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51 村人総出で働いた

「結い(ゆい)」という言葉があります。村社会における相互扶助の精神に基づいた共同作業の慣行のことです。現在でも田植えや稲刈りを、近所で交互に手伝うことなど、そういう慣行がありますよね。

 富士山の噴火は、なかなか収束しそうになかった。潮風の当たる百葉(ももは)村では、()び付いたトタン屋根の車庫や農機具小屋が、灰の重みで次々と倒壊し始めていた。

 

徳憲子(とくのりこ)百葉村村長は、村全体から灰を除去するボランティアを募集した。強制ではないが、ほとんどの住宅から人手が出て、協力して倒壊しそうな家から優先して、灰を落としていった。


 未来TECの若手社員や百葉高校の運動部員、小町学校技術員や若手教員などが率先して屋根に上がり灰を落としていった。女性達は、落とした灰を集めてトラックに運ぶ役割に回った。。


「もう、私も屋根に登りたいなぁ」

蒔絵(まきえ)の愚痴に更紗(さらさ)がつっこむ。

「もう、高いところに上りたがる。道具もそんなに数がないから、手分けして仕事をしているんじゃない。トラックに灰を上げるのも力仕事だよ」

「この灰は、どこに運ばれるの?」

「農協と未来TECの倉庫の2箇所に行くんだって。農協に行ったのは肥料に、未来TECの倉庫に運ばれたのは、コンクリートの材料に再利用されるみたい」

災害について大学で学びたい更紗は、よどみなく答えた。


「へー。これも資源になるんだね」

「うん。でもこのままじゃ、勝手に固まってしまうから、早めに集めないとね」


「ねえ、あそこの大きな家には、誰も作業に行かないの?」

蒔絵が、高台の大きなお屋敷を指さした。

「あー。桐生(きりゅう)さんの家ね。入り口で、お祖父さんが立っていて、誰も敷地に入れないみたい」

「でも、あそこの家の車庫は灰の重さで、もう倒壊しているから、母屋(おもや)も早く灰を除かないと危ないよ」


 4時過ぎに作業はあらかた終わった。作業をして貰った家からの食品で、豚汁とお握りが提供された。花子さんや百合子さんがリーダーシップを取り、高齢女性や子ども達が、豚汁を配っていた。お椀や皿は各家から持参し、炊飯器も持ち寄ったものを使った。

 

 高校生はこの機会に、文化祭のためのアンケートを取って回っていた。

「すいません。お宅に貸しだしてもいい浴衣などありますか?」

「お母さん、着付けはできますか?」

「子ども用品で、貸し出しできる物ありますか?」


 情報が集まれば、後日データ作りのため、その家に高校生が訪ねるという手順だ。

勿論、文化祭の『夜のお祭り』の情報や、百合子さん達による『着付け講習会』の案内もここで行われた。この場には、部外者もいないので、「詐欺」を疑われることもない。


「花子さん、豚汁のお代わりありますか」

「蒔絵ちゃん、大活躍だったね。残念ながらもう『野菜汁』になっているけれど、最後まで食べて頂戴?」

「やったー」


 ほくほく顔の蒔絵が、お代わりを持って席に戻ると、銀河の隣に、小町技術員とその奥さんらしい女性が座っていた。女性の膝では子どもが、すやすや寝ていた。

「蒔絵ちゃん、紹介するね。俺の奥さん。学校で心理カウンセラーやっているんだ」

銀河達は、百瀬村に、小中高すべての相談に乗るカウンセラーがいることを知ってはいたが、自分たちがお世話になることがなかったので、彼女とは今日が初対面だった。


「美鳥です。この子は今1歳なんですよ。上の子達は、友達とその辺で遊んでいます」

「可愛いですね。いつも小町さんには、お世話になっています」


 ニコニコしている蒔絵に、銀河が声をひそめて話しかけた。

「1軒だけ作業ができなかった家があったろう?あそこ、美鳥さんの実家なんだって」

「本当に皆さんに心配いただいてすいません。お祖母ちゃんが死んでから、頑固に拍車(はくしゃ)がかかったようで、人の言うことを聞かないんです」


 蒔絵は首を(かし)げた。

「同居しているご家族はいないんですか?」


それには小町技術員が答えた。

「美鳥の両親は、つくば未来村の『未来TEC』にいるんだ。俺たちは、祖父さんとは絶縁状態だしな」


銀河が小町の顔を横目で見た。

「小町さん、なにかやらかしましたか?」

「なんでわかる?俺のことを、祖父さんは嫌いなんだ。俺さバツ1なんだよ。上の子は前の奥さんとの子。前の奥さんは癌で、2番目の子が生まれてすぐ死んじゃったんだ」


「再婚だから、お祖父様に嫌われているんですか?」

「んー。それ以外も、俺が高卒なも気に入らないみたいだし、まあ、できちゃった婚ってのも、嫌だったみたい。『この子を妊娠した』って報告しに行った時は、祖父さんはすごい剣幕で俺たちを追い返して、それ以来、自宅に入れて貰えないんだ」


「できちゃった婚なんですね」

銀河が突っ込んだ。

「そうなんだ。前の奥さんが死んで、俺が落ち込んで、カウンセリング受けているうちに・・・」

美鳥が顔を赤くした。


 蒔絵が少し自分の記憶をたどった。

「美鳥さんの旧姓って『桐生』ですよね。もしかして、お祖父さんって、『桐生朔太郎』ですか?校長室に写真があったような・・・」

美鳥が悲しい笑みを浮かべて、それを肯定した。

「そう、今の校長先生の前の百葉高校の校長だったの。で、定年後、村長選挙に出て、現村長に惨敗したの」


銀河が、ぽんと手を打った。

「なるほど、それじゃあ、村長主導の仕事は気に入らないわけだ」

「それに意見が違うから、村長選挙で争ったんだよね。村長選挙の争点は『高台移転』の賛否だったんだ」


「でも、美鳥さんの実家は高台にありますよ」

「そう、自分のうちが安全なところにあったから、うちのお祖父ちゃんにとっては、人ごとだったの。そんなに村を大きく変えるなんて、許せなかったんだよね。のどかな漁村の風景が気に入っていたのよね」


銀河は、野菜ばかりの豚汁の汁を飲み干した。

「まあ、お年寄りに、変化を嫌う人は多いですからね。でも、選挙の後、5年たって海岸周辺が津波に襲われたんだから、お祖父様も納得したんじゃないんですか?」

「それがね。高台移転した跡地に、すぐ『未来TEC』が移転してきたでしょ?そこに利権が絡んだんじゃないかって、疑っているのよね」


小町技術員は大きくため息ついた。

「HPで村の財政を見ればすぐ分かるのに、都合の悪い情報は見ないんだよね。高台移転した時は、かなり村の財政はヤバかったけれど、土地の売却費や法人税が入ってきて、その上、社員の家族が移住してきて、所得税も増えたでしょ?今、かなり収支は好転しているよ」

蒔絵も、豚汁の残りの野菜を突きながらぼそっと言った。

「でも、公務員の給料はかなり減っているらしいけれどね」


蒔絵はポケットからウエットティッシュを持ち出し、お椀の汚れを軽く拭き取った。

「それで、給料が安いから、保育園に人が集まらないんだ」


美鳥はその話にも乗ってきた。

「もう一つ、うちのお祖父さんは、女性が外で働くのも嫌いなのよ。働く女性が増えると、家庭を守る人がいなくなるって。だから、保育園の建設には最後まで反対していたの」

「まあ、お陰で普通クラスはあそこを使えるんだけれど、村内に、保育園がないのは困るよね」

銀河の意見に蒔絵も深く同調した。


「あとね、県外の大学に女の子を出すのも嫌だったみたい。村に帰って来なくなるから」

銀河と蒔絵が、そろって顔をしかめた。

「それって、校長先生としてどうなのかな?美鳥さんは、カウンセラーですよね。心理学はどこで学んだんですか?」

「え?東京よ。でも、片道3時間かけて通ったわよ」

「進学重視の田中先生には、聞かせられないね」


「田中先生は何度もうちに来て、お祖父ちゃんを説得してくれたけれど、聞く耳持たなくて、最終的には、通える大学を探してくれたのよ」


田中先生が、奥さんに愛想をつかされるほど、仕事熱心だったということが分かるエピソードだ。


「でも、高齢男性の1人暮らしも心配ですね」

小町技術員は、蒔絵の意見に我が意を得たりという顔をした。

「蒔絵ちゃんもそう思うだろう?俺もそう思ってさ、見守りカメラくらいは、設置したいと思っているんだけれど、祖父さんは、なかなか外出しないんだよね。祖母ちゃんの葬式も、お坊さんを呼んで自分一人で上げちゃったんだ」


蒔絵が心配そうな顔をした。

「外出してないって、何を食べているのかな?」


銀河は何かを思いついたようだ。

「美鳥さん。実家に着物ってありますか?」

「え?勿論、祖母のも母のも、勿論、私の浴衣もあるわ」

「それを取りにご自宅に伺えないでしょうか?生前、お祖母様と約束したとか言って」


「そうね。お祖母ちゃんは茶道習っていたから、茶道の先生の吉田小百合さんに行って貰えたら、信憑(しんぴょう)性があるかも」

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