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55 相談事は紫苑まで

後半の描写については、素人の書くことですので、消防関係の方などから見れば、おかしな描写があると思いますが、ご容赦を。

 大学入試には、2月頃から始まる一般入試の他に、「総合型入試」という形の推薦入試がある。更紗も紫苑も志望校が決まっているので、一般入試の前に合格のチャンスを増やすため。「総合型入試」を受ける。入試科目は各大学、学部ごとに異なるので、2人で同じ受験対策の勉強をすることは、ほとんどない。しかし、一般入試よりも早く志望校を決めて対策するという点は共通なので、お互いの悩みを相談することはある。

 今日も、クラスでの文化祭の準備そっちのけで、2人で図書館に()もって勉強をしている。

百葉高校の図書館は、小中学生も使えるので、普段は賑やかだが、夏休みは受験勉強をする高校生しかいない日も多い。


 「いいな。紫苑は東京海洋大学一本で、迷うことはないんでしょ?」

「まあ、それ以外考えたことないし、小論文の対策も、解答を家族に見せれば、まあ、添削して貰えるからな。更紗はまだ、どの大学にするかで悩んでいるの?」

「うん。今日、田中先生に『第一志望校は、成績的に届かない』って、はっきり言われちゃった」

「じゃあ、第2志望校は?」

「地震や防災について学べる大学はいっぱいあるよ。国公立大学(しば)りでも、たくさんあるんだ。ただ、富士山噴火を()の当たりにすると、災害ってたくさんあって、その中で何を学べばいいか迷っちゃって。社会のインフラを守るには、公務員になるのもいいかと思うと、法学部や経済学部も・・・」


 紫苑は、更紗の手の上に自分の手を重ねた。

「田中先生が言っていたとおりだね。成績が上がらないと、迷走するって。悩んでいる時は冷静な判断ができなくなる。まずは、元々考えていた第2志望と第3志望の大学を、しっかり見つめてみよう」

更紗は、東北大学がレベルの高い大学で恥ずかしくて、今まで紫苑に話せなかったが、同じ受験生同士、もっと早く相談すれば良かったと思った。


「東北大学以外に、お母さんと一緒に、K大学とH大学を見学してきた」

「西日本の大学は考えていないんだね?」

「うん。お父さんが、南海トラフ地震が怖いから、西にはやらないって」

「あれ?お父さんは、県外も反対だったんじゃない?」

「うん。関東や東京も、リモートの大学が増えてきて、『実際に通える大学に行きたい』って言ったら、納得してくれた」


「そっか、じゃあ、2つの大学に行ってみた感想は?」

「うーん。K大学だったら、『地球社会基盤学類』の『土木防災コース』か『環境都市コース』なんだけれど・・・」

「けれど?」

「推薦入試には、K大学が実施する特別プログラムを受講しないといけないんだ」


 紫苑はスマホで、K大学の入試情報を検索してみた。

「これ、この後に共通テストもあるね。つまり、どうしてもK大学に行きたいというならいいけれど、更紗は、共通テスト前に合否が出るタイプの推薦入試がいいんだろう?」

「正直言ってそうなんだ。K大学は、浪人してまで行きたい大学ってわけじゃない」

「そうだな。1年入学を延ばしたら、何が起こるか分からないもんな。コロナの時も、4年間の大部分、キャンパスに行けなかった大学生がいたらしいからね」


「もう一つのH大学は、『地球環境防災学科』があるんだけれど、遠いね」

「気乗りがしなさそうだね」

「うん。冬は寒そう」

「防災を学びに行くんだよね。豪雪も災害だよ。南海トラフ地震で避難する先が北なら、雪との付き合いを学ばないといけないんじゃないか?それに、都会がいいと思っても、関東周辺は当分、普通の大学生活はできないし、南海トラフ地震で被害に遭うのも関西の大都市圏だよね」


「紫苑は都会で暮らしたいから、海洋大学に行くんでしょ?」

「いや。あそこは海で生きる方法を身につける大学だよ。たまたま、東京にあるから受験するけれど、田舎にあっても、受験するよ」

「穂高お兄ちゃんも、鈴音お姉ちゃんも、東京の大学で楽しい生活をしてきたじゃない?私も行きたいと思ってどうしていけないの?」


紫苑は更紗の手をトントンと叩いた。

「百葉村から東京なんてすぐじゃないか。電車が復旧すれば、いつでも遊びに行ける。鈴音姉ちゃんは、東京は住むところじゃないって言っていたよ」



 理路整然と自分に話しかける紫苑に、ムカついた更紗は、逆襲をした。

「じゃあ、紫苑は卒業後、船の仕事をするの?」

紫苑は、更紗の手からパッと手を放した。

「痛いところを突かれた。それは『大学に入ってから考える』としか、俺も言えないな。祖父ちゃん達を見ていて、海の仕事を理解している気にはなっていたが、実際遠洋に行ったら、『想像とは違った』って、思うかも知れない。それを確かめるためにも大学に行くんだ」


「私は、海の男を(おか)で待つ生活なんて嫌だな」

「おやー。俺のお嫁さんになってくれるつもりがあったの?進路の相談を今までしてくれなかったのは、卒業後は俺と縁を切るつもりなんだと思っていた」


更紗は、図星を突かれて黙り込んでしまった。


「そうだよね。結婚相手は、仕事も判断材料になるからね。大学で色々な人と付き合ってみたらいいよ」

「紫苑も、海の女といっぱい付き合ってくればいいわ」

「残念ながら、俺の人生設計には、2人で船に乗るって言う選択肢はないな」


「じゃあ、蒔絵なんてどう?家事能力も子育てもバッチリよ」

「思ってもいないことを言わないほうがいいよ、禍根を残すから。それに銀河にはかなわないからな」



 カウンターから、司書の先生がじっと自分たちを見つめていた。

「ああ、もう閉館時間みたいだ。外に出よう」


 外に出ると、むっとした暑さが迫ってきた。海はうっすら灰で煙っているが、青い色が識別はできる。


「ああ、夕方になっても暑いね。少し、灰が降らなくなってきたね」

富士山の噴火は、8月いっぱいで収まるのではないかという予想が、専門家から出されている。


「そうだね。早く、電線や碍子(がいし)の灰も除かないと、この暑さで停電になったら、たまらないからね」

「あれ?海岸でも砂に積もった灰を取っているの?」

「ああ、家の祖父ちゃんと父ちゃん、それから漁師仲間で、海岸に降り積もった灰を取っているんだ」


 高台にある百葉高校から、浜辺全体がよく見える。そこでは、2台のブルドーザーと、トラックが作業しているのが見える。

「鉄次お父さんって、午前は、つくば未来村まで宅配の荷物を運んでいるんだよね」

「うん。文化祭で必要なものをネットで買えるのも、父ちゃんのお陰だな」

「お父さん。この暑い中でよく体が持つね」

「うちに帰ると、泥のように寝ているけれどね」


「でも、海から灰はどんどん流れ着いてくるんでしょ?(さい)の河原みたい」

「でもね。『今やらないと、時間がたてば立つほど、海岸が硬くなっちゃうから』って言うんだ。この間も子供が、灰に埋まっていた金属に足を取られたんだけれど、砂浜が固まっていて、なかなか足が抜けなかったらしいよ」

「危ないじゃない。潮が満ちてきたら・・・」

「そう、だから、灰の下に何があるかも分からないから、灰を削り取らないといけないらしい」

「あれって、ボランティア?」

「最初はね。今は村からガソリン代と日当が出ているらしい。微々たるもんだけれどね」


「それでも、鉄次おじさんは、文句を言わないんでしょ?」

「母ちゃんは、文句を言っているけれどね。人のことより、自分の体を大切にしてって」

「あれー?お母さんは離婚するって怒っていたんじゃなかったの?」

「さあ、俺は夫婦の機微は分からないけれど、父ちゃんのことを一番心配しているのが、母ちゃんだってことは確かだ」


「あれ?ブルドーザーが、あー」

紫苑と更紗が見つめていた、鉄次が操縦するブルドーザーが、砂にズブズブッと、沈み始めた。灰で(おお)われていた下に大きな空洞があったようだ。

「更紗、職員室に行って、誰でも呼んできて。俺はロープを借りてくる」


 そう言うと、紫苑は技術員室に走って行ってしまった。

更紗は、職員室に向かって走り出したが、途中で、保育士との打合せが終わって帰って行く銀河達に会った。小町技術員は、銀河を連れて四輪駆動車で浜に向かった。

 村長は、村役場にすぐ連絡を入れ、屋外スピーカーを使って、浜辺に救助の人員を集めた。

校長はすぐ警察と消防に電話を入れた。


 鯨谷(くじらたに)夫妻は、あまりの手際(てぎわ)の良さに、呆然(ぼうぜん)とそれを見ているしかなかった。

「僕も行ったほうがいいかな?」

早瀬保育士が、抱っこ紐を(はず)そうとするのを、蒔絵が止めた。

「浜についてよく分からない人が、浜に向かっちゃ駄目です。夕方の浜辺は暑いし、赤ちゃんには危険です。涼しい場所で待機しましょう」


「蒔絵さんは、落ち着いていますね」

「いえ、ちょっと前まで、すぐ飛びだしていっていたんですが、銀河に叱られたので、よく考えて行動するようにしています。私は取りあえず、2人の赤ちゃんを銀河の家に戻しに行きます」

そう言いながらも、蒔絵の目は潤んでいた。



 浜辺では、銀次が手伝いに来た人間を指示していた。

「浜辺に、戸板(といた)を並べろ。雨戸やコンパネでもいい。砂に沈むと助けられないぞ」

村人が並べたと板の上を、銀河と紫苑が走ってブルドーザーに向かった。

2人は、両肩に太い縄を持っていた。


「紫苑、ブルに上って、縄を掛けろ。銀河、紫苑に縄を渡せ」

傾いて沈んでいくブルドーザーに、紫苑が飛びつき、銀河がロープを丸くまとめて投げて渡す。紫苑はブルドーザーにもやい結びで手際よく、ロープを結んでいく。

縄の端は、集まった車の牽引ポイントに1台ずつ結びつけていく。


 銀次は、それぞれの車に、牽引をする方向を指示した。

「いくぞー。ゆっくり下がって行け-」

沈んでいくブルドーザーは、ガクッと音を立てて停まったが、それ以上動かなくなった。


「紫苑!鉄次はどうしている?」

銀次の問いに、紫苑が叫ぶ。

「ぐったりしている。熱中症かも知れない。ドアに鍵がかかっていないから、祖父ちゃんドアを開けて、固定していいか?」

「いや、窓ガラスを割って、入れ。おーい。誰か、古い毛布なんかあるか?」


銀河が毛布と、緊急脱出用ハンマーを抱えて、ブルドーザーに上った。ブルドーザーが、少し沈んだ。

「銀河!重いんだよ」

「うるせー。父ちゃんを1人で引き上げられるのか?」


 更紗は、海岸脇の道路で心配そうに作業を見つめていた。

「更紗、どうなった?」

双子を鈴音に戻してきた蒔絵が、息を切らしながら、更紗の脇に立った。

「紫苑と銀河が、ブルの中で気を失っているおじさんを助け出そうとしている」

「おじさん、気を失っているの?」

「多分。最近、暑い中で仕事しすぎているから・・・」

蒔絵が、更紗の腕にとりついた。腕を通して、蒔絵の心臓の鼓動が感じられる。



「ブルが沈み始めた」

「消防はまだ?」

隣町の消防署から、レスキューの車両が来るには、どんなに早くても30分。今は、道路に灰が降り積もっているので、それ以上時間がかかるはずだ。


 銀河が手際よく、窓ガラスに養生(ようじょう)テープを貼り、その隙間をハンマーで割っていく。割れた窓ガラスは、鉄次に降りかからないように、外され車外に放り出された。

割れたガラスで怪我をしないように、窓ガラスに毛布を何枚も敷いて、まず、紫苑が車内に潜り込んだ。


「紫苑は、ロープを腰に巻いてないの?」

「そんな暇ないみたい」

更紗も、顔を涙が伝ってきたが、拭いもしなかった。


 紫苑は、シートベルトを外して、ぐったりしている鉄次を抱え上げた。窓の外では、毛布ごと、銀河が鉄次を引きずり出し、そのまま、車の下で待っている村人達に渡した。

少し離れたところで待機していた栗橋養護教諭が、鉄次に駆け寄り、脈を取る。鉄次は、学校から持ってきた担架で、保健室に運ばれた。担架を持つ穂高の顔を見て、栗橋は穂高の背を強く叩いた。

「しっかりしなさい」


 一方、1人、車外に運び出されたとはいえ、ブルドーザーが沈むスピードは、加速していった。牽引している車も、引きずり込まれそうになっている。


「紫苑、早く」

銀河が伸ばす手に引き上げられた紫苑が、窓枠から体を半分出したところで、ブルドーザーの周囲の砂も崩れ始めた。


蒔絵と更紗が抱き合った。

「いやーぁ」


 ブルドーザーが砂に消えるのと、紫苑と銀河が車外に飛び出すのが同時だった。

紫苑が腰に命綱を付けていたので、抱き合った兄弟は、村人に砂から引き上げられ九死に一生を得た。


「牽引ロープを切れ。車も引きずり込まれるぞ」

菱巻兄弟が救出されたのを確認した後、それぞれの車に付けられていた牽引ロープが、(なた)で切り離された。


「みんな。高台に上れ。アスファルトの下にも空洞があるかも知れないぞ」

銀次の号令で、村人の車は、次々と高台に向かう道路を駆け上っていった。


「銀河君、紫苑君、車に乗って。保健室で手当てをしよう」

小町技術員に言われて、2人は、腕にガラスの破片がいくつも刺さっていることに気がついた。 

小町技術員の車は、2つのチャイルドシートで2列目が埋まっているので、助手席に紫苑、3列目に銀河が座った。


「ほら、蒔絵ちゃん達も一緒に車に乗って」

涙と砂でドロドロの顔になっている蒔絵と更紗も、小町技術員の車の3列目に乗り込んだ。

「狭いな-」

銀河が、2人を笑わせようとしたが、蒔絵は顔を覆ったまま動かなかった。


いつもは冷静な更紗まで、「紫苑~。生きていて良かったぁ」と泣きじゃくっていた。

次回は、事故の現場映像の影響力についてお話しします。

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