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38 浦瀬姉弟はもう少し粘った

夏のお宮参り、暑そうですね。待合室などは冷房が効いていますが、神社本殿には冷房効いているんでしょうか?産着も厚手ですし、写真撮影を外ですると、また暑いということで・・・。

 地上202m、45階から眺める景色を満喫した後、蒔絵と銀河はカフェで休もうとしたが、席はどこにも()いていなかった。

「どうしよう。32階の職員食堂まで降りて、もうお昼にしちゃうか?」

「うーん。Tシャツとジャージ姿だから、それもいいね」


銀河は、自分の我が儘で、スポーツウエアで新宿を歩かせたことを少し後悔した。

「32階まで行くんだったら、都庁から出て、スタバでもいいな」

「スタバ?腹一杯にはならないよ。まだ、俺はタリーズの方がいいかな?」

そう言いながら、下りのエレベーターから降りると、再び浦瀬姉弟と遭遇した。


「あー。蒔絵、また会ったね。お昼食べた?」

鮎子は再び、蒔絵の腕を取って話しかけた。馴れ馴れしいのか、今度こそ逃がさないという意思の表れなのか。ただ、蒔絵にとっては、仲の良い他校のバドミントン仲間なので、銀河はそのまま傍観することにした。

「お昼ね、スタバか、タリーズに行こうかな?って、考えていたんだけれど、うちら夕飯も新宿で食べるんで、色々と考え中」

(あー。余計なこといわなくてもいいのに)

「じゃあ。タリーズで昼を軽く食べて、午後の計画を立てよう」

鯨人(げいと)、何言っているんだよ。午後も一緒に遊ぶって、誰が決めたんだ)


 心の中で、銀河は文句を言うが、特に計画がなかったので、グズグズ浦瀬姉弟にひっぱられることになってしまった。



 しかし、タリーズを選んだのは正解だった。比較的空いている上に、スパゲッティーもホットミールも選択肢が豊富な上、女子の好きなサンドイッチや甘いパン系も充実しているのだ。4人でテーブルいっぱいプレートを並べて、ワイワイ食べるのはそれなりに楽しかった。


「銀河は、ボロネーゼのパスタに何故、ドーナツも食べるんだ?」

鯨人は早速、銀河に突っ込みを入れたが、蒔絵はすぐ、その答えを出した。

「銀河は、そのレモンドーナツ、半分くれるよね」

「仰せのままに」


2人で、普通にシェアしながら食べているのを見て、鯨人は鮎子に言ってみた。

「鮎子、そのシナモンロール、美味しい?」

「うん。あげないよ。食べたいなら自分で追加してきて」

「鮎子、兄妹でもないのに、銀河は蒔絵にも分けて上げているぞ」


蒔絵がニヤニヤ笑って、事の真相を話した。

「違うね。私が食べたそうなものを、銀河が余分に頼んで、食べきれなかったら、残りを片付けてくれるんだ」

「なるほどね。銀河が太っているわけが分かったよ」


銀河は腹をめくって、鯨人の発言を訂正した。

「どこが太っているんだ?見ろ。今は、割れているぞ」

「ふーん。その程度か。俺は6食パンだぞ」

鯨人はライバル心、丸出しで、シャツをまくり上げて、六つに割れた白い腹を出した。


2人の男の腹を、蒔絵は迷うことなく摘まんだ。

「銀河の勝ちだね。鯨人の腹は、皮しか引っ張れない」

「おい。脂肪がないからいいんだろう?こういうのを、細マッチョって言うんだ」

「脂肪がないと、寝心地悪いからな・・・」


3人のやりとりを呆れて見ていた鮎子は、大きなため息をついた。

「お願いだから、お腹を隠してくれない?恥ずかしい。それに鯨人、その白い肌はかっこ悪いよ。せめてもう少し焼いてきたら?」

「鮎子、屋内競技の選手が白いのは、当たり前だろう?なんで、銀河が日に焼けているんだ」

「ああ、2週間、野球部と一緒に、外を走っていたからな」


蒔絵が怪我をしている間、銀河の朝練習は外ランニングだったからだ。蒔絵がその理由を話そうとするのを、銀河が目で止めた。それに気づいた鮎子は、何気なく話題をそちらに向けた。

「蒔絵は、焼けていないんだね」

「私は、屋内で別の練習をしていたから。ここから先は、企業秘密だよ」

蒔絵はにっこり笑って、「これ以上聞くな」と鮎子に、視線で牽制を掛けた。


「ところで、浦瀬姉弟は、なんで合宿より早く上京してきたの?」

今度は銀河が探る番だった。鯨人はすらすらその理由を話してくれた。

「明日は、都内の高校で練習させて貰うことになっているんだ。だから、今日しか遊べる日はないんだ。蒔絵ちゃん達も一緒に行かない?」


 銀河としては喉から手が出るほど、嬉しい申し出だったが、蒔絵の足が練習会で悪化する可能性もあるので即答できかねた。しかし、蒔絵は即答した。


「明日はねー。ちょっとやることがあるんだ。折角誘ってくれたけれど、ゴメンね」

「もう、どこかで練習の予定が入っているの?」

「ううん。明日は、双子ちゃんと過ごせる最後の日だから、お姉ちゃんのところでまったりしていると思う」

銀河は想定外の返事に唖然とした。それを鯨人は見逃さなかった。

「じゃあ、銀河は僕たちの方に来る?」

蒔絵は、レモンドーナッツの残りの一つも取り上げて、半分を囓り、残りの半分を銀河の口に押し込んで答えた。

「駄目よ。銀河は私と一緒にマンションで()()()するの」

銀河同様、浦瀬姉弟も話の流れが分からなかった。3人の頭に盛大に飛び交う?マークに、蒔絵は理由の説明をした。


「あのね。銀河のお姉ちゃんが2月に、百葉村に戻って里帰り出産したの。生まれたのは双子。でも、お姉ちゃんは、どうしても東京に戻って、震災対応をしなければならなかったので、銀河と私で、3ヶ月双子を育てていたの」


鯨人が盛大に頭を振った。

「いやいや、説明になっていないよ。まず『お姉ちゃん』って銀河のお姉ちゃんなんだろう?なんで、蒔絵が子守りするの?それに、2人が高校に行っている間はどうしたの?」

「本当は、銀河のお祖母ちゃんが双子の面倒見るってことだったんだけれど、腰を痛めて入院しちゃったの。そう言うことで、2人で赤ちゃんを高校に連れて行って、高校のみんなに協力して貰って、子育てしてきたの」


「それは最初の答えにはなっていない」

「最初の?ああ、私が子守りをする理由?双子が可愛いからに決まっているからじゃない。男の子と女の子の双子だよ。超超可愛いんだよ。昼休みは技術員さんと事務員さん、放課後の部活の時は友達が、子守りしてくれていたから、部活も普通にできていたし」


それでも、浦瀬姉弟が納得できず次の質問をするのを、銀河が止めた。

「蒔絵、いくら事情を話してもなかなか理解はして貰えないよ。それより、俺は『掃除』について知りたいんだけれど」

「あー。そっちね。銀河はさ、今晩、双子はどういう状態だと思う?」


「まあ、慣れないところに来たことと、1日連れ回されたことで、夜泣きがひどいだろうね。まあ、泣くだけならいいけれど、体調を崩していないといいんだけれど」

「そうでしょ?多分、お姉ちゃんは、そのことで、ぶち切れて帰って来るだろうね。でも、問題があるのは春二さんのお母さんと、春二お義兄さん双方だと思うんだ」


「問題って?」

「マンションの部屋見た?赤ちゃん迎える準備が全くされていなかったでしょ?台所には食べ終わった食器が山積みだったし、洗ってない洗濯物も積まれていたよね」


「あー。そう言うことね。姉ちゃんは、義兄さんの世話もしなきゃいけないと・・・。でも、義兄さんは育休を取ったんだろう?」

「育休を取った旦那さんが、ただ家でゴロゴロしていて、何の役にも立たないっていうのは、よくある話。そこで、銀河が『できる男』の見本を見せるんだよ」


「できる男」で浦瀬姉弟は吹き出したが、2人の反応に全く頓着せず、蒔絵と銀河は明日の作戦を着々と立てた。


「その他に、蒔絵は気がついたか?春二さんのお母さんが、用意したっていうベッドや服を見た?」

「私は、そこまで気がつかなかった」

「ベッドの布団がふかふかなんだ。服も買ったままで、袋のまま、積んであったろう?」


「銀河君、それの何がいけないの?」

鯨人は全く話題についていけないが、鮎子は辛うじて質問を差し込んだ。


「鮎子さんは分からないかな?ふかふかの布団だと、赤ちゃんは窒息しちゃうんだ。(うち)の双子もそろそろ寝返りするんで、あっという間にうつ伏せになって窒息してしまう。服も、()()()親だったら、赤ちゃん用の服を買ったら、洗ってすぐ着せられるように準備しておくもんだ。中には、チクチクしないようにタグを切ったり・・・」

「最近のベビー用品は、タグが外側に縫い付けられているのも多いよね」


「それが、姉ちゃんの家にあった服は、みんなタグが内側なんだ」

「それって、古いタイプの服ってこと?」

「そう、お祖母ちゃんが自分の子どもに買ってやって、使えなかったやつを引っ張り出したんじゃないか?」

「うわー。先代の嫁姑戦争の恨みの籠もった服か・・・。根が深いね。お祖母ちゃんの気持ちを傷つけたくない春二お義兄さんの気持ちも、くみ取らないといけないんだ。じゃあ、尚更、明日、2人でよく考えて対処しないと、離婚騒動に繋がるかも」


「離婚は、姉ちゃん達の問題だから、俺はどうでもいいけれど、双子の健康は・・・、あれ?姉ちゃんからだ」

スマホの画面には「鈴音」の表示が、出ていた。


「はい。姉ちゃんどうした?え?新宿病院?分かった。今行く。

え?春二さんはまだ、花園神社にいるの?なんで。嘘。

じゃあ、俺が花園神社、蒔絵が新宿病院に別れてヘルプに行くよ。泣くなよ」

スマホを切った銀河に、蒔絵が心配そうな目を向けた。

「お姉ちゃんなんだって?」

(あん)(じょう)(あかね)が熱中症になったんだって。それで、救急車で搬送されたんだけれど。なのに、藍がいるからって、花園神社でまだ、お宮参り続けているんだって」


「何やっているの。藍だって、体調崩すでしょ?」

「向こうのお義母さんが、親戚も呼んだからって、譲らないんだって」


「命と見栄、どっちが大事なのよ」

2人は、浦瀬姉弟にちらっと目で挨拶をして、タリーズを飛び出していった。


「鯨人、あの2人の間を裂くって至難の業だわ」

そう言いながらも、鮎子は銀河の背中に羨ましそうな視線を投げていた。


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