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89 母が来た

 銀河と蒔絵は、お互いの母親が2人を応援してくれることが分かっていた。そこで、茉莉と絹子の2人にはマンションの合鍵が渡されていた。



「茉莉、お待たせ」

「ううん。お互いゆっくり話す時間がなくて申し訳ないね。それで、見せてよ。蒔絵ちゃんの『母子手帳』」

「本当は本人達が役所で手続きするものなんだけれど、1週間も待てなくて私が作って来ちゃった」

絹子はそうは言うが、高校生2人で村役場に行くのも気が引けるだろうと気を利かせて、村役場で作ってきたのだ。


「何か、私達の頃と形が変らないね」

鮫島絹子と菱巻茉莉は、同じ病院で1日違いで出産した、高校の同級生なのだ。

「本当に変化がなくて申し訳ない。でも、デジタル母子手帳の方が充実しているからね」

「それでも、紙でも『母子手帳』を発行してくれるんでしょ?」

「やっぱり、記念に欲しいみたい。紙の母子手帳を断る人はいないね」


「部屋も見てみた?」

「私も今来たばかりだから、一緒に見よう。まずは窓からの景色だよね」

先に来ていた茉莉は、絹子と一緒にベランダに出た。

「高校生がこのマンションに入れるなんて、銀河君のお陰だよ。最上階がいいって言ったのは、多分、蒔絵だけれどね」

「蒔絵ちゃん昔から、高いところ好きだもんね。2段ベッドも上だったし、屋根にも登りたがるし・・」


「銀河君じゃないと、あのじゃじゃ馬コントロールできないよ。本当に、更紗に聞いたんだけれど、蒔絵が銀河君に迫ったって」

「いや、蒔絵ちゃんはね、妊娠して、私が大学を中退したことを知っているから、そうならないように計画立ててくれたんだよ」


「菱巻の家では、蒔絵のことをなんて言っている?」

「英子お祖母ちゃんが、ブツブツ言っている。『萬屋』でも仲間内に多分悪口言いふらしているんじゃないかな」

「でも、英子さんのお仲間の小百合さんも花子さんも、蒔絵を可愛がってくれているから、聞き流してくれているんじゃない?銀次さんや鉄次さんはなんて言っている?」


「最近2人は夢中になっていることがあって、銀河のことは話題にも上らない。大体、銀河が奨学金を受けられなければ、就職させようとしていた人達だもん。迷惑がかからなければ、次男坊のことなんて気にしてないんじゃない?」

茉莉の恨みは根深かった。



「夢中になっていることって、鉄次さんは『萬屋』の経営を始めたでしょ?銀次さんは何に夢中になっているの?」

役所の職員でも、銀次達の活動については把握していないようだった。

「村営マンションの路面電車の線路を挟んだ向かいに、「ドッグラン」が出来たでしょ?」

「ああ、可愛い子犬が走り回っているところね」

「あの犬。カレリアンベアドッグって言って、熊を追い払うために特殊な訓練を受けさせた犬なの。軽井沢で訓練を受けて、今度は裏山の警備に回るのよ。銀次お祖父ちゃんは、その担当になって、毎日、犬と(たわむ)れているわ」

「なるほどね。それで、相手にされない英子さんが不満を募らせているのね」


 今度は茉莉が、絹子の家の情報を探る番だ。

「で?政成(まさなり)さんは、銀河君から『お嬢さんを下さい』って言って貰えなくて()ねていない?」

「うーん。まあ、更紗も県外に進学するんで、急に娘が2人出て行くことになるからね。少し寂しそうかな。でも、穂高がお付き合いしているお嬢さんが可愛らしい方で、この間も家に遊びに来てくれて、お父さん、デレていたからね。女の子なら、嫁でもいいんじゃない」

こちらも、夫の評価が低めである。


「そう言えばさぁ、大学の時も穂高君、マネージャーを正月に自宅に連れてきたよね」

「あのあざとい子ね。後輩にイケメンが入ってきたらすぐそっちに乗り換えたみたいで、穂高は振られたのよ。

まあ、今回のお嬢さんは、村の産婦人科で働く助産師で、地に足が着いているんじゃないかしら。

穂高もいつもみたいに、『向こうが好きって言ってきた』なんて上から目線じゃなくて、『働く女性と一緒になるためには、自分のことは自分で出来ないといけない』って言って、食器を洗うようになったから、少しは身を固める覚悟が出来てきたのかも」

「洗濯機のスイッチの押し方も知らなかった男の子が、すごい変化だね」


 そう言いながら、絹子は部屋の中をチェックして歩いた。ものは必要最小限度しかなくて、特に台所や脱衣場は綺麗に整頓されていた。

「銀河君は、これすべて準備したんでしょ?家事をする人の視点満載だね。それに引き換え、蒔絵の仕事はこれだよ」

そう言って、絹子は壁に貼られた「ベビー用品一覧」を指さした。


「どれどれ」

茉莉もそれを覗き込んで、吹き出した。

「すごい表。物品の隣に、担当とか書いてある。『ベビーカー』『徳校長先生』だって。型番や値段も、もう決めてある。『これ買って下さい』って、見せるのが目に浮かぶ」


絹子は、自分の娘ながらあきれかえった。

「例えプレゼントでも、気に入ったものを買わせるって強い意志が見えるね」

「今の若い人は、そうするみたいね。メールで欲しいものの写真を送って、『ポチって下さい』言うんでしょ?」

「絶対、菱巻の家の嫁は務まらないね。英子さんとか『頂いたものは、ありがたく使いなさい』とか言いそうだもん」


 茉莉は、銀河が新しく買ったテーブルの前に座って、ため息をついた。

「ここだけの話だけれど、新築の家がなくなったのは悲しいんだけれど、そこに詰め込まれていた英子さんの『勿体ない』のストックがすべて流されたのは、有り難いんだ。

 ものの多い家の子は、やっぱりものをため込むんだよね。鈴音の新しいマンションに、この間行ったけれど、やっぱり血筋は争えないって言うか、一部屋倉庫になっていたもん」

「でも、銀河君はトミカ以外は、教科書もアルバムも、賞状まで、すべてデジタルにしたんでしょ?」

「そうそう、それで思い出した。この間、銀河が販売を開始したアプリは、『思い出ポスト』って言うんだけれど、アルバムを作るアプリなんだよ」


 絹子は、茉莉のスマホを覗き込んだ。

「うわ、既に50ダウンロードってすごくない?」

「このアプリは、一応今は百葉村限定配信みたい」

「で、どんなアプリなの?」

英子(えいこ)祖母(ばあ)ちゃんのために作ったんだって。うち、アルバムもすべて海に流れちゃったでしょ?そこで、うちの人間が写っている写真を、他の人に頼んでアップして貰うと、それをまとめて、家のアルバムに出来るんだって。

だから、古いアルバムからスキャンできる機能も充実しているし、アップされたデータに、うちの人間が日付やコメントを入れれば、写真が日付順に並ぶの。その上、その日付が入った写真をAIに読み込ませると、日付や場所データがない写真にも、推測で日付をつけてくれるんだよ」


 絹子は、茉莉にプリンを勧めながら、質問した。

「それは、どうして百葉村限定に配信しているの?」

「場所データが、百葉村の分しか入っていないし、家を流された人達が、口コミで友人に頼んで、投稿して貰っているからね」


 絹子は、電動ポットでお湯を沸かしながら、考え始めた。

「そのアプリって、東京や富士山周辺の災害被災地の人にもニーズあるよね」

「無制限に写真を受け入れると、写真保存のクラウドがパンクする可能性があるんだよ。それに、顔見知りや同級生の中に、写真を2次利用する人がいるかもしれないなど、セキュリティ管理が難しいんだって。

今、英子さんが頼んだ人から送られた写真は、アップするとすぐ、菱巻家以外の人には見られなくなるんだよね」


「ニッチな利用だね。小百合さんや花子さんもそう言うアルバムが欲しいんじゃないの?」

「小百合さんのはジェームズ君が、このアプリを使って作っているらしい」


 絹子は、持ってきたカフェインレスの紅茶を、2人分の客用カップに入れた。銀河は、客用カップを母親用に用意してあったようだ。


「なるほど。50ダウンロードの理由が分かったわ。彼女の茶道関係の知り合いは多いものね。そういう仕事しているから、ジェームズ君は日本語の上達が早いのね」

「ジェームズ君は、うちの鉄次さんの手伝いもしているみたい。主に小百合さんに頼まれた仕事みたいなんだけれど、高齢者の家の電球交換とか、戸の立て付け直しとかしているみたい」

「いいね。そういう仕事の後は必ず、おしゃべりの時間が付いてくるから、日本語が上達する訳ね」


 開け放した窓から、下校のチャイムが聞こえてきた。


「じゃあ、そろそろ2人が帰ってくるから、お(いとま)しましょうか」

絹子は『母子手帳』とカフェインレスの紅茶をテーブルに置いて、冷蔵庫に蒔絵が好きなプリンを入れた。茉莉がそれを見て、トートバッグからからタッパーを出してきた。

「このタッパーも一緒に冷蔵庫に入れておいて、家に帰ったらすぐ、ご飯が食べられるだろうから」


 タッパーの中身は、手間のかかる「茄子(なす)煮浸(にびた)し」と「栗ご飯」だった。

若い人は、最近「みてね」等のアプリで、家族写真を作っていますね。逆に、昔のアルバムも簡単にデジタルにしたいものです。写真を読み込むのはいいんですが、そこに日付とコメントを入れるのが、辛いです。

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