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81 深夜の作戦会議

個人的には建築の専門家ではないので、本文中にあるような工法で、土砂崩れした斜面に、住宅が作れるかどうかは、わかりません。あくまで、想像上のお話だとご理解ください。

 銀河が相談相手に選んだのは、鈴音だった。

「姉ちゃん、2人とも昼夜逆転しちゃったね」

 藍と茜は、離乳食を食べた後、気持ちよくうんちをした。夜に避難所に戻ってきた茉莉(まり)は、お湯で絞ったタオルを持ってきてくれたので、双子は体全体を拭いて貰って、すっきりした。そのまま眠ればいいのだが、2人は元気が溢れて、遊び始めてしまった。

 睡眠時間が近いので、避難所は静まりかえっている。藍達の「あー、あー」という喃語(なんご)は、避難所によく響いた。

「おしゃべりしたいのは分かるんだけれどね」

鈴音は肩をすくめた。

「地下の通路は、今の時間空いているから、毛布敷いて少し遊ばせようよ」

銀河に誘われ、鈴音は双子を連れて、工場と社屋(しゃおく)を結ぶ地下通路に下りていった。


「早くお日様を浴びさせたいね」

「そうだね」

銀河は周囲を伺って、鈴音の側に腰を下ろした。

「姉ちゃん。びっくりしないでね。俺達の家は、土石流にすべて流されてしまったんだ」


 鈴音は、銀河の真剣な目を暫く見つめた後、大きくため息をついた。

「やっぱりね。誰が教えてくれた?」

「映像で見せて貰った」

誰が見せたかを答えなくても鈴音は、大体の事情を察知した。


「それで、私1人を呼び出した理由は何?何を(たくら)んでいるの?」

「『企む』は言い過ぎだけれど、この情況についての対応には、前持って作戦を建てておく必要があると思って」

「祖父ちゃん達に相談せずに、私に相談するのは何故?」

「黙っていたら、割を食うのはいつも俺だ。紫苑が県外の大学に行くってことで、ちょっと前まで俺は就職しなければならなかっただろう?今度は先手を打ちたい。俺達の将来のためには、まず、姉ちゃんから情報を得ないといけないと思ったんだ」

「俺達?」

銀河は前を向いたまま答えた。

「蒔絵と俺」

鈴音は銀河の肩に手を置いた。

「そうだね。末っ子の嫁になったら、蒔絵には一番負担がかかるかもね。それに、既に家の双子の世話もして貰っているし」

銀河は、鈴音の手に自分の大きな手を重ねた。

「双子の子守りは俺達が好きでやっていることだから、気にすんなよ」



 茜が、座った姿勢からコロンとこけた。銀河は、頭が床にぶつからないように、すっと手を差し伸べた。そして、話を続けた。

「まず、姉ちゃんに聞きたい情報の一つ目は、未来TECのマンションに今、どのくらいの空きがあるかだ」

鈴音は、藍の脇に手を差し入れて、ぴょんぴょんと立ち上がらせている。とてもそんな深刻な話をしているように見えない。


「それかぁ、実はこの間、正式に春二さんと私の転勤が決まったんだ。本社から百葉村に移動できることになったんだけれど、このまま、自宅に住むか、マンションに移るかは、結論を出していなかったんだ」

「それで、マンションに移るなら、部屋は開いているの?」

「夏休み前に、何人か転校していった女の子達がいたでしょ?あの家族の部屋が、いくつか空いているはずなんだよね。ただ、今回の噴火のせいで、本社からこっちに移動してきたい人も増えたから、人事に確認しないとね」

「そうかぁ、明日すぐ人事に確認してくれないか?2部屋から3部屋空いていると嬉しいけれど」

「3部屋は無理だね。私達家族で1部屋。後お母さんの部屋として、もう1部屋が限界だね」

「母ちゃんの部屋も確保できたら、祖父ちゃんや祖母ちゃんも住めるかな?」

「マンションの部屋は、すべてが蒔絵ちゃんのところと同じ作りとは限らないんだよ。あそこは、LDKの他に個室が3部屋あるけれど、個室が2部屋って作りの方が多いよ」

「あちゃー。勉強部屋って訳にはいかないね」


「それより怖いのは、1部屋しか空いていない場合だよね」

銀河は茜を持ち上げて、腹に顔をつけて、モフモフした。


「そうすると他の家族は、仮設住宅に住まないといけないな・・・」

「まあ、仮設住宅に住めたとしても、一生そこに住めるわけじゃないからね。そして、我が家には流された家のローンもあるし・・・」


 祖父の夢を詰め込んだ菱巻家は、クラス全員を集めてカラオケ大会ができるくらいの広い客間を持つ2階建ての木造注文住宅だ。遠洋漁業をしていた時の貯金をすべてつぎ込んだ住宅だった。


「姉ちゃん、ローンはいくらあるか知っている?」

「4,000万円くらい残っているんじゃないかな?親子ペアローン組んだみたいだから」

「はぁ?どんだけ金を掛けているんだよ。上物(うわもの)だけでそんなに掛けたのか?」

「まあ、祖父ちゃんの夢だったからね。4世代で揃って、盆や正月を過ごすって言うの」

「まあ、姉ちゃんが里帰り出産したんで、夢は1回は叶えられたけれどな」

「お腹にいた双子をカウントに入れればね」

鈴音は寂しく笑った。


 そろそろ眠くなって体が温かくなり出した茜を抱いて、銀河は鈴音に囁いた。

「ところで、未来TECは、もう少し事業拡大する計画はないの?」

「え?」

「もし事業拡大の計画があれば、(うち)の土地を、4,000万円で買ってくれるかなって思ったんだ」

「なるほどね。銀河は、土地の売り先を考えているのね」

「そうそう、もう我が家は、あの土地に家を再建する余力はないだろう?村に売るより未来TECのほうが、高く買ってくれそうな気がするんだよね」


鈴音はあぐらを掻いた膝の上で、猫のように眠り始めた藍に毛布を掛けながら、頭をフル回転させた。

「確かに、我が家の敷地は畑も入れるとかなり広い土地だね。でも、4,000万で土地をすべて売ったら、我が家はどこに住むの」

「そこだよ。土地の売却とセットで、未来TECの社宅に住めないか考えているんだ」

「じゃあ、誰かが転勤するまで、仮設住宅にずーっと住むの?」


 銀河はぐっすり眠った茜を自分お膝に横たえた。口が乳首を吸うようにチュパチュパ動いているのを、優しい笑顔で見つめている銀河は、どう見ても子煩悩な父親にしか見えなかった。


「ねえ、つくば未来村の未来TEC社は、プレハブ住宅を作っているんだよね」

 銀河は、自分が入社する未来TECのすべての業務内容について、かなり詳細に調べていた。大学で研究するテーマもそれに沿ったものを選ばないとならないからだ。

「そうだよ。多分、今回の仮設住宅も設置する場所さえ決まったら、すぐ、ヘリコプターで運んでこれるはずだよ」

「住宅再建にも、プレハブ住宅を使うの?コンクリートの箱の住宅も作っているよね」

「え?Wall Precast Concrete工法の住宅のこと?」

「そう、それを土留めとして、崩れた山の斜面に置いたりできないの?」

「湿気が抜けないよ」

「そうかな?2階建てにして、上の階から外気を入れればいいんじゃない?斜面に沿って、段々畑みたいに・・・そう、カナダの『アビタ67』みたいに、少しずつずらして並べて住宅を作って、川崎市の『ヒルサイド久末』みたいに山の自然も生かして、社宅作ったら、全国から未来TECに入社したい人が集まるよね」


 鈴音は16歳の弟を改めて見直した。

「それ、すごいアイディア。私もそんな社宅ができたらそっちに住みたいな」



 銀河は夢の国に行った茜を抱いて立ち上がった。

「そろそろ、避難所に寝に行こう。姉ちゃんは明朝一番に、春二さんと一緒に支店長のところに話しに行ってくれないかな?多分、明朝には、村中の人がこの状況を知ると思うんだ。時間の勝負だよ」


 避難所に行く銀河の後ろ姿を見送った鈴音は、すぐさま、春二に電話をした。春二は、まだ会社に滞在していた未谷支店長と、打合せを始めた。


そして、日付も変わりそうなそうな時間に、徳村長の自宅の電話が鳴った。

語句解説:①「アビタ67」:カナダのモントリオールにある集合住宅。1967年万博のために作られた建築。建築家、モシェ・サフディ。現在は私有の共同所有住宅。

②「ヒルサイド久末」:1985年完成。建築家、井出共治を「斜面の魔術師」と言わしめた建築。

③Wall Precast Concrete工法(WPC工法):工場であらかじめ製造された鉄筋コンクリートパネルを現場で組み立てることで、箱形の構造躯体を形成する工法


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