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44 浦瀬姉弟には事情があった

桜島では噴火が起こると、散水車とロードスイーパーが出動するんだそうです。水を撒きながら掃かないと、灰が巻き上がって苦情が出るそうです。後、各家には「降灰袋」があって、それぞれ灰を詰めて、所定の場所に出しておくと、無料で片付けてくれるそうです。灰の中でも暮らす知恵があるんですね。

 一夜明けても、雨は止まなかった。早朝から、鈴音達の部屋では、辛うじて東武アーバンパークラインと武蔵野線の始発が運行するという情報を得て、春二と鈴音が、どちらのルートを取るかで話し合っていた。


「武蔵野線は一度浦和に戻るね」

「でも、東武の方は、電車が停まると駅前に何にも無いかも。双子を抱えて雨の中に放り出されても困るよ」

「多分、どっちの電車が動いても、どこかで停まると思うな。お義父さん達には流山(ながれやま)まで取りあえず、出てきて貰おうか」


みんなが頭を悩ませているが、蒔絵は、久し振りに双子に会えて嬉しいので、考えも楽観的だ。

「大宮まで車で来て貰うって選択肢はないの?」

「台風の速度が上がっているからね。大宮に留まるより、早く千葉方面に移動したいね」

「銀河はどう思う?」


スマホで台風予想を見ていた銀河は、結論をまとめたようだ。

「噴火はともかく、台風は明日には関東を抜けるんだろう?それなら、ホテルに残留したほうがいいかもしれない。いつ停まるか分からない電車に乗るのは()めて、明後日(あさって)、大宮まで車で来て貰うほうがいいんじゃない?双子がいる限り、冒険はしないほうがいいと思う」


春二と鈴音は、顔を見合わせた。

「もう一泊かぁ。思いつかなかったなぁ」

「じゃあ、連泊できるか確認しよう。それから買い出しだね。ミルクやオムツ、私達の食事も、買い集めてこよう」

「ホテルの朝食や夕食は予約できないの?ホテルの宿泊と一緒に、それを聞いて頂戴。あと、雨がひどいから、ドラッグストアまで車が欲しいね?」


 早速、春二はホテルの()きを確認し、連泊の予約を取った。それから、数時間だけ車をレンタルした。

銀河が部屋に戻ると、鯨人(げいと)達がすぐにでも出発できる姿で立っていた。

「まだ、ホテルを出発しないの?」

「ああ、台風の中突っ込んでいくのは得策じゃないから、今晩も泊まることにしたんだ。これから義兄(にい)さんと一緒にレンタカーで買い出しに行くけれど、鯨人も行くか?」


「何を買うんだ?」

「ミルクやオムツ、それから、ホテルでは朝食や昼食が出せないみたいだから、明日の分まで食べ物を調達してくる」


「私も行っていい?」

鮎子の言葉に、銀河は首をかしげた。

「蒔絵は行かないぞ。向こうの部屋で、赤ちゃんと遊んでいる」

「買ってほしいものがあれば、俺が買ってくるぞ」

鯨人の言葉に納得しない鮎子は、それでもついて行きたがった。



 鈴音達の部屋で、蒔絵は、双子とずっと飽きずに遊んでいる。

「蒔絵ちゃん、お友達2人とも買い出しに行ったわよ。蒔絵ちゃんは行かなくて良かったの?」

「別に、銀河に任せておけば大丈夫だから」

双子との再会を喜んでいる蒔絵は、少しでも長くこの時間を楽しみたいようだった。


 鈴音は久し振りに、蒔絵と2人きりになれたので、世間話を始めた。

「浦瀬さんところの、鮎子ちゃんと鯨人君だっけ?去年代表戦で負けた組だよね」

「そうだね。今は多分、うちらの方がダブルスとしては上かな?今年の世界Jr(ジュニア)に行けなかったのは残念だけれどね」


「世界Jrバドミントン大会って、中止になったの?」

「ううん。成田空港から飛行機が飛べないので、日本代表が行けなかったってこと。まあ、噴火の影響でインターハイも中止になるかも知れないけれど。今年は災害が多くて散々だったね」


「そう言えば、強化練習会で蒔絵ちゃんは、大学や企業さんから声を掛けられなかった?」

「強化練習会での勧誘は禁止なんだ。それに、私はバドミントンを使って、進学や就職したくない。スポーツで進路を決めたら、学科や職種は選べないじゃない?」


「ふーん。じゃあ、今どうしてもなりたいという仕事があるの?」

「それはまだ無い。でも、スポーツするために、職場で事務仕事しかできないとか、嫌じゃない?私、コーチ業にもあんまり興味ないし」


「へー。人に教えるのも好きそうなのに」

「勉強する気もない人に教えるなんて、だるいことしたくない」

「銀河みたいな言い方するのね。でも今回、浦瀬姉弟を助けたのは銀河なんでしょ?少しは大人になったね」

「いいえ、銀河は嫌がっていたけれど、私がお願いしたの。だって、あんなにびしょ濡れの友達を、駅に放置していくなんてできないでしょ?」

「銀河は本当に、蒔絵ちゃんの言うことなら何でも聞くのね」


蒔絵は自分の()(まま)で、銀河を危険に陥れた事件を思い出した。

「ごめんなさい」

「まあ、『情けは人のためならず、巡り巡って(おの)がため』って言うし、あの2人から銀河と蒔絵が何か得られるといいね」



 そんな話をしている時に、廊下に鯨人と銀河の声が聞こえた。

「また、びしょびしょになったよ。俺たちも雨具を買えば良かった」

「シャワー浴びればいいじゃん」


「そうだな。それより、腹も減ったよ。すぐに朝ご飯を食べよう。蒔絵も呼んで来いよ」

「俺たちは夕べ買っておいたもので、もう朝ご飯は済ませたよ」


そう言って、姉達の部屋に入ろうとする銀河に、鮎子は声を掛けた。

「そっちはお姉さん達の部屋だよ」

「分かっているよ。多分俺たち、昼もこっちで食うから、夕方までそっちで好きにしていていいよ」

「なんだ。寂しいな」

鯨人の言葉は、鮎子の心の言葉でもあった。

ホテルで、のんびり話をしながら過ごせると思っていた2人は、肩すかしを食らった。


 しかし、銀河達はのんびり過ごすわけにはいかない事情があった。降灰や台風の被害状況などを調べ、明日のルートを、迎えに来る父や穂高(ほだか)と相談しなければならなかった。

 蒔絵も、灰を被った道具を拭いたり、服を洗ったり、することがたくさんあった。灰を(かぶ)った服を洗った水は、排水溝に流せないので、かなり手間がかかる。蒔絵が、風呂場に広げたゴミ袋の上で、灰を落とす作業をしていると、銀河が風呂場に入ってきた。

「手伝うよ」

「ありがとう。急に浦瀬姉弟を連れてきてゴメンね」

「悪いと思っているんだ」

「いや、思っていないけれど、迷惑はかけている自覚があるんで、あやまった」

灰を入れたゴミ袋をまとめて、銀河は「重い」といいながら、風呂場の外に出した。

「まだ、袋いるよね。あー、そうだ。浦瀬姉弟にも、流すなって連絡しなくちゃ」


 銀河に続いて、蒔絵も風呂場から出ようとすると、銀河が何も言わずに蒔絵をまた風呂場に押し戻した。銀河には2人きりで話さなければならないことがあった。


「あの2人を百瀬村に連れて行って、その後のことは考えているのか?」

蒔絵はそこまで考えていなかった。

「あー。どうしようか?」


「お前の家はどうか分からないが、(うち)には居候(いそうろう)を2人も抱える経済的余裕はないぞ」

「じゃあ、1人ずつ預かろう」

「蒔絵は、俺の父ちゃんみたいなところがあるよな。家の母ちゃんがなんて言うか、考えて見ろよ」

蒔絵には、(つの)を生やした茉莉(まり)の姿が目に浮かんだ。

「そもそも、あいつらの家庭はどうなっているんだ?母親しかいないのか?事情も知らずに預かれないぞ」

「んー。聞いたことがないな。今晩・・・」


風呂場のドアが叩かれた。

「蒔絵ちゃん。トイレに行きたいんだけれど、ちょっといい?」

「お姉ちゃんゴメン。砂だらけなんだけれど」

「うーん。砂はまとめて端に寄せて。こっちも緊急事態なんだ」

2人の話が煮詰まらないうちに、風呂場から出されてしまった。



 夕飯は、ホテルのレストランが開いていたので、全員で一緒に食べることになった。

蒔絵は、鈴音に買って貰ったワンピース。銀河も開襟の洒落たシャツで現れた。

「春二さん、蒔絵ちゃんのワンピース、似合うでしょ?」

鈴音が嬉しそうに、春二に話しかける。

「うん。銀河君もお洒落だね」

「春二さん。この服は鈴音お姉ちゃんに買って貰ったの。海外遠征の夜にでも着ようと思ったけれど、鮎子ちゃんもワンピを着るって言うから、着て来ちゃった」

 鮎子も、都庁で着ていた可愛いワンピースを着てきた。

「鮎子ちゃんも可愛いよ。まるでピアノの発表会にでも着るみたいな、可愛いワンピースだね」


鮎子は寂しい笑顔を浮かべた。

「春二さん当りです。発表会用に作って貰ったワンピースです。少し派手ですよね」

鈴音が鮎子の服をしげしげと見て言った。

「どなたに作って貰ったの?すごく高そうなレースを使ってあるわね」

「母です」


 鈴音はそこで、浦瀬姉弟の家族に話題を持っていった。

「お母様は、噴火が収まったら、迎えに来られるのかしら?」

鮎子は困った顔をして、鯨人を見た。

「すいません。この春に父が脳梗塞で倒れて、母が介護をしているんで、親は迎えに来られないんです」


鯨人に続いて、鮎子が話し出した。

「電車が動いたらそれに乗って帰ります。それまで僕たちを住まわせていただけないでしょうか。お金は後でお返しします。今は、帰りの交通費くらいしかないんです」


鈴音はどんどん切り込む。

「浦瀬さんのお宅は、お仕事は何をされているの?」

「農家です。祖父母と父で農家をやっていたんですが、父がもう農業が出来ないので、私がお婿さん貰って後を継ぐか、廃業するか・・・でしょうか」


鮎子の言葉に鯨人が噛みついた。

「なんで、俺が後を継ぐって選択肢がないんだよ」

「鯨人は、実業団でバドミントンを続けられる力があるでしょ?」

「鮎子だって、高卒で実業団に入れば、続けられるじゃないか」

「無理だって、今回だって多分選ばれなかったし。それに農業を廃業したら、お母さんのピアノ教室の収入だけじゃ、生活できないでしょ?」


 2人が感情的になって収拾がつかなくなったところで、銀河が話に割り込んできた。

「農家の跡取り問題は大変だな。じゃあ、電車が動くまで、百葉村で過ごすことはしょうがないとして、(うち)も津波の影響で火の車なんだ。ただで住まわせるわけにはいかない。村でバイトを探して、毎日、食費くらいは入れてくれ」

「うん。分かった。何かバイトがないか探してみるよ」


蒔絵がそこに意見を述べた。

「銀河、百葉村って、コンビニもないし、バイト先なんてある?」

「逆に、村役場では人手がいるところはないか?」

「どうだろう。村の困りごとって、ボランティアを募って片付けるよね」

「今回の、灰の片付けはどうするんだろう」


鈴音が、桜島の話を持ち出してきた。

「桜島って自宅敷地の灰は、自分たちで片付けるんだよね。高齢者の家で、灰を片付けて、手間賃を貰うとかどうだろう」

「いいですね。2週間、灰が降り続ける間、仕事がありそうですね」

鯨人は顔を輝かせた。


(そう上手くいくだろうか)と銀河は思った。


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