24 去年の体育祭を思い出した
体育祭のパフォーマンスって、皆さんの高校時代はどんなものをやりましたか?私の高校時代は、仮装行列しかなかったから、今みたいに踊ったり劇をしたりするのはなかったなー。
球技大会の打ち上げのお陰で、1年生の団結はかなり深まった。
そのため、昼休みになると、特進クラスの生徒は、普通クラスに大挙してやってきた。あまり賑やかなので、昼休みに双子は、技術員室に避難するようになったくらいだ。
お陰で、小町技術員を始め、「双子ファンクラブ」の面々は、双子を満喫できるようになった。
「百葉村体育祭」は、村立の小中高合同で、且つ、村の住民から「未来TEC」の社員まで巻き込む大がかりな行事だ。特にパフォーマンスは毎年大がかりで、参加者全員が1票ずつ投票して、「優勝」が決まる。特に3年生は、最後の行事と言うことで熱が入りすぎて、「闇練」までするので、進学指導の田中先生が、潰したい行事No.1なのだ。
1年生のクラスでも、「体育祭実施要項」がまだ出る前から、パフォーマンスの話題で盛り上がっている。特に、東京からやってきた「未来TEC」社員の子どもにとって、初めての行事なので、質問したいことがたくさんあった。
「俺は『村』の体育祭って、万国旗を飾って、祖父ちゃん祖母ちゃんも参加するアットホームなものを想像しているんだけれど」
今年、東京から来た航平に、翔太郎が自慢げに説明する。
「まあ、そう言う面もあるし、「未来TEC」の社員運動会って面もある」
お握りを囓りながら、iPadを眺めている銀河に、里帆は尋ねた。
「銀河君、去年は中学校の生徒会長だったんだから、去年の体育祭のプログラムあるよね」
「ああ、多分あるかな?」
銀河は3個目のお握りを囓りながら、画像検索をした。
「あった。大型ディスプレイに映すね」
銀河はiPadの画面を、クラスみんなが見られるように、大型ディスプレイに映し出した。
(入場行進・開会式)
1 徒競走
2 逃げる玉入れ
3 借り人競争
(昼食休憩)
4 パフォーマンス合戦
5 紅白対抗スウェーデンリレー
(表彰式・閉会式)
「結構、種目が少ないね」
里帆と蒔絵が、軽く言ってのける翔太郎に首を振った。
「いや、いや、いや。徒競走だけでも大変なんだから」
里帆は、思い出したくないとでも言うように、ため息をついた。
徒競走を去年仕切った蒔絵は、記憶をたどって補足した。
「高校と小学生の徒競走の役員は、中学生がやるでしょ?次に年代別徒競走と中学生の徒競走は高校生が役員をやるのよ」
「徒競走って、全員が走るんだろう?忙しいじゃん。その間、教員は何しているんだよ」
「教員は、『徒競走』が終わった児童や生徒を並べて、次の、『逃げる玉入れ』の準備をするの」
「じゃあ、『未来TEC』の社員は、『借り人競走』の準備をするんだ」
「そう、借り人競走は『人』を借りるんで、みんな観客席にいないと困るのよね」
学食で昼食を食べてきた海里が、普通クラスに入ってくるなり、大型ディスプレイに目をやった。
「あー。今年のパフォーマンスの相談しているんだ。俺抜きで話を進めるなよ」
「これは、去年のプログラムだから、早とちりするな。まず、東京から来た連中に『百葉村体育祭』って、どんな感じか話しているだけで、今年の要項はまだ出ていないよ」
「銀河は、本当は、今年のプログラムも知っているんだろう?紫苑って体育委員長だろう?もう会議が始まっているから、『要項』を持っていないか?」
銀河と蒔絵は顔を見合わせた。確かに今年の体育祭の要項(案)までは、何気なく、ぱらっとめくって覗き見てはいたが・・・。
「そう言うお前だって、父親の職員会議資料くらい見ているだろう?」
「残念。家の父ちゃんは、仕事は家に持ってこない主義なんだ。まあ、その分、残業が多いんだけれどね」
その家庭を顧みない仕事の仕方が原因で、海里の母親と離婚したのだが、そこまで子供達は知らない。
「でも、パフォーマンスは多分今年もやるんだろう?去年の中学3年頑張ったよな。高校3年を抑えて『優勝』しちゃったもん」
「翔太郎、今年来た俺達にも分かるように、パフォーマンスの説明しろよ」
「銀河、iPadに去年のパフォーマンスのビデオが入っているだろう?みんなに見せてくれよ」
「はいはい。学級委員長様の仰せの通り。あんまり見たくないけれどね」
「映像を見てくれ。この年、中学3年は、30人しかいない上に、銀河と蒔絵が海外遠征があって、準備や練習が全くできなかったんだ。衣装を作る時間もほとんどなかった。だから、全体での話し合いなしで、銀河の案をみんなにそのままやって貰ったんだ」
嫌そうな顔をしながら、銀河がディスプレイにパフォーマンスの映像を映し出した。
中学3年のパフォーマンスは、縦90cm、横8mの白い布3本を持って、生徒が走り込んでくるところから始まった。それを横に重ねて1枚のスクリーンができあがる。
そこに銀河が北斎の「神奈川沖浪裏」の映像を、プロジェクターで映し出した。
生徒はその前や、布の間から、様々な姿で飛び出してくる。
「神奈川沖浪裏」では、浪に大きく揺れる船から、褌姿の野球部がでてきて船を漕いだ。
「千絵の海 五島鯨突」では、みんなが漁民の格好をして銛を持って踊った。最後に、鯨の姿をした蒔絵が男子に空中に放り投げられた。
歌川広重の「名所江戸百景」では、鯨が鯉に変り、「水道橋駿河台」の巨大鯉のぼりをスクリーンの後ろから垂らして、拭き流した。
「風」つながりで、再び北斎の「富嶽三十六景」の「駿州江尻」の浮世絵の前で、生徒が風に吹かれる演技をして、突然雨の音、雷の音を流して、赤黒い富士山に雷が落ちている浮世絵「山下白雨」を写す。
最後に、スクリーンにしていた布を地面にはらりと落とすと、クラス全員が赤いTシャツで重なって「赤富士」を作って現われた。
「いやー。俺って、あんなに褌が似合うとは思わなかったよ」
と微笑む翔太郎を横目に、銀河と海里は、小声で囁いた。
「楽しんだやつはいいよな。俺たちは、蒔絵を空中に放り投げたのはいいが、受け止められるかヒヤヒヤだったよな」
「まじ、今見ると恥ずかしい出来だよな」
「まあ、他のパフォーマンスとあまりに違って『独創的』って評価されたんだよな」
クラスメートが思い出にひたる中、もう見たくないと銀河が目を背けたのに、蒔絵は気がついた。
何も知らない航平が素直な感想を述べた。
「中学生が作ったとは思えないよ。今年もこんなのをやろうぜ。今ならもっといいものを作れるんじゃないか?」
銀河が思わず「駄目だ」と強い声で、否定した。
「どうして?」
「ここに住む俺たちにとって『神奈川沖浪裏』の浮世絵は、3月の津波を思い出させるから、もうやりたくないんだ」
5時間目が始まる予鈴が鳴って、特進クラスのメンバーが、砂を噛むような表情で教室に戻った。
「銀河、少し遅れたけれど、昼休みが終わるから、双子を迎えに行こう」
「うん」
蒔絵は、軽く銀河の背中を叩いて、双子を預けてある技術員室に向かった。
何も言わない蒔絵の存在が、銀河にとっては有り難かった。