5 田中先生は横車を押した
今日は短いので、2本アップします。
田邊義崇と校内を一周した鮫島先生は、職員室に戻ったが、そこには誰もいなかった。
(新入生登校日の片付けは、もう終わったはずなのに、先生方はどこに行ったのかな?)
鮫島先生は、ふと教頭席後方の黒板に、書かれた文字に気がついた。
臨時職員会議 14:00 会議室
鮫島先生は慌てて時計を見ると、14時を少し回っていた。
(教えてくれよ)
慌てて、会議室に向かった。廊下には、田中先生が話している声が響いていた。
(「鮫島」って単語が混じっているんだけれど、僕は何かしたかな?)
静かに会議室の戸を開けると、一斉に視線が集まった。
「すいません。田邊先生のご案内をしていて、遅くなりました」
蚊の鳴くような声で、鮫島先生は言い訳をして、竹内先生の隣に座った。
「あの。僕、会議から外されていました?」
「まさか。私も急な会議でびっくりしているの」
田中先生は、一瞬止まった話の続きを始めた。
「それでですね。菱巻銀河君のお宅は、大変な状況なので、これからも赤ちゃんを連れてくることが予想されるんですよね。赤ちゃんにとっても、静かな環境がいいと思うんですよ」
くどくどと田中先生が話すのを、先生方は眉根を寄せて聞いていた。話の前半が分からないので鮫島先生は、こっそり竹内先生に尋ねた。
「今日の田中先生の要求は何なのですか」
竹内先生は、自分のノートに書いた要点をこっそり見せてくれた。
高校1年 2分割 特進クラス担任 田中・普通クラス担任 田邊(教室:旧百葉小学校)
なんと田中先生は、自分が持つ高校1年のクラスを二つに分けて、赤ちゃんを連れて登校する銀河達を、自分のクラスから追い出すことにしたのだ。そして、分けたクラスを「普通クラス」にして新採用の田邊先生に担任を押しつけるという案を出したらしい。
「え?田邊先生は新採用ですよ」
小さい声で呟いたつもりだったが、田中先生はそれを聞き取って、すぐさま答えた。
「鮫島先生が指導されるのですから大丈夫ですよ」
(それはつまり、僕も「普通クラス」の面倒を見ると言うことか?無理・無理・無理。僕自身が担任を持ったことがないのに人の指導なんて、無茶だ。絶対反対!)
他の先生が反対していない中、鮫島先生は勇気を振り絞って、反撃を試みた。
「ちょっと待って下さい。クラス1つ増やすってことは他の先生方の授業時間が増えるってことですよね」
田中先生は、そこに抜かりはなかった。
「もともと数学と英語は、1クラスを2つに分けて授業する予定なので、何の影響もないですよね。
体育は体育館の関係もあるので、当然2クラス合同ですから、授業時間は増えませんよ」
鮫島先生は慌てた。一番授業が増えるのは自分である。
「そうそう、鮫島先生は指導教官として、4時間他の先生より少なかった分が、元に戻りますよね。
田邊先生も新採用なので、授業が少なかった分が、普通の先生と同じ時間数に戻るだけですよ」
(いや、指導教官としての仕事はどうするのだ?新採用研修や公開授業など、指導教官も巻き込まれる仕事が年間通してあるはずだ)
そこで校長が口を開いた。
「鮫島先生がご心配なさるのも分かります。でも、今年の新採用研修は、震災の関係ですべてリモートになったので、余り負担はないんですよ。ご心配の公開授業も、教育委員会から誰も見に来ませんし、校内でこぢんまりと行いましょう。
クラス編成も田中先生が終わらせて下さいましたよ。まあ、田中先生も息子さんのクラスを持つのは心苦しいとおっしゃっていますが、鮫島先生も妹さんのクラスはやりにくいと思います。しかし、緊急事態と言うことでご理解下さい」
(蒔絵が普通クラス?数学のテストでは「最後の問題以外、満点」と言っていたはずだが)
鮫島先生の前に、再び竹内先生のノートが差し出された。
「ごめん。テスト監督者の私が、『テスト途中の退席はいけない』って言ったの。それで、銀河君と蒔絵ちゃんは0点扱いにされたらしいの」
田中先生は、自分が横車を押す前に、すべて地ならしをして置いたらしい。公民担当の出口先生も「2時間くらいは増えてもいいですよ」と快諾したらしい。勿論、校長にも話は通っているようだ。田中先生はこの会議が始まる前に、すべて許可を取って回ったのだ。
会議が終了した後、鮫島先生は校長室に呼ばれた。