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87 蒔絵の計画

 穂高と更紗が、ヘリに乗って百葉村を出発した後、蒔絵は家族全員がいないマンションで、静かに勉強を進めることが出来た。土日であっても、村役場に勤めている母も、未来テックに努めている父も、着替えだけ取りに来ては、慌ただしく出勤して行った。まだ、土砂崩れの後始末が残っていたのだ。

 

 蒔絵は、自分たちの部屋を見回して考えた。

(更紗が松本に行ったら、私はここで部屋を独り占めできるんだな)

2段ベッドの下に寝転がってみた。蒔絵はいつも上で寝ているので、視界が変って面白かった。次に、穂高の部屋に入った。最近は、姉妹揃って勉強を見て貰っているので、入り慣れた部屋になっている。


 穂高のベッドに寝っ転がってみた。

(いいなー。穂高が結婚して出て行ったら、2段ベッドじゃなくてこっちに寝たいな)

そう考えて、蒔絵はふと気がついた。自分が一番早くここから出て行くかも知れないと。


 兄の部屋の窓からは、裏山が見えた。ほとんどの斜面にコンクリートの住宅が、はめ込まれていた。1箇所抜けているところは、桐生朔太郎の住宅跡だ。そこに、小さな懐中電灯の明りが動いている。毎日、小町技術員が、朔太郎の様子を見に行っているのだ。


(毎日、暑い中防空壕にいたら、具合が悪くなるのに。意地っ張りだな)

しかし、意識がある内は、朔太郎は頑として動くことに抵抗するはずである。

小町謙三としても、救出するタイミングを計りかねていた。昼間は、看護師資格がある栗橋養護教諭も様子を見に行っているのだが、朔太郎のあまりの剣幕に話も出来ない状況が続いている。


 蒔絵は窓から離れ、再び兄のベッドに寝転がって、寝てしまった。


「蒔絵、蒔絵」

呼ばれて顔を開けると、蒔絵の顔を銀河が上から覗き込んでいる。

「どこで寝ているんだよ。玄関が開いていたぞ。不用心だな」

父が出て行く時に、閉め忘れたんだろう。

「銀河はどうして家に来たの?」

「夕方から『既読』が着かないからだよ。『寝ているなら夕飯もまだだろうから』って鈴音姉ちゃんが言うから、夕飯持ってきた」


 寝ぼけた顔の蒔絵は、銀河の首に手を回して、ベッドに引きずり込んだ。

「何するんだよ。ここは穂高のベッドだろ?」

「大丈夫。今日は私1人だから、誰も来ない」

「だったら尚更だ。俺は帰るぞ」

「嫌だ。寂しい」

「しょうがないな。いつもは部屋が狭いって文句を言っているくせに」

そう言うと、銀河は蒔絵の隣に寝転がって、蒔絵の愚痴を聞く体勢になった。医学部受験は過酷な勉強を要求される。たまに、息抜きをしないと、張り詰めた神経がすり切れてしまう。


「で?更紗が出て行くのが寂しいのか?」

蒔絵は恥ずかしさのあまり穂高の枕に顔を埋めたが、急に顔を上げた。

「穂高の頭のにおいがする」

「何、当たり前のこと言っているんだ。穂高も帰ってきて、蒔絵の匂いがするって、ここで寝ていたことに気づくぞ」


 蒔絵は、寝ぼけた顔で銀河に近づき、匂いを嗅いだ。

「こっちは、嫌な匂いじゃないのにな」


 ここで、銀河のブレーキが外れてしまった。


 最も、蒔絵が寝ぼけていたかどうかは、定かではない。以前から計画を立てていて、チャンスがやってきたから実行に移したとも言える。



 銀河は、穂高のシーツを丁寧に洗って、乾燥機に掛けてから帰宅した。

「乾燥機が終わったら、ちゃんとシーツを敷き直しておけよ」

銀河の少し怒ったような声を聞きながら、蒔絵は湯船の中で、記憶を反芻していた。



 銀河がマンションを出ると、基本的には夜に飛ばないはずのヘリコプターの爆音が聞こえた。第2ヘリポートにヘリが向かうのを見て、銀河はまっすぐ、桐生朔太郎の家に走って向かった。


「小町さん。大丈夫ですか?」

「ああ、銀河君。義祖父(じい)さん、意識がないんだ。今から、つくば未来村までヘリで搬送して貰う。悪いけれど」

「わかりました。美鳥さんに連絡しに行きます」

「ありがとう。明後日から学校が始まるから、朝の子供の送りも頼めるかな」

「分かりました。明日も、様子を見に行きますよ」


 小町謙三は、意識のない桐生朔太郎(きりゅうさくたろう)に付き添って、ドクターヘリに乗っていった。

銀河が振り返ると、石鹸の匂いをさせた蒔絵が立っていた。窓から、ヘリの様子を見て、マンションから走ってきたらしい。

「一緒に行くよ」

「明日は、付き合って貰うかも知れないけれど、()()()帰れ」

「でも」

「俺の言うことも()()()聞け。今日は疲れているから、ゆっくり休め」

 

銀河の言葉に、蒔絵は珍しく素直に従った。



 日曜日の夕方、謙三はヘリで百葉村に帰ってきた。帰宅すると、すぐ銀河に電話を入れた。

「銀河君ありがとう。朝帰ってきたよ。向こうでお義母(かあ)さん達に、義祖父(じい)さんを引き渡してきた。義祖父さん、意識は戻ったけれど、何か少しボケちゃったみたいだ。でも、穏やかになったよ。何を言っても、暫く考えて、『うん』って言うんだ。

お義母さんちゃっかり、土地の売買についても『うん』って言わせて、手続きしちゃったんだよ。まあ、防空壕に戻られても困るけれどね」

「そうですか。自宅で過ごせる程度のボケなんですか?」


「昨日は退院して、その後、縁側でのんびり庭を見て過ごしていた。でも、1人でトイレにも行けるし、昼飯も自分で食べていた。お義母さん達、介護休暇取って、暫く様子見るみたい」

「ひとまず安心ですね」


「お義母さん達、マンションの権利を俺達にくれたんだけれど、貰っていいのかな?」

「いいんじゃないんですか?村営住宅、いいですよ。俺達は、見晴らしがいい8階を選んだけれど、保育園も高校も駅も近い、最高の立地ですし、3人のお子さんが走り回っても大丈夫な広さですよ」

「そっか、じゃあ、貰っちゃおう」


 俺達?


 更紗と穂高も、謙三と一緒にヘリコプターで、百葉村に帰ってきた。


 帰宅すると、家族全員の枕とシーツが、蒔絵の手によって洗われていた。年間通して、部屋の掃除などほとんどしない穂高は、喜色満面だった。

「おっ。何かいい匂い。蒔絵が洗ってくれたのか?」

「うん。2日間、私1人で家にいたから」

「こんなに綺麗にしてくれたのに、土産がなくて悪かったな」


「試験どうだった?」

蒔絵の言葉に、更紗は意味ありげに答えた。

「うん。人事は尽くした。穂高にも出会いがあったみたいだし」

「でっち上げるなよ」

これは、10月半ばの出来事です。こちらは雨が降って少し涼しいですが、関東方面はまだまだ暑いですよね。10月になったら、少しは涼しくなるんでしょうかね。

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