65 君が見つからない
銀河は、蒔絵と連絡を取ろうとして、角帯に挟んでおいたスマホを探ったが、そこにスマホはなかった。銀河は、やっと自分が、茶道部の水屋にスマホを置きっぱなしだったことに気がついた。
茶道部は、盆踊りが始まっても、片付け作業をしていた。
「すいません。スマホの忘れ物ありませんか?」
銀河のスマホを持って、飛び出していった茶道部員の女子生徒が応対した。
「あれ?銀河さんを追いかけていったら、銀河さんのお友達という方が、スマホを受け取っていきました。まだ、その方と会ってないんですか?」
「友達?女?」
「いいえ、男の方です。友達?あれ、知り合いだっけ?」
「知り合いだったら、兄ちゃんかな?でも、それだったら、『兄』っていうかな」
「まあ、盆踊り会場に行ってみるわ。ありがとう」
「すいません。渡した人の名前を聞かなくて」
銀河はその足で、盆踊り会場を一周した。
保育士の鯨谷夫妻が、海斗君と温斗君を連れて、夜店を冷やかしていた。
「今晩は。家の姉に会いましたか?」
「はい。蒔絵ちゃんとお姉さん夫婦は、16:15くらいまで待っていたかしら。お姉さん夫婦は油絵を持って、そのまま帰っていきました。蒔絵ちゃんは、高校生の男の子に呼ばれて、出て行ったんだけれど、行き違いになっちゃったかな?」
鯨谷出づ水保育士が、心配そうに教えてくれた。
「その男子高校生は誰だったでしょうか?」
「えー?廊下から、蒔絵ちゃんを手招きしていたんで、顔は見ていないんだけれど」
銀河は、なんだか腹が立ってきた。自分がスマホを忘れたのも悪いのだが、蒔絵の行方が分からなくて、イライラしてきた。銀河は、茶道の菓子や、喫茶店でのオレンジジュース以外、昼ご飯らしいものを食べていなかった。
(腹が減ったので、イライラしているんだ)
銀河は学食に向って、腹ごしらえをすることにした。
学食では、里帆と甲次郎が、楽しそうに話をしていた。銀河は、里帆に近づいて、蒔絵について聞いてみた。
「んー。さっき、一緒に食堂に来たんだけれど、浴衣が着崩れたから『茶道部で、小百合さんに着付けを直して貰う』って、戻っていったんだよ」
「姉ちゃんに直して貰えば良かったのに」
「蒔絵ちゃんもそう言っていたよ(笑)。そうそう、お姉さんに2万円で、双子の油絵をお買い上げして貰ったんだ。ありがとう」
里帆はかなり楽しそうで、銀河が苛ついていることは分からなかったようである。
(翔太郎はどこに行ったんだろう?)
そう思ったが、流石に楽しそうな甲次郎の前で、そうは言わなかった。
「じゃあ、もう一度、茶道部に戻っていくかな」
結局、銀河は何も食べずに学食を出て、茶道部に戻っていった。しかし、もう茶道部の会場に誰もいなかった。家に電話して、蒔絵に連絡を取って貰おうと思ったが、銀河は今日、手ぶらで来たことを思い出した。
「誰が、蒔絵を連れていったんだよ」
銀河は、蒔絵と一緒に花火を見ようと思っていた場所で、膝を抱えて座り込んでしまった。Apple Watchはもうそろそろ19:00を示していた。
花火の時間が近くなってきた。体育館や食堂から、花火を見ようと人がぞろぞろ出てきた。一人でいるのを、人に見られたくないので、銀河は体育館の裏手に回った。花火が近くなったからだろうか、体育館の灯りも、食堂の灯りも消えた。
不思議なことに、近隣の住宅の灯りも消えた。
体育館の影に里帆がやってきた。一緒にいる男は坊主頭ではなかった。
ひゅーーーと、打ち上げの音が闇夜を切り裂いて、真っ暗な海の上に三尺玉が1つ上がった。夜空全体を覆う真っ白な光が、里帆の相手の姿を映し出した。相手は甲次郎だった。
手をつないだ2人の顔が近づいた。
花火の光が消えて、百葉村すべてが暗闇に包まれた。いつまでも電気がつかないので、観客が騒ぎ出したところで、学校と村役場に灯りがついた。未来TECは停電になったすぐ後から非常用電源に切り替わっていたが、窓のないビルなので、灯りが村に漏れては来なかった。
村の防災無線から、緊急放送が流れた。
「ただ今、百葉村全域が停電しております。現在、非常用電源が稼働している百葉村役場、もしくは百葉小中学校、百葉高校へ避難してください。明日午前中、全村の電気の復旧作業を行います」
9月とはいえ、蒸し暑い夜だ。電気なしの自宅で夜を過ごせるわけがない。村民が三々五々体育館に戻ってきた。
銀河の怒りは、大きな不安になった。この暗闇の中で、蒔絵が誰かに襲われていないだろうか?ストーカーが、村や学校に入り込んでも、今の状態では分からない。
「蒔絵-」
大声で名前を呼びながら、体育館に戻ろうとすると、誰かが銀河の腕をがっしりと掴んだ。
昨日の津波警報はびっくりしました。今まで「もし地震などが起きて、真冬豪雪の中、避難するとしたどうするんだろう」と考えていましたが、昨日、「真夏の猛暑の中の避難」の恐ろしさを目の当たりにしました。