59 青森からストーカーがやってきた
下書きを書きためてからアップすると、私はまたミスするような気がします。と言うことで、今日は書き上がったものをすぐ、アップしました。
「お久しぶりです。鉄次さん退院おめでとうございます」
「おやおや、2日連続、綺麗な人の訪問で嬉しいね」
「すいません。汚い男もついてきました」
突然、菱巻家を訪ねてきたのは、浦瀬姉弟とバドミントン部の顧問内海だった。
「こちらは?」
「親が車を出せないんで、代わりに顧問の内海先生に乗せてきて貰いました」
「最近の運動部の顧問は、優しいんだね」
「いいえ、バドミントン連盟から預かったものもあったので、持参しました」
連盟の役員でもある内海先生は、強化合宿の結果の認定書を持ってきたのだ。
世界Jr選手権に派遣できなかったが、代表選手として選ばれたという認定書だ。これを使って、大学への推薦書などを書けるので、大切なものだ。
「銀河にか?鈴音ぇ。銀河は高校か?」
呼び出された鈴音は、玄関に顔を出して答えた。
「あーどうも、こんな格好で失礼します。銀河は、文化祭の準備や部活動で忙しくて、多分1日高校にいると思います」
「じゃあ、蒔絵さんも鮫島先生も学校にいますよね。私達、鮫島さんのお宅に伺ってから、直接高校に伺います」
鮎子の言葉を聞いて、鈴音が顔を曇らせた。
「鮫島さんは多分お留守だと思います。今朝、紫苑を連れて、家族で長野に行きましたから」
「観光ですか?」
「ええ、まあ」
流石に、受験校をばらすわけに行かないので、鈴音は曖昧に答えた。
「もう、紫苑君は、更紗さんとそういう関係なんですね」
「鮎子!」
弟の鯨人に注意されて、鮎子は口を閉じた。
鈴音は、重ねて申し訳なさそうに伝えた。
「それから、今、学校への出入りは、制限されているんですよね」
「どうしてですか?」
内海先生は不思議そうな顔をした。
「最近、報道関係者とか、不審者が学校に殺到していて、前持って申請して、内部の人が玄関で出迎えない限り校舎内には入れないんですよ」
「ああ、では、バドミントン部の顧問の田中先生に電話して、迎えに出て貰います。インターハイで2人が優勝できたのも、銀河君と蒔絵さんのお陰なので、是非御礼が言いたくて、百葉村まで訪ねたので・・・」
「はあ」
(果たして、銀河はこの訪問を喜ぶのだろうか)
鈴音が予想したとおり、銀河はいつもの仏頂面で、3人を迎えた。蒔絵はニコニコして、鮎子の手を取った。
「おめでとう。2人で優勝なんてすごいね。百葉村は最近、新聞も来ないんで、インターハイの結果を見落としていて、お祝いをいうのが遅くなっちゃった」
本当は、ネットで検索すれば分かるのだが、色々忙しくて、調べてもいなかったのだ。
「ううん。色々、大変だったんでしょ?SNS見たよ」
勿論、SNSを見たからこそ、鮎子は直接、百葉村に行って、あわよくば話題の人達と写真でも撮ろうと思ってきたのだ。
反対に、鯨人は申し訳ない気持ちでいっぱいだったので、現地で2人にお土産まで買ってきたのだ。
鯨人は、おずおずと「広島電鉄」の紙袋を、銀河に差し出した。
「前に、銀河がトミカを集めていたって聞いたんで、子供っぽいかなと思ったんだけれど、お土産買ってきたんだ」
鯨人が買ってきたのは、「トミカ650形」162分の1サイズだった。一瞬にして、銀河の顔が変わった。
「これ、広電のじゃないか。現地の駅でしか買えないんだよな」
蒔絵が、(良かったね)と銀河の背中を叩いた。
「私のは?『カープ✕広電コラボハンドタオル』赤くてカッコいいね。今治タオルで使いやすそう。鯨人君わざわざありがとう」
「良かったね。鯨人。わざわざ広島駅までバスを回して貰って、買ったんだよね。私からはこれ、定番だけれど『もみじ饅頭』。鮫島さんのお宅にも持っていって欲しいんだ。今日鮫島さんの家の訪ねようと思ったんだけれど、お姉さんから、「皆さんで、旅行に行った」と聞いたので・・・」
蒔絵と銀河は、鈴音が行く先を誤魔化したことを、すぐに理解した。
「そうなの。お兄ちゃんも夏休みを消化しないといけないからね」
「ふーん」
鮎子が不満そうな声を上げた。
蒔絵が話を続けた。
「ゴメンね。お兄ちゃん、2人を千葉駅に置いて行ったんだって?」
これには鯨人が、鮎子の言葉を遮って、詫びだした。
「本当に御免。鮎子が穂高さんを怒らせることばっかり言って。穂高さんはすごく我慢してくれたんだけれど。千葉駅まで送ってくれただけでも有り難いです。その上、旅費までくれて」
蒔絵は銀河と顔を見合わせた。
「なんか、よく分からないけれど。お兄ちゃんが大人げないことをしたみたいだね。旅費についてはお兄ちゃんに聞いてみないと分からないけれど、まあ、無事に帰宅できて良かった」
蒔絵はあくまで、楽天的だった。
鮎子は「怒らせること」を言った自覚があるようで、目を泳がせていたが、詫びることはしなかった。
そこへ内海先生が、割って入った。
「ところで、折角、百葉村までやってきたんで、一試合お願いできるかな?いいですよね。田中先生」
田中先生は、銀河の顔色を伺った。土産の袋を見て、銀河もしょうがないという顔をした。そのくらい広電のトミカは嬉しかったらしい。
「すいません。ご覧のように、2人は練習不足で、インターハイチャンピオンの相手にはならないと思いますが、他の部員にも是非その実力を見せてください」
田中先生の言葉通り、最近の部活動の練習時間は、強化練習前の3分の1以下なので、銀河のお腹も少しぽっちゃりしてきている。しかし、蒔絵の足は完治しているので、そこそこの相手は出来るのではないかと、田中先生は踏んで、試合を認めた。
銀河はアップルウオッチで保育園の終わる時間を確認した。
「保育園の終わるまでしか、試合ができないけれど、それでも良かったら、OKです」
「1ゲームくらいしかできないと思いますが、4時45分までならできます」
蒔絵も、体育館の時計に目をやった。そろそろ、どの部活動も終わる時間になっているので、試合を見るため生徒達が、集まってきた。
ビデオを回そうとする内海先生に、田中先生が言葉を掛けた。
「銀河達の写真や映像を撮らないでいただけますか?」
「ああ、ストーカーも多いって言っていましたよね。SNSに上げないと言っても・・・だめでしょうね」
黙って首を振る田中先生の顔を伺って、内海先生はビデオをしまった。
ぞろぞろと体育館に戻ってきた野球部から、銀河に声がかかった。
「銀河~。体が重くて動けないんじゃないのか?」
「翔太郎、五月蠅い!見学料取るぞ」
「勝てたら、ジュースを奢ってやるよ」
銀河は、(負けないから)と握りこぶしを翔太郎に向けた。
浦瀬姉弟は、友達とふざけ会う銀河を初めて見た。
「蒔絵ちゃん、銀河って本当に笑うんだね」
「言ったじゃない。漫画見ても、友達と一緒でも、ゲラゲラよく笑うんだよ」
「蒔絵ちゃん」
蒔絵達が用意している脇に、里帆がやってきた。体育館で試合をやっていると聞いて、教室からやってきたのだ。
「なに?里帆ちゃん」
「1ゲームが終わるまでは、試合やっていていいよ。もし、途中で時間が来たら、私と海里で双子を迎えに行くから」
体育館の入り口では、海里が手をひらひら振っている。
「銀河」
「ああ、聞こえた。里帆頼む」
鮎子が、海里の方に走っていく里帆に視線を送った。
「あの子、銀河の何?」
「里帆のこと?私と銀河の幼なじみ。双子の世話もいつも手伝ってくれるんだ」
銀河は鮎子の言いように、口をゆがめたが、蒔絵は全く気にしていないようだった。
ゲームは、長いラリーが続く一進一退の内容だった。
前衛の女子はほとんどシャトルに触れることがなく、後衛の銀河達の強力なスマッシュの打ち合いが続いた。
「おいおい、蒔絵の出番がないじゃないか」
いつの間にか、長野から戻ってきた紫苑が、翔太郎の疑問に答えた。
「ミックスダブルスの得点は、最終的には前衛が決めることが多いんだ。後衛はそのチャンスを作るために走り回っているんだ」
更紗も、紫苑の隣に並んでいた。
「ああ、また蒔絵の悪い癖が出てきた。打ちたくて肩に力が入っちゃっている」
更紗の声が聞こえたわけではないのに、銀河が蒔絵の肩を軽く触った。蒔絵は肩を回して、緊張を取った。
「紫苑先輩、銀河達は口をきかなくても、意思の疎通が取れるんですね」
「そうだね。ただ触っているわけじゃないんだ」
蒔絵は、すっと後ろに下がった。あまりシャトルに触れられないと、調子が狂うのか、サイドバイサイドのフォーメーションになった。守備的なフォーメーションだが、チャンスと見ると銀河が上がって、ネット際にプッシュを決めてくる。かとおもうと、見せていたラケットの面をすっと変えて、想定外の方向に落とす。
浦瀬姉弟より気の合う2人の、変幻自在なフォーメーションで得点を重ねていく。
お迎えの時間になって、田中先生が試合を止めようとすると、息子の海里がそっと耳打ちをした。そして、海里と里帆で、双子を迎えに行くため、体育館を出て行った。
海里達に手を振る蒔絵を見て、鮎子がネット越しに、蒔絵に話しかける。
「もう、時間?」
「1セット終わるまで、試合はできるから心配しないで」
鮎子は、鯨人に試合続行を伝えた。
流石に、インターハイチャンピオンの意地がある。内海先生がコートサイドで、何度か活を入れてくる。
「ちっ。五月蠅いな」
鯨人は軽く舌打ちをした。一方、田中先生は黙ったままだ。そもそも、何を言っても銀河は外部の言うことを聞く男ではなかった。
残り3点のいうところで、蒔絵が前に上がった。もっと攻撃したくなったのだ。そしてゲームは浦瀬姉弟の追い上げむなしく、2点差で、銀河と蒔絵のペアが勝利を収めた。
試合後、銀河は挨拶が終わった後、コートに大の字にひっくり返った。その腹の上に、海里と里帆が、双子を乗せた。
「おいおい、床が硬いんだ。頭を打ったらどうする」
蒔絵がすっと藍を抱き上げた。銀河は腹の上で、一生懸命頭を上げて微笑む茜のお尻を押さえた。
茜は、銀河の濡れたTシャツの上に顔をこすりつけた。
「おい、汗臭いぞ。あー。よだれ付けて」
疲れ果てていたはずの銀河が、元気よく起き上がり、膝の上の茜とにらめっこを始めた。
茜の可愛い笑い声が体育館に響いた。
「あっぷー。茜たん。ぷー」
コートサイドで翔太郎が、笑い転げている。
「茜ちゃーん。『パパ』のお腹を叩いていいよ-」
その声を聞いて、側に座っていた蒔絵が、銀河のTシャツをめくり上げた。茜がぺちぺちとお腹を叩くと、笑い声は一層大きくなった。翔太郎がコートに入ってきて、茜に話しかけた。
「茜ちゃーん。『パパ』のお腹はおおきいでちゅね」
「うっせい。翔太郎みたいに焦げて汚い腹よりいいだろう。早く、ジュース買って来いよ」
側の蒔絵も抱いている藍の掌を使って、銀河の脇腹を摘まんだ。
「ぶーに、ぶーに」
鯨人が汗を拭きながら、銀河達を、羨ましそうな目で見つめていた。
「なんじゃありゃ?」
鮎子も銀河達の生態を見ていたが、紫苑達の側に穂高が立っているのを見つけて、走り出した。
穂高は、鮎子が走って来るのを見つけて、逃げだそうかと思ったが、流石に生徒の手前、思いとどまった。
「穂高せんせーい。お久しぶりです。先生のお陰で、インターハイで優勝できました」
穂高は「千葉駅で放置したことへの嫌みか」と勘ぐったが、どうもそうではなかった。
「穂高先生が下さったお金で、新幹線に乗れて、その日のうちに青森に帰ることができました」
穂高は、女子高生に金をやった記憶がなく、そのままにすると誤解を招くので、そこは強く否定した。
「お金?何のことですか?」
「私のスマホのケースに、4万円入れてくれたじゃないですか」
周囲の生徒がいぶかしげな顔で穂高を見つめた。4万円は結構な金額である。
しかし、穂高の冤罪はすぐ晴らされた。
蒔絵の試合をこっそり見ていた絹子が、穂高の脇にやってきた。
「お久しぶり。鮎子さん達、あの日無事に帰れて良かったわ。お金は、汽車賃が足りないと困ると思って、私が入れておいたの。都合のいい時に返してね」
「えー。貰ったのかと思って使っちゃいました」
蒔絵がもみじ饅頭の袋を持って、母親に渡した。
「これ、浦瀬さん達から貰ったの。お土産だって」
「あら、お土産まで、ご丁寧にありがとう」
絹子は袋を覗き込んで、もみじ饅頭の箱にかかった紐に、封筒が挟んであることに気づいた。
「あら?」
そこには、浦瀬姉弟の母親からの手紙と、10万円が入っていた。手紙には、立て替えて貰ったホテル代や交通費などに当てて欲しい旨書いてあった。母親は、娘ほど世間知らずではなかったようだ。
手紙を読んだ絹子は、多すぎる金額に戸惑ったが、ホテル代ならば、菱巻家に渡せば良いと思い、そのまま受け取ることにした。
「お母様が、もうお金は返却してくださったわ。御礼を伝えておいてね」
鮎子はきょとんとしたが、鯨人は一部始終を見て、事の次第を理解した。
一方、穂高はこれ以上、生徒に誤解を与えられるのも嫌なので、こっそり体育館を出ようとした。そこには、試合見学をしていた栗橋養護教諭が、腕組みをして立っていた。
「急に試合をし出したけれど、怪我人はいなかったみたいね。鮫島先生の名誉は傷つきかけたみたいだけれど」
「意地悪言うんですね。命懸けで救出に行って、あの仕打ちですからね。僕だって傷つきますよ」
「いいじゃない。女子高生に慕われるなんて」
「止めてくださいよ。また、誤解されるようなことをいう。僕は妹みたいな年下の女の子は、恋愛対象じゃないんで」
「そうね。年上好きだっけ」
「また、傷つける。昔のことを穿り返さないでください」
そう言って、痛そうに胸を押さえる穂高をもっといじめたい気持ちが、栗橋養護教諭にはふつふつと湧いてきた。
「小さな傷だから、絆創膏でも貼っておけば?」
そう言って、白衣の胸ポケットから絆創膏を引き出して見せた。
穂高も手を広げて胸を見せた。
「じゃあ、貼って下さいよ」
意外な返しが来たので、(どこに貼ってやろうか?眼鏡がいいかしら)とそんなことを考えて、絆創膏を引き出している栗橋養護教諭に隙があった。
「すいません。ぶつかって」
帰宅時間を促されて、走って体育館を出る野球部員の一人が、栗橋養護教諭の背中にぶつかって、弾みで鮫島先生の胸の中に抱え込まれる格好になってしまった。
栗橋養護教諭は、バレー部だったことで、そこそこ背が高かったが、180cmを超える身長の穂高の胸の中に、ちょうど良く収まってしまった。
そこへ、ジュースを買って戻ってきた翔太郎がやってきた。
「鮫島先生と栗橋先生が抱き合っている」
「ひゅーひゅー」
「こら、危ないじゃないか。ぶつかってきたのは、お前達だぞ」
鮫島先生の、いつもの丁寧な口調は崩れた崩れた。そして、栗橋養護教諭を守るように回した腕もまだそのままだった。
「鮫島先生、放してください」
「あっ。すいません。怪我はありませんでしたか?」
そうやって見つめ合っている2人を、鮎子はすごい目で睨み付けていた。
それに気づいた鯨人は、鮎子の腕を取った。
「もう帰るぞ。内海先生、今日はありがとうございました。勉強になりました。もう帰りましょう」
「おう、そうだな。田中先生。良い勉強になりました。また、手合わせお願いします」
そう言って、鯨人は鮎子を引きずって、体育館を後にした。
「俺たちも帰ろうぜ」
銀河は、茜の腹に顔をこすりつけて、匂いを嗅いでから、立ち上がった。茜は気持ちいいのか、きゃっきゃっと笑い声を上げた。
蒔絵は、勝利に気をよくしている銀河を、温かい目で見つめた。
「もう、銀河は。茜は猫じゃないのよ。モフモフしないの」
「茜でやって見ろよ。喜ぶぞ」
体育館に、嬉しそうな双子の声が広がった。
台風のような2人が去って、夏休みが終わった。
そして、後日、菱巻家と鮫島家に、米と野菜の詰め合わせの段ボールが届いた。家族が増え、降灰の被害を受け、入院患者が2人も出た菱巻家にとって、恵みの段ボールだった。
ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、広島電鉄は路面電車です。いいですよね、路面電車。都電荒川線、伊予鉄道、とさでん交通・・・。新潟交通電車線(愛称:カボチャ電車)、復活してくれないかな?今はそれほど交通量も多くないし、雪国に路面電車って向いていると思うんですが。宇都宮が羨ましい。