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61 男の子はみんな乗り物が好き

「成田電気軌道」という電車は、元は「成宗電気軌道」という名前で、「成田電気軌道」に変わり、最後は「成田鉄道」という名前になりました。

 中村甲次郎(こうじろう)は、約束通り、朝早く百葉小学校の教室に現れた。

「甲次郎君、弟のためにありがとう。これ、サンドイッチだけれど、嫌いな具が入っていたら残してね」

里帆は、食べやすいように一口大に切り分けてきたサンドイッチを持ってきた。具材は、厚焼き卵や、ハムとチーズとレタスサンドなど、あっさりとしたのものばかりだった。甲次郎はそれを(かじ)りながら、展示会場になる小学校1年生の教室を見て回った。


 和帆(かずほ)帆希(ほまれ)は心配そうに、甲次郎について回った。

「完成イメージはこれ?」

 甲次郎は教室の壁に貼ってあるジオラマ完成図を眺めた。生徒用の机を2つ並べた上に乗っている立体模型も、じっくり見た。

「おかしいかな?」

「いや、立体模型なんかよくできていると思う?ここにプラレールを走らせるの?」

「元々は走らせるつもりじゃなかったから、縮尺がバグっているんだ」

和帆は腕を後ろに回して、もじもじしている。


 甲次郎は、リュックからプラレールのレールと山手線を取りだした。

「E235系ですね」

「これ、ドアが開閉するんだよね」

里帆は、前のめりの弟達のテンションについていけなかった。甲次郎は、小学生の賞賛を軽く受け止めた。


「悪いけれど、レールを並べたいから、教室の机を並べてくれる?」


 教室を横断するように並べられた机の上に、甲次郎は、ポンポンと直線レールを並べ始めた。そしてその後ろ側に、少し離して段ボールをおいた。

「これが未来TECのビル」

それから、ビルの後ろに段ボールを積み上げて、

「このくらいの高さが、高台にはあるよね。そこに・・・」

甲次郎は、プラレールを入れていた箱をぽんと乗せた。百葉村立小中学校や高校のつもりだ。段ボールよりは少し小さい箱だった。

 教室の廊下側で見ていた里帆は、その意図に気がついた。廊下の外に出て窓越しに見ると、尚更よく分かった。


「遠近法ね。こうやって配置すると、手前のプラレールは、この大きさでもいいわね」

「分った?流石(さすが)、高校生。地図の縮尺どおりだと、不自然になるよね。

映画のセットも、手前に大きなもの、後ろに小さなものを置いて、道幅も狭くして、作るらしい。

まあ、小学生には難しいとは思うけれど」

「じゃあ、浜辺方向から見た写真がいるね」

「和帆!浜辺に入っちゃいけないでしょ」



 廊下に生徒会役員の田中海里がやってきた。毎日、文化祭の準備の進捗(しんちょく)状況を見て回っているのだ。

「あれ?里帆は小学生になったの?」

「海里はいつもそう言う言い方する。弟たちのアドバイザーになったの」


「和帆君、『遊べる要素』については考えてみた?」

帆希が、恥ずかしそうに、折り紙の鳥の羽を動かして見せた。

「んー。そう取っちゃったかぁ」

甲次郎は、海里に見つからないように、影に隠れようとしたが、すぐ見つかってしまった。

「あれ?君は翔太郎(しょうたろう)の弟だよね」


すかさず、里帆がフォローに回った。

「弟たちが、アドバイスを貰うように頼んだの」

海里は今の時間、校庭で、野球部の中高生が練習をしていることを知っている。「野球部所属の翔太郎の弟が何故ここにいるのか」と思ったのだ。

「へえ。弟君はプラレールが趣味なんだね。ちょっと廊下に来てくれない?」


甲次郎はいやいや廊下に出てきた。

「ここにプラレールを走らせただけなら、みんな帰っちゃうよね」

窓から、海里の側で中のジオラマを見ると、あまり面白いものではなかった。


「ねえ、『鉄道博物館』のジオラマだったら、どんなところが面白い?」

「え?大宮の『鉄博(てっぱく)』だったら、朝日が昇って始発が出るところから、夕方終電が走るところまで、次々と列車が運行・・・・」

「そうそう、時間の推移があると面白いよね。それから、折り紙で動物を作るって言うんだから、朝は地引き網をするとか、夜になると猪が出てくるとか、動物も動かすような工夫があると面白くないか?」


 話を聞いていた帆希(ほまれ)が、教室の中から、反論した。

「地震の後は地引き網もないし、列車も走っていないよ」


和帆(かずほ)は、海里の意図を理解した。

「そうか。地震の前の姿と、地震の後の姿を見せればいいんだ」

里帆がそこに付け加えた。

「それだけじゃ、最初しか列車は動かない。列車が開通するとか、新しいインフラができるとか、未来の姿も描いたら、大人の観客も増えるかも」


 突然、甲次郎が黒板に今の意見をまとめだした。

「地震前:地引き網、外房線の運行、海岸道路

 地震後:熊の出没、海岸の砂浜の陥没

 未来の姿:外房線の再開、海岸道路の2車線化」


 海里が教室に入ってきて、「地震後」の項目の下に「富士山噴火後」も書き込んだ。

「どうだ?4部構成の壮大なジオラマ。格好いいと思うよ」

「動きはすべて電気仕掛け?」

里帆が笑い出した。

「そこは、小学生達が机の下でペープサートで動かしたり、紐を引っ張ったりしてもいいと思うよ」


 海里がなかなか巡回から帰って来ないので、上村航平(かみむらこうへい)が探しにやってきた。

「小学生って、面白いことしているね。俺、小さい頃遊んだミニカーが、いっぱいあるから、貸そうか。道路に並べると、いいぞ」

「そう言えば、銀河もトミカの車たくさん持っていたな」

海里の言葉に、里帆が指を振った。

「だめだめ、銀河はまだ、トミカで遊んでいるの。蒔絵にも触らせないらしいから、文化祭の企画になんか、絶対貸してくれないよ」


「銀河君って子供みたいだね」

帆希の言葉に、子供の頃の趣味を大事にしている男どもは、肩をすくめた。

航平だけが、里帆と仲間はずれ感を味わった。その航平が、新情報を提供してきた。


「ところで、外房線以外に、もう一本新しい路面電車が走る計画があるって知っている?」

これには全員が興味を示した。

「路面電車?宇都宮ライトレールみたいなのが、走るの?どこに?」

和帆の圧力に、航平が少し後ずさった。


「今、予算の関係で計画が止まっているんだけれど、百葉村から町までつなぐ直通の路面電車が計画されているんだ」

「航平、その電車はどこを走るんだ?」

海里がすぐさま突っ込んだ。


「あの、山道。ほら、町までの細い道があるだろう?」

「あー。熊が出るあの道な。でもそこを電車が通ったら、車はどこを通るんだよ」

「今、通行できない海岸線が2車線になって、車はそこを通るんだ」


甲次郎も、我慢ができず話題に入ってきた。

「あの、航平さん。山の中に架線を設置したら、メンテナンスが大変ですよ」

「架線なんか作らないんだ。新しい電車は、架線レスバッテリートラムなんだ。それも無人運転だって」


和帆が質問した。

「架線がないって、Nゲージみたいに、線路から電気を供給するんですか?」

「違う、違う。イメージとしては、充電池を乗せて走るプラレールに近い感じ。充電は、駅の停車時間にするんだ」

甲次郎が、再度質問した。

「あの山道に線路を敷くんですか?」

「そこは分からないな。でも、専用軌道は作って、他の車は通れないようにするみたい」


「もう車体のデザインはできているのかな?」

和帆と甲次郎が、夢見るような顔をした。里帆が和帆の肩を叩いた。

「それも、ジオラマに走らせたら格好いいわね。こんな車体がいいって、作ってみたら?」


航平が、片目をつぶって見せた。

「モデリングソフトなんて持っていないよね。でも、実物のモデルを紙粘土でもいいから作ってきたら、うちの父さんに頼んで、会社の3Dスキャナーで読み取って、3Dプリンターで出力してやるよ」


甲次郎が少し、首を傾げた。

「あの、航平さんのお父さんって、未来TECの路面電車開発部門の社員なんですよね。これって、情報漏洩(ろうえい)にならないんですか?」

「あー、大丈夫。夏休みに入ってすぐ、この件は百葉村で公聴会が開かれたから。

18歳以上は参加できたんだよ。俺もその場に行って、資料も貰った。

家族だから知っているわけじゃないんだ。

ただ、富士山が噴火したり、灰の除去で想定外の出費が出たりして、今、計画が頓挫(とんざ)しそうなんだ。なんか、文化祭でそれを盛り上げる企画があったら、楽しいかなって思ったんだ」


「『盛り上げる企画』かぁ。中学2年生も、『大正ロマンメイド喫茶』なんか止めてくれないかな。まあ、企画が決まった頃は、かなり学校に行ってなかったからしょうがないんだけれど」

甲次郎が呟いた。

 中学2年生は、浴衣を作っただけでなく、女給さんのエプロンまで作って、喫茶店で「あいすくりん」や「クリームソーダ」を売るらしい。


 嫌そうな顔の甲次郎に、海里がアドバイスをした。

「中2は、エプロン製作や食品製造に手一杯で、車内の装飾には手が回っていないみたいだぜ。

千葉には成()電気軌道って、路面電車が走っていたじゃないか。その車両は今、『箱館ハイカラ(ごう)』って名前で北海道を走っているぞ。

赤と白の可愛いツートンカラーだ。そのデザインを使って、喫茶店を飾り付けて、ついでに、新路面電車の宣伝企画を、壁面に飾ったらどうだ?」


「僕、新しい路面電車のデザインを描きたい」

帆希の言葉を、里帆が受けた。

「じゃあ、路面電車のデザインコンテストをして、未来TECの支社長さんに、1位を決めて貰うとかいいんじゃない?」


 昼食休憩で小学校教室を覗きに来た翔太郎は、里帆と甲次郎の楽しい顔を見て、ほっとして、帰って行った。


この話が、夏休み終わりのトミカに繋がります。

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