76 「百葉村の風景」が予言したこと
「いやぁ。徒歩ラリーは楽しい行事ですね」
徒歩ラリーの終わった日の夕方、校長室には、未谷来都、未来TEC支店長が訪ねてきていた。
「姉が『小学生を草履で歩かせるなんて、虐待だ』って騒いでいたから、甥っ子の様子を見に行ったんですよ。そうしたら、『壊れた草履を高校生に直して貰った』なんて、楽しそうに話すんです。見てくださいよ。まるで、飛脚みたいにして貰って、格好いいじゃないですか」
来都支店長のスマホには、ぽっちゃりした小学生が写っていた。その子は、手ぬぐいで器用に直した草履を履いていて、女の子と一緒に笑顔でピースをしていた。
徳崇子校長はその写真に目を凝らした。
「ああ、これを直したのは、菱巻の息子ですね」
「なんで、分かるんですか?」
「手ぬぐいが、松皮菱模様じゃないですか」
そう言って、徳校長は紙にその模様を描いて見せた。
「この辺の漁師は、新しい船を作るとみんなに手ぬぐいを配るんですが、菱巻の家は、昔、こんな柄の手ぬぐいを配っていましたよね」
「へー。格好いいですね。それに、手ぬぐいを裂いて鼻緒をすげるなんて、江戸時代の人間のようだ」
徳校長が、来都支店長に質問した。
「甥っ子さん。『少し太った男の子に草履を直して貰った』って言っていませんでしたか?」
「ああそう。『僕みたいな』って言っていたから、そうかも知れないな。短い髪の女の子も一緒だったって」
徳崇子校長と、徳憲子村長が顔を見合わせて笑った。
「それは、先日、奨学金のお話をいただいた菱巻銀河ですわ。一緒にいたのは、鮫島蒔絵。お宅の社員、鮫島政成さんのお嬢さんですよ」
「奨学金と言えば、もう1人候補がいましたよね」
来都は、急に叔父の顔から、支店長の顔になった。
「えっと、中村君でしたっけ。あの子がアイディアを出したという『百葉村の風景』というジオラマ。あれもすごかったですね。先日の停電を、まさに予言していたって社内で大騒ぎでしたよ」
徳憲子村長は、両手を握りしめた。
「あと2つの予言も、実際に起こる可能性がありますよね。一応、村でも対策を立てているんですが、どの規模でそれが起こるか想像が付かないんですよね」
徳崇子校長もその話を続けた。
「動物については、今年の凶作に合わせて、保存しておいた栃の実や栗を定期的に林に撒いているそうだけれど、逆に、海を渡って、他の地域から猪が流れてきているらしくて、猪が増えているんです。撒いた餌では足りないですね。本当にいたちごっこだね」
「猪といたちごっこ」
来都支店長は、まだ、ことの重大さが分かっていないらしく、親父ギャグに反応してしまっている。
徳崇子村長は、それを見事にスルーして話を続けた。
「房総半島は、落花生の収穫時期になっているし、サツマイモの収穫も始まっています。みんな猪の大好物です。畑を守る電気柵も設置しているんですが、都会から来た子がうっかり触ると怖いですよね」
アメリカから来た子も怖いと思う。
徳崇子校長は、口を開いた。
「来週には、動物の被害やそれへの対策について、授業を通して教えるつもりです。先日も、スズメバチに刺された高校生が出まして、早めに啓蒙活動をしようと考えています」
来都支店長もそれに賛同した。
「県外から来た社員にも再度、研修しないと危ないですね」
再び、徳憲子村長が話を戻した。
「動物についても考えなければなりませんが、2つ目の予言の方が被害が大きいですね」
徳村長は、大雨に伴う大規模な山崩れと洪水を心配していた。
「百葉村は高台避難した時に、山林の状態を再点検したんですよ。放置竹林を整備して、広葉樹中心の山にすることを目指しました。
地盤の状態も確認しましたが、今回の降灰で、砂防ダムが結構埋まってしまったんですよ。
砂浜の灰を撤去した後、砂防ダムにも作業員を回して貰ったんですが、台風シーズンが来る前に灰の撤去作業が終わりそうにないんですよね」
来都支店長は、その話を聞いても、落ち込むことはなかった。
「まあ、線状降水帯が停滞したり、大型台風が来たりしたら、学校だけではなく、未来TECの方にも避難してください。
今日、徒歩ラリーで使った広場の向こうに、新しく建築した工場がありますよね。あれは、路面電車を作る工場なんです。
まだ、今年は中が空洞で、村人全員入れても大丈夫なキャパがあります。学校も山側は丈夫に作ってあるんでしょうが、窓を抜けて、土砂が流れ込むことがありますよね」
伊達に35歳で、支店長は任されていない。先を見越した構想が、頭の中にあるらしい。
徳憲子村長は、諸手を挙げて賛成した。
「では、村役場においてある備蓄品や、段ボールベッドなどは、台風の季節が収まるまで、そこに置かせて貰っていいですか?」
「いいですよ。村役場の皆さんで運搬しますか?」
徳崇子校長が、生徒に作業させることを提案した。
「運ぶのは、うちの生徒を使いましょう。避難する場所を確認できますし、避難所の運営も生徒にさせますから。その後、一般の村民を集めて、避難訓練をするといいですね」
「大変ですね。1週間、サバイバル授業になりそうですね」
「いいえ、命あっての物種です。まだ、南海トラフ地震も来ていないですし、彼らに生きる術を身につけて貰いましょう」
「ところで、命が助かっても、住宅が押し流されたらどうするんですか」
来都支店長は、最後に珈琲を飲み干して言った。徳憲子村長は、「待ってました」とばかりに答えた。
「崩れた場所を整地して、新たに頑丈な村営住宅を建てます」
「村営住宅ができるまで、避難者が住む場所は、学校ですか?」
「いいえ。つくば未来村の未来TEC社から、コンテナハウスをレンタルします」
「うちの支店の、コンテナハウスの存在をご存知でしたか」
「はい。百葉村宛ての郵便物を預かって貰う時に、営業を受けました。今のところ、20棟を優先的に貸していただくように、お願いしてあります」
「なるほど、それで、高台の広場に、ヘリポートも用意してあるんですね」
「そうですね。地震や津波があって、道路が寸断されると、ヘリでコンテナハウスを運んで貰うしかないですから」
「学校や村役場に、自家発電用ソーラーパネルがあったり、ヘリポートがあったり、これに自動運転の路面電車が走ったら、立派なスマートシティーですね」
徳村長は、来都支店長に手を振った。
「止めてください。未来TECの社員が避難してくる以外、人口を増やす気はありませんよ。『小国寡民』が理想ですから」
「老子ですね。それだと高齢化が進みませんか?」
「人口構成は変えたいと思っています。フィリピンのように、平均年齢が20歳代になるといいですね。ただし、その年齢の子が、勉強もできないと困ります。
ですから、高校生や大学生が、出産しても勉強が続けられる制度も考えているんですよ」
「それで、保育士を、高給を払って集めているんですね」
「そう、勉強をする若者も、子供を保育園で預かって貰えるようにします」
「では、再来年には路面電車を通して、町から、保育士が通えるようにしないといけませんね」
今日は2話続けてアップします。夏休みだと、連休の感覚はないですが、明日も祝日ですね。