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41 強化合宿初日

強化合宿の会場は、名前だけ某スポーツセンターに似せましたが、あそこは一般人は入れないので、中の描写はすべて空想です。また「バドミントン協会」のお名前も借りましたが、そこも全くのフィクションです。

 昨日、当座の買い物が終わって、鈴音や双子の生活がどうにか送れそうになったのを見届けて、銀河達は目的のバドミントンJr(ジュニア)強化合宿の初日を迎えた。


 強化合宿の場所は、HTCハイパフォーマンストレーニングセンター。トップレベル競技者用トレーニングセンターだ。各競技のトップレベル選手が利用する場所で、バドミントンも公式サイズのバドミントンコート10面を備える特別フロアを有している。

 

 今回ジュニアの選手で招集されたのは、男女合わせて10名。この中から、世界戦に出場するシングルス男女1名ずつ、男子ダブルス1組、女子ダブルス1組、混合ダブルス1組が選ばれる。中には複数のカテゴリーに選ばれる選手もいる。中学生からも有望選手が選ばれてきているので、世界大会に出場した浦瀬姉弟(うらせきょうだい)菱巻銀河(ひしまきぎんが)鮫島蒔絵(さめじままきえ)だからといって、選出されるとは限らない。選手達は笑顔で挨拶を交わすが、その笑顔の奥には熾烈なライバル心が隠れている。


 初日の集合場所は会議室だった。

「蒔絵ちゃーん。遅かったね。同じ部屋だよ」

男女別に席が決まっているようで、自分の名前が書かれた席に座る。蒔絵の席は、浦瀬鮎子(あゆこ)の隣だったようだ。鮎子が手を振って、蒔絵を隣の席に呼んだ。銀河も、鯨人の隣の席に静かに座った。


「昨日は、お姉さんのマンションにいたのか?」

「ああ、そっちは強化練習会どうだった」

「良かったよ。午前午後と練習試合をかなりやれた」


 銀河は今まで、紫苑(しおん)更紗(さらさ)とばかり練習試合をしてきたので、羨ましいと思った。そんな銀河に頓着せず、鯨人は合宿の資料をめくっていた。


「この後は、体力測定、午後はシングルスの試合ばっかりだな」

「個人の力量をまず見るのかな?相手は、実業団の選手だな。楽しみだ」


「ああ、スカウトも兼ねているんじゃないか。東京や千葉の高校3年生は、インターハイに出られないんで、ここで力を見るんだろう?ところで、紫苑や更紗は、バドミントン続けないんだろう?」

「ああ、バドミントンとは無関係な大学に行くんじゃないか?もう部活は引退して、夏期補習に行ってるよ」


「蒔絵は・・・?」

鯨人がそこまで言いかけたところで、協会の役員が入ってきて、合宿のオリエンテーションが始まった。



 体力測定や心理テストが終わると、HTCの食堂で、選手達お楽しみの昼食時間が始まった。銀河と蒔絵の席に、当然のように浦瀬姉弟が座った。トップクラスの選手にはそれなりのオーラがあるようで、4人が固まると他の選手が近寄りがたい雰囲気が出た。


「銀河君、蒔絵ちゃん、もしかしたら、体力テストは女子で1番かも知れない」

「えへ。今年も記録を更新してしまいました。銀河はどうだった?」

蒔絵も自覚しているらしく、鼻高々だった。


「俺もいつも通り、一番だったのはバランスや体幹くらいかな?」

「流石、海の男の家系だね」


蒔絵と銀河の話題に、鮎子が食い付いてきた。

「銀河君って、『海の男』なの?」

「正確には、船乗りの家系?お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、お父さんも東京商船大学出だしね」

「お祖母ちゃんも?東京商船大学って、今の東京海洋大学のことだよね。銀河君はそこに進学するの?」


蒔絵は、銀河から直接進路について話を聞いたことがないので、銀河の答えを期待した。

「んー。『海賊王に俺はなる』かも」

蒔絵は、銀河のはぐらかした答えに少しがっかりした。しかし、鮎子ははぐらかされなかった。

「やあだ。それはアニメの話でしょ?じゃあ、銀河君はバドミントンの強いところに進学するの?」

「鮎子さん、高校1年生が、そこまで進路を決めているわけないじゃないですか。風任せで、3年生になって流れ着いたところを選ぶ予定ですよ」


鮎子はどうしても、銀河の進路が知りたかったので、自分のカードを先に開いた。

「急に敬語使って、私を年寄り扱いしないで。私は今、ラケットメーカーのY社か、製薬会社のS社に誘われているんだ」

その情報には、蒔絵が食い付いた。

「製薬会社の所在地は九州でしょ?遠いね」

「そうだね。でも、強い選手も多いし悩んでいる。銀河君はどう思う?」

「いや、自分の進路は自分で決めるものだから。俺に聞くなら鯨人にアドバイス貰ったほうがいいんじゃないすか?」


そう言いながら、銀河は席を立って、蒔絵の分も食器を下げた。その帰りに、2人分のオレンジジュースを持ってきた。

「ありがとう」

「ども」

「なんか、2人を見ていると、熟年の夫婦みたいだね」

「そうだね。最近2人で子育てしているから、ますますそう言われることが増えたよね」


そう言うと、蒔絵はスマホを開いて、双子の写真を鮎子に見せた。

「超可愛いでしょ?動画もあるんだよ」

いつも仏頂面(ぶっちょうづら)の銀河も口の端にうっすら笑顔を浮かべて、動画を見ていた。

「これな。(あい)が寝返り打ったやつ。よく撮れたよな」

「そう、感動の一瞬を撮影できて、超ラッキー」

「蒔絵ちゃん。銀河君って、笑うんだね」

「えー?鮎子ちゃん。見たことないの?『少年ジャンプ』なんか見ていて、ツボに入るといつまでも笑っているよ」

「鮎子さん。蒔絵の弱点を教えましょうか?それは『わ(き)』」

そこまで言いかけた銀河の口を、蒔絵が飛びついて押さえた。


食堂を使っていた他競技の人の視線が痛くて、4人はこそこそと、バドミントン専用の体育館に移動した。


 午後の個人戦は、総当たり方式で4時間続けられた。蒔絵は女子でダントツの1位だったし、男子の1位は東京の高校3年の選手だった。鯨人は2位。銀河は僅差で3位だった。特にネット際の細かいショットでの正確さが足りなかったようだ。


 夕飯後は、対戦をしてくれた実業団選手から、技術指導があった。

その間、コーチ陣は1日の総括をしていた。


「やっぱり、鮫島蒔絵の運動能力は別格ですね。多分、陸上競技に行っても、バレーボールなどの球技に行っても、かなりのところに行くね」

「だからこそ、ミックスダブルスがいいんだろうね。男と対等に動ける。昨年まで、姉の更紗と組むことも多かったけれど、力の差がありすぎたよな」

「姉の更紗が引退したのは怪我だけじゃないんだろう?あそこまで力の差を見せつけられるとなぁ。あれじゃ、蒔絵を後衛にした方が良かったよな」

「ああ、ミックスダブルスなら前衛だが、女子と組ませたら後衛がいいよね」


「では、ミックスダブルスなら誰と組ませたらいいかな?」

「今組んでいる菱巻銀河の能力は、普通なんだよね。総合力では浦瀬鯨人のほうがいいね。伸びしろがある。背も伸びたし、足も速い。菱巻は少し、重いからな。今回は大分(しぼ)ってきたが、筋肉もあるけれど、脂肪も多いよな」

「明日は、鮫島蒔絵-綾瀬鯨人、菱巻銀河-綾瀬鮎子のミックスダブルスで、大学生と当ててみようか」

「明後日は、女子は女子ダブルス、男子は男子ダブルスで相性を探ってみるか」

「最終日に、本来のダブルスで、対決させよう」


練習計画を立てる首脳陣に、医療スタッフが声を掛けた。

「鮫島の出来を見るのはいいんですが、合宿に来る2週間前まで、(もも)の肉離れでほとんど練習してなかったみたいなので、様子をしっかり見ながら試合させないと、世界大会前に怪我が再発すると困りますよ」


「大丈夫、大丈夫、体力テストでは、フルスロットルだったよ」

これが、強化練習の怖いところである。


 技術指導の後、明日の練習計画が選手に伝えられた。



「やっぱりな」

蒔絵は、銀河のつぶやきを聞き逃さなかった。

「銀河の想像していたとおりだったね。誰と組んでも、私は全力で行くよ」

「ああ、別にいいけれど、鯨人とぶつからないように気をつけろ。鯨人が前に拾いに来るタイミングが危ないから、鯨人に取らせてやれ。特に、怪我した方のサイドに飛び出してくるから」

「ああ、そっちは少し、反応が鈍いから穴ができるよね。銀河が後ろなら自由に動けるんだけれど、気を使わないとね」

「ふん。今晩のマッサージはどこでしようか?」

「ロビーでいいよ。ソファーで横になるから」



 ミーティングの後は、各自自由時間だった。蒔絵と銀河はそれぞれ入浴した後、ロビーに集合した。そこでは、浦瀬姉弟がTVを見ていた。

「悪いけれど、ソファーを貸してくれないか?」

銀河は、TVの前のソファーに陣取っている鯨人に声を掛けた。鯨人が退()くとそこにバスタオルを敷いて、短パン、Tシャツの蒔絵がうつ伏せに横たわった。

「ゴメンね。うちらのルーティンワークなんだ」

浦瀬姉弟を気にすることなく、銀河はマッサージクリームを使って、蒔絵の足先から順にマッサージを始めた。


「おい。あんまりじろじろ見るなよ」

銀河の牽制に、鯨人は顔を赤くして横を向いた。

「いや、(きわ)どいところまでマッサージするんだな」

銀河は、足は短パンの際まで、背中はTシャツの中深くまで手を入れて、マッサージをしている。


「合宿じゃ、部屋が男女別だからな。男女共用の場所でしかできないから、これでも気を使っているんだけれど」

「おいまさか、個室でマッサージする時は、服を脱いでいるとか・・・」

「まさか。ただ、まあもう少しまくり上げるけれどな」


「蒔絵ちゃんは、銀河君のマッサージはするの?っていうか、寝ている」

「そう、いつもこいつは狸寝入(たぬきね)りしているうちに、まじに寝てしまって、俺のマッサージはしないな」

「本当だ。よだれ垂らしている。美人選手が台無しだ」

「『美人』?ああ、更紗と組んでいる時、『美人姉妹』とか言われていたな。どうして、女子スポーツ選手は、顔で評価されるんだ?」

「TV映りがいいからでしょ?蒔絵ちゃんはスタイルもいいしね」


銀河は、鮎子に反論した。

「蒔絵はこの筋肉や重い胸があるせいで、夕方には筋肉痛でボロボロなんだけれどな」

「え?胸のせいで筋肉痛?」

「肩()りがひどい」

「あー。それで蒔絵ちゃんは、胸を(つぶ)すブラしているんだね」


鯨人が全く話についていけなくて、きょとんとしている。

「胸を潰すブラ?」

「ああ、呼吸が苦しくなるから、普段はしていないけれど」


鯨人は制服の胸ボタンが飛ぶ、お決まりのシーンを想像した。

「制服は普通のブラを着けて・・・」


鮎子の軽蔑するような視線が浴びせられていることに、鯨人は気がつかなかった。

「最低」


鮎子達のやりとりに、銀河は眉をひそめた。

「鯨人は何を期待しているんだ?制服は、俺の姉ちゃんのお下がりを着ているから大丈夫だよ」

「お前の姉ちゃんも巨⚫?」

「ああ、既製品の制服じゃ駄目なんで、自分で型紙起こして、ブラウスやスカート縫っていたよ」

「スカートも?」

「ああ、姉ちゃんも蒔絵も、ヒップに合わせるとウエストがブカブカだから。あー、思い出した。こいつの弱点はな・・」


 そこで蒔絵がガバッと起き上がってきた。

「銀河、黙って」

「はい。狸寝入りがバレた。蒔絵、たまには俺のマッサージもしろ」


 蒔絵は仕方が無く、うつ伏せの銀河にまたがって、マッサージを始めた。

鯨人は「短パンの蒔絵に自分も(また)いで欲しい」と思ってしまった。


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