36 穂高の罪と義崇の策略
この回は、田邊先生のサイドストーリーです。
田邊義崇と鮫島穂高は、高校時代の仲間に言わせると、「仲良しコンビ」だったらしい。穂高もそう思っていた。
コンビの片割れ、鮫島穂高は、背も高くおおらかで、バスケット部のエースだった。勿論、女子にも人気があり、高校1年からマネージャーと付き合っていた。
一方、田邊義崇は成績優秀で、1学年上の菱巻鈴音に匹敵する秀才として、先生方の期待を一身に浴びていた。バスケット部でも、小柄ではあるが、トリッキーなパス回しが持ち味でで、1年の時からスモールガードとして、活躍していた。
これは、2人が高校2年生の春の出来事である。
「義崇、竹内先生の『文学国語』って、わからなくないか?」
いつものように、学食でラーメンをすすっている2人は、4時間目の授業について話をしていた。プリントが難解だと言うことで、穂高が愚痴を言っている。
「何がわからないの?『山月記』なんて定番教材だから、ネットを少し探せば答えがわかるじゃないか」
「そうじゃなくて、主人公、李徴の気持ちが理解できないんだよ。友達が出来ないって言うのが、僕にはよく分からない。ちょっと声を掛ければ友達なんてできるだろう?」
(典型的、陽キャのお前には理解できないだろうね)
「別に理解しなくても、いいんじゃない?」
「それじゃ、次の『気持ちについて話し合う』時間には、何を話せばいいんだ?」
(そんなことは、自分で考えればいいのに)
義崇は、そう言う話し合いには、すぐ挙手して「ファシリテーター(進行役)」に立候補してしまうので、全く気にしていなかった。
「まあ、『わからない』ってことを前面に出して、人の発言に突っ込めば、話し合いは成り立つんじゃないか」
「義崇って、どんな時も自分がどう行動したらいいか理解しているなぁ。僕よりずっと大人だ。そんな義崇に、聞きたいことがあるんだ」
義崇は、学食に珍しく相原朋実が入ってきたので、意識がそちらに引っ張られ、穂高の言葉を上の空で聞いていた。
「なあ、相原先輩って綺麗じゃないか?」
「え?綺麗。(何を言わせるんだ)いや、お前、彼女いるじゃないか」
「彼女より好きな人ができたら、どうしたらいいかって相談だよ」
「諦めろ。今の彼女を大切にしろ」
義崇は即答した。
義崇は、中学時代からバスケット部の朋実に憧れていた。当然、高校でも先輩の後を追って、バスケット部に入部した。
セミロングの髪をきっちり結わいて、風を切って走る朋実から、義崇はいつも目が離せなかった。
義崇は、先輩が卒業する時に告白しようと、心に決めていたので、クラスの女子から、寄せられた好意などはすべて気がつかぬ振りをしていた。
そんな義崇の憧れの君に対して、この男はなんてことを言い出すのだ。今付き合っているマネージャーの気持ちはどうするんだ。
義崇があまりの出来事に動揺している間に、穂高は動き出してしまっていた。
「あー。何しているんだ」
穂高は義崇が止める間もなく、朋実のところに突進していった。
「先ぱ~い。学食に来るなんて珍しいですね」
「(栗橋)弓子と鈴音に誘われて、1度くらいは学食に来てもいいと思ったんだ」
「鈴音先輩と弓子さんは、まだ来ないんですか?」
「今、食券の列に並んでいる。私は、もう弁当食べたんで、席取りしているだけ」
珍しく後輩から話しかけられたので、朋実も気軽に応対している。その朋実の座っている席の前に、穂高はストンと座った。
「あのー。先輩って、付き合っている人いるんですか?」
穂高の声は、学食中に響き渡った。当然、恋バナに飢えている高校生の耳目を奪った。
「ちょっと、声が大きいって、穂高君。どうしてそんなこと聞くの?」
「僕が、朋実先輩のこと、好きになっちゃたからなんです。その気持ちを知って欲しくて・・・」
「待ってよ、君は1年のマネージャーと付き合っているじゃない」
「勿論、事情を話して、別れて貰います」
この騒ぎは、周囲の友達経由で、穂高と付き合っているマネージャーに、すぐに伝わった。
夕方には体育館で、マネージャーに別れを切り出す穂高と、泣き出すマネージャーを取り囲む修羅場が繰り広げられた。マネージャーは勿論、その友達も、すぐには穂高の要求を飲むわけもなく、その痴話喧嘩は、ほぼ半月続いた。
この騒ぎは朋実にも被害をもたらした。「マネージャーの彼氏を奪った」という言われない噂が立ってしまったのだ。
学食告白事件から1ヶ月ほど過ぎた放課後、1人で革ボールを磨いている義崇の側に、朋実がぽつんと座った。
「お疲れのようですね」
「本当よ。義崇君の親友はひどい男よ」
「いや、あの時から、僕は彼とは距離を置いていますよ。信じられない行動を取りますからね。この間も、マネージャーから、僕が詰られましたからね。『どうして、前持って教えてくれなかったの?』って。僕があいつの気持ちを知ったのは、あいつが告白しに行った1分前ですからね。無理に決まっているでしょう?」
朋実は、寂しく笑った。
「君も、もらい事故の犠牲者なのね。ああ、私がここに座っていると、第2のもらい事故に合うわね」
その日は、中間考査の期間中で、2人の他に自主練習をしようというものはいなかった。
「今日は誰も来ませんよ」
「義崇君は、学年1番なんでしょ?自主練するなんて、余裕ね」
「2年生の学年1番の、鈴音さんも自主練していますよ。鈴音さんは、今日は4限まで考査だからまだ来ませんけれど・・・」
「2人は仲良しなの?」
義崇は強く否定した。折角2人きりで話せているのに、変なことで誤解されたら困る。
「いいえ!! 僕の後に、鈴音さんが来るので、昨日、体育館をそのまま開けておくように言われただけです」
そう言って、朋実の顔をしっかり見た。
「そっか、変なこと聞くけれど、1年のマネージャーって、小さくて顔も可愛いよね。どうして、穂高君は、私に乗り換えたのかな?背も高いし、顔も不細工だし、いいとこなんて、どこにもないのに」
義崇は、穂高がどうして朋実を選んだのか、だいたいわかっていた。穂高は、妹が美少女なので、顔にこだわりがない。身長は高い女性の方が好き。そして、どちらかと言うと、サバサバした女子の方が話しやすくて好きなのだ。しかし、それを言葉にすると、かなり語弊があるので、義崇は言葉を考え絞り出した。
「あいつは、妹が2人いるので、年上でしっかりした感じの人が好きなのかも知れません」
「例の妹さんね。美人よね」
ここで、義崇は朋実を褒めようと思ったが、グッと堪えた。恋愛感情を持っていると知られたら、気持ち悪がられると思ったからだ。
しかし、千載一遇のチャンスを逃す訳にはいかない。義崇はスマホを出して自分の連絡先を出した。
「これ、僕のメルアドです。あいつのことで、何か困ったことがあったら、メールください。どうにかして、あいつを止めますんで。ああ、登録しなくてもいいです。写メでいいです。僕のこと信用できそうだと思ったら、連絡ください」
こうして、義崇は朋実に自分の連絡先を知らせることができた。朋実からの連絡はなかなか来なかった。義崇が2年待って、諦めかけた時、一本のメールが来た。
そしてそれは、義崇にとって胸を引き裂くような辛い内容だった。
「義崇君、心配を掛けました。穂高君と付き合うことになりました」
その連絡は、朋実の卒業式の前日に届いたのだ。そして、その後、穂高から絵文字満載のメールも届いた。
「成功!相原先輩に再度、告白したら、OK貰えました。先輩は東京の大学に行って、遠距離恋愛になるけれど、頑張ります」
義崇は、朋実先輩の卒業式の日、部活での送別会を欠席した。とても、笑って先輩を送り出す勇気が出なかったのだ。送別会の夜、義崇は思い掛けない人物の訪問を受けた。
それは、菱巻鈴音だった。
「義崇君、体調はどうですか?」
「ああ、そこまで悪くないんですが、旅出つ先輩に風邪をうつすといけないですから」
真っ赤に泣きはらした目と、マスク姿で玄関に出た義崇は、かなり具合が悪そうに見えた。
「ゴメンね。これを受け取って欲しくて、持ってきた」
鈴音は、T大学の赤本を持ってきたのだ。それ以外も、『大学への数学』など受験に使った問題集をどっさり、頑丈な袋に入れて持ってきた。
「義崇君が、来年T大学をチャレンジするって聞いたから、持ってきちゃった」
「ああ、ありがとうございます。でも、T大学を受けるかどうかも、わからないんですが」
「受けてよ。私も、W大に行った朋実も、君が東京に来るのを待っているよ」
「え?朋実先輩が?」
「うん、穂高の馬鹿のせいで、朋実は参っていたじゃない?1人でも応援してくれる人がいて心強かったんだって」
意外な言葉に、義崇はまっすぐ鈴音に向かって顔を上げた。
「嘘です。それなら、何故、穂高と付き合うことになったんですか?」
「根負けしたんじゃない?穂高はしつこいからね。
私の家は、穂高の家の隣だから、穂高のことを小さい頃から知っているけれど、あの子飽きっぽいんだよね。手に入れるまでは凄い執着なんだけれど、飽きるのも早いんだ。『釣った魚に餌をやらない』タイプなんだ。だから、遠距離恋愛になったら、多分熱が冷めると思うんだよね」
「鈴音先輩は何が言いたいんですか?」
「Out of sight, out of mind(去る者は日々に疎し)」
「何度も会いに来いってことですか?」
「そうそう。理解が早くていいね。穂高は連絡をまめに取ったりしないから、反対に義崇は、何度も会いに来て、好きだって伝えればいいのよ。
協力するよ。宿も、家の彼氏のところに泊めて上げるから、学校見学でも何でもいいから、口実つけて上京して来なさい」
その日から、鈴音のアドレスには、義崇から毎月連絡が入るようになった。
『T大模試』『夏期講習』『大学見学』『T大主催高校生のための特別講座』、チャンスがあればすべて上京して、義崇は朋実に会う機会を作った。
一方、その1年の間、穂高からのメールはと言うと、4月は頻繁に届いたが、5月になるとほとんど届かなくなった。
6月上旬、葛西臨海水族館で、朋実と義崇が、2人で過ごしていた。いつも、会話の内容が、穂高の悪口なのは気が滅入るが、鈴音が気を利かせて、ドタキャンしてくれたので、2人きりで水族館を回れるのが嬉しかった。
「今月はまだ、1回もメールの返信がないんだ。受験勉強で忙しいのかな?」
「今、体育祭のダンスの練習で忙しいんじゃないですか?僕はダンスが下手だから後ろの列ですが、あいつは第1列ですから。パートナーの女の子と、毎日遅くまで練習していますよ」
話した内容は真実だが、それを伝えるか否かは義崇が選んでいる。少しずつ、毒を混ぜて、伝えているのは、義崇の策略だ。
朋実は、小さく笑った。
「おっかしい。義崇君はダンス下手なのに、こっちに来て水族館にいる。クラスの人に怒られない?」
「ここにいるのは、T大学受験のためです。水族館はおまけですが。それに、ダンスは下手でも、走る競技はしっかり出ますよ」
アンカーが穂高と言うことは癪なので言わない。
そんなモヤモヤした日々は、義崇のT大学合格で終わるはずだった。合格発表を見た後に、義崇は朋実に告白するはずだった。しかし、この日朋実は、穂高を連れて、義崇の前に現われた。
「穂高君、T理科大学に受かって、今日は一緒に下宿を見に行くことになったんだ」
穂高は地元の国立大学の理学部を受けたはずだったが、昨日の発表で、落ちたことがわかったので、急遽、都内の私立大学への進学を決めたという。
また、告白しようとした日の1日前に、「また、穂高に先を越された」と義崇は目の前が真っ暗になった。あまりのショックに、義崇は鈴音に泣きつくことすらできなかった。
3度目の正直となったのは、穂高のバスケットの試合でのデビュー戦だった。
朋実は、上京して多忙だった穂高が、珍しく電話してきたので、ウキウキして会場に向かった。たくさんのゼリー飲料を持って出かけるという朋実に、「近くまで行く用事があるから、差し入れを持つのを手伝うよ」という口実で義崇は同行した。
会場について、穂高の大学のベンチに近づくと、背の小さなマネージャーが、ニコニコして近づいてきた。
「応援の方ですか?差し入れ、受け取ります」
「あのー。鮫島穂高さんは?」
「穂高?これからすぐフロアーに下りてアップするので、差し入れがあったことを後でお知らせしますね。あー。そこの席は、OBが来るために空けてあるので、座らないでください」
マネージャーに冷たくあしらわれ、朋実がかなりしょげかえっていたので、義崇は朋実の腕を取った。
「あそこの席が空いているので、行こう」
「義崇君、用事は?」
「午後でもいいんだ。折角来たから、大学のバスケを見ていくよ」
スタメンで起用された穂高は、そこそこ活躍して、自分でも満足した出来だったようだ。試合後、応援席に声を掛けに来た朋実に、穂高は明るく声を掛けた。
「来てくれたんだ。ありがとう」
「この後は?」
久し振りの会話に、喜んでいた朋実の前に、先ほどのマネージャーが割り込んできた。
「ねえ、穂高。クーラーボックスいっぱいなの。みんながゼリー飲料水なんか差し入れしてくるから、重くて。大学まで運ぶんで一緒についてきてくれない?」
「他の1年はいないのかよ」
「穂高も1年でしょ?1年の仕事をして!大学から、打ち上げ会場までは、私が案内するから」
(なんて嫌な女だろう。でもこの女、高校時代、穂高付き合っていたマネージャーに少し似ているかも)
義崇が眉をひそめた。
「そういうわけだ。朋実、悪いけれど、今日は帰ってくれ。また連絡するよ」
大学のメンバーがぞろぞろ出て行くのを、ボーッと見ていた朋実の腕を、柱の陰から出てきた義崇が取った。
「朋実さん。穂高は忙しいんだそうです。一緒に昼でも食べましょう」
義崇は怒りで、耳まで真っ赤だった。
「義崇君。どこへ行くの?」
義崇は、朋実の腕を取って、そのまま東京駅に向かった。東京駅で駅弁を買うと、大阪までの新幹線の切符を2枚買った。義崇は何を言っても答えなかったが、朋実は抵抗することなくその後について行った。
大阪に向かう新幹線の中で、義崇は買ってきた駅弁を黙って食べ始めた。朋実も、女性向けのフルーツが入ったサンドイッチを口に運んだ。甘い味が口いっぱいに広がった。体育館で感じた惨めな気持ちが、少しずつほぐれていくような気がした。
少しでもお腹に入ると、朋実は元気を取り戻してきた。
「本当に、どこに行くの?」
初めて義崇が答えた。
「海遊館」
以前から、朋実が行きたがっていた水族館だった。
「今行ったら、帰れないよ」
「ホテルに泊る」
「私はそんなにお金持ってきてないよ」
「僕がカードで払う」
大阪駅に着くと、義崇は迷うことなくタクシーに乗りこみ、海遊館に直行した。
「お金がもったいないよ」
「時間がもったいない。開園時間は20時までだから」
海遊館は、入場すると一気に8階まで上る。そこからゆっくりと周りながら下って水槽を見ることができるのだ。薄暗い水槽を見ながら、義崇に手を引かれ下へ下へと降りていくと、朋実の心は次第に静まっていた。
朋実が、一緒に歩くことを夢見ていたのは、背の高い陽気な穂高だった。しかし思い出すのは、朋実に背を向けてマネージャーやチームメイトと楽しそうに去って行く穂高の背中だった。
朋実が今、見つめているのは、自分と変わらない身長の義崇の背中だ。でも、しっかりとつないでくれる手の温かさは、現実のものだった。
ゆったりと泳いできたジンベイザメが、2人の側まで来た時、義崇は立ち止まった。
「朋実さんが、見たがっていたジンベイザメが泳いできたよ」
義崇がどんな表情なのかは、水槽の光を受けて眼鏡が光っているので、よく分からなかった。
でも、声の調子は柔らかかった。義崇の怒りも少し解けたのだろう。
去年1年間朋実は、穂高から連絡がなくて、毎日不安な日々を送っていた。それを埋めてくれていたのは、義崇の優しさだったことを、今、朋実はやっと気がついた。
「ありがとう。いつも一緒にいてくれて」
「本当ですよ」
「呆れたでしょ?いつまでも穂高君に未練があって」
「なんで、あんな阿呆がいいのか不思議でしたね」
「だって、私のことをいいって言ってくれた、たった1人の人なんだもの」
義崇はやっと、朋実の顔を正面から見た。穂高は見上げなければ、顔が見えなかったが、義崇は朋実とあまり変わらない身長なので、本当に真っ正面から顔を見ることができる。
「朋実さんは、馬鹿ですか?ここにずっと朋実さんのことが好きな男がいるのに気がつかないなんて。
僕は中学時代から、あなたのファンですからね」
「本当?」
「去年、毎月上京していたのは誰ですか?」
「私に会いに来てくれていたの?」
義崇は深いため息をついた。
(この人は、本当に自己評価の低い人なんだ。はっきり結論を言わなくては・・・)
「そうです。大好きなあなたに会いに来ていました。あなたをもう他の誰にも譲りたくありません。朋実さん、僕と結婚してください」
「え?突然、プロポーズ?」
「そうです。待っていたり、遠慮したりしていたら、また邪魔が入ります」
「『また』?」
「そうです。僕は朋実さんの卒業式と、僕の大学の合格発表の日に、あなたに告白をしようとしました。でも、両方とも1日前に穂高が邪魔をしました。だから、もう期日なんて決めません。今すぐに『結婚』の申し込みをしないと、この先、またあいつの邪魔が入る気がします」
閉館近くの水族館は大人の時間だ。
カップルが少しくらいイチャイチャしても誰も気にしない。
義崇も、朋実の頭を引き寄せて、静かに唇をかわした。
「初めて・・・」
「本当に、穂高が阿呆で良かった」
その後、2人はホテルで、もう一つの「初めて」を経験したのである。
翌朝、ホテルのベッドで、義崇は朋実から質問攻撃を受けていた。
「私のどこが好きになったの?」
「全部」
「結婚は義崇君の卒業後にするの?」
「すぐ」
「まだ親にも話していないんだけれど」
「今日、百葉村に行って、朋実のお母さんに話そう」
「義崇のご両親には?」
「事後報告でいいよ。反対はさせない」
まだしゃべろうとする朋実の口を、義崇は人差し指で塞いだ。
「朋実がして欲しいことを言ってくれたら、できないことでも努力する。朋実がして欲しくないことはしない。これ以上質問は?」
朋実は一番心配していたことを口にした。
「穂高君には、私達のことを話すの?」
「高校の時、朋実は三角関係のトラブルで苦しんだよね」
朋実は、「学食告白事件」を思い出して、思い出したくないと首を振った。
「穂高との関係は『自然消滅』したことにしよう。Out of sight, out of mind. 何も連絡してこない間に、結婚してしまおう」
朋実は義崇の顔を見上げた。
「急いで結婚したらすぐに私のことなんか飽きるんじゃない?義崇は、中学から6年間、私のことを好きでいてくれたけれど、子供が生まれたら、私のことなんか・・・」
義崇は、朋実の頭を撫でた。
「じゃあ、約束しよう。例え、子供が生まれても、仕事が大変でも、朋実をなによりも大切にするって。
嘘ついたら『針千本飲む』よ」
そう言って、義崇は小指を出した。朋実も釣られて、小指を絡ませた。
義崇は穂高の影を恐れていた。
案の定、穂高はマネージャーと1年ほど付き合い、マネージャーに振られるとまた、性懲りもなく、朋実にメールを送りつけて、会おうとした。
幸い、穂高のデートの誘いは、「野球観戦」や「プロレス観戦」「競馬観戦」「沖釣り」など、朋実が断りやすいものだった。何度も断りながら、朋実は少しずつ返信を減らしていき、最後は着信拒否設定をした。
そして、これも想定内だったが、穂高はそれ以上朋実に会おうという努力をしなかった。「何時か、向こうから連絡が来るだろう」と高をくくっていたのだ。
義崇は、子供が生まれるまで、周囲の友人にも朋実との結婚のことを伏せておいた。それは、穂高が人のものに執着する性質があることを知っているからだ。
実際、穂高が2人の結婚を知ったのは、2人に子供が生まれてからのことだった。
義崇は今も、「針千本」飲まないために「朋実第一主義」を貫いている。
そして、穂高は今も、何故、朋実が義崇を選んだのかわかっていない。