62 僕らも進路に悩んでいる
銀河は、教室で田邊先生にアドバイスを貰いながら、文化祭で発表する「脱出ゲーム」を製作している。そして、そのゲームをリアルに遊べるように、教室にも「リアル脱出ゲーム」を作り展示する。それが高校1年生のクラス展示だった。
「銀河さん、『納期』も考えてゲームを作らないといけませんよ」
「田邊先生、もう一つ部屋を作っちゃいけませんか?」
「文化祭までに完成させないといけませんし、公開前にデバッグしないといけないですから、懲りすぎないでください」
「脱出する部屋が『普通クラス』と『特進クラス』の2部屋だけじゃ、つまらなくないですか?もう1部屋『保育園』も足しましょうよ」
「何言っているんですか。リアルな部屋と連動させるんですよね。文化祭の時、『保育園』に一般の人を入れたりできませんよ」
端で見ていた蒔絵は苦笑している。里帆は、小学校の教室と普通クラスをせわしなく行き来している。他のクラスメートは、親の車で町まで段ボールをもらいに行ったり、村役場に頼んでおいたネット購入の荷物を取りに行ったりしていた。
「銀河、やっぱり私帰るわ」
銀河は蒔絵の顔色を見た。
「おう、気をつけて帰れよ。着いたら、メールして」
「オッケー」
よろよろと帰る蒔絵の後ろ姿を見て、田邊先生は心配そうな顔をした。
「大丈夫ですか?銀河君送っていったらどうですか」
「あのくらいなら大丈夫です。『月に一度の具合悪い』ですから」
「ああ、『生理』ね。蒔絵さんことを、本当によく知っているんですね」
銀河は、ゲームのプログラムを考えるのに夢中で、適当な返事をしている。
「ああ、ダブルスのペアなんで」
そんな姿を横目で見ながら、田邊先生は教室に誰もいないのを確認した。
「最近、蒔絵さんは無理して勉強をしていませんか?少し、寝不足みたいですが」
「ああ、更紗が鮫島先生に勉強を見て貰っているから、自分も一緒に勉強に参加しているって言っていました」
銀河は、蒔絵の変化について別に気にはしていなかったようだ。
「ところで、銀河さんは文化祭が終わったら、このゲームをどうするつもりですか?」
「どうって?」
「販売するとか、コンテストに出すとか・・・。その時は、『保育園』まで、脱出先を作っていいですよ」
「ゲームかぁ。俺はゲームを作りたいのかなぁ?」
「銀河さんは、誰かを助けるために、ゲームやアプリを作ることが好きですね」
「まあ、顔が見えない人のために作るのとか、命令されて作るのは無理だと思います」
「では、自分のアイデアを使って、ゲームを開発する練習をした方がいいですね」
銀河は何か思いついたらしく、含み笑いをした。
「パパに子育てを教えるゲームとか」
田邊先生は、自分に対する「からかい」だと知りながら受け流した。
「そうですね。クイズ形式で、正解の数で、『イクメン度』を判定するのですか?」
「あーでも、それを作ったらまずいですね。同じ内容のゲームを女性用に作ったら、すごいバッシングですよね。『良いママ度』を判定するなんてゲーム作ったら、姉ちゃん達に叩かれそうだ」
田邊先生も、それを使って激怒する鈴音先輩や自分の妻が想像できた。
「自分が『イクメン』だって、思うこと自体、男がちょっと育児をしたら、褒められる風潮を表わしているってことでしたね。アプリを作るのも難しいですね」
「そうですね。俺は交流関係が狭いから、アイデアが乏しいかも」
沈んでいる銀河に、田中先生は珍しく担任らしいアドバイスをした。
「そこは、世界を広げる工夫をしたらどうですか?大学に行って、産学協同のプロジェクトに参加するとか、海外に行くとか」
「俺、遠出するって言っても、隣町にバイクで行くくらいだから」
「2年生になったら、修学旅行で沖縄に行くんでしたよね」
百葉村は例年、高校生は沖縄に修学旅行に行くことになっていた。
「先生、沖縄まで飛行機が飛ぶんですか?修学旅行の行き先が変わるって噂が出ているんですが」
「百葉高校は、1学年が1クラスなんで、行き先を変更するのも楽なんです。ギリギリまで、様子を見て、2ヶ月前に駄目だとわかったら、バスで行けるところにすればいいじゃないですか」
「そうなんですね。俺、沖縄に新しくできた遊園地に行きたかったんですよ」
「ああ、沖縄の北部にできた施設ですね。残念ながら予算の関係で行けませんね。他にどこにも行かなくても、多分予算オーバーです。是非、新婚旅行で行ってください」
銀河は肩を落とした。蒔絵が喜びそうなアトラクションばっかりだったので、一緒に行きたかったのだ。
「田邊先生は、新婚旅行はどこに行ったんですか?」
「あー。子供が1歳になったら行こうと思っていたんですが、災害が重なって、まだ行っていないですね。でも、結婚前に沖縄に行きました。だから、美ら海水族館にも行きましたよ」
「奥さん、水族館グッズをバッグにぶら下げていましたよね」
「でも、どうして、結婚式を挙げてすぐに、新婚旅行に行かなかったんですか?」
「僕の前の会社は、ものすごく忙しい会社だったんですよ。思い立ったらすぐ行動しないといけませんね」
そう言いながら、田中先生はあることを思いだした。
「そうだ、銀河さん、来月、大学のオープンキャンパスに行きませんか?」
「ここから日帰りで行けるのは、千葉大学しかないですよ」
「いいじゃないですか。総合大学を1つ見ると、進路選択の幅も開きますよ。文化祭が終わった後の土日に、秋のオープンキャンパスがあります」
そう言って、田邊先生はパソコンで情報を検索して見せてくれた。
「千葉大学には、全学部留学プログラムもありますね」
銀河が、興味を示してくれたので、田邊先生も満足だった。
「大学進学を考えている仲間と、誘い合わせて行くといいですよ」
田邊先生は、午後からバスケット部の顧問としての仕事があるので、昼食時には教室から出て行った。銀河も学食に向っていった。百葉高校の学食は、夏休みも営業していて嬉しい。
学食では珍しく豚骨ラーメンを頼んだ。蒔絵がいると、一応栄養価を考えた定食を一緒に食べるのだが、たまにはこっそり「チートデイ」を楽しみたい気もする。ラーメンの列に並んでいると、後ろから声を掛けられた。野球部の中村翔太郎だった。
「珍しいじゃん。蒔絵は?」
「腹痛いって帰った」
「大丈夫か?見舞いに行ったほうがいいんじゃないか?」
心配して騒ぎ立てる翔太郎の頭に、学食のトレーがぶつかった。
「痛~」
翔太郎の後ろに、トレーを持った海里がいた。
「おまえさ。声がでかいんだよ。女の子が『お腹が痛い』って言ったら、生理だろう。騒ぐなよ。そんなだから、里帆と先に進まないんじゃないか」
「五月蠅いな。俺は、里帆の家に毎日遊びに行っているんだ。進展しているだろう?」
銀河は、ラーメンを口に含んだまま顔を上げた。
「銀河、そんなに驚くなよ。正確に言えば、俺の弟が、里帆の弟の友達で、そこに俺が交じりに行っているだけだから」
海里が肩をすくめた。
「そして、弟の甲次郎に、里帆を横取りされる」
「変なこと言うなよ。甲次郎は中学2年生だぞ」
自分に関係ない話に興味がなくなった銀河は、そのままラーメンを食べ続けた。
「そうだ。銀河。特進クラスで、『9月に千葉大学のオープンキャンパス(OC)に行こう』って話が出ているんだけれど、お前達も行かないか?」
ラーメンの汁を飲みきった銀河は、口を拭きながら腹を叩いた。
「特進クラス全員で行くのか?」
「いや、うちのクラスは、夏に各自、志望校のOCに行ったんだけれど、千葉大だけは、人数が決まったら、学校でバスをチャーターしてくれるんだ。高校2年生がメインだけれど、1年生もOKなんだ」
「それって、進学指導室に申し込みに行けばいいのか?」
「うん。終業式の時、銀河達はいなかったろう?田中先生が取りまとめているから、俺が頼んで追加しておこうか?」
「蒔絵に聞いてみる」
「いや、蒔絵はもう申し込んだ」
「いつ?」
銀河の声に不快感が混じっているのを、海里は感じ取った。
「さっき、帰る時に会って、話をしたら『行きたい』って言ったから・・・」
「ああ。じゃあ、俺も頼む」
「西千葉キャンパスの全体説明の後、『亥鼻キャンパス』と『松戸キャンパス』に行く者は別行動になるけれど、銀河は医学系に興味はない?」
「亥鼻キャンパスにあるのは、医学部や看護学部、薬学部だろう?園芸学部にも興味はない。強いて言えば、俺は工学部が見たいかな?」
「わかった。銀河は西千葉グループだな」
2人の会話に、翔太郎が入ってきた。
「俺は誘わないのか?」
「野球部は秋の大会が始まるだろう?それに野球部の先輩方は各自、OCに行っているぞ」
「なんで、海里がそれを知っているんだ」
田中先生は、離婚後、自宅に仕事を持って帰るようになったので、海里はこっそり、父の机の上などから、個人情報を盗み見ているのだ。流石に、それは友人には話せないので、適当に誤魔化した。
「OCに行くと、レポートを書くからね。先輩はレポートを書いていなかったか?」
「あっ。部室で書いていた」
翔太郎は、全く進路について考えてもいなかったので、先輩達の行動に気がつかなかったのだ。
銀河は食器を下げようと立ち上がった。
「そういう海里は、T大学志望じゃなかったのか?」
「ああ、でも、地震や噴火の影響で、T大学でもリモート授業が多いって言うから、千葉大の医学部も候補に入れているんだ」
「まぁ、頑張れよ」
銀河は、海里の言葉の意味を深く考えずに立ち去った。
「千葉大学」のHPから得た情報を参考に、物語を作っていますが、実際のものと異なる部分も多々あります。ご理解の上お読みください。