64 銀河の文化祭
今日の話は、長くなってしまいました。
午後の担当が来ると、やっと午前の担当の昼食時間が来る。銀河はやっと、たすき掛けを外し、まるめて懐に入れた。
「あの、午後は暇なんですか?」
中学生の女子が、銀河に話しかけてきた。
銀河はちらっと蒔絵に視線を送った。
「忙しいんだけれど・・・、翔太郎、行こうぜ」
そう言って強引に翔太郎を連れて、中学2年の「大正ロマンメイド喫茶」に向った。
「あの子、結構可愛かったじゃないか」
「ほう?翔太郎は、里帆の前でもそれが言えるか?」
言い合いながらも、小走りで2人は中学校棟へ向った。
「大正ロマンメイド喫茶」に着くと、待っていたかのように、昇太郎の弟、甲次郎が、2人の席にやってきて座った。
「里帆さんも、さっきアンケート描いていってくれたよ。流石、美術部だけあって、色使いが綺麗だよね」
銀河は、提出されたアンケートをパラパラめくって、路面電車のデザイン画をじっくりと眺めていた。
「やっぱり、『宇都宮ライトレール』のような近未来型のデザインが半分、懐かしのデザインが半分だな。年齢層が低ければ低いほど、近未来型だよな」
「里帆のは、形状は未来型だけれど、色合いがレトロだな。折衷案だね」
翔太郎は、里帆のアイディアに諸手を挙げて賛成のようだ。
4人掛けの席の、空いた席に、中年の会社員が座った。
「ここ、相席していいですか?」
甲次郎は、兄たちに目で了解を取った。
「すいません。混んでいて。どうぞお座りください」
銀河はさっきの話に戻っていた。
「俺としては、内装も考えたいよな」
「内装?」
「まあ、機能って言うか。この路面電車は自動運転で、村民の足となる電車だろう?例えば、通勤や通学で、15分乗るとしたら、車内で何をしたい?」
翔太郎は、指を折りながら考えた。
「まず、飯を食う。テスト勉強をする。YouTubeを観る・・・」
「それをするには、横一列に並ぶロングシートじゃなくて、クロスシートだよな。ちょっとしたテーブルも欲しいだろう。それに、昔のボックスシートみたいに足が触れ合うような、狭いシートじゃ、知らない人に気を使うよね。いっそ、座席を1つずつ離すのもありかもしれない。例えば、夜行の長距離バスみたいに3列にするのもいいだろう?」
「寂しいな。2人で乗ったら、隣と離れ離れじゃん。小さな子供を連れて乗るなら、新幹線の3人掛けみたいのがいいよな」
友達とワイワイしたいタイプの翔太郎は、人と交流することを大切にしている。
「じゃあ、そこも折衷案で、『指宿のたまて箱』みたいな観光列車にあるように、窓に向う席と、クロスシートが混在していて、クロスシートは2人がゆったり座れるゆとりがあればいいんじゃないか?」
甲次郎がスマホで「指宿のたまて箱」の座席表を出して、銀河に見せた。
「甲次郎君それいいね。JR九州の『たまて箱』を真似るなら、間に机があるボックスシートも欲しいな」
話題に取り残された翔太郎にも、甲次郎は「指宿のたまて箱」のHPを見せた。
「いやー。そんなシート配置じゃあ、1両編成で40人も乗れないよ」
「『たまて箱』は2両編成の観光列車だからね。百葉村の路面電車を日常的に利用する乗客って、30人もいればいいほうだと思う」
甲次郎に銀河も賛成する。
「朝1往復、昼1往復、夕方1往復ぐらいの運行でいいんじゃない?」
「そのくらいの運行で、ペイできますよね。上村さん?」
相席していた中年男性は、正体を甲次郎にバラされて、少し赤面した。
「銀河さん。こちら未来TECの社員の上村さん。ジオラマの列車のボディを、3Dプリンターで作ってくれたんだ。製作ありがとうございました。お手数をおかけしました」
「上村って、航平のお父さんですか?」
「君達は、中村君と菱巻君だね。いつも息子がお世話になっています。話のついでに、若い意見を聞いてみたいんだけれど、その内装にマッチした外装のアイディアがあったら、教えてくれないか」
銀河が、白紙のアンケート用紙に、耳に挟んでいたペンでアイディアを描きだした。
「海に向って座れるロングシートは、窓が大きい方がいいと思います。運行コースは、海が見える場所ですから。山側は逆に、窓は頑丈でボディも頑丈にしないと、万が一、山崩れがあった場合、被害が大きくなると思います」
「頑丈と言えば装甲車か?山側は迷彩柄にしたらいいぞ」
翔太郎の意見に、銀河と甲次郎は顔をゆがめた。
「まあ、黒塗りの機関車風の方が、まだましかな?」
「それって『銀河鉄道の夜』をイメージしているのか?『銀河』だけに」
最高に不機嫌な銀河を無視して、翔太郎は続けた。
「じゃあ、山側は黒塗りで、海側がラッピング列車ってどうだ?」
「翔太郎、『駅メモ』の『でんこ』とか、『八犬伝』のキャラが描かれている電車を想像したろう?最悪だな」
アニメ好きの兄を、甲次郎がからかった。銀河も、甲次郎と同じ意見だ。
「俺も、アニメがでかでかと描かれているような『痛い』ラッピング電車は嫌だな。
まあ、新幹線のようにシンプルに、百葉村をイメージする色を2色くらいで塗るといいんだろうな。観光列車じゃないんだから、『撮り鉄』を呼び込むような外見や、『乗り鉄』が毎週乗り込んで、混雑した列車になるくらいなら、シンプルイズベストがいいよ」
「菱巻君が考える、百葉村を表わす色って、何かな」
上村の質問に、銀河は少し首を捻った。
「太平洋の青と、山の深緑ですかね。間に波を表わす白いラインが入ってもいいですが」
「白波か・・いいですね」
「おい、銀河、茶道部の時間が・・・・」
「すいません。俺たち、茶道部の予約の時間になったので失礼します」
翔太郎と銀河は、慌てて席を立った。
上村と甲次郎は、そのまま、路面電車の話を続けていたが、茶道部のお茶席の会場に着くと、銀河と翔太郎が最後の2人であった。
「待っていたよ」
お菓子が目当てで、茶道部に入っている男子部員が、ニヤニヤして、2人の腕に着いているバンドをリーダーで読み取った。茶菓子とお茶で600円らしい。
「銀河君」
会場の裏手(水屋になっている)の出入り口から、吉田小百合が手招きした。
「遅くなりました。まだ間に合いますよね」
「んー。最後に来たから、正客をお願いしようと思うんだけれど、ちょっと浴衣を直させてくれる?」
「あー。すいません。姉に着付けて貰ったんですけれど、角帯が緩んでいますよね」
リウマチの鈴音は、最近、握力が弱くなっていて、角帯を締める力が弱かった。
「大丈夫よ。銀河君は、着方が上手だから」
痩せた男子は帯がずり上がるのだが、銀河は、帯をグッと腰の下に落とすと、もう帯が腹につかえて上がらなくなるのだ。
小百合は、帯に差し込んでいた銀河のスマホを一端取るとそれを側の机に置き、角帯をぎゅっと締め直した。
「じゃあ、銀河君、1番目の席に座るのが『正客』なの。正客のやるとおり、みんなが真似するから。最初にお菓子を全部食べきって下さい。菓子が乗っていた『懐紙』や『黒文字』は持ち替えっていいわ・・・・」
銀河は、難しい用語が並んで、ほとんど理解できていなかったが、茶道部員がやり方をその場で注意してくれるというので、腹を括って、正客の席に座った。
全員が座った後から、銀河は、小千谷縮みの単に角帯を締めて、草履の音を静かにさせて入場した。流石に校内を走り回るのに下駄ではまずかろうと思っていたら、春二がカレンブロッソの草履を貸してくれたのだ。どう見ても、どこかの若旦那という風情である。
菓子は、文化祭のために町の和菓子屋に特注したものだった。緑と青の琥珀羹に、レモンを入れた道明寺羹を重ね合わせた上品な菓子で、銀河は暫く見入ってしまった。
衝立の奥から、「早く食べろ」という指示がでているので、しょうがなく、黒文字で半分に切って食べた。残り半分を蒔絵にこっそり持ち帰ろうとしたら、続く生徒も真似して懐紙で菓子を包もうと始めたので、銀河はしょうがなく一気に食べた。
主茶碗が運ばれると、銀河は次席に座る翔太郎に首を向けて、「お先に」と断り、ずずーっと一息に飲みきった。見て回りたいところが、たくさんあるので、早く終わらせたかった。しかし、他の生徒達の替茶碗が片付けられた後も、茶道部員が一生懸命暗記してきた、茶道具の由来などを10分以上説明したので、滞在時間は30分を優に越えてしまった。
「菓子、旨かったけれど、長かった・・・」
「銀河、急げ。里帆の弟たちのジオラマ劇場の最終回が始まっちゃう」
バタバタしたので、銀河はスマホを、水屋に忘れたことに気がつかなかった。
水屋では、銀河のスマホに気づいた女子生徒が、慌てて、銀河を追いかけた。
そんなこととはつゆ知らず、2人は「百葉村の風景」のジオラマの開始に間に合った。最終回と言うことで、かなりの混雑だった。さっき分かれた甲次郎と上村もジオラマを見ようとやってきた。
銀河は肩を叩かれて振り返ると、鉄次だった。高校3年生は15:30には店じまいをしたらしく、鉄次はそこから、ぶらぶら展示を見て回っていたらしい。
すべて上映が終わって、アンケートを配るために出てきた和帆が、銀河と鉄次を見つけた。
「あのー。初めまして、山賀和帆って言います」
「ああ、里帆の弟さんだよね。ブルドーザーのラジコンカー買ったの?かっこいいね」
銀河の砕けた口調に、和帆は肩の緊張を解いた。
「本当は、ブルドーザーのところ、菱巻さんに許可を得てから、作ったほうがいいと思ったんですが・・・嫌な思いをされなかったですか?」
銀河は鉄次と顔を見合わせた。鉄次が、和帆の肩を叩いた。
「あのラジコンカーを買い取らせてくれたら、許す」
「和帆君、父ちゃんのしゃれにならない冗談を、気にしないでくれる?別に俺らは、気にしていないよ。後半の山からの出水や、停電、動物の被害なんか、よく考えたね。すごいと思うよ」
「だろー。俺が言ったとおり、銀河達は気にしなかったろう?」
脳天気な翔太郎に、甲次郎は冷たい目を向けた。
「あの、アイディアは僕が考えたんです。和帆君じゃなんく手、前持って僕が、お話ししなくてはいけなかったんです。申し訳ありませんでした」
上村が、目を細めて甲次郎を見た。
「甲次郎君が、このジオラマの仕掛け人だったんですね」
「いいえ、手伝っただけです」
上村は甲次郎の肩に手を置いた。
「いやー。なかなか楽しい文化祭だったよ。アンケートもありがとう。この後、支店長とすべて見せて貰うよ。甲次郎君は最後のアンケートを回収したら、進学指導室に持ってきてくれるかな」
甲次郎は元気な返事と共に、人混みをかき分けて、自教室に戻っていた。
「さて、菱巻君、この後、少し時間があるかな?」
銀河はApple Watchを見て、蒔絵からのメッセージが入っていないことを確認した。一般公開の終了する16:00まで、後15分あった。
しかし、実は、蒔絵からのメッセージは入っていたのだが、bluetoothで繋がっているスマホを持っていないため、反映されていなかったのだ。蒔絵は、教室に来た鈴音達と合流して、銀河が戻ってくるのを待っていた。
「あー。少しなら」
そう言うと、上村と一緒に進学指導室に向った。
進学指導室には、田中先生と田邊先生。それに田邊先生の奥さん、相原朋実さん。そして、未来TECの支社長、未谷来都が座っていた。
田邊先生が立ち上がって、銀河を未谷支店長に紹介した。
「未谷支店長、紹介します。私のクラスの菱巻銀河です。今日発表していた『脱出ゲーム』は彼の作品です」
「よろしく未谷です。面白かったですよ、あのゲーム。コードも見せて貰いましたが、無駄のないいいコードですね。この短い期間に、ノーコードアプリを敢えて使わず、Unityで作ったんだね。相原さんのご主人もスパルタだね」
「いいえ、彼はもう既に、PythonもC++も一通り使いこなせるので」
進学指導室のドアが叩かれ、甲次郎がアンケートを持って入ってきた。
「あのお客さんが来ているなんて、分からなくて、失礼しました。これ、アンケートの最終回分です」
上村が、アンケートを受け取り、甲次郎も進学指導室に招き入れた。
「じゃあ、僕はアンケートに目を通すから、後は相原さん。お願いしますよ」
そう言うと、未谷支店長は、奥の部屋でアンケートを見だした。
「体育祭では、お世話になりました。田邊の妻の相原朋実です。実はね、今度、未来TECで、将来有望な百葉村の生徒対象に、学習支援と大学進学のための、奨学金を出すことにしたの」
そう言って、甲次郎と銀河に「未来支援奨学金」と書かれた紙を渡した。
2人は顔を見合わせて、その募集要項を読み始めた。
まず「応募資格」に目を引かれた。
1百葉村在住・出身の高校生
2日本情報オリンピックを受けること
3千葉大学の「総合工学科情報工学コース」の飛び入学入試を受けること
(「受ける」としか条件が書いてないが、「合格」しなくてもいいのか?)
銀河は、顔を上げて田邊先生を見た。いつもと変わらない顔をしていた。
(僕は中学生なんだが、関係あるのだろうか?)
甲次郎はもっと戸惑っていた。しかし、募集要項をすべて読んだわけでもないので、質問は飲み込んだ。こういうところが、思ったことをすぐ口にする、翔太郎とは違った。
続けて「奨学金」の詳細を読んでみたが、そこに具体的な金額は書いてなかった。
そこには「千葉大学を受験するために必要な経費、並びに千葉大学を卒業するまでに、必要な諸経費すべて」と書かれてあった。
銀河は、暫く考えた。
「質問しても良いですか」
朋実は、当然の質問に笑顔で「どうぞ」と答えた。
「まず『飛び入学試験に不合格』の場合は、そこまでに掛けた「受験するために必要な経費」は返済するのでしょうか?いや、「経費」はどの段階で支払って貰えるのでしょうか」
朋実は用意していた内容を答えた。
「千葉大学を、『飛び入学試験』からチャレンジして欲しいと言うことです。4月入学、9月入学、総合型入試、前期試験、後期試験。どの試験で、千葉大学の『総合工学科情報工学コース』に合格していただいても構いません。浪人しても構いません。
第1回目の経費は、合格証書が発行された時点で請求して下さい。それ以降の経費は、毎月でも、半期でも、請求に従ってお支払いします。
もし『飛び入学』で合格すると、千葉大学からの各種支給金や免除されるお金がありますが、それを除いた生活費や交通費などもお支払いします。銀河さんはサークルに入られるかも知れませんが、その遠征費や道具代もお支払いしますし、大学院でかかる費用もお支払いします」
「すごい好条件ですね。当然、千葉大で情報を学んだ、地元の優秀な生徒を、未来TEC社で囲い込みたいという意図で創設された奨学金なんですよね」
銀河の、歯に衣着せぬ発言に、田中先生はヒヤヒヤしたが、担任の田邊先生は相変わらず、何も言わなかった。
「勿論です。でも、銀河さんが、バドミントンで大学や企業から提示されるのも、このくらいの条件になるとは思いますが」
「ああ、自分はそこまでの選手ではないですが、鮫島さんだったら、このくらいの条件でしょうね。ところで、就職先は、百葉村の『未来TEC』になるんですか?」
「正直に話すと、『本社』と『つくば未来村』と『百葉村』の3社で、以前から奨学生を募集しているんです。ただ、大学卒業後、百葉村の未来TECへの就職を希望する方が全くいないんですよ。そこで、今年から一本釣りで、条件を変えて募集するってことにしました」
「それで、田邊先生から情報を得て、『網にかかった鰹』が、俺って言うわけですか」
確かに銀河は、鰹縞の単衣を着てはいたが・・・。
「そうです。ただ、百葉村の未来TECに就職した暁には、職種の希望は優先して叶えるという条件もついています。奨学金を貰ったからと言って、SEとして使い潰されるなんてことはありません」
朋実の笑顔は胡散臭かったが、『条件は最高だ』と銀河は考えた。紫苑が県外進学を考えているということは、自分が大学に行く場合は、かなりたくさん奨学金を借りるか、若しくは、スポーツ推薦で大学に行くしかないと、銀河は思っていた。今より経済状況が悪化すれば、就職も視野に入れて、進路を考えないといけないと思っていたので、この話は渡りに船だ。
ただ、飛び入学と言うことは、蒔絵と過ごす高校生活が1年短くなるのは悩ましい。
「勿論、親御さんと話し合う時間も必要でしょうし、ちょうど明後日、千葉大学のOCに行くと聞いたので、よく考えていただきたいです。高校2年生の4月になったら、来年度の募集要項もお持ちします。それまで、プログラミングや課題論文の練習、理系科目や英語の勉強を頑張ってください」
部屋の片隅で話を聞いていた甲次郎は、話しが終わってしまいそうになったので、慌てて声を上げた。
「あの、僕は?」
「忘れたりはしていません。甲次郎君は、野球部を辞めたんですってね。コンピュータ部に入って、『日本情報オリンピック』を目指しませんか?『オリンピック』は『甲子園』と同等、いやそれ以上だと思います。銀河君は最低限のプログラミング言語はもうマスターしているので、君もそのレベルに追いつけるように頑張ってください」
「相原さん。それじゃ説明になっていませんよ」
田邊先生が、慌てて話を、はしょっている妻に釘を刺した。
「今の中学生で、一番プログラムができるのが、甲次郎さんなので、銀河さんの次の候補に、あなたの名前を挙げました。ただ、今の銀河さんのレベルに追いつくには、1年以上かかるので、今から勉強しませんか?と言う話です。勿論、勉強した結果、進学する学校は、千葉大じゃなくてもいいんですよ。就職にも有利なんです」
「はあ」
甲次郎は、次の候補が自分だと言うことしか分からなかった。しかし、上村の言葉で俄然やる気が出た。
「私と一緒に、路面電車を走らせましょう」
「田邊先生。アンケートをすべて拝見しました。『未来TEC賞』を決めましたので、明日、表彰してあげてください」
隣室から出てきた未谷支店長が、アンケートの束と、『未来TEC賞』の賞品と金封を、田邊先生に渡した。
甲次郎が身を乗り出したが、田邊先生はアンケートを隠して、告げた。
「明日のお楽しみですよ。ところで、甲次郎君はお祭りに誰か誘う人はいないのですか?今、16:30になってしまいました」
甲次郎は、進路指導室の部屋の時計を見て、慌てて席を立った。銀河はApple Watchに何も連絡が入っていないので、首を傾げたが、まあ、「蒔絵は、教室で待っているだろう」と高をくくった。
進路指導室での話を、どう蒔絵に伝えるか考えながら、田邊先生と教室に戻ると、そこには誰もいなかった。双子の油絵が壁から外されているので、鈴音達がここに来たことは、分かった。
「蒔絵さんは、もう体育館に行ったのですかね?若しくは、食堂でしょうか」
田邊先生がのんびり言いながら、教室の鍵を閉めた。誰もいない教室に、鍵の音が冷たく響いた。
突如、津波のニュースが流れて、びっくりしています。暑い中、避難するなんて、大変なことになりましたね。お体に気をつけて下さい。