藤さんも飛び級入試の説明会に行ったそうですが・・」

「学校で、補習などはしないのですか?」

「特には・・・」


 それを聞いて、火狩はびっくりした。

「銀河君には補習をしているのに、僕にはしてくれないんですか?」

「銀河さんと甲次郎さんに、情報オリンピックの補習しているのは。未来TEC(つまり愛する妻)からの依頼があったからです。僕は、進学指導部ではないので、放課後に補習はしていません」

「じゃあ、生徒個人のお願いは聞いてくれないんですか?」


 田邊先生は、後ろを歩いていた指導主事にバトンを渡した。

「先生、生徒の個人的な希望をすべて聞いていたら、教師の勤務時間が延びますよね。教員の労働時間は守るべきですし、時間内にこなせない量の労働はすべきではないですよね」

「そうですね。教員も一労働者なので・・・」


 田邊先生は火狩の相手を指導主事に譲って、学食に足早に向かってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ