32 自分の心に正直になった
「借り人競争」前半でした。
プログラムナンバー3は、「借り人競争」だった。
小学生の部は、「眼鏡をかけている人」や「赤い服を着ている人」などとイージィなお題だ。「借り人」が見つからなくて、泣き出す小学生がいると困るからという生徒会の配慮だ。
中学生の部は、そのカードが2枚になる。1人で2条件をクリアしていればいいが、そうでない場合は2人探さなければならない。それでも、体力自慢の中学生は、嬉々として、応援席や保護者席を走り回って、該当の人を探してくる。
高校生以上の部は、連れてきた人の条件をマイクで読み上げなければならない。条件を満たしているかどうかは、生徒会役員が判断する。今日は生徒会長菱巻紫苑が判断をするのだ。
そして、もう一つ、みんなが楽しめるルールがそこに付け加えられている。一度選ばれた「借り人」は、もう選ぶことができないというのだ。同じ人ばかり楽しむのではなく、観客も「自分が選ばれるかも知れない」という、ドキドキを感じて欲しいのだ。
高1クラスの1走目には、普通クラス学級委員長の中村翔太郎が走った。
走る前に海里から、アドバイスを貰った。
「なるべくゴールに近いところから相手を探せよ」
翔太郎が引いたカードは「可愛い人」。早速、ゴール近くの救護テントに走り込んだ。そこで、足の速い栗橋養護教諭を引っ張り出そうと考えたのだ。しかし、熱中症の生徒の対応で、すげなく断られてしまった。
「里帆、頼む。一緒に来てくれ」
そこに友達の付き添いできていた山賀里帆と、翔太郎は目が合ってしまった。
「え?条件は何?」
「後で話す」
目の前を、高校3年の選手が校長先生の手を引いて走っている。
「里帆、ゴメン」
そう言うと、翔太郎は里帆を、俵のように肩に担いで、全速力でゴールに向かって走り出したのだ。里帆は、翔太郎の肩に当たっているお腹が痛いと言う気持ちより、翔太郎の走るスピードの速さに恐怖心を覚えた。
最初にテープを切ったのは、翔太郎だった。
里帆を肩に担いだままの翔太郎に、紫苑がマイクを向けた。
「高校1年チーム学級委員長、中村君です。条件の紙を読み上げてください」
翔太郎は、里帆を優しく肩から下ろして、ポケットからぐしゃぐしゃの紙を引っ張り出した。
「はあ、はあ、はあ。えっと、『可愛い人』です」
会場中が大歓声に包まれた。特に野球部が大騒ぎした。
「翔太郎、告白しろ-」
(いや、可愛いって・・・)
自分より20cmも背が低い里帆を見下ろして、翔太郎は赤面した。勿論、里帆も自分の顔が赤い理由は分からなかった。
紫苑の「合格でーす。第1レース1位、高校1年です」の声を聞いて、2人は現実に引き戻された。
「救護テントに戻るね」
そう言って、離れていく里帆の後ろ姿を翔太郎は、何時までも見つめていた。
高1クラスの2走目は、菱巻銀河が走った。競技は後半になれば、ルールの抜け穴が分かった方が有利だ。だからこそ、足の速さを誇る連中を、前の方の走者に高校1年は並べたのだ。
銀河が選んだカードは「付き合いの長い人」。
当然、蒔絵を選べば、駆け足が早く、1位になれる可能性が出てくる。しかし、銀河が選んだのは別の人だった。
銀河は、ゴール近くの保護者席から茉莉を探し出した。カメラを抱えて、2人の息子の勇姿を取ろうと陣取っていたのだ。
「母ちゃん」
銀河は茉莉の前で、しゃがんで背中を見せた。
「振り落とされるなよ」
銀河は茉莉を背負って、楽々ゴールをした。息子とはいえ、高校生の男子に背負われている茉莉は、久し振りにドキドキしてしまった。
紫苑がニコニコ笑ってマイクを差し出した。
「高校1年の菱巻銀河君です。条件は何ですか?」
銀河は何も見ずに即答した。
「付き合いの長い人」
「そうですね。お腹の中からの付き合いですからね。合格でーす。第2レース1位。高校1年です」
銀河は蒔絵をちらっと見たが、楽しそうに笑顔を向けて拍手を送ってくれていた。会場からも、温かい拍手が送られてきた。
高1クラスの3走は、鮫島蒔絵だった。
誰よりも早くカードのある場所に行くと、カードを見て、少し考えていきなりゴールに走ってきた。
「蒔絵、誰も連れてこないよ?」
更紗は、不安になって紫苑の方を向いた。すると、後ろから蒔絵が、抱きついてきた。
紫苑は、更紗を指さして(この人?)と聞いた。蒔絵の笑顔を見て、質問を始めた。
「高校1年の鮫島蒔絵さん。条件は何ですか?」
蒔絵はにっこり笑って答えた。
「いつも一緒の人」
「あー。お姉さんですものね。合格です。第3レース1位。高校1年です」
応援席では、翔太郎がはしゃいでいた。
「よっしゃー。3勝だ。あと一つで、パーフェクト。午前中の高校1年の1位は、確定だ」
高1クラスの4走目には、特進クラス学級委員長の田中海里が走った。
カードのあるところまで、1位で着いた海里は、そこで固まってしまった。
応援席で、翔太郎が叫んでいる声が聞こえる。
「悩んでいないで、ゴール近くまで走れ」
海里は、教員がいるテントを見た。
(ここは、親父を選ぶのが正解だ。でも、・・・。このままでは、卒業までこの気持ちを封印したままだ)
目指す人物は、応援席の最前列で銀河と談笑をしている。
海里は、大きく息を吸って、高1クラスの応援席まで全力で走った。
蒔絵の手を何も言わず、握った。
「あたし?OK、走るよ」
蒔絵と海里はほぼ同時に、ゴールに着いた。先に着いていたのは、「未来TEC」の社員だった。
「『未来TEC』のえーっと、お名前は?」
「相場結城です。今年、『未来TEC』に入社しました」
「条件を見せてください」
結城は、「校長先生」と書いた紙を紫苑に見せた。
「未来TEC」の応援席からは、ブーイングが聞こえた。
紫苑が大変言いにくそうに結城に告げた。
「あのその方は校長先生の娘さんで、百葉村村長の『徳憲子』さんです。残念、もう一度、校長先生を連れてきてください」
結城は、村長に頭を下げながら、すごすごと退場していた。そもそも、校長は既に走っていたのに、結城は、それを見ていなかったのだ。
そして、2位に走り込んだ海里が、1位に繰り上がった。
海里から、条件の紙を見せられた紫苑は、海里に囁いた。
「本当にいいのか?」
きょとんとしている蒔絵の手をじっと握ったまま、海里は黙って頷いた。
海里の覚悟を知って、紫苑はマイクに向かった。
「はい。改めまして、またもや1位のチャンスが巡ってきました高校1年学級委員長の、田中海里くん、条件を言ってください」
マイクを向けられた海里は、大きく息を吸って条件の紙を読み上げた。
「ずっと好きだった人」