57 10万イイネの影響は大きかった
また、やらかしました。1話話を飛ばしましたので、本当の57話をアップし、元の57話を「58話」として載せました。どうも話が繋がらないとお思いの方には、本当に失礼しました。ナンバリングまでしたのに、失敗するとは、トホホです。
鯨谷早瀬保育士は、夢中でスマホのビデオボタンを押した。もしかしたら、人が死ぬかも知れない。でも、それを命がけで助けようとしている人々がいる。この事実は残すべきだ。
どこかに罪悪感があったが、回し始めたビデオは止められなかった。そして、最後に菱巻兄弟が助けられた後の、祖父の、村人の、教師達の、そして、鮫島姉妹の涙と歓喜を撮ってやっとビデオのストップボタンを押すことができた。
そして、動画サイズが大きいので、自分のYouTubeに保存のため載せてしまった。急いでいたので、視聴者の制限を設けるのを忘れてしまったことが、事件の発端だった。
早瀬のチャンネルは、いつもは空手の練習風景や、大会の様子などを載せていて、1,000人程度のフォロアーがいる細々としたYouTubeだったが、その晩のうちにあっという間に「10万イイネ」がついてしまった。動画にはサムネイルも、キャプションもついていなかったことが、世界の人々の好奇心をそそってしまったのだろう。
早瀬は、2歳になる長男海斗の可愛い踵落しを、顔面に受けて目を覚ました。
「早瀬、スマホの着信音がうるさいんだけれど、なんかあった」
妻の出づ水が、朝食の支度をもう始めていた。出づ水は、子供の夜泣きに全く起きることがないので、代わりに朝食を作る仕事を買って出ている。1歳の温斗の夜泣きは日に日に激しくなって、早瀬はいつも寝不足だった。
そんな半分寝ぼけた頭でスマホを持ち上げた。
「え?え?」
早瀬は、夕べ自分がしでかしたことに気がつき、背中に冷たい汗が流れた。
「まずいよ。出づ水ちゃん。やらかした」
「何をやらかしたの?」
のんびりとした声で応対しながら、出づ水は寝室に入ってきた。
「昨日さ。ブルドーザーの事故現場に、俺、戻ったじゃん。そこで、一部始終をビデオ撮影したんだ。後で、出づ水ちゃんに見せようと思って、YouTubeに上げておいたんだけれど、視聴制限を掛けなかったんだ。そうしたら、見て」
「やば。『10万イイネ』って初めて見た。でも、これは上司と関係者に報告しなければいけない案件になっちゃったね」
保育園の園長をしていた出づ水の、行動は早かった。早朝ではあるが、村長、校長に報告の電話をして、面会の段取りをつけた。そして、菱巻家へのお詫びをどうすべきか相談することにした。「報連相」である。
それから1時間後、校長室に関係者が集まった。菱巻家からは、銀次・茉莉・紫苑・銀河。そして、校長の意見で、菱巻家からも、父親政成、村の職員でもある鮎子、教員の穂高に、更紗、蒔絵。それから、担任の田中先生と田邊先生が集められた。
鯨谷早瀬は、その面々の前に土下座せんばかりに頭を下げて、事の次第を説明した。
そして、校長室で、流出したYouTubeを全員で確認した。
改めて、事件を思い出して涙を流す者がいる一方、田中先生と田邊先生は眉をひそめて、この悪影響について思い悩んだ。
銀次だけが、ことの重大さを分っていなかった。
「いやぁ。鯨谷君。貴重な映像を記録してくれてありがとう。いつでもこれは見ることができるのかな?」
「いえ、もう自分のYouTubeサイト自体を削除しました。ただ、これはもう世界中に流出した後なので、多分、他の人が何らかの手段で見ることができると思います」
田中先生が、自分の懸念を銀次に伝えた。
「紫苑さん達は、この話を聞くと不安になると思うけれど、何が起こるか、前もって知っておいたほうがいいので、話すね」
田中先生の予想はこうだった。まず、紫苑、銀河、更紗、蒔絵の顔が流出したことで、4人を狙った犯罪が起こる可能性があること。
「犯罪って、何かな」
銀次の質問に、田中先生は言葉を選んで答えた。
「ストーカーなどです」
田中先生は、有名になった人を恨む変質者による「殺人」まで考えに入れていたが、流石にそれは言い出せなかった。
紫苑がそこに付け加えた。
「更紗と蒔絵は、バドミントン界でも名前も顔も知られているから、まず狙われるな」
穂高が嫌そうな顔をした。
「『サラマキペア』だろう?どうして、美少女ペアとか言って、競技団体のコマーシャルに使うかね?」
田中先生は、穂高のつぶやきを無視して次を続けた。
「次に、事故現場を見に来る人が増加します」
「まさか、砂浜には入らないだろう?」
徳村長が銀次の言葉に反論した。
「いや、入りますよ。そして、砂浜に嵌まって、救助を要請するだけじゃなく、観光客の車が、交通渋滞を巻き起こします。地元には何の恩恵もない観光客が来ることが、予想されるんです」
「ブルがないから、道路の砂がのけられないのに・・・か?」
「まあ、富士山の噴火を経験していない地域から来ると、道路の砂に嵌まるでしょうね。それを助けるのは誰か?って話です」
「いや、そんな自業自得のやつらの面倒なんて見ていられない」
茉莉が忌々しそうに吐き捨てた。
「人が死にそうになった現場を、物見遊山で見に来るなんて・・・」
田邊先生が担任として発言した。
「文化祭の人の出入りも制限しないといけませんね。良識ある百葉村の人の来場しか、想定していないですから」
「えー、うそー」
4人の高校生が、同時に声を上げた。
田中先生の話を受けて、徳校長が話し始めた。
「実は、朝から近嵐教頭が対応してくれているんですが、取材申し込みが来ているんです」
銀河が、嫌そうな声を上げた。
「それだけじゃない。朝から、スマホやアクションカメラを持った人間が、浜を歩いている。見たことがない人間だから、」
徳村長が驚いた。
「立ち入り禁止の表示を付けて、コーンとコーンバーで浜に入らないように制限しているのに?」
「警察に応援の要請をした方がいいですよ」
徳村長はすぐ立ち上がって、警察に電話を入れた。
徳校長が、電話の後、話の続きを始めた。
「怪しいYouTuberは無視するにしても、新聞やTVには対応しないといけませんよね。そこで、当事者の皆さんのご意見を伺いたいんです」
銀次は、すぐ持論を展開し始めた。
「俺はインタビューに応じてもいいぞ。みんなの協力に感謝の意を表わして、素晴らしい村人だと世間に知ってもらいたい」
茉莉は、まなじりを上げた。
「お義父さんはストーカーに会うことはないでしょうけれど、他所様のお嬢さんを危険に曝すのは、絶対許可できません」
銀次は、茉莉に掌を向けた。
「茉莉さん。俺は自分が有名になりたいわけじゃない。インタビューを受けたら、村の窮状も訴えるチャンスができるよな。
まず、砂に埋もれたブルドーザーを引き上げる金も、買う金もないんだろう?
道路や海岸の灰を除去するのも、宅配便を受け取りに行ったのも、金がないから、鉄次がボランティアで行っていたんだ。
ふるさと納税でも、クラウドハンティングでもいい。
今回の取材で村の窮状を正しく流して貰って、金集めをするのは悪いことか?」
銀河がそれに同意した。
「祖父ちゃん。それ『クラウドファンディング』な。もう流れてしまった情報を消すことができないなら、どうやって、自分たちの利益にできるか考えるのは悪くないと思う」
蒔絵も前向きな意見を述べた。
「私も賛成。少なくとも、灰の除去に業者を雇うにも、お金が必要だよね。世間の視線が集まれば、うちの村が後回しになることもなくなると思うんだ。田邊先生の懸念している文化祭については、入場制限をすればいいんじゃないかな?後は、警察の巡回を入れて貰うとか」
生徒会長の紫苑はもっと先進的な意見を出した。
「入場券を200円くらいで売って、手首にはめて貰ったら」
更紗は、更にその上を行った。
「いっそ、入場券を2,000円くらいにして、そのリストバンドを見せたら、4つまで買い物ができるなんていいと思わない?」
「バンドっていくらでできるんだろう?そうすると、学校関係者以外は、事前販売がいるよな」
田邊先生は、慌てて4人の会話を止めた。
「実務の話はいいから、自分たちの危険についてはどう考えているんだ?」
更紗は、田邊先生の目をまっすぐに見た。
「田邊先生、私達は以前『サラマキペア』と騒がれた時、結構なストーキングを受けました。試合中の盗撮や自宅付近のつきまとい。1年以上続いたんです。クラスの仲間も、どうしたら、私達を守れるか考えてくれました。勿論、今回のことでインタビューなんて受けたくはありませんが、怖がって、学校に行けなくなるなんて困ります」
その経験を知っている3人も、そうだと頷いた。
「紫苑さんや銀河さんに対する女の子のつきまといが起きたら?」
更紗と蒔絵のすごい顔見て、田邊先生は前言を撤回した。
「心配は・・・なさそうだね」
この話し合いを受けて、TVと新聞の取材は、校長と銀次が受けることになった。そして、その日の午後、小中高すべての児童生徒を集めて、全校集会が開かれた。
浜への出入りの禁止と、「知らない人」への警戒を徹底させた。
それから、義援金の受付番号を村のHPに掲載し、ふるさと納税でブルドーザー支援を訴えた。
また、一端引き下げた事故の映像を、田邊先生と早瀬保育士が協力して編集し、再度SNSに掲載した。
その動画の下には、浜を守るためのクラウドファンディングの申し込みが受け付けられるようにした。
この収益で、定期的に専門業者が浜に入って、灰の除去をしてくれるようになった。
砂に埋まったブルドーザーも掘り起こされて、窓ガラスが割れたままの姿で村の入り口に、展示された。
その後、ニュースを受けて、千葉県も動き、百葉村から町までの二車線の舗装道路が完備し、10分で町まで行けるようになった。宅配業者も、毎日1往復、直接百葉村まで来てくれるようになった。
1週間の入院を終えて、自宅に戻った鉄次がある日、寂しそうに呟いた。
「俺の活躍の場がなくなっちまったな」
鈴音がそんな鉄次を見かねて、話しかけた。
「ねえ、父ちゃん。電気がつかなくなったり、飲み水がなかったりした時、東京でボランティアしていた時は、どうしていたの?」
久し振りに、娘に話しかけられて、鉄次は蕩々と話し始めた。話の後、鈴音は鉄次に提案をした。
「ねえ、小百合さんの『着付け教室』も人気だけれど、父ちゃんの『サバイバル教室』も人気が出ると思うな」
鈴音は、碍子や電線に厚く積もった灰が気になっていた。電力会社も地方まで手が回らず、
早晩それが原因で停電が起こるのではないかと懸念していた。
鉄次自身も台風シーズンになって、山に降った水が灰を流してくると、再度、下水道が詰まるのではないかと懸念していた。噴火が終わっても、被害が続くことを念頭に、色々なサバイバルの技術をみんなに伝えるという鈴音の提案は、非常に現実的だった。
徳校長は、生徒や地域に向けての講座の一つとして、「サバイバル教室」を受け入れてくれた。