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92 田邊先生の困るところ

 年が明けて、いよいよ、百葉村村民待望の「百葉LRTライトレールトランジット」が運行を開始した。駅はわずか3つしかない。村の南端に「MT未来駅」、北端には「MT百葉駅」そして、村民が買い物にいく海原町に「MT海原駅」が出来た。しかし、百葉LRTの開通は村に大きな変化と経済的効果をもたらした。

 運賃は一律500円。ワンコインである。運賃収入での採算は全く取れないが、この低価格がもたらす恩恵は大きかった。

 まず、子供も大人も、気軽に海原町まで行けるようになった。それだけでなく、百葉LRTは、海原町から多くの労働力を招き入れることに貢献した。


 最も大きな貢献は、保育士の大量確保を可能にしたことだ。何と言っても、日本1の高給で保育士になれるのだ。2月の採用試験に多くの受験者が殺到した。それに向けて、鯨井夫妻は多忙を極めた。

 

 そして、多くの保育士が確保されることを見越して、4月から未来TEC社員の子供も保育園が受け入れることになった。本社移転のため、多くの家族が百葉村にやってくるが、保育の充実は喫緊の課題だった。


 そこで保育園は、3階建てに改築されることになり、銀河達が危惧していたように、普通クラスは、間借りしていた保育園から追い出されることになった。

高校1年のクラスは、1つにまとめられ、担任には田邊先生が付くことになった。


「助かったよ。翔太郎が、学級委員になってくれて」

「2年生になったら、航平がやってくれよ。俺は野球部で忙しくなるから」

クラスが一緒になって、航平は肩の荷がやっと下りた。海里がいなくなった上に、転校生はやってくる、蒔絵へのバッシングはひどいなど、特進クラスは、航平1人の手には負えない状態になっていたのだ。


 航平は合同クラスを喜んだが、特進クラスの生徒は、戸惑いの連続だった。

まず第1に、田邊先生のクラス運営が理解できなかった。

田邊先生は、新しい合同クラスにやってくると、クラスの掲示物をすべて剥がすよう生徒に指示した。


「先生、なんで時間割まで剥がすのですか」

特進クラスの村田英雄(むらたひでお)から苦情が出たが、田邊先生は英雄に向かって、冷たい口調で答えた。

「まだ、時間割も覚えていないんですか?そろそろ1年たちますよ」

翔太郎は、「俺も昔はそう言ったな」と感慨深く、英雄の姿を見ていた。


 

 朝のHRでも田邊先生は、教室に来て、生徒の顔を見て、一言しか言わなかった。

「何か質問はありますか」


特進クラスの生徒は最初、何を言っているのか分からなかった。


英雄は、野球部でバッテリーを組んでいる翔太郎に尋ねた。

「何についての質問?」

「朝の連絡はiPadの『クラスルーム』というページに送られているから、『その連絡事項について、質問はないか』という意味だよ」

そう言うと翔太郎は、英雄にiPadを見せた。

「めんどうくさ~。一々見るのダリーじゃん。先生、普通のHRしてください」


 田邊先生は、声を荒らげることはなかった。

「朝のHRは、生徒の健康観察の方が大切です。生徒の顔を見ずに連絡事項を読み上げるだけなんて、本末転倒だと思いませんか。みなさんは、字が読めるのに失礼ですよね」

「まあ、そうだけれど・・・」


翔太郎は、結構大きな声で英雄に慰めを言った。

「この方法は慣れると、楽だよ。朝の連絡をメモする必要ないし、配られた紙をなくすこともない。親への連絡は(ちょく)に行くから、毎日『今日何があったの?』なんて、家で母ちゃんに責められることもない」

クラスから笑いが出た。



 航平が静かに手を挙げた。

「先生、『ホワイトボードを数学の時間までに運んでおく』とありますが、誰が運んで、何に使うのですか」

田邊先生は、困ったような顔をした。


翔太郎が代わりに答えた。

「航平、1限が終わった休み時間に、俺が運びに行くから、航平も手伝ってくれ。あと、手の()いているやつ、手伝ってくれ」

航平は、翔太郎を見て理解した。これが学級委員の仕事なのだと。

「ありがとうございます、翔太郎さん。

航平さん。ホワイトボードは、数学の時間に、個別に問題を解く人のためにあります」



 田邊先生が出て行った後、英雄と航平は、翔太郎にホワイトボードの使い方を聞きに行った。しかし、翔太郎は頭を掻いて、蒔絵を指さした。

「俺は多分、ホワイトボードを使わないから、使う人、例えば、蒔絵なんかに聞いてくれ」

英雄は、蒔絵に偏見があったが、好奇心が勝ったので、航平の後ろについて行った。

蒔絵はいつもの通り笑顔で優しく説明してくれた。


「今までは、普通クラスでは、レベル違いなのが銀河だけだったから、後ろの黒板を使って、1人で自分の問題を解いていたんだ。それで、田邊先生は前の黒板で、他の生徒に新しい単元の説明をしながら、たまに銀河のところに行って、アドバイスするって形だったんだ」


 火狩(ひかり)も質問に加わってきた。

「じゃあ、僕もそれでいいってこと?」

「でも、後ろの黒板に2人で書くと狭いから、ホワイトボードも使って、お互いに相談しながら解いていろってことじゃない?」

銀河が「相談しながら解く」という言葉を訂正するために、口を挟んだ。

「『解き終わってから』、お互いの答えの感想を言うって感じじゃないか」


「蒔絵ちゃんは、僕達の仲間に入らないの?」

火狩の疑問に蒔絵はあっさり答えた。

「私に必要な能力はそこじゃないからね。私は航平君達と一緒に問題を解いていく」


航平は、自分が名指しされたので、一歩前に出た。蒔絵は続けた。

「銀河と火狩ちゃんは、高校2年の夏にはすべて教材を終わっていないといけないから、今、数学Ⅲをやっているでしょ?私達は、これから数学Ⅱの範囲にやっと入るじゃない?

ここから、また『授業を聞く組』と『勝手に進む組』の2組に分かれるんだ。

田邊先生の説明を聞かないで自分で分かる人は、先にどんどん進んでいいんだ」


「蒔絵は今までそうしていたの?」

「うん。教科書を読んで基礎問題を解いたら、どんどん応用問題を解いていく」

「それで、自分で答え合わせをするんだね」

「それでも分からない時は、銀河に聞く」


 火狩が少し皮肉交じりに口を挟んだ。

「銀河君は、忙しいね」

蒔絵は全く気にせず説明を進めた。

「私が応用問題に進む頃には、銀河はすべての問題を解き終わって暇だから大丈夫。でも、今度は、航平君がいるでしょ?一緒に考えよう」

航平が少し赤面した。

「2人で?」

残念ながら蒔絵はすぐさまそれを否定した。

「ううん。応用問題まで辿りついた人は、ホワイトボードで解くから、そこに来た人みんなで考える」


そこに、「授業を聞く組」の翔太郎が、割り込んできた。

「応用問題の一番いい解答法は、時間の最後に写メさせて貰う。だから、ホワイトボードの解答は次の時間まで残しておいてくれよ。俺達は、それを応用問題を解く時の参考にする」


火狩が翔太郎の言葉に、呆れたように答えた。

「翔太郎君は、応用までたどり着くの?」

「時間内に無理だったら、宿題にする。自宅で解けなければ、翌日、銀河か蒔絵に聞くさ。駄目ならテスト期間までに理解するように努力する」

里帆が同調する。

「それが難しいから、赤点を取るんだよね。田邊先生のテスト、半分以上応用問題だから」


 田邊先生の授業は、眠れないような仕組みになっている。


 1時間目は、鯨谷先生の英語コミュニケーションの時間だった。これは以前から合同授業だったので、特進クラスの生徒も戸惑わなかった。今日は、フロリダディズニーランドに行って、チケットを買ったり、お土産を買ったりする練習をした。

 

 キーンコーンカンコーン


 2時間目が始まると同時に、教室に数人の見知らぬ大人が入ってきた。

千葉県教育委員会から、教育主事達がやってきたのだ。また、飛び級を受ける生徒が千葉にいると言うことで、千葉大学からも教授が見学に来た。

この時間は、災害のため、ずっと延長されていた田邊先生の「公開授業」だった。


このように大切な伝達事項が、全くされないところが田邊先生の困るところの2つ目だった。

田邊先生曰く「公開授業って言っても、普段どおりでいいんでしょ?」だそうだ。

昔行きたかったところは、フロリダディズニーランドでしたが、今は全く行きたいと思わないんです。なんか、日本のディズニーで充分楽しめるからかな?並ぶ体力と気力がなくなったからかな。

金がなくても暇がなくても、気力がある時に行動しておいた方が良かったと思う今日この頃です。

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