23 月明かりが照らしていた
今日はラブ要素が、ちょっぴり入っています。
海里の家には、38人の1年生が集まった。
「やっぱり、蒔絵ちゃんも来なかったね」
進学クラスの女子がため息をついた。
海里がその子の耳元で囁いた。
「それは、蒔絵が来なかったことを残念がっているのではなく、銀河と蒔絵が一緒にいることを妬んでいるんでしょ?」
「な、何を言っているの?いつも、他人の子守りをさせられている蒔絵ちゃんに同情しているの」
里帆がすぐさま反論した。
「蒔絵ちゃんは、双子ちゃんが好きだから、子守りしているんだよ」
「里帆ちゃんも双子ちゃんが好きなの?それとも・・・」
里帆はこれにもすぐさま反論した。
「私は、美術部の作品のために、放課後2時間双子ちゃんの世話をさせて貰っているの。文化祭では、双子ちゃんの成長スケッチを展示するつもりなの」
それが半分言い訳だと、里帆は分かっていた。
女子の話題に、海里が乱入してきた。
「航平、銀河はどうして、女子に人気があるんだと思う?」
「海里、俺に振るなよ。そもそも銀河は、そんなに女子に人気があるのか?」
翔太郎も参入してきた。
「俺のスパイクが決まった時より、銀河の方が、歓声が大きかったような気がする」
「それは、坊主よりデブの方が女子に人気があると言うことで・・・」
「海里、それじゃあ、野球選手と相撲取りの比較みたいだ」
ひとしきり笑いが起きた。
海里が再度、女子に今まで気になっていたこと質問した。
「銀河って、頭を叩いたり、肩を抱いたりするけれど、女子はそれが嫌じゃないか?」
女子は顔を見合わせた。里帆が小さい声で答えた。
「銀河の触り方は、イヤらしくないから・・・」
特進クラスの女子も、異口同音に答えた。
「人に依るよね」
男子が頭を抱えた。
「その基準はなんだよ」
航平が暫く考えて,答えを出した。
「銀河は蒔絵以外は、女として見ていないからか?イヤらしい意識がない」
今度は女子が、呆然とした。
東京から来た特進クラスの女子が、勇気を持って里帆に尋ねた。
「銀河君って、蒔絵ちゃんが好きなの?」
里帆は、一瞬、海里を見て答えた。
「好きって言うか?もう、『家族』みたいなものだから」
海里も大きく頷いた。
「休みの日なんかは、蒔絵は一日中、銀河の家にいるよな。朝から、双子の世話をしているから・・・」
そんな話題で1年生が盛り上がっている頃、銀河と蒔絵は、双子の入浴と夕飯が終わって、縁側でぼんやりアイスを食べていた。
「月見アイスだ」
今日は満月が、結構な明るさで空を照らしていた。
部屋は、双子を寝かすため電気を消しているので、2人は月明かりを求めて縁側に移動していたのだ。
「やっぱりやり過ぎたかな?結局、航平は1点も取ることができなかったよね」
「しょうがないよ。私がエキシビションマッチに出たいって、我が儘言ったから、早く終わらせようと思ったんでしょ?」
「まあ、・・・そうだな。今だって、蒔絵は家で寝ていた方が良かったのに、双子の手伝いさせちゃっているし」
「それも、私の我が儘だから」
アイスを食べ終わった銀河は、ゆっくり蒔絵の方を向いて、蒔絵の顔に手を伸ばした。
蒔絵の頬に触れる寸前で、銀河は手を止めた。
「ほっぺたは触ると痛いか?」
蒔絵は自分の掌で、頬を軽く包んだ。
「んー。多分赤いのは、フェイスガードで擦れたからかな?鼻は・・・」
蒔絵は人差し指で折れた部分を優しく突いた。
「ジンジンしているけれど、痛いってことはないかな。化膿止めも、痛み止めも、もう飲んでいないし」
「月明かりじゃ、腫れもよく分からないな」
銀河は、眼鏡を外して、ずいっと顔を近づけてきた。銀河は、風呂に入っている時も眼鏡をするほど、目が悪い。
「顔が影を作って、それじゃ見えないでしょ?・・・痛い」
「どうした?」
「唇に電気が走った」
「俺も」
銀河は間違って鼻同士がぶつからないように、左手で蒔絵の頭を支えて、もう一度顔を近づけようとした。しかし、玄関の引き戸を乱暴に開ける音がした。
「ただ今-」
銀河が舌打ちをした。
「こういう時は早く帰ってきやがる」
銀河は、大きくため息をついて立ち上がった。
銀河は最高に不機嫌な顔をして玄関に、紫苑を迎えに出た。
「しー。紫苑、静かにしろよ。双子を折角寝かしつけたのに」
その後から、赤い顔をした蒔絵が、「じゃあ、また」と言って出てきて、そそくさと帰っていくのを、紫苑はボーっと見送った。
「おい。銀河、暗い部屋で、蒔絵と何していたんだよ?」
「双子を風呂に入れて、今やっと寝かしつけたんだ。誰かさんが、打ち上げ行っている間にな」
そう言っている銀河の耳も赤くなっていることに、紫苑はしっかり気がついていた。
蒔絵が菱巻家の玄関を出て、「未来TEC」の社員用マンションに向かうと、マンション入り口前の公園に更紗がいた。蒔絵は、自分の動揺を隠すように殊更明るい声で、姉に話しかけた。
「更紗、今帰り?」
「うん。蒔絵達も今打ち上げから帰ってきたの?」
「何言っているの。紫苑お兄ちゃんが、打ち上げに行っているんだもん。銀河の手伝いをして、双子のお風呂を手伝っていたのよ」
「ご免ね。まあ、紫苑も『7時には上がろう』って言っていたから、少しは気にしていたと思うよ」
蒔絵は、公園の灯りで時計を確認した。時計は9時少し前を指していた。
「ふーん。どこで打ち上げしていても、ここまで、2時間もかからないと思うけれど」
「まあ、大人になれば、分かるよ」
蒔絵は自分の唇を少し触った。
「家には、お父さん1人でしょ?」
「まあね。だから気まずいから、夕飯は銀河の家で食べてきた」
「本当にあんた、お父さんが嫌いだね」
「悪い人だから嫌いという訳じゃなくて、なんか、いやなんだ。年頃の女の子だからね」
更紗は、顔を合せない蒔絵の顔を覗き込んだ。
「銀河なら、嫌じゃないんだ?よく、あのポチャンとしたお腹を枕にして寝ているじゃない」
蒔絵は視線を、更紗のいたずらっぽく笑う顔に動かした。
「更紗だって、紫苑みたいに顔だけいい男のどこがいいの?」
「紫苑はイケメンでしょ。私はイケメンが好きなの。まあ、銀河も太る前は可愛かったけれど、今は眼鏡がほっぺの中に食い込んでいるからね」
菱巻兄弟は、小さい頃は色白で目元が一重の、お内裏様のような顔だった。
そのまま、紫苑はイケメンのまま成長していったが、銀河は身長と共に体重を増やしていったことで、大分面差しが変わっていった。
「ふん。いくらイケメンでも、紫苑は家事能力が低すぎ。更紗は苦労するよ」
「銀河みたいに、家事能力がある人ばかりじゃないからね」
蒔絵は、まだ家に入りたくなくて、公園のブランコに移動した。更紗も一緒についてきた。
「ねえ。紫苑は東京海洋大学を受けるじゃない?更紗は、そのまま紫苑と付き合うの?」
東京海洋大学は、2003年に東京商船大学と東京水産大学と合併してできた大学だ。菱巻家は、祖父、祖母、父と、東京商船大学出身の者が多いので、紫苑も早くから、東京海洋大学1本に絞って勉強していた。
「そうだね。もし入学できたら寮生活だしね。『Out of sight, out of mind (去る者は日々に疎し)』だから、別れちゃうかもね。私も、大学で新しい出会いがあるかも知れないしね」
「イケメンなら誰でもいいんだ」
「蒔絵は、どうしても銀河じゃなきゃ嫌なんだ」
「誰かが、銀河に色目を使っていると、焼き餅は焼くんだけれど、それは『恋愛』なのかって言われると難しいな。大切な『家族』を取られたら嫌って感じに近いかも」
「まあ、あんた達は、『恋愛』と『結婚』を通り越して、『子育て』しちゃっているし、もしかしたら、それはあんまりいいことじゃないかも知れないね」
「なんで?」
「便利な女に成り下がっていない?」
「『不便な男』よりいいですぅ」
「まあまあ、紫苑のことはそこまで悪く言わないで。ところで、紫苑に聞いたんだけれど、鈴音お姉ちゃんって、7月には帰って来るんでしょ?こっちで住むのかな?それとも、双子を連れて、東京に戻るのかな?」
蒔絵と銀河の間では、その会話は極力避けていた。双子の母、鈴音が百葉村に帰って来るのは、大歓迎だが、双子を連れて東京に行ってしまうことは、考えたくないほど、悲しいことだった。
「あれ?どうしたの蒔絵。泣いているの?」
蒔絵は、その涙だけは止めることが出来なかった。