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82 菱巻家の決断

 その翌日、携帯電話でTVを見ていた村民から騒ぎは広がった。

TVでは局のヘリコプターが、百葉村の土砂崩れの現場を大きく報道していた。

村民はそこで初めて、土砂崩れの惨状を()の当たりにした。


 特に被害がひどかったのは、菱巻家で、桐生、吉田、根元の3軒の土砂が一気に襲いかかったので、頑丈な2階建ての家は跡形もなく押し流されてしまった。

「お父さんどうしましょう」

英子が半狂乱で騒いでいるので、他の村民は慰める言葉も掛けられなかった。

茉莉は何も知らず仕事に出かけたが、職場でTVを見て自宅の被害を知った。


 小百合と花子も、自分の家の惨状を見て、固まってしまっていた。

桐生家が押し流された映像を見て、小町の一家は背筋が凍り付いた。

「お祖父ちゃん、家にもどったのよね」

「ああ、防空壕の中で生きているといいんだけれど」



 避難所のスクリーンには、朝7:00のNHKニュースが映し出された。

「ただ今、百葉村の土砂崩れ現場から中継をしています」

ちょこんと言い訳のようにヘルメットを被った女子アナウンサーが、菱巻家の敷地で中継をしている。

 

銀次が、ブツブツ文句を言っている。

「人の家に無断で入りおって」

人の家と言っても、柵も住宅も跡形もなく流されているので、そこはただの空き地になっていた。

鉄次も、缶詰のパンを口に押し込みながら、画面に見入っている。

「危ないなぁ。あの子。ディレクターはどうしてあんな危険なところから、中継させているんだ」


 誰かにインタビューをしようにも、人っ子1人いないので困っているアナウンサーは、しょうがなくカンペの文字を棒読みし始めた。

「現在、百葉村の住人は、すべて未来TEC社の工場内で避難生活を送っています。台風が過ぎて、2日目なので、そろそろ避難が解除さ・・・・失礼しました。土砂崩れの危険性は去っていないので、まだ、避難生活は続くそうです」


 TVを見ていた住民から、悲鳴が起きた。

「後ろから・・・」

 土砂崩れ現場に背を向けて、放送をしていたアナウンサーは、再度土砂が崩れて自分に向ってきていることには気がついていなかった。

 カメラマンが最初に異変気がつき、カメラが大きく揺れた。

「後ろ・・・」

その声を最後に、映像が途切れてしまった。映像は急遽、スタジオに戻ったが、スタジオの女性アナウンサーもショックで口がきけなかった。



 英子が鉄次に話しかけた。

「誰もあの人達を、助けに行かないのかぃ?」

「祖母ちゃん。俺を殺したいのか?避難指示が解除されない理由は、分かっているだろう?帰っていればあの土砂崩れに巻き込まれていたのは俺達だ」


銀河がぼんやりと呟いた。

「雲仙普賢岳の噴火の時、火砕流を報道しようとした報道関係者が危険区域に立ち入って死んだんだろ?その時、取材者を運んだタクシー運転手、警戒を呼びかけた警察官や消防団員も巻き込まれて死んだんだ。いい迷惑だよな。

今は、その教訓から、危険な場所に近づいて報道しないようになったはずだけれど、まだああいう(やから)がいるんだな」


鉄次もそれに同調した。

「マスコミは、数字が取れればいいんだ。人の不孝は蜜の味だからな。さっきから、この避難所内の取材申し込みも来ているが、俺は断固として断るぞ」

避難所の運営責任者になっている鉄次の判断は、冷静だった。


「なんでだい?私達が困っていることを全国に知らせなきゃ」

銀河は英子の言葉に、うんざりした顔をした。

「へえ、祖母ちゃんは、『家をすべて流された感想はどうですか』ってマイクを突きつけられたいんだ。俺は嫌だね」

それでも英子は引き下がらなかった。

「TV放送されれば、日本中から救援物資が届くんだよ。食糧配布が1日3回に増えるだろう?」

 食べ物の恨みは大きい。


そう言った後、英子はもっと重大な事実を思い出した。

「救援物資が来ても・・・帰る家がない」

泣き始めた英子を、紫苑がしょうがなく慰め始めた。

「祖母ちゃん。大丈夫だよ。仮設住宅とかできるからさ・・」



 その時だった。春二が菱巻家のパーティションにやってきた。

「お義祖父(じい)さん、お義父(とう)さん、少しお時間いいですか?お話ししたいことがあるんですが」

英子に話を聞かせると、まとまる話もまとまらないので、春二は義祖父と義父を、地下通路に呼び出した。


「春二君、話って何かね?」

銀次の問いに、春二は声を落として答えた。

「TVの放送、ご覧になりましたか?」

銀次と鉄次は、黙って首を縦に振った。

「今日はまだ土砂崩れの危険性はありますが、晴天が続けば、1週間以内に避難は解除されます。今日の昼につくば未来村の未来TEC社から、支援物資がヘリコプターで届きますので、1日1食のペースであれば、1週間は大丈夫です。お義父さんには申し訳ないんですが、もう少し頑張ってください。

 今日の夕飯は、未来TECの厨房から温かい鍋が届きますし、この後、順次、ヘリで町の温浴施設に皆さんを運ぶ話も出ています」


鉄次は少し眉をひそめた。

「春二君は、村長の代理で来たのか?」

「いえ、未来TECの社員として、ここに来ましたが、そこに村長の意向もあります。本当にお話ししたいことはこれからです」


 疑うような鉄次の視線に耐えながら、春二は口を開いた。


「未来TECから、我が家に、今空いているマンション1室の提供の話が出ました」


銀次がすぐ反応した。

「1室ってことは、お前さん達夫婦しか住めないのか?」

「今空いている部屋は、2LDKの家族用の部屋が1つだけなんです」

「それじゃぁ・・・」

口を開けかけた銀次に(てのひら)を向けて、春二は話を続けた。


「誰が住むかは後で話します。それより先に、仮設住宅の建築場所についてお話があります」

銀次は納得したという顔をした。

「我が家の土地に、仮設住宅を建てたいという話だな」

「はい。仮設住宅ができれば、家の家族10人が住む場所は確保できます。勿論、他の方の住む場所もできます」


鉄次は、指で勘定を始めた。

「仮設住宅には、何人が住めるんだ?我が家は、残りの6人が一緒に住むのか?」

「自分としては、5人ずつ住むのがいいかと思っているんです。社宅なんで、未来TECの社員が1人はいないといけないです。だから、マンションにお義祖父さん夫婦、お義父さん夫婦と紫苑君の5人で住んでいただきたい。個室は2つですが、物置として、3畳ほどの部屋がもう一つあるんです。そこで紫苑君が勉強できるといいかと思います」


銀次は理解したという顔をした。

「じゃあ、仮設住宅の方に春二君の家族と銀河が住むのか。紫苑より銀河の方が子守りもできるし、役に立つからな。それで、我が家の土地は、村に貸しだして、賃料が貰えるんだな」


「村に貸し出せば、そうなります」

鉄次は、再び疑うような目を春二に向けた。

「もう一つ選択肢があるんだな」

「はい。未来テックに土地を売却するという選択肢があります」

春二は、焦る心を抑えて、情報を小出(こだ)しにした。


「あの土地をいくらで買ってくれるんだ?」

「いくらで売れると思いますか?」

銀次は、少し記憶を辿った。

「あの家を建てる時、土地を担保にしたんだが、いくらだったかな?」

「土地を買った時はいくらでしたか?」

「その頃は、この辺りに家もほとんどなかったから、2,000万円も払ってないと思うよ」

「そうですか。自分も調べてみたんですが、津波が起こる前は、4,000万円くらいの価値があったんですが、今は3,000万円で売れればいいかと」


「で?未来TECはいくらで買ってくれるのか?」

「今、根元さんの自宅と土地も建設予定地の候補に挙がっているんです。ただ、あそこは自宅と畑が離れているんで、菱巻家の土地を第1候補に考えてくれるようです。もし自分なら、現在の我が家のローン残高を提示して、そこまで引き出せるように交渉しますが・・・」


鉄次は、春二の目の奥を覗き込んだ。

「まだ、価格が決まっていないから、交渉次第と言うことなのか?」

「はい。土砂崩れが起こったのは今朝の話なので、我が家が一番早く交渉できると思います。

交渉と言ってもローンの肩代わりくらいしか現金は引き出せないとは思いますが、それに加えて、この後できる未来TECの第2マンションへの、入居権を請求できないかと・・・」

「春二君、それでは、我が家の得にはならないだろう?春二君や、銀河には社員としてのマンションの入居権があるだろう?」

「いやぁ。新しいマンションなんで多分、競争率が高くなって入れない可能性もあると思います。だからこそ、土地を手放す条件に入れておきたいんです」


銀次と鉄次は暫く顔を見合わせた。代表して鉄次が結論を申し出た。

「少なくとも、土地を我が家が早く売却すれば、その分早く、仮設住宅が建つんだろう?」

「はい。今なら瓦礫の撤去費用も、未来TECが持ってくれるそうです。瓦礫の撤去が終わって、整地が済めば、1週間以内に仮設住宅に住めますよ」


「よし、他の方々のためにもなるなら、春二君、その方向で交渉をお願いできるか?」

「はい。では、この足で、未来TECの会社に行って、手続きをしましょう」

「家族に相談はしなくていいのか?」


春二は笑顔で答えた。

「善は急げです。この後、住宅が全壊したお宅との交渉に入りますが、皆さん、銀次さんと鉄次さんに感謝なさると思いますよ」


 春二のような腕利きの営業マンにとっては、銀次達との交渉など、赤子の手を捻るようだった。


 その後すぐ、銀次と鉄次は、未来TECの社屋の最上階に連れて行かれて、土地の売買契約書にサインをした後、未谷来都(ひつじたにらいと)支店長と固い握手をして、いい気持ちで帰って行った。

こんな上手い話が、あればいいなぁという夢物語を書いてみました。現実は、自宅の瓦礫の撤去、壊れて住めない住宅に残るローンなど、たくさんの厳しい状況があると思います。

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