表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/124

80 土石流が襲ったのは

「田邊先生、うちの祖父(じい)さんのGPSを辿(たど)ってくれませんか」

田邊先生が、小町技術員からの電話に出た時は半分寝ぼけていた。

「どうしましたか?」

「祖父さんがどこを探してもいないんです」

「出入口はすべて閉まっているのに、いなくなるってあり得ないですよ?」

そう言いながらも田邊先生は、桐生朔太郎(きりゅうさくたろう)のGPSを辿った。


「ああ、自宅に戻っていますね。ちょっと、小町さん、自宅まで助けにいったら駄目ですよ」

「どうしてですか?あそこは、土砂災害警戒区域ですよね。助けに行かなければ」

「私達の仕事は、全員避難させることで、一旦避難した、いい年をした大人が、自分の意志で帰宅をしたら、それはもう放っておくしかないんです。それに、救助の途中で小町さんが土石流に巻き込まれて死んだら、奥さんと3人のお子さんはどうするんですか?」


そこまで言われたが、小町はまだ、食らいついてきた。

「村の中の防犯カメラの映像は、見ることはできないんですか?」

「映像なんか見えませんよ。私のパソコンからはGPSの動きしか把握できないんですから」


実際は、山林監視カメラの映像を見ることはできたが、見ない方が良いものもある。


 台風が過ぎた夕方、村の様子を詳しく見るために、村役場が1台のドローンを飛ばした。村に設置されていた防犯カメラは、電信柱ごとなぎ倒されていたからだ。

勿論、田邊先生のパソコンからもその映像は見ることはできた。


「すいません。避難所から桐生朔太郎さんが自宅に戻ったらしいんですが、そちらにドローンを飛ばして確認して貰えますか?」

田邊先生の依頼に応じて、村役場のドローン操縦者は、桐生家の上空までドローンを飛ばした。


「何か動いていますね。あれ?熊です。じゃあ、桐生さんは?」

「おかしいですね。熊がいる台所の辺りでGPSが動いています」

操縦者は、桐生家の自宅の中にまで、ドローンを侵入させたが、朔太郎の姿は見えなかった。


田邊先生は再度、小町に連絡を入れた。

「小町さん。お祖父さんの家って、平屋ですよね」


小町は、妻の美鳥(みどり)に声を掛けた。

「美鳥、祖父ちゃんの家って、平屋(ひらや)だよな?地下室なんかもないよな」

美鳥は小さい頃の記憶を辿った。

「あー。思い出した。地下に防空壕(ぼうくうごう)があるんだ。台所の(ゆか)を開けると、床下収納の下に、防空壕への入り口がある」

「それって、大きいの?」

「『家族4人と食料の備蓄が入るくらいの広さはある』ってお祖母(ばあ)ちゃんから聞いたことがある」

美鳥は、亡くなった祖母から話を聞いただけで、実際に中を見たことはないようだ。


田邊先生は、それを聞いて安堵した。

「ああ、じゃあ、桐生さんは、防空壕があるからうちに帰ったんですね?」

「だからって、家の中に入り口があるなら、土砂崩れに遭ったら、掘り出さないといけないですよ」

小町の心配を聞いて、田邊先生はのんびり答えた。

「土砂崩れに遭っても、GPSが動いていれば、生きている証拠ですから大丈夫」


 田邊先生は、未来TECに仕事に出かけた朋実(ともみ)の代わりに、今日は愛実(あいみ)の面倒を見ることになっている。小町の心配は「杞憂(きゆう)」だと片付けて、早々に電話を切ってしまった。



 夕方の食料配布には、今度は中村兄弟が駆り出された。銀河は蒔絵がいないので、双子の世話で手があかなかったからだ。


「翔太郎、銀河君が簡単そうにやっていたけれど、この仕事大変だね」

倉庫から荷物を運んできた甲次郎が、早々(はやばや)と弱音を吐いた。中学2年生の体には、重すぎる荷物だ。

しかし、運ぶ作業より大変なのは、自治会ごとに数を揃えて、会長に食糧を渡すことだ。

ミスは許されないし、苦情も多い。

その中で、翔太郎は、桐生朔太郎がいないことに気がついていた。しかし、ここから出られることが他の避難者に分からないように、そこは上手く誤魔化した。

それでも、避難者の中からは、もう台風が過ぎたから、帰りたいという不満が少しずつ出ていた。


「銀河、位牌(いはい)と一緒に『過去帳(かこちょう)』を持ってきたつもりなんだけれど、知らないか?」

英子の問いに、銀河は冷たい視線を向けた。

「仏壇の引き出しにあるだろう?菩提寺にもあるし、俺のiPadにもデータは取り込んであるから、大丈夫だよ。だから、祖母ちゃん、家に戻りたいとか言わないでよ」

「でも、ご先祖様が書いた実物がないと、申し訳なくないかね?」

「取りに行ったら、祖母ちゃんが「過去」の人になるだろう?家の前の道は、暗渠(あんきょ)だけれど、山の()れ沢に溜まった水が流れてきたら、道の下から水があふれ出て、家は水浸しになるんだよ」

「そうしたら、まだ借金が残っている家が水浸しになるのかい?」


 英子は商船大学を出た才女だったが、以前、船や海の家を流されたことを思い出して、かなり不安になっているらしい。言っても(せん)無いことを繰り返し、銀河に話しかける。

蒔絵がいれば、そんな話にも耳を傾け、(なぐさ)めるのだろうが、銀河にも紫苑にも、そんなゆとりはなかった。現に紫苑は、勉強している振りをしている。


「銀河?蒔絵ちゃんは夜には帰ってくるのかね?」

「帰るも何も、蒔絵はここにいなくてもいい人間ですから」

「銀河の嫁さんになるんだろう?薄情だね」


銀河はすっくと立ち上がった。鈴音が銀河を止めようと腰を浮かせたが、銀河はそこで大きく深呼吸をした。

「トイレに行ってくる」



 トイレの前で、銀河は夕飯の配布作業が終わった翔太郎に会った。

「お疲れ」

「おう、銀河も疲れた顔をしているぞ」

「ああ、祖母ちゃんの愚痴を聞いていたら、イライラしてあそこにいられなくなった」

「俺達も今日は、『腹が減ったからもっと食糧を寄越せ」とか言われて、イライラしたよ。みんな、倉庫を見ていないから、あんなこと言えるんだよな。後3日分くらいしかないぞ」


「ストレス溜まると、みんなおかしくなるからな」

「明日も帰れないだろう?学校も休みだし」

「多分な。今、山には大量の水分が染みこんでいるから、土砂崩れが起こる可能性は大きい」

「蒔絵は帰ったのか?」

「ああ、生理が始まったって言うんで、マンションに返した」

「あいつの家は5階だもんな。俺の家は1階だから当分帰れないよ」


「マンションって、山側の窓に何か、板とか貼ったのか?」

「いや、作り付けの鉄製のガードがあるんだ。レバー一つで下ろせる。それに、会社のマンションって、斜面に向って斜めに立っているだろう?」

「ああ、なるほど、船の舳先(へさき)みたいに土砂を受け流すんだ。よくできているな」

「それでも、万が一を考えて避難してきたんだ」


2人がトイレから出てくると、蒔絵から電話があった。

蒔絵の電話の内容は、極秘らしく、人のいないところで話したかったようだ。

2人は急いで、地下通路に移動した。

「蒔絵、地下の廊下に出てきた。翔太郎も一緒なんだけれどいいか?」

「いいよ。翔太郎は口が硬いし」


 蒔絵が送ってきた映像は、山林監視カメラのものだった。蒔絵は、穂高に連れられて、今、田邊先生の自宅にいるらしい。


「今ね、土砂崩れが始まって、銀河の家が・・・」


 村にはまだ、夕陽が当たっているので、山林の映像が微かに見える。音は聞こえないが、山に少しずつ亀裂が入り、動く黒い固まりが不気味だった。そして動き出せばそれは村に向って一気に落ちていく。


 そこからは上空からのドローンの映像に切り替わった。

 

 最初に大量の水を含んだ土砂が、涸れ沢を伝って吉田小百合の家を襲った。次に、その隣にある桐生朔太郎の自宅の裏山が崩れた。一瞬にして、二つの住宅が仲良く押し流された。

 その2軒分の瓦礫と土砂は、道路を挟んで向かい側の根本花子の家を飲み込んだ。


 銀河と翔太郎は、2人とも硬く指を組んで祈るような姿勢で、画面を見つめた。

「そこで止まってくれ」


 しかし2人の祈りもむなしく、根本の家も跡形もなく流され、その土砂が菱巻家に襲いかかった。運の悪いことに、隣に立つ未来TECのマンションにぶつかった瓦礫も跳ね返って、菱巻家に向かって行った。


 二階建ての菱巻家の側面に、瓦礫を含んだ土砂は勢いよくぶつかった。まず、1階が流され、土台がながなくなった2回も続いて崩れ落ちた。 

蒔絵とのんびり月を見た縁側(えんがわ)も、火山灰を落とした車庫も押し流された。そこで過ごした思い出をすべて飲み込んで、菱巻家は流れていった。


「銀河ぁ―」

電話の向こうで、蒔絵の泣き声が聞こえた。


 菱巻家すべてを飲み込んだ土砂は、道路を挟んだ畑を()め取って、そのまま、坂の下に次々と落ちていった。瓦礫と土砂は、坂の下で山を作って止まった。


 電話の向こうで、蒔絵が泣きじゃくる声が聞こえる。


 ジェットコースターに乗って、隣の人が怖がっていると冷静になれるように、銀河も蒔絵の泣き声を聞いていると、何故か落ち着いてきた。


「大丈夫か?銀河?」

翔太郎が銀河の肩に手を置いた。

「ふん。綺麗さっぱり押し流されたな。大掃除しなくて済んだよ」

「銀河、そう言う話じゃないだろう?」


「時間は戻せないんだから、明日以降何をすべきか考えなきゃ。もう、我が家はこれ以上の被害は出ないから、今晩はゆっくり寝て、明日以降、何をすべきか考えるかな?」


「おい。銀河大丈夫か?」

「翔太郎、今見たことは明日までは秘密な。祖母ちゃん達に話したら、泣き声が五月蠅(うるさ)くて眠れないから」

「お前は眠れるのか?」

「まあ、考えることが多くて、眠れないかも知れないが、まずは、家の土地をどうするかを考えようかな?」


「田邊先生ありがとうございます。蒔絵、俺は大丈夫だから、お腹を温かくしてゆっくり休め」

そう言うと、銀河は自分でも意外なくらい冷静なことに気がついた。


 銀河は、一晩中考えた。


自宅を作った時の借金をどうすべきか?

これからの家族の住宅をどうすべきか?

菱巻家が現在持っている財産は土地と畑だけだ。

これに、最大の価値をつけて、売却しない限り、家族10人は路頭に迷う。


いや、鈴音姉ちゃん家族は、未来TECのマンションに住めばいい。

母ちゃんもマンションに住む権利がある。

じゃあ、問題は、祖父ちゃん祖母ちゃんの住まいと、俺達兄弟の生活だ。


銀河はある結論に達した。それを最初に話すのは誰がいいか?

一番冷静で、合理的で、未来TECの裏情報に詳しいのは・・・。

この暑い中、作業をなさっている皆様、お疲れ様です。健康に気をつけて作業なさってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ