表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/126

42 私達は別れません

バドミントンの描写は、多分専門でやっている人にとっては、用語も含めミスが多いと思います。バドミントンには「セット」って言葉を使わないとか、いろいろあるんですね。でも、個人的にバドミントンの男子って格好いいと思っているので、そこのところ大目に見てください。

 今日は、ミックスダブルスでの試合をする1日だった。今回招集された選手には、シングルス専門の選手もいるし、インターハイまでは男女それぞれのダブルスのカテゴリーしかないので、ミックスダブルスの経験があるJr(ジュニア)選手は少ない。

 今回も、ミックスダブルスのトップ選手は、浦瀬姉弟と、菱巻・鮫島コンビだけだった。今日は、そのコンビを組み替えて試合が行われた。


 念願の蒔絵(まきえ)と組めたので、鯨人(げいと)は張り切っている。すらっとした爽やか青年になった鯨人と組みたい女子は、結構多く、熱い視線が送られているのもあって、鯨人の気合いはMAXだった。

「蒔絵ちゃん。後ろは任せてね」

「よろしくお願い」


 半面、鮎子と組んだ銀河は、あっさりしたものだった。

「ぼちぼち行きますか」

銀河の挨拶は、その一言だった。

 銀河は、ライバル浦瀬姉弟のビデオは充分研究してきたが、実際組んでみるのは初めてなので、様子を見ながら、少しずつ、修正をしていこうと考えていた。

 鮎子は蒔絵ほどの反射神経はないが、柔らかい体を生かして拾い続ける力がある。また、銀河も強打をし続けるのではなく、緩急織り交ぜて、急ごしらえのペアの動きでできた穴を狙う。

 銀河は試合が始まって早々に、鮎子のリズムを理解して、鮎子がプッシュしやすいようなコースを次々と作った。鮎子は、いつもより気持ちよく得点を重ねることができた。


 一方、鯨人は一生懸命、蒔絵をリードしようとするのだが、鮎子より動ける範囲が大きい蒔絵とぶつかりそうになる。蒔絵も、銀河のアドバイスどおり、鯨人になるべく拾わせようとするのだが、体に染みついたステップはなかなか止められず、つい鯨人のそばまで踏み出し、ぶつかりそうになってしまう。


 お互いがイライラを積もらせ、一層2人のコンビネーションが乱れていく。どうにか立て直そうと、蒔絵が声を掛けてコミュニケーションを取ろうとするが、その声まで体育館にむなしく響いた。


 1ゲーム目は、想像以上の点差が開いた。2ゲーム目に入る前に、蒔絵がコーチ陣に棄権を申し出た。

「すいません。足が痛くなったので、棄権させてください」


本当はリズムが悪すぎて、これ以上やっても成果が上がらないと判断したからだ。

もっと銀河と組んでいたかった鮎子と、次こそは挽回すると意気込んでいた鯨人は、突然の申し出に肩を落とした。銀河は「当然だ」とでも言うような表情で、さっさと汗を拭きながらコートを出て、試合のビデオを見始めた。


 鯨人と蒔絵のダブルスを考えていたコーチ陣は、意外な結末に失望の色を隠せなかった。

医療スタッフが、蒔絵の様子を見に行ったが、やはり怪我をした方の足をカバーして、色々なところに痛みが出てきているようだった。

「午前中は休む?」

「休んでもいいですか?」

「午後は、状態が良ければ練習に戻れるでしょうけれど、無理はしないほうがいいね」


肝心の蒔絵が休むことになったので、シングルスの選手の中で、ダブルスに使えそうな女子を選んで、銀河と組ませて試合が続けられた。コーチ陣は、そこで銀河の意外な能力を発見した。


「菱巻と組むと、どの選手もやりやすそうだな」

「アドバイスも的確だし、相手選手に応じて、戦術も柔軟に変えられる。ほら、菱巻と組んだ中学生は、浦瀬姉弟といい勝負できている」

 昨年、浦瀬姉弟に敗れてから、銀河は、前衛の女子をどうやったら行かせるかを集中して考えてきた。


 勿論、昨日の練習で、自分自身の伸ばしてきた技術についても、実業団の選手に通用できることが確認できた。今日は蒔絵が見ている前で、その効果を確認して貰うことができる。だからこそ、銀河は、新しいペアとの練習を充分利用した。


「蒔絵ちゃん。僕が無理させちゃったかな?」

鯨人は、銀河の試合に集中している蒔絵に声を掛けた。

「ううん。練習不足だったんで、急に試合して、疲れちゃっただけ。午後は練習に参加できるから大丈夫だよ」


「そっか、銀河は、どの女の子とダブルスしても生き生きしているね」

鯨人は蒔絵が焼き餅を焼くかと、探りを入れた。

「男子とやってもきっと上手くやると思うよ」

蒔絵は、銀河の練習の意図を十分理解していたので、鯨人の言葉を気にしなかった。



 昼食休憩時に、銀河と蒔絵はわざと2人掛けの席を取って食事を始めた。午前の反省と、午後の作戦を立てるためだった。コーチ陣からは、蒔絵の動きから考えると銀河と組ませた方が、パフォーマンスが引き出せると考えたからだ。


「菱巻さん、午前はありがとうございました。何かアドバイスあったら教えて貰いたいんですけれど」

鯨人の外見に引かれて騒いでいた中学生だった。

しかし、銀河と組んだことで、あっという間に鞍替えをしたようだ。


銀河は可愛く、すり寄る中学生に冷たい返事をした。

「アドバイスは協会のコーチに聞いたほうがいいんじゃない?」

そういうと、白米に豚の生姜焼きを乗せて掻き込んだ。

「銀河、もう少しゆっくり食べたほうがいいよ」

「何かうるさいから、場所を変えて打ち合わせしようかと思って・・・」



 強化合宿の昼食休憩は、消化時間も確保するために、2時間半設けてある。ほとんどの選手はそこで仮眠をする。その時間を生かして、銀河は蒔絵を近くの自然観察公園に連れ出した。途中のコンビニで買ったコーヒーとiPadを持って2人は、涼しい風が通る木陰のベンチに座った。


「足は痛くないんだろう?」

「うん。張りはあるけれど、痛くはないね」

蒔絵は、にやっと笑って舌を出した。


「じゃあ、午後は全力で飛ばすぞ」

「うん。実業団のコンビとの練習は楽しみだけれど、成果を出さないといけないのは、浦瀬姉弟との試合だね」


「ああ、あのコンビ、実は鮎子がやっかいだと思ったよ。あそこが穴だと思って打ち込むと、すべて拾われる」

「そうだね。鯨人はタフだからいくらでもスマッシュ打ってくるけれど、ステップが独特で、動きが読めなくて困った。でも、多分鮎子はそれを理解しているから、鯨人がのびのび動けるんだよね」


「だからこそ、ネット際で左右に落とすのが、役立つと思う」

「OK。午前に試していたのを、何度もチャレンジして」


「充分午前休養を取った蒔絵に、頑張って貰うか?」

「決め急がない!ラリーを楽しむ!」

蒔絵は銀河の意図を口に出して確認した。


「じゃあ、蒔絵の膝を貸してくれ。俺が今度は休む」

蒔絵は、銀河が指でこっそり指さした方向に、2人を探す浦瀬姉弟の人影を見つけた。

銀河は、わざとイチャイチャして、2人がこちらに来ないようにしたようだ。

「丸太のような硬い枕ですが、1時間1,000円でお貸しします」

蒔絵も、久し振りの2人きりの時間を楽しんだ。



 午後は、基礎打ちやストレッチを各自行った後、試合が始まった。

「蒔絵の調子がいいうちに」と言うことで、浦瀬姉弟とのミックスダブルス対決が始まった。


 試合は一進一退の内容だった。長いラリーが続き、ミスをした方が1点を失うという展開だった。最初の得点は浦瀬姉弟に入った。蒔絵の渾身のプッシュがネットに引っかかったのだ。

鯨人がこれ見よがしにガッツポーズをして見せ、姉弟でハイタッチをした。


 ミスをした蒔絵の耳元で、銀河が囁いた。

「蒔絵ちゃんは(にわとり)さんですかぁ」

「決め急がない」という昼の約束をもう忘れたという()()()だった。

その言葉は蒔絵の苦笑いを誘い、その笑顔はミスをしても笑い合っているように第三者には見えた。


 会場が盛り上がるほどの長いラリーの末、次の1点を蒔絵が決めた時は、蒔絵は銀河の耳元で、「コッコッ」と鶏の泣き真似をしてみせた。

2人のやりとりは、具体的なアドバイスがなく、浦瀬姉弟は2人の意図が全くつかめなかった。

また、得点をしてもお互いで喜び合うそぶりもないので、観客もその冷静さに驚いた。

 

 蒔絵はチャンスが来ても打ち込まず、相手の隙を横目で見てプッシュすることに終始した。一方、銀河の方は前に出ては、ミスを繰り返した。しかし、銀河も蒔絵も全く意に介するそぶりを見せなかった。頑張って練習し続けた成果は、2ゲーム目に表れた。


 1ゲーム目を僅差で失った銀河達ペアは、2ゲーム目には銀河が練習してきた成果が表れだした。

銀河にとって、この試合は実験室の研究のようだ。いつの間に勝たなければという気負いも抜け、縮こまっていた腕も伸びてきたのもあるだろう。僅差ではあるが2ゲーム目を奪い返した。


 勝負をかけた3ゲーム目は、蒔絵が縦横無尽に動き、相手を攪乱(かくらん)した。基本的にはサイドバイサイドのポジションなのだが、蒔絵が後衛に下がって打ち合う場面が増えた。午前中足が痛いと言っていたのが嘘のように(半分は嘘だったのが)走り回って、鯨人と打ち合った。

 3ゲーム目の点差はさほどなかったのだが、明らかに力の差を感じさせるゲーム内容で、ヒシマキコンビが勝利を収めた。



「蒔絵ちゃん、午前中はわざと休んだの?」

鯨人が恨めしそうにコートを離れる蒔絵に話しかけた。

「足に違和感があったから休んだの。嘘じゃないよ。トライアルで本気出して怪我したら困るじゃない?」

「トライアル」つまり、鯨人とのペアは本来のペアではないと暗に言われ、鯨人は落ち込んだ。

勿論、協会側にも「本来のペア」の方が力が出せるとアピールしたのだ。


一応蒔絵は、医療スタッフのところに行き、足の調子を見て貰った。

「大丈夫ね。あんなに激しく動いたのに、張りもないのね」

「はい。慣れたペアなら、想定外の動きをすることもありませんし・・・」

一見、「天然」のような蒔絵の、本当の姿を医療スタッフは垣間見た。

この高校1年生コンビは、大人の言うとおり動く「駒」ではないのだ。



 その後の練習は、実業団のペアが相手だった。

「菱巻君、男子ペアともやらないか?」

そんな誘いにも、銀河は蒔絵とのペアで対応した。銀河は、鯨人と組んで、鯨人のサポートする気は全くなかった。自分のしたくないことは、全くしないのが銀河だった。



 初日同様、夜の技術練習中、指導陣は今日の総括をしていた。

「駄目だな。鮫島は菱巻とのペア以外では生かせないな。こっちのペアは確定で、男子のシングルスは浦瀬鯨人。女子のシングルスは鮫島蒔絵で確定だ」

「そこは、決定でいいですね。明日、男子ダブルス、女子ダブルスの候補を見極めて、明後日の朝、発表だな」


 合宿4日目、最終日の朝、世界Jrバドミントン大会の選手発表が行われる。

 しかし、銀河と蒔絵が待ちに待っていた選手発表を前に、大地を揺るがす大事件が起こるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ