34 蒔絵は真っ白に燃え尽きた
少し短い話ですが、次が長いのでご勘弁を。
「よーし、最後のスウェーデンリレーだ。あれ?里帆は?」
翔太郎が最後に人員確認をしていると、100mを走るはずだった里帆がいない。里帆は、ダンスで足を捻り、退場直後、鮫島先生に抱えられて救護テントに行ってしまったのだ。
「どうする?女子の部分は、男子では補えないぞ」
「私が、100mと400mを走る」
蒔絵が涼しい顔をして、100mのスタートグループについて移動して行ってしまった。
海里が深く息を吸った。
「しょうがないな。里帆だって、かなり渋っていたんだ。他の女子が出てくれるはずがない」
銀河が半ば諦めたような顔をした。
「蒔絵は今日、走りすぎなんだけれどな」
「すまん。俺が借り人競争に引っ張り出したから」
「いーや。その後も田邊先生が子守りに走らせているし・・・」
今まで通りの話し方をする銀河に、海里は少しほっとした。
「よーし。男子が差をつけて、なるべく女子に楽に走らせるぞ」
あくまで明るい翔太郎だった。
スウェーデンリレーは、過酷な競技だ。勿論、小学生や中学生は距離を短くするが、高校生以上は、男女同じ距離を走る。今年は、「未来TEC」の社員も走るのだ。勿論、俊足の朋実もリレーメンバーに選ばれていた。同僚に愛実を預けて、400mのグループに並んだ。
「あれ?高校1年女子がいないよ」
「100m走った子が、400mも走るんだって」
「タフだね。怪我しないといいのに」
朋実の心配は、現実のものとなってしまった。
スウェーデンリレーは体育祭の花形競技。どのチームも俊足を揃えている。女子の第1走は、高校3年の更紗を始め、俊足が揃っている。それほど大きな差が生まれない。
男子1走は、バトンミスが何組か出て、順位が大きく崩れてしまった。特に走る順番を変えた高校1年生は、まともなバトン練習をしていないので、いつもバトンパスでタイムロスが起こる。
他のチームからすると、高校1年生のリードをここで挽回して、優勝に結びつけたい。
女子3走300mは、本来蒔絵が走る場所だったので、ここは大きなリードが取れるはずだった。しかし、他チームと競り合う場所になると、気持ちの強さが勝敗を分ける。男子3走300mの銀河は、蒔絵の分までリードを広げたいと焦ってしまった。蒔絵の代わりに300mを走ってくれた女子は、バトンゾーンで全速力で走り去る銀河に唖然とした。蒔絵のつもりで大きくリードを取ってしまったのだ。銀河は、いつまでたってもバトンが来ないので、バトンゾーンのギリギリで立ち止まってしまった。
振り返る銀河の脇を走り抜けたのは、兄の紫苑だった。「未来TEC」の新人社員、相場結城も早かった。その2人に前を塞がれ、思うように先頭に出られず、3人が団子状態のところへ、女子のアンカー蒔絵にバトンが渡された。
「蒔絵、すまん」
「大丈夫」
蒔絵はそう言って、銀河のバトンを取って勢いをつけて走り出そうとした。その時、腿の後ろを誰かに殴られたような痛みが来て、足がもつれて転んでしまった。
「蒔絵」
駆け寄る銀河を静止して、蒔絵は立ち上がろうとするが、また、膝が砕けたように倒れ込んでしまった。
銀河は、職員席の田邊先生に大きく腕でバツを示した。
田邊先生は、隣の田中先生に告げた。
「高校1年は棄権します。蒔絵さんはもう走れません」
「えー。あと少しで、優勝なのに」
「田中先生、蒔絵さんの選手生命より、優勝が大事ですか?」
田中先生は、事の重大さを理解した。
銀河は蒔絵を抱えて、救護テントに走った。
栗橋養護教諭は、足の何カ所かを触って確認をした。
「アキレス腱ではないでしょう。膝も大丈夫。後は、肉離れかな?肉離れの程度は、医者に行かないと分からないね」
蒔絵はそのまま、母親と一緒に町の整形外科に運ばれた。
体育祭は、最後に大どんでん返しが起こり、高校3年生の優勝で幕を閉じた。リーダーのいなくなったクラスは荒れた。蒔絵がいることで抑えられていた、盛り髪4人組に対する不満が、普通クラスでも爆発した。
「里帆や蒔絵が怪我したのは、あの4人組が校則違反したからだ」
「実加子以外は、何食わぬ顔をして、あの日、町で遊んでいたらしいぞ」
体育祭の終学活は、特進クラスで1年生合同で行われたが、今まで静かだった普通クラスの生徒が、声高に不満を漏らすのを聞いて、特進クラスの生徒はびっくりしてしまった。
銀河は、大荒れする教室を見向きもせず、終わりの学活が終わったら、さっさと帰宅した。航平は改めて、海里の見立てに感服した。
「蒔絵がリーダーだって言うのは、本当だったんだね」
航平は、足音高く、特進クラスから出て行く普通クラスの生徒を眺めながら、海里に囁いた。
「まあ、軽い肉離れだったらしいから、数日たったら『我らがリーダー』は帰って来るよ」
「ところで、海里君は本当は蒔絵のこと、好きだったんじゃないの?」
「現在完了形の継続用法かな」
この言葉に、いくら鈍い航平でも、海里が「まだ、蒔絵が好きだ」とわかった。しかし、そう言いながら、銀河の後ろ姿を見つめている海里が、何を考えているのかは、わからなかった。
盛り髪4人組は、体育祭の翌週には、いつも通り登校してきた。
実加子が、田中先生に「みんなが無視するんです」と大騒ぎしては、カウンセリング室や保健室で授業をサボったが、他の3人は針の筵のような教室で、大人しく過ごした。
もともと、百葉村への滞在は一時しのぎのつもりだったので、彼女たちは夏休みに入るとすぐに、東京の通信制の高校に転校してしまった。
しかし、夏休みの間に、その高校も閉校になる災害が起こることまでは、予想していなかった。




