84 仮設住宅見学会
「お邪魔しま~す」
「遠慮するなよ。今日は姉ちゃん達、双子を連れて町に買い物に行っているんだ。夕方まで帰って来ないよ」
鈴音達の引越しが完了して2日目。やっと蒔絵が、銀河の家にやってきた。
銀河の家と言っても、1階は鈴音達一家が住み、ロフトに銀河が住んでいる。ロフトには小さなキッチンとトイレが付いている。鈴音達も銀河が一緒に双子の世話や家事をしてくれるので、助かっている。
「私、ロフトって初めて。上からリビングも台所も見えるのね」
「まあ、小さい子供がいる家は、平屋がいいよね。ロフトに上がる階段には、今、双子が上がれないように鍵が付いているんだ」
「上がられると、銀河のトミカをいじられたりするしね」
銀河は蒔絵に両手を合わせた。
「その節はありがとうございました。家族にはなかなか理解されなくてね」
「限定のものや、旅行の思い出の車両なんかはね。なくなったら手に入らないものね」
蒔絵はニコニコしながら、作り付けの本棚に、綺麗に並べられたトミカの箱を眺めた。
「家具もベッドも作り付けなんだってね」
「俺は、ベッドは頼まなかったけれどね。だって、ベッドは有料なんだ。
小町さんが最近、ベッドに替えたから、今まで使っていたマットレスをくれるって言うんだ。それで十分だよ」
「学習机もないね」
「それも、時間のある時に、小町さんから地学室の天板貰って、ローテーブルを作る予定なんだ。クッションは、誰かからいらない、大きなぬいぐるみでも貰おうかと思って」
「私が、家にある鮫のぬいぐるみ持ってくるよ」
「そして、自分で使うんだろ?」
「バレたか・・・。だって、このロフト広くて居心地いいんだもん。紫苑が文句言ったんじゃない?」
「引越し初日に、「部屋を替えよう」って言ってきたけれど、姉ちゃんが却下したよ。『紫苑は子守りも家事もしないから、一緒に住むのは嫌だ』って」
蒔絵は、ロフトの手すりから1階を見下ろした。
「こんな広いコンクリートの塊をヘリコプターで持ってきたの?」
「この家は4つの箱でできているから、4回に分けて運んだらしいよ」
「1人住まいの住宅もこんなに広いの?」
「このサイズは、家と鯨谷さんの家だけかな?後、小百合さん達は、広いリビングがなくて、その代わり庭が付いているんだ」
「庭もいいね」
銀河は肩をすくめた。
「姉ちゃんは『草むしりをしたくない』って、秒で却下したよ。英子祖母ちゃんは、がっかりしていたけれど」
「それで、お祖母ちゃんは引き下がったの?」
「未来TECのマンションのベランダで、プランターや米袋を使って、野菜を作っているらしい」
「良かったね。趣味と実益じゃない?」
「そうでもないんだね。蜂や虫が飛んでくるって、隣の部屋の人に苦情を言われたらしい」
「あー。マンションの人は、都会から来た人も多いからね」
銀河は、窓から家の前を見下ろした。
「俺達も、ここから出て向こうのマンションに移ると、都会から来た新しい未来テックの社員の家族と一緒になるから、今までどおりって訳にもいかないかもな」
「今、『俺達』ってサラッと言ったけれど、恥ずかしいな」
銀河は、窓から自分の姿が見えないように、畳に腰を下ろした。
蒔絵もその隣に並んで座った。
「なあ、我が家の土砂災害で、ますます俺達の結婚のハードルが上がったと思うんだ」
「ん?結婚式なんて挙げなくてもいいよ」
「式は、いつか挙げたいとは思うけれど、鮫島の家からしたら、こんな貧乏な家と縁を結びたいと思わないだろうし・・・」
「そんなことないよ。家の家族は銀河のこと好きだけれどな」
銀河は、膝を抱えて少し背を丸めた。
「でも、菱巻の家の嫁になると、蒔絵に色々と面倒がかかるよね。この間も家の祖母ちゃん、蒔絵が避難所に来なかったら『薄情な嫁だ』なんて言っていた。
つまり、蒔絵が医学部を受験するのに、絶対反対するのは、家の年寄り連中だと思うんだ。今なら、よそのお嬢さんの進路だけれど、結婚した途端『嫁』としての振る舞いが優先される」
「そうだね。それは私も考えていた」
銀河は、慎重に言葉を選んで次の言葉を告げた。
「だから、蒔絵が医師免許を取るまでは『事実婚』にしたいんだけれど、どうかな」
「籍を入れないってことだよね。銀河は10年間も、結婚の口約束を守れる?」
「多分。いや絶対」
銀河は入籍しなくても、18歳の誕生日に結婚指輪を送って、2人でつければいいと考えている。
しかし、いくら誠実な銀河でも、例えば、今回のように、災害が起こって、離れ離れになってしまうことがあるかもしれない。蒔絵は、絶対に2人が離れない方策を、以前から考えていた。
突然、玄関から鈴音の声が聞こえた。
「あれー。蒔絵ちゃん来ていたんだ」
「姉ちゃん達、早いな。お帰り」
「あー。銀河、小町さんのところから、マットレス貰うって言ってたでしょ?このまま、車に乗って小町さんのところからマットレス運んだらどう?」
鈴音達は、銀河のために、買い物を早めに切り上げてくれたのだ。銀河は、蒔絵の肩を叩いて、立ち上がった。
「また、この件は、じっくり話そう」
蒔絵はそのまま、鈴音が買ってきたものをセットする間、双子の世話をすることにした。
小町の家のマットレスは、かなり綺麗なものだった。それを持って帰ったところ、玄関先で、隣の仮設住宅に住むジェームズと鯨人にあった。
「どうしたんだ?そのマットレス」
鯨人に聞かれた銀河は、マットレスを肩に担いだまま答えた。
「小町さんに貰ったんだ。俺、ベッドはこれにするんだ」
「なんで、2枚もあるんだよ。蒔絵と新婚生活でも始めるのか?」
鯨人は、皮肉たっぷりに聞いた。
「これは畳めば、ソファーにもなるし、便利だからさ。机用の天板も貰ってきたぜ」
銀河は、ワゴン車から、2枚の天板を下ろしてきた。
「蒔絵ー」
「お帰り。何?」
「これから、机を作るけれど、一緒に作らないか?玄関脇の倉庫から、ブルーシートを持ってきてくれ」
これには、ジェームズと鯨人も、興味津々だった。
銀河は、工作用の鉛筆や定規、コンパクトドライバーなどを倉庫から持ってきた。
「義兄さん、『脚』を買ってきてくれてありがとうございます」
「これで良かったかな?写真の通りのものが、ホームセンターにあったけれど、8本でいいんだよね」
「そうです」
学校の生徒用の机は、生徒が乱暴に動かすので、脚がよく壊れる。小町技術員は、壊れた脚を外して、頑丈な天板だけを何枚も保管していた。その中でも書道教室の机の天板は、面積が広くてなかなか使い勝手がいい。銀河はその天板の裏側に、買ってきた折りたたみ式の脚をつけて、テーブルにしようとしていた。
ジェームズは面白がって、その一部始終をビデオ撮影していた。
銀河は、蒔絵に教えながら作業を始めた。
「まず、天板の対角線に正確に線を引き、その交点から等距離のところに脚をつける位置を書く」
銀河はその印上に脚を置いて、折りたたんでも脚同士がぶつからないことを確認して、コンパクトドライバーを使った。
蒔絵も真似をしたが、天板が思いの外硬いので、思うようにいかず、銀河に後ろから手を支えられて、ネジを押し込むことが出来た。
できあがった机は、墨が結構付いているので、丁寧に拭いて、玄関先に並べて乾かした。
「This is cool, I wanna remodel my table, too」
「俺も、やりたい。俺達のロフトにも小さいテーブルを置きたい」
ジェームズと鯨人は、週明けに銀河と一緒に「机」を作った。放課後部活動と、「情報」の勉強で忙しい銀河のために、3人は昼休みに、技術員室で作業をした。
ジェームズは、Junior high school時代の友人とフェイスブックで繋がっているが、最初は、小百合から見聞きした「日本の文化」についての話題ばかりだったが、その後は「避難所生活」について書き、友人達から同情が集まった。
しかし「悲惨な生活ばかり送っているわけではない」というアピールを込めたこのビデオは、思いの外人気があった。
ただ、机をリモデルしただけだが、ごく普通の百葉村の生活は、アメリカの高校生にはひどく受けた。安全で、ヘルシーでシンプルな生活は、彼らの価値基準とは大きく離れたものだが、そこで少しずつ変っていくジェームズに友達は、興味を持った。
図らずも、そこには、仮設住宅の生活や、できあがっていくマンションの様子も映り込んでいた。
あと1週間で、夏休みが終わります。近くの小学校の子に聞いたら、「2学期はもうプールはない」とのこと。そこの小学校は新設で、屋上にプールがあるんです。こんなにまだ暑いのに・・・。まあ、運動会の準備もあるからしょうがないんでしょうが、学校はもう秋の行事なんですね。