26 バイクで町までお使いに行った
最近は、季節を問わず、熊や猪が出没しますね。先日、猪が海を泳いで、海岸に上陸してきたというので、海岸沿いのウオーキングコースに、「猪に注意」という注意書きが張ってありました。
やんちゃな祖父母の孫もやんちゃだった。
土曜日、今日は一日母親が自宅にいるので、銀河は衣装に必要な材料を 町に買いに行くことにした。
「ちょっと、銀河、何しているの」
蒔絵はいつものように銀河の家に来て、バイクにまたがって、出かけようとしている銀河を発見した。
「あちゃー。一歩遅かった」
「銀河、無免許でしょ」
「残念でした。前に、町にガットを張り替えに言った時、バイクの免許も受験していたんだ」
「いつ、教習所に行っていたの?」
「いや、行かないよ。祖父ちゃんに実技を見て貰っていたから、教習所に行かないで、受けたんだ。家は、祖父ちゃんも父さんも、自動車だって教習所に行ってないから」
なかなか、やんちゃな家である。
「それって、原付じゃないよね」
「うん。自動二輪。父さんのバイクだよ。今日は母さんが、家にいるから、体育祭の買い出しに町に行こうと思って・・・おい、何しているんだよ」
蒔絵は、バイクの後ろにまたがろうとしていた。
祖父の銀次がそこへ通りかかった。
「蒔絵ちゃん。駄目だよ。ちょっと待ってな」
そう言って、菱巻家のガレージの中から、ヘルメットを持ってきた。
「これは、祖母ちゃんが被っていたやつだ。ちゃんと被らないと危ないよ」
銀河は「止めないのかよ」と、頭を抱えた。
「山道だから、危ないんだけれど。止めたほうがいいよ」
「それは、銀河も同じ。私も買いたいものがあるから連れて行って」
蒔絵は言い出すと、梃子でも動かない。もたもたしていると母親に見つかるので、銀河は深いため息をついて、山道を町に向かって走り出した。
「下の県道を走らないの?」
「県道って言っても、車のすれ違いもなかなかできない曲がりくねった道じゃないか。危なくて、走れないよ」
「ふーん。山道の方も、熊とか猪が出るんじゃなかったっけ?」
「ああ、そうだったね。スマホで音楽流しながら行くか」
「圏外だよ」
「俺のスマホに、CDから入れた曲が入っているからそっちを流そう」
「なんか、レトロな曲だね」
「父ちゃんのコレクションしか、うちにはCDがないからね」
蒔絵は、荒れた道で大きくバウンドするので、銀河にしがみついていた。銀河は強く押しつけられる膨らみから、気を逸らそうと、ひたすら話し続けた。
「父ちゃんは、海に出ていた頃の感覚で、金使うから、困るんだよな」
「でも、今はボランティアしているんでしょ?」
「どこに住んでいるんだか。少なくとも鈴音姉ちゃんのとこに住んではいないよ」
「おばさんに連絡はないの?」
「全く」
そんなとりとめもない話をしていると、林が切れて、眼下に夏の海が見えた。
「海が見えるけれど、海水浴客も釣り人もいないね」
「そうだね。まあ、去年まで海の家の手伝いで、夏は忙しかったけれど、海水浴客が来ないのも厳しいよな。家の海の家はもう直さないみたいだし、船も壊れちゃったから」
「新しい船だったのにね」
「まだ、借金があるんだ。紫苑は辛うじて大学に行けるかも知れないけれど、俺はもう諦めているよ」
「地元で働くの?」
「『未来TEC』は大卒しか取らないからなぁ。百葉村では働くところないよ」
蒔絵は、銀河家の状況が想像以上に厳しいことを初めて聞き、それ以上質問することを止めた。
銀河は蒔絵が、背中に顔をつけて静かになってしまったので、「正直に話さない方が良かったかな」と少し反省した。
早朝に百葉村を出発したせいで、町に着いた時には2人は、かなり疲れてしまっていた。
「お腹も空いたから、喫茶店に入らない?」
銀河は、自分の財布の中身を思い出してみた。
「ファーストフード店でいいよ。朝握ってきたお握りをこっそり食べるから」
「そう?じゃあ、そこで、買い物計画を立てよう」
2人は蒔絵が頼んだハンバーガーセットを前に、今日の買い物計画を立てた。
「俺は、買わなければいけないものは、まず、パンダの目の周りに塗るフェイスペイント用絵の具。それから、母ちゃんに頼まれたシーチキンの缶詰、サバ缶、ハムだな」
「え?それだけ?」
「うん。目の周りのペイントは、水性絵の具で試してみたんだけれど、汗をかくと流れて目に入るから、100均で、専門のものを買おうと思った。ハロウィンの時期じゃないから何軒か回るかも知れないけれど、見つけたら、それで帰るよ」
「缶詰は?」
「今週のタンパク質だよ。バイクだから、生ものも冷凍物も買えないから、缶詰や加工品のハムだけ買って帰るんだ」
蒔絵は、町で銀河とショッピングを楽しめると考えてついてきたが、期待外れだった。
「パンダの衣装で使う、白いトランクスは?」
「古いシーツでもう縫ったし、黒いスパッツは元々持っているし。それで、蒔絵は何がいるんだ?」
「私も、顔や腕に茶色のペイントをして、火傷の痕をつけるでしょ?制服は銀河のを改造する」
「俺の制服使うなんて、聞いてないよ。だいたい中学時代の制服でも、蒔絵には大きいぞ」
「胸回りは、銀河のじゃないと入らないの。袖は切り取って、ノースリーブにして、上半身は詰める。ズボンは、ウエストがブカブカだけれど、白いベルトでぎゅっと締めれば、いいと思うんだよ」
蒔絵は、仮装した自分の姿を、店の紙ナプキンに描いて説明した。
「ふーん。こんな感じにしたいのか?ちょっと待て、長刀はどうするんだ」
「銀河のお祖父ちゃんが、『高校時代に使っていた鉄パイプがある』っていうから、それに段ボールで刃先をつけようかと・・・」
「駄目だ!祖父ちゃんも何でそんなもん取っているんだよ。俺が、竹藪から適当な竹を切ってくるからそれを使え」
「やっぱり駄目かな?」
「『蒔絵に鉄パイプ』。金棒より怖いぞ。じゃあ、2人とも、100均で買い物すればそれでいいんだな?」
不機嫌な蒔絵の気持ちを察した銀河は、少し大きなモールの100均に出かけた。どうせ、蒔絵はショッピングの雰囲気を楽しみたいのだろうと思っていた。
100均では、2人分のフェイスペイント用の絵の具を買った。
そして少し本屋で立ち読みをして、1階の食料品街で、缶詰とハムを買った。
「じゃあ、帰るぞ。今なら、4時までには帰れるな」
「あのー。もう一つ買い物していい?」
「何?」
「制服が暑かったら、ボタンを外そうと思うんだけれど、下に着る服も買いたいんだ」
そういって、蒔絵は1時間ほど銀河を連れ回して、やっと気に入った1枚を決めた。
「高くないか?それ」
「うん。でも、今度、東京遠征に行く時も着られるし・・・」
銀河と蒔絵は、バドミントンの強化選手として、夏休みに東京遠征があった。
「金足りるのかよ」
「んー。少し足りないかな?うちに帰ったら、返すから銀河、2,000円貸してくれないかな」
「もういいだろう?帰るぞ」
まだ、グズグズしたがる蒔絵を引きずって、銀河は駐車場に向かった。
「あー。来る時音楽聴いてきたから、スマホの充電がない。蒔絵はあるか?」
「少し、あるかな?」
「家につく前に暗くなるから、危ないかも知れないけれど、県道で帰ろう。山道は真っ暗で、危なすぎる」
町を出て、細い県道に入る前に、銀河はバイクの異常に気がついた。
「缶詰が重いのかな?どんなにアクセルを入れても・・・あっ」
「どうしたの、銀河?」
「ガソリンがない」
「近くにガソリンスタンドはない?」
「蒔絵、地図を見てくれ」
「後、5kmくらいであるよ」
2人は黙って、バイクを押して歩いた。蒔絵も重い缶詰が入ったリュックを背負って歩いた。
原因は分かっている。それでも銀河は、蒔絵を非難することはなかった。
「おかしいな。そろそろ、灯りが見えるはずなんだけれど」
2人が目指していたガソリンスタンドは、残念ながら、営業していなかった。
「震災の後、潰れたのかな?」
「次は、10km先だよ」
銀河は、悔しそうに蒔絵に頼んだ。
「俺の家に電話できるか?」
時間は既に8時近くなり、周囲に外灯はなく、動物の気配もなんとなく感じられる。ヒッチハイクしようにも、通る車は一台もなかった。背に腹は代えられなかった。
「あっ。母ちゃん。ゴメン。蒔絵と2人で、バイクで町に行ったんだ。帰りにガス欠になって、県道のこのガソリンスタンドまでバイクを押してきたんだ。でも、このスタンドやってなくて・・・悪いけれど、迎えに来てくれない?」
ガソリンスタンドの周辺は弱いながらも、携帯の電波が通じていた。しかし、現在地の地図は、なかなか送ることはできなかった。
「地図はこっち来ないね。県道ね。そのスタンドから、動かないで。今から迎えに行くから」
母親が迎えに来るまで、2人は熊の恐怖に怯えながら、待つことになるのであった。