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66 翔太郎の文化祭

 時間は少し(さかのぼ)って、銀河と翔太郎が「百葉村の風景」の最終回を見終わった後の話である。

銀河と甲次郎と別れた翔太郎は、盆踊り会場で、野球部の舞台があるので、その足で、体育館の裏手に向った。

 

体育館に向う途中の廊下で、浴衣を着た女子生徒が声を掛けてきた。

「すいません。さっき、茶道部に銀河さんと来てくれた人ですよね。このスマホ、銀河さんのなんですけれど」

落下防止のチェーンがついたスマホには、見覚えがあった。銀河のものだ。


しかし、翔太郎はこの後、銀河と会う可能性が低かった。「誰かもっと早く銀河に会える人がいないか」と周りを見回すと、向こうから、紫苑と更紗が歩いてくるのが目に入ったので、声を掛けようとしたが、それをさえぎる影があった。


「俺が渡すよ」

公開時間も残り少なくなったので、海里は生徒会の役員として、校内の見回りを始めていたのだ。

「あそこに、紫苑さんが見えるから・・・」

「紫苑先輩は、更紗先輩と一緒だから、花火の後どこかに消えちゃうかもよ」

そう言われれば、そうかも知れないと翔太郎は考えた。

「それに、俺これから田中先生に用事があるんで、進学指導室に行くんだ。そこに銀河がいるんだろう?すぐ渡せるから」

そう言って、海里はスマホを浴衣の(ふところ)にしまい込んだ。


 翔太郎は、その足で一旦教室に顔を出した。

「蒔絵。銀河は今、進学指導室に呼ばれていったんだ。少し遅れるかも知れない」

蒔絵に銀河の動静を伝えた。蒔絵は鈴音と一緒に、双子の油絵の前にいた。


「この後、野球部の復興太鼓があるから、みんな見に来てくれよ!」

翔太郎は、主に里帆に顔を向けて、そう言うと法被(はっぴ)を脱いで肩に掛け、背中に勇壮な龍の絵がプリントされている深紅のTシャツ姿になって、体育館に戻っていった。


「里帆ちゃんに見て欲しいみたい。張り切っているね」

里帆は少し、微妙な笑顔をした。


 野球部部員は例年、太鼓を祭りで披露している。翔太郎も、未来TECが百葉村に移転してきた年から、野球部の一員として、太鼓に励んできた。

 坊主頭に鉢巻をして、日に焼けた太い腕で太鼓を叩く姿は、若い娘からお祖母ちゃんまで、すべての女性のハートを射貫くと、翔太郎は信じている。

 太鼓の後、里帆を誘って花火の打ち上げを見て、告白する。これが今日の翔太郎の計画だった。


 

 篠笛の響きの後、一斉に打ち鳴らす太鼓は、祭りのフィナーレにふさわしいものだった。ステージの上から、里帆とその弟たち、それに甲次郎が並んで拍手している姿が見える。

「決まった!」


 翔太郎は、野球部の先輩達と一緒に、太鼓を倉庫に片づけ、その足で体育館に駆け戻った。


和帆(かずほ)君、お姉ちゃんは?」

和帆と帆希(ほまれ)が、林檎飴(りんごあめ)と格闘しているのを見つけて声を掛けた。

「甲次郎君と一緒に、体育館を出て行ったよ。食堂かな?」

ベタベタの指で、帆希が体育館の出口を指さした。


 翔太郎は、甲次郎に現在地を聞くためにLINEをしようとして、ふと手を止めた。

(もし、甲次郎が里帆を連れて、花火を見に行っているとしたら、俺はとんだ邪魔者だ。でも、2人がそんな関係でなくて、里帆が俺からのLINEを待っているとしたら・・・)


 翔太郎は大きく息を吸って、里帆にLINEを送った。「既読」は、翌日になるまで付かなかった。

 

 その後、翔太郎は体育館を出てすぐに海里に出会った。

「女子トイレの前で、誰を待っているんだよ」

「ん?彼女だよ」

海里は腕組みをして、涼しい顔をしていた。

「海里の彼女って誰だ?」


「さあ、秘密だよ。翔太郎こそ、里帆を探しているんだったら、体育館の裏手に、甲次郎君と一緒に向ったよ。でも、野暮なことするなよ」

海里は、意味深な笑顔を浮かべた。


 翔太郎が、里帆達を追いかけるかどうかに迷っている内に、海里の待ち人がトイレから出てきた。海里は、翔太郎から彼女の姿を隠すように歩いていたが、金魚模様の白い浴衣に見覚えがあった。


「お化粧直ししてきたの?」

トイレから出た蒔絵は、海里に声を掛けられて、振り返った。

小百合さんに、浴衣を直して貰った蒔絵は、トイレに行くついでに、口紅を塗り直してきたのだ。


「海里、私に、何か用事があるの?」

「銀河はまだ、進学指導室で話が長引いているんだ。『東屋で待ち合わせしたい』って、待ち合わせ場所は、マンションの前の公園だろう?危ないから、送っていくよ」


 海里は、銀河のスマホに送られた蒔絵からのメッセージを見たのだ。海里のスマホのパスワードは、蒔絵の誕生日なので、簡単にロックを解除できた。そして、いかにも、海里から伝言を受けたように装った。


「別にいいよ。自宅の前だし、海里君だって、彼女と花火を見るんでしょ?」

「いなくて、今晩は暇なんだ。ストーカーがいるかも知れないから、途中まで送るよ」


 

 海里と蒔絵の会話が、途切れ途切れ、翔太郎の耳に入った。

翔太郎は、2人の会話に違和感を感じた。

(いや、甲次郎が体育館にいたんだから、銀河ももう、進学指導室にはいないだろう)

体育館を出て、裏手に回ると、進学指導室の窓が見える。窓が開いて、田邊先生と奥さんが並んで、満天の星を見上げていた。

(いや、あの様子では、銀河はもう進学指導室には、いないはずだ)


 窓から目を下ろすと、何組かのカップルが体育館の陰で、手をつないで立っている。


 腕時計を見ると、19:00になろうとしている。急に体育館の電気が消え、空いっぱいの星空が目に飛び込んできた。ひゅーーーという音の後に、大輪の白菊ような花火が打ち上がった。


 そしてその花火に照らされ、翔太郎の目に飛び込んできたのは、里帆と甲次郎の姿だった。何組もカップルがいても、その2人の姿だけが、切り取られたように翔太郎の目に飛び込んできた。


 花火の後は、漆黒の闇が広がった。翔太郎は、体育館の柱の陰に隠れて、里帆と弟をやり過ごした。2人は、手をつないで楽しそうに話しながら歩いていった。

「家まで送るね。あ、でも、弟たちも連れて行ったほうがいいかな」

「大丈夫よ。和帆は小学校6年生なんだから」


 2人の会話は、長い間付き合っているカップルの会話だった。



 突然、村の防災無線から、緊急放送が流れた。

「ただ今、百葉村全域が停電しております。現在、非常用電源が稼働している百葉村役場、もしくは百葉小中学校、百葉高校へ避難してください。明日午前中、全村の電気の復旧作業を行います。」


 隠れている翔太郎から、ほんの数歩のところにいた甲次郎が、里帆に話しかけた。

「今晩は、うちに帰れないみたいだ。うちに帰っても、クーラーが効いていないと地獄だからね」

「もっと一緒にいられるのね、ちょっと嬉しい」


 翔太郎は、このまま体育館に戻る気が失せてしまった。

と、突然、体育館の裏手のもっと奥にいた人物が立ち上がって、走り出した。

「蒔絵-」

翔太郎は、咄嗟(とっさ)にその腕を掴んで、その男を引き止めた。



「銀河、なんでここにいるんだ?」

「ああ、翔太郎。蒔絵が見つからなくて、ずっと探し回っているんだ」

「海里から、スマホは受け取ってないのか?マンション前の東屋(あずまや)で待ち合わせだろう?」


銀河は、腕を掴んだのが翔太郎だと気がついて、ふと我に返った。

「スマホは受け取っていない。なんで、蒔絵のLINEの内容を、翔太郎が知っているんだ?」

「さっき、体育館の前で、海里が蒔絵に、『危ないから東屋まで送るよ』って言っていたから」


 2人は顔を見合わせて、同時に東屋まで走り出した。浴衣で、草履の銀河は、すぐ翔太郎に離されてしまった。

「チッ!」

舌打ちすると、銀河は草履を脱いで、浴衣の(ふところ)に突っ込み、浴衣の(すそ)角帯(かくおび)(はさ)み込んで、再出発した。


 学校から出ると、道には所々、竹灯りが付いていた。村祭りだというので、花火の帰り道に、子供達が安全に帰宅できるように、村の高齢者達が山から竹を切り出し、中にろうそくを入れた竹灯りが、それぞれの家の門口(かどぐち)に置かれている。学校から、住宅街を抜けたところにあるマンションの前まで竹灯りは続いていて、翔太郎と銀河は迷わず、東屋まで走ることができた。


 竹灯りは、銀河の家と未来TECの社宅マンションの間を抜け、東屋のある公園の入り口まで、翔太郎を先に導いた。公園の奥の東屋で、(かす)かに鈴の()がしている。蒔絵が頭を振っているので、髪飾りの鈴が鳴っているのだ。


 東屋では、銀河と蒔絵がもみ合っていた。

「あー。何も聞きたくない」

「耳なんか(ふさ)がないで、聞いて欲しい」


海里は、耳を塞ぐ蒔絵の手首を必死で、引き剥がそうとしていた。

「ずっと、好きだったんだ。2人で医学部に行くために、俺は志望を変えたんだ」

「あー、あー。聞こえない。私は銀河のお嫁さんになるの。だから、他を当たってください。あー」


 蒔絵は、花火の間中、海斗の告白を聞かないように、耳を塞いでいたらしい。そこへ、翔太郎が、登場したのだ。翔太郎は海里の肩に手を置いて、強い口調で言った。

「何しているんだ」

「本当にお前は野暮な奴だな」

 海里は、蒔絵の手首から手を離さず、法被(はっぴ)姿の翔太郎を振り返った。東屋まで、公園入り口の竹灯りは届かないので、振り返った海里の表情は読めなかった。蒔絵の白い浴衣のお陰で、微かに2人の人間がそこにいることが分かる。



「海里。お前の方が野暮な奴だ。スマホは銀河に返したのか?2人の待ち合わせの邪魔をする方が、野暮だろう」


海里はいつもの冷静な声で答えた。

「銀河になかなか会えなくて、スマホは返していないんだ」

「じゃあ、蒔絵から手を離して、スマホを出せ」


 海里は、にやっと笑って、片手を離して、懐からスマホを取りだし、翔太郎に投げ返した。

その瞬間、翔太郎にも蒔絵にも隙が生まれた。


 海里は、蒔絵の頭と腰を抱えて、口づけをした。蒔絵は身をよじらせて、海里を翔太郎の方へ突き飛ばした。

 突き飛ばされた海里は、それでも冷静な声で、

「明後日、OCに一緒に行こう。亥鼻キャンパスに行くのは、俺たち2人だけだから」

「何言っているんだ。海里、お前、どうしちゃったんだ?」

その後、海里は、翔太郎に乱暴に腕を引かれて、学校に戻っていった。


 銀河は、公園の入り口で、海里と翔太郎に会った。

「銀河、東屋で蒔絵が待っているよ」

そう言うと、翔太郎は、海里にスマホを渡した。


 スマホを受け取ると、銀河はそのまま東屋に走り込んだ。

そこで、何があったのかは、翔太郎の広い背中と暗闇で、銀河には、全く見えていなかった。


「やっと会えた。痛い」

そう言って蒔絵に近づこうとした銀河は、東屋の床に落ちている蒔絵の髪飾りを踏みつけてしまった。

「なんだこれ?」

「あー。私の髪飾り。あれ?銀河、草履は?」

銀河は、懐から草履を取りだして、泥だらけの足袋の上に履いた。

「走るのに邪魔で。あー。足袋が泥だらけだ。お義兄さんの草履汚れちゃう」


 暗闇の中、銀河は手探りで蒔絵の腕を取った。髪の匂いと、手の形は紛れもなく蒔絵のものだった。そして、蒔絵の手を取って、そろそろと公園を出て、菱巻家に向った。

 公園の入り口を出ると、蒔絵は、浴衣の裾を角帯に挟んだ銀河の背中を、はっきり捉えることができた。一瞬、江戸時代にスリップしたのかと、勘違いするくらい、それは現実味がなかった。空には満天の星空があり、遠く潮騒が聞こえる。高台を望むとそこには、灯りの付いた校舎が見えている。


 玄関に付くと、凝り性の銀次が作った2本の竹灯りが2人を迎えた。

「放送聞こえた?今日は、村中、学校に避難しないといけないんだけれど、今晩あそこで過ごすんで、着替えてから向おう」

 振り返った銀河は、蒔絵の髪が大きく乱れ、襟元が着崩れていることに始めて気がついた。


「海里に、何をされた?」

銀河の潤んだ目に、竹灯りの光が映った。蒔絵は、動揺している銀河を見て返って、冷静さを取り戻した。小さく息を吸い込んで、低い声で答えた。

「海里に・・告白された」

「あいつ、まだ・・・」


蒔絵は、今度は少し声のトーンを上げた。

「花火が上がっている時に告白したかったみたい。都市伝説を信じているなんて、海里らしくないよね。まあ、私も耳を塞いで聞かなかったけれど」


 耳を塞ぐ真似をした蒔絵の手首を、銀河が目を細めて見たので、蒔絵は慌てて、袖口を引っ張って、そこに手首を隠した。銀河は更に顔を近づけるので、蒔絵は銀河の肩を手で押さえた。


「それから、・・・、翔太郎が助けに来た」


銀河は、自分が一番に駆けつけられなかったことが、悔しかった。

太平洋戦争で、新潟県長岡市の市街地が無差別に爆撃された長岡空襲から、8月1日で80年となりました。本日10時半に、その鎮魂の花火「白菊」が信濃川河川敷で打ち上げられます。

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